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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
冥界編
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第七十七話 ロココ・アリカは(2)

 モノクルハットの眼帯男。緑色の燕尾服に身を包む──『序列四十四位』シャックスは小首を傾げた。


「ふむぅ? これは……はて、何が起きているのであろうか」


「あぁ!? うるせぇぞシャックス! ゴタゴタ言ってねぇで参加しろ!」


 それを叱責するのは黒いドレスを扇情的に身を纏う女──『序列四十三位』サブノクだった。


「いつまで()()()やらせる気だ!?」


 ドレスと同じく真っ黒の棍棒を振りながら、サブノクは叫んだ。


 彼女と相対しているのは、『勇者』アストレアと『序列七十一位』ダンタリオン。いずれも手練であるというのに、サブノクに言葉ほど焦っている様子はなかった。


 シャックスはやはり、後方で一人腕を組んで唸っている。


「ふむぅ……いや、やはり自分で見てくるのが早かろうて。申し訳ないのであるぅ、サブノク侯。俺はこれにて()()()、である」


 そう言ってシャックスは消えた。これには、流石のアストレアも驚いた。サブノクに至っては怒りを隠そうともしない。


「あ、あ、あーー!!! あんの大馬鹿ものがぁーー!!」


 サブノクは大きく棍棒を振り上げた。それを力任せに地面に振り下ろす。ちょうど倒壊したサミジーナの城の真上あたりに直撃する。


「!?」


 地震、よりもなお震える大地。アストレアはあまりの揺れに立っていられず片膝と片手を地につけることになった。


 土煙が舞う。不便な視界に乗じてサブノクが襲いかかってくる様子は、なかった。


 ようやく揺れが収まり土が払われた時、ひび割れた大地に立っていたのは先ほどまでのサブノクではなかった。


 騎乗者。真黒いドレスのおかげで辛うじてそれがサブノクであるとわかるが、首から上には獅子の頭が乗っていた。


 白馬に乗った獅子面の女騎士、とは、なんとも珍妙な出立ちである。


 こころなし嗄れた声でサブノクは毒づいた。


「あー、くそっ。まぁあたしもお陰で本気が出せるんだけどさぁ……!」






 ところで。

 アリカの家系は名門だ。現代で『名門』という言葉が、どれだけの威光を持つのかは知らないけれど、相対的には名門だと思う。少なくとも私は誇りを持っている。


 でも、一つだけ気に入らないこともあった。私は暗く長い廊下を歩いていた。傍には母が連れ立っている。幼い私は、母が妙に着飾った格好をしていることを気にもとめなかった。


 私は気付いた。これは夢だ。幼い私と着物姿の母。


「足を止めなさい、ロココ・アリカ。幼い私よ、その先へ行ってはいけないわ」


 私の忠告は泡となって消えた。幼い私はまるで私の声なんて聞こえていないみたいにずんずんと進んでいく。着物姿の母に手を引かれて好奇と恐怖とを半々に感じながら心を躍らせている。


 母は由緒の正しいところのお嬢さんだった。ピンと伸びた背筋からもそれは察せられるが、今の私には、彼女の背中が酷く小さく見えた。


 まず見えたのは魔力痕だった。母が顔を顰めた。幼い私はそれに気付けない。


 次に見えたのは黒穴だった。ブラックホール。全てを吸い込むその大穴の向こうには、虹色と黒とが合わさった神秘的なもやが渦巻いていた。


 幼い私が感動していると、母が躊躇なくブラックホールに近付いていった。特段近付いても吸い込まれるようなことはないらしい。目の前に辿り着くと母は真黒い大穴に首を垂れた。


 カタンッ、と軽快な音を立てて大穴の向こうにある襖が開いた。障子張の襖の存在に、今の今まで幼い私は気付かなかった。


 襖扉の向こうには、()()が佇んでいた。あえて詳細は説明すまい、異形である。彼は畳の上で寛いでいるようだった。


 母が言った。


「親愛なるシャックス侯よ。本日そなたの時間を割いていただいたこと、誠に感謝申し上げる」


「ひょっ、ひょっ。なぁに、俺が言い出したことであるからなぁ。むしろ俺の言いつけ通り、今日はお勤めご苦労であるぞぅ」


「とんでもない」


 シャックス侯。話には聞いていたが、実際にその御姿を見るのは初めてだった。いつのまにか異形は人の姿をとっていた。真緑の装束にモノクル眼鏡。シルクハットもまた緑。


「ロコちゃん」

「は、はい」


 母の厳粛な声に、幼い私も思わず首を垂れた。腰が抜けた、といってふさわしい。今すぐにでも跪きたかったが、身動きすることでこの御仁の気分を損ねるのではないかと何もできなかったところを、母の『許可』を得て我先にと跪いた。


