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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
冥界編
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第七十四話 諸悪と邪悪が逃げ果せる

 城へと突入する少し前。暗い夕暮れの光が大地を照らす。



 アストレア・ヴィ・レイヴは項垂れていた。目の前にはもう敵の居城があるというのにらしくない。戦闘を生業とする彼女が、上の空で居る。


「どうした、勇者」


 美少女になったダンタリオンが言った。少女の声に驚いたのか、アストレアはびくっ、と身体を跳ねさせた。


「……いつになっても慣れないな、この百面相め。爺から少女になり変わる奴がいるか」


「正確には儂にはもとから数百の(かお)が存在していて、お主らと接触していた『爺の儂』が死んだから『少女の儂』が来ただけなのじゃが──まあ、儂のことは良い。今はお主の『めんたるけあ』じゃて」


 ダンタリオンはにこりと笑った。


 アストレアは憂えた瞳で微笑んだ。


「いやなに。結局、私は呼ばれなかったなと思って」


 アストレアの瞳の先にはバッジがあった。勇者と連絡を取るためのバッジ。アストレアの服の下には数十ではきかない数のバッジが縫われている。対応するバッジに魔力が篭れば、アストレアの持つバッジも光を発する。


「……つまり、ソロモンは一人で退けたのだな、サミジーナを。私も弱音など吐いてはいられない」


 ソロモン・ディビルズと行動するようになって久しく忘れていた、『一人』という感覚。パートナーの不在、とはまた違う寂寥感。


「そうか」


 と、ダンタリオンが歩き出した。真っ黒に佇む死者の王が居城へと。







 斬り込み一閃。ただの斬撃ではない。勇者の斬撃だ。さらに言えばアストレアの得物は神剣エンハンブル。油断も妥協もない、精彩そのものといった一撃。


「!?」


 それが、真正面から受け止められた。


 仮にも世界最強格の一撃である。そんなことがあり得るのだろうか? 受け流す、相殺するではなく、真正面から受け止めるなど。


 答えは否だ。ならば、なぜか。相手は誰か。


「……父、上……?」


 アストレアが呆然と呟いた。彼女の自失は一瞬、だがその隙に『父上』──先代勇者は剣を振るう。神速と言って差し支えない勇者の剣を。


「ぐうっ!」


 咄嗟に剣を合わせられたのは幸いだった。神剣は攻撃においてもそうだが、防御においても比類無き頑強さを見せる。()()()()()を扱う先代勇者とアストレアとの最大の違いは、その得物である。


 決して技量では、ない。その事実にアストレアは歯噛みした。今アストレアが生き延びられたのは、持っているのが神剣で、相手が神剣を持っていなかったからだ。


「まあ、僕の手駒がもう使えないなんてことはないよね。アンドラスと三代目勇者の魂はマスターハデスたちに()()されちゃったけどさ──」


 ぶわり、と。先代勇者──アストレアの父だけではなかった。次から次へとサミジーナの背後より人影が現れる。アストレアの知らない顔もあった。知っている顔もあった。


 ゾンビ。サミジーナの死霊。その誰もが実力者であることが窺えた。


「──ま、今の僕でもこのくらいはやるさ、当然」


 簡単には、勝たせてもらえない。


 アストレアはそれでもサミジーナ本人を狙った。横やりがそれを許してくれない。右から左から、突進するアストレアを止めようと攻撃が入る。


 単純に直線上に割り込むだけでもいい。アストレアに槍や弓、剣などの得物を向けるだけでもいい。ただ直進する彼女を止めることのなんと簡単なことか。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「忘れたのか? ()()()()()


 強行突破。つまりは、無理やりに。


 不死であることに身を任せ、傷付き切断される手足は再生するに任せて、一度も防御の姿勢など取らなかった。


 凄絶なる痛みだろう。いかに『不死蝶』の力といえど痛覚まで遮断されているわけではない。左足を飛ばされるたびに脳の奥深くに鈍痛が蠢き体勢が崩れ、右手を飛ばされれば、再生した新たな右手で即座に宙に浮いた神剣を回収する。


 『勇者』の圧倒的な速度が為せる神業──力業で、遂にアストレアは強者の荒波を抜け切った。


 ぎゅるる、と傷ついたアストレアの肉体が再生する。サミジーナの目前まで迫った彼女は、無傷万全の状態である。


「疾ッ!」


 ガキィン、と。


 サミジーナは動かなかった。まるで救済を確信していたかのように。


「なっ」


 アストレアの剣を弾いたのは先代勇者であった。アストレアの父。ハルパスを殺してアストレアに食われた傑物。赤い髪の毛だけがアストレアとの共通点として窺える初老の男。


 しかし、()()()()()()()()()()()()()


「(速過ぎる! 人間の動きでは、ない……?)」


「僕の概創霊装は『死者の操作、強化』なんだけどね」


 術式の開示。


 縛り(デメリット)を設けることによって自身の魔術を強化する古風な技法。


 サミジーナはアストレアの目の前でそれを行った。まるで自身の無事を信じて疑わずに。


 事実、アストレアは何度もサミジーナの首を狙ったが、それらは全て先代勇者に捌かれた。


 ガキィンッ! と何度目とも知らない剣戟の音が響く。


「だったら僕が前線に立つ必要はないんじゃないか? って、誰もが思うと思うんだ。そりゃあ僕だってできれば安全なところにいたいさ。それでも出張るってことは……まあ、そこには何か意味があるんだけど──」


 サミジーナはにかりと笑った。決して、晴れやかな表情ではない。他者を貶し嘲笑い狼狽させる、紛れもない嗜虐者の顔であった。


「──これ以上は教えてあーげない! さあさあ今代の勇者くん! 君はまぁーだ先代勇者すらも超えられていないのかい!?」


「ぐっ」


 事実であるが故に、羞恥と悔しい気持ちのみがアストレアの胸に募る。それでも、彼女には剣を振り続けることしかできない。


「(ソロモンは、こいつに勝ったのだっ!)」


 アストレアは一度大きく剣を弾いて後退した。


「しまっ──」


 後ろへと退いてしまった。


 しかし、そこにはアストレアが必死になって抜けてきた荒波のごとき強者たちが悠々と構えて──


「『古代の書庫(アーカイブ)』」


 ──()()()()()


 サミジーナが呼び出した死霊は、彼の側に侍る先代勇者を除いて泥のように崩れ落ちていた。


「儂は開示なんて()()()()()はせんがの。ま、送り込むだけが情報の渦の使い方じゃあるまいて」


 『序列七十一位』ダンタリオン。知識と博愛を重んずる賢人だが、しかし決してその在り方は戦闘向きでありはしない。


 正面から戦えば勝てないことを知っている。だからソロモンなりアストレアなり、味方を率いて強大な敵と対峙する。


 類稀な頭脳と豊富な知識でもって。


 つまり、()()()()()()()()()()これ以上の存在はいない。


 またも救われた。アストレアは自身の恵まれた環境に歯噛みする。まだまだ精進が足りない。


「やあ勇者、おぬしは目の前のやつに集中せい。儂が戦いやすくしてやろうて」


「しかし」アストレアは敵がいないのをこれ幸いとダンタリオンの隣まで後退した。「あの白衣の魔術師──バアルとやらはどうするのだ」


「……あやつは、無視して良い。面白半分で邪魔されては敵わんが、ああいう手合いはむしろ()()()()()()()()ちょっかいをかけられやすくなるものなのじゃ」


 くひ、と白衣の男は笑った。彼は戦闘開始より、ふかふかで真っ赤なソファに座ったままである。


「ひどい言い草だなあ、ダンタリオン。君がサミジーナに執心してるのはわかるけどさ、よりにもよって勇者と協力するのかい? それに今、サミジーナは僕を匿ってくれてる大事な──いわば後ろ盾(パトロン)なわけだけど」


「だけど協力するほどではない。じゃろ?」ダンタリオンは舌打ちをして応答した。まるで会話すら交わしたくないというように。「おぬしもわからんやつよの。自分の身くらい自分で守れるだろうに」


「あっはは。せいかーい。じゃ、僕はこの辺でお暇するよ」


 そう言うと白衣の男は本当にどこかへ消えてしまった。ふわりと溶けるように。蛇人(ラミア)の目を持ってしても、その魔力の揺らぎを感知することは困難だった。それほどまでに鮮やかな神秘の発動。