 母はシャックス侯としばし目配せを繰り返し、跪いたまま幼い私には話しかけた。視線は地面を向いている。


「ロコちゃん。アリカのアリカたる所以は知ってるでしょう。今日は、その『継承』の日です。いいえ、貴方の不勉強を疑っているのではなくてただの確認よ。準備はいい?」


 幼い私は頷いた。準備は万全だった。私は私が何をすればいいのかわかっていた。散々に教えられたし、散々に練習させられた。


「ロコちゃん、大好きよ」


 だから、私は呟いた。それが母の最期の言葉になるとも知らずに。


「宣告する。我が名はロココ、姓はアリカ。アリカが十七代目を継承するとて、我が宣告す」


 幼い私は、何も知らない私は、無慈悲にも宣告を続行する。『継承』という言葉の意味を深く考えずに。


「我らが後ろ盾(パトロン)にして協力者、シャックス侯への服従を以って、我らが一族に繁栄のあらんことを」


 ひょっ、ひょっ、とシャックス侯は笑った。三日月のように裂けた口元は、知的な彼の相貌にはとても似つかない表情だった。


「ひょっ。それではそれでは、今日この日は俺のここ数十年で最大の楽しみであった。待ちわびたぞ。昔から、お前は旨そうだと思っておったのだ」


 この時になって初めて幼い私は気付いた。母の手が震えている。全身に鳥肌が立っている。香水のいい匂いもする。


 ばくり。一口だった。


 シャックス侯の大口に、次の瞬間には、母は飲み込まれていた。幼い私は悲鳴をあげることもできずに、ただただ呆然としていた。


「ん、んぐ、んぐん。っふぅ。ふむ、ふむ、ふむ……」


 咀嚼を繰り返すうちにだんだんと笑顔になるシャックス侯。余韻を楽しむかのようにしばらく言葉を発さなかった。私は、またしても腰を抜かしていた。跪かなければと思うのに、足が言うことを聞かなかった。


「これにてぇ、継承の儀を終了するのであるぅ。俺は次にお前の子に継がれるまで、ロココ・アリカ、其方に我が力の一端を貸すことを約束しよう。下がってぇ、良いぞ、俺は満足であるぅ」


 幼い私はこれまで習ったことを思い出す。アリカのアリカたる所以。アリカの繁栄の歴史。名門たるアリカの一族の、その技術の在処(ありか)


「あ、そうだ。言い忘れていたがぁ」シャックス侯はにまぁと笑った。「俺がお前に貸してやる概創霊装『強奪弾』は、使われれば使われるほどお前を旨くする。そういう風に創ってある。せいぜいが有効活用するのであるよ。俺に食べられるその日に極上の身体を捧げられるように」


 ひょほっ、ひょほっ、ひょっ。


 カタンッ、と音を立てて襖扉は閉まって、それきり辺りから音が消えた。襖の向こうにある和室、そこに佇んでいるだろう異形の雰囲気は、全く絶たれた。


 アリカの繁栄は、『ソロモンの悪魔』シャックスとの長きにわたる契約によって紡がれてきたモノである。


 決して、個人の才覚に依るものではない。私たちはこれまでも、そしてこれからも、一生シャックス侯に媚を売って生きていく。







 あれ。


「ひょほっ、ひょほっ、ひょほほほっ」


 私は、何をしているのだろう。


 ソロモンの記憶創造により作られた身体に、私──ロココ・アリカの魂が入った瞬間だった。


 身体の主導権をシャックス侯に奪われた。ことシャックス侯とアリカ一族との関係において、特別に驚くほどのことではない。シャックス侯はどこまで行っても主人で、アリカ一族は奴隷だ。彼はいつでも私を意のままに操れる。


 でも、身体を奪ったのならば、心も奪ってくれましたらよかったのに。


 視界の奥にバザドゥーズが見えた。背後にはルーヴァンとコーイントススの気配もある。私を三角形に囲んで彼らは警戒している。特にバザドゥーズなんて、泣きそうな顔で私と対峙していた。


「ふむぅ、これは──なるほど。魂だけ生き残り肉体は破壊され──そして再構築されたのであるか。これ程の精度で『記憶創造』とは中々に粋なことをやりおる」


 私の口が、私の声で、私とは異なる口調で言葉を紡ぐ。


「そして、俺がロココ・アリカの肉体に刻んでいた楔は、その時に再構築されなかったというわけであるか。なるほど『記憶創造』であれば、誰が知っているわけでもない俺の刻印が再現されるわけもなし」


「『暴食(グリービエンス)』!」


 まず襲いかかったのはバザドゥーズだった。彼は身体中に暴食の光を纏って飛びかかる。


 でも、その光は弱々しかった。少女に襲いかかるバザドゥーズ、というのが()()()()からだろうか。


 果たして──シャックス侯は避けなかった。


「!?」


 バザドゥーズの右拳が振り抜かれ、それはシャックス侯──つまり私の身体、右頬に直撃した。弱々しいとはいえ暴食の力も加わった彼の一撃を受けて、シャックス侯は顔を顰めることすらしなかった。


「……ふむ、蚊トンボにでも刺されたか」


 次の瞬間バザドゥーズは吹き飛ばされていた。いつのまにか、シャックス侯は手に長筒の銃を持っていた。


 吹き飛ばされたバザドゥーズをルーヴァンが受け止める。コーイントススは相変わらず正面で構えているが、かの呪いの王をして、一人でシャックス侯に襲いかかるのは躊躇われるようだった。


「確認である」


 膠着した戦況でシャックス侯は言う。


「そなたらは、ロココ・アリカの何者か」


「仲間だ」


 立ち上がったバザドゥーズが即答した。ルーヴァンも側で頷いているのが見えた。


 知らず、私は心の内を熱くする。じんわりと暖かい何かが胸の中を満たす。


「そうであるか、ひょっ」


 嫌な予感がした。私は気付いた。シャックス侯の笑い方のせいだ。彼は口元を三日月のように裂いてにんまりと笑った。これ以上に邪悪な笑みがあるだろうか。


「俺を手間取らせた罰である、ロココ・アリカ。()()()()()()()()()()()()()


 ひゅん、と心臓が締め付けられる音が聞こえた。

感想が欲しいなら投稿頻度を上げろって話なんですよね。

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