 今度舌打ちをするはサミジーナだった。


「ちっ。……お互い苦労するね、ダンタリオン。この世で一番自由に世界をかき回してるのは間違いなくあいつだよ」


「どうだか。おぬしも大概じゃろうて。危うく世界を征服しかけておったしのう」


 アストレアがダンタリオンを見ると、彼もアストレアを見ていた。


 互いに目を合わせて頷いた。休戦は終わりである。会話の応酬は墓場でもできる。今すべきは、一刻も早い脅威の排除であると。


 そうして二人がサミジーナを見据えた。


「!?」



 その時だった。



「だらっしゃあああーーッ!!!!」



 ドガァンッ!!! と。


 震撼、なんて程度でもなかった。ただの爆音というわけでもなかった。


 サミジーナの居城が、叩き潰された。まるで蟻を指で潰すかのように、巨大な『何か』にぺしゃんこにされていた。


 寸前にアストレアらは窓から城の外に飛び出ていた。サミジーナも同様だろう。土煙が現状を覆い隠す。立ち込める土塊色の粉塵の奥に倒壊する城と、()()が見えた。


「ありゃ、あれ、あれれぇ」


 女の声だった。嗄れているがよく通る濁声。土煙の向こうで扇情的なシルエットを作り出すそいつは棍棒を持っていた。


「シャックス! おいおい、どうなってんだい。バアルがいないんじゃあサミジーナに喧嘩の売り損じゃあないか!」


 ブンッ、とアストレアは神剣を振った。風圧が視界を覆う邪魔者を吹き飛ばす。


 晴れた視界で見つけたのは一組の男女だった。


 一人は先ほどから叫んでいる女。肩とお腹を出す真っ黒のドレス。その手に握るに巨大すぎる棍棒。短めの青白い髪に勝ち気な表情も合わせてまさしく女傑というにふさわしい、彼女はごとりと棍棒を地面に叩きつけた。


 一人はそんな彼女の背後にかくれるように、「ひょっ、ひょっ」と笑うモノクル眼鏡の男。緑色の燕尾服を着て杖──のようなあれは拳銃? を持っている。しかし拳銃にしては筒の部分が長すぎる。長距離狙撃に特化しているのだろうか、全長は1メートルを優に超えるその狙撃銃(スナイパーライフル)はしかし、現代にはオーバースペックな代物である。


 彼がシャックス──『序列四十四位』シャックス侯であるのならば、面倒だ。この場面での闖入者など誰であれ邪魔であるのに、よりにもよってそれが『ソロモンの悪魔』とは。


「ひょっ、ひょっ。俺は嘘つきであるが、それでもついさっきまでここにバアルがいたのは本当であるぞぅ、サブノク侯」


 シャックス侯はそう言って肩をすくめた。女もどうやら本当に非難していたわけではないらしい。棍棒を肩に担いで、空いた左手でぽりぽりと頬を掻いた。


「ふむ。しっかしあいつの()()()は速すぎて、魔力の残滓も残さねえからなぁ。いっつもそうだ。いつのまにか透明になって消えやがる。ま、あたしらが仲違いしてもいいことないからお前の言葉は信じるんだけどさあ」


「ひょっ。しかして、どうするのであるかぁ、サブノク侯ぅ。なにやら取り込み中ぅ、であったようだが」


 サブノクと呼ばれる女は手持ち無沙汰に棍棒を弄んだ。


 アストレアの隣でダンタリオンが舌打ちをした。


「ふん。やけに素直に撤退するとは思っておったんじゃあ、バアルめが。あやつ、儂らに面倒を押し付けおったな」


 アストレアは神剣を構えて言った。


「どうする。殺すか。敵か」


「待て。こやつらは味方ではないが、『バアルの敵』じゃ。そして城を壊した手前『サミジーナの敵』でもある。協力とまではいかのうても、サミジーナを倒すまでの休戦くらいは──」


 バツンッ! と何かが着弾した。ダンタリオンのすぐ後ろに。


 ダンタリオンは首を傾けてそれを避けていた。それは白髪の少女(?)の額を狙った、明らかに殺すつもりの攻撃であった。


「──望めると思ったのじゃが」


「ひょっ。確かに手応えはあったのであるが、なかなかに面白い()()だな、ダンタリオン。おぬしと俺では相性が良くないか」


 じゅわ、と何かが着弾した地面が溶けた。


「ま、そういうことだ。あたしら、()()()()()──てわけでもないんだけどね」


 サブノクもまた棍棒を構える。彼らはどうしてこうも好戦的なのだろう、とアストレアは思った。


 と、そこでアストレアは気がついた。


 『序列四位』サミジーナは、一体どこへ行った?

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