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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
冥界編
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第七十二話 時間をもらう

なんの面白味もない説明会。

 話は一時遡って。


 ソロモン・ディビルズが過労でぶっ倒れた直後のことだった。


「疾ッ!」

「あ、ちょ!」


 ガキィン、と火花が散った。


 ソロモンに向かうコーイントススのナイフを、シストが大鎌で弾いた音だった。


「何してるのよ!」

「お前こそ、何をしているのかわかっているのかー?」


 コーイントススは執拗にソロモンの首を狙いながら言った。


「そこに寝転がるのは()()()()だぜー? 大戦犯、ごときじゃあない大悪党だ」


 今のうちに殺しとくのが吉だろうが、と。


 しかしシストはコーイントススを止め続けた。苛立ちまじりの舌打ちが響く。


「わかってるわよそんなこと!」この、しつこいわねと。「そっちこそソロモンのこと知らないくせに!」


 コーイントススはソロモン目掛けてナイフを投げた。と同時にシストの方へと駆け出す。シストは逡巡の後、まずナイフを叩き落とすことにした。大鎌が振りかざされる。


 そして、コーイントススの両手には新たなナイフが握られていた。


「っ!!」


 大鎌を振り切った直後の姿勢でシストは身体を捩るが、避けきれない。コーイントススのナイフは急所ではなく胴体を狙っていた。確実にダメージを与えるためだ。目的がソロモンの殺害であるため、シストの動きが鈍ればそれで事足りる。


 鮮血が舞った。シストの腹から。致命傷ではない。だが、それは確かに傷だった。冥界の女主人(ザ・ミストレスハデス)ともあろう彼女が、ソロモンを庇いながらとはいえ、戦闘で傷をつけられた。


「このっ!」


 シストはお返しとばかりに大鎌を振って、『波動』を飛ばした。幸いコーイントススは現在手負いであった。怪我をしている。そして、シストの波動は怪我の度合いを操作する。


 当たれば必殺の一撃は、身軽なコーイントススに難なく躱された。


「あなたっ! せめてソロモンと正々堂々戦いなさいよ!」それは、シストなりの温情だった。ソロモンが恨まれる理由もわかるが故の。「じゃないと、()()()()()()()()()わよ!」


 先ほどサミジーナらを瞬殺したシストが、コーイントススごときにどうしてこう、てこずっているのか。


 理由は簡単、手加減が難しいのだ。本気で『死神の鎌(デス・サイズ)』を振るってしまっては必ず殺してしまう。


 果たしてコーイントススはシストの忠言を──挑発だとして受け取った。


「殺してしまう、だとー?」


 はあ、とため息。それは八度目か、九度目。コーイントススの背後で、藁人形に火が灯った。


「おれのこと舐めてんのか?」


 シストは笑った。


「いいえ?」


 互いに手負い。腹から流血するシストと、満身創痍のコーイントスス。


 仕掛けたのはやはりコーイントススだった。シストはソロモンの側を離れられないから。


「いたいけな鉄」


 コーイントススの握るナイフが淡く光った。それはシストには知る由もなかったが、バザドゥーズという男の『暴食(グリービエンス)』の光によく似ていた。


「っ!」


 コーイントススの狙いはソロモンだった。シストなど眼中に納めていない。幸いとばかりに、シストはコーイントススの腕を狙った。神速で駆ける彼女の、ナイフを握る右の腕を。


 そしてまさに大鎌が当たろうとしたとき、ぐるん、とコーイントススの身体が回った。シストにはコーイントススがまるで目の前から消滅したように見えた。もちろん、右腕も切断できていなければ、


 コーイントススは左の腕にもナイフを握っていた。


 シストは大鎌を空ぶっている。先ほどと同じだ。大鎌を振り切った姿勢で、目の前には攻撃態勢に入ったコーイントススがいる。


「(誘われた!?)」


 シストの脳裏に葛藤が過ぎる。やるか、やられるか。でも()()を出してしまったら、本当に彼女を殺してしまうかも──


「疾ッ!」


 ──当然、コーイントススが待ってくれるわけもなし。


「(あ、やばいかも)」


 コーイントススの振るった淡く光るナイフが、シストの首を一閃、鮮やかな切断面を見せてシストの頭がズレ落ちる──


「──おーいおい」と。


 男の声だった。


 男が、シストとコーイントススの間に入って、まるでチンピラの喧嘩でも止めるように、悠然と立ちはだかった。


 今にもシストの首を持って行こうとしていたナイフは、男の指に摘まれ、止められていた。


「だめだろう、コーイントスス」


 穏やかで、低い声だった。ピシィッ! とコーイントススの身体は石のように固まった。シストは上司(?)に叱責されているからかと思ったが、違う。


 ナイフを指で摘まれているからだ。ちょこん、と右手の親指と人差し指とで。


 それだけで、コーイントススの動きは止められていた。


「……ルー、ヴァン?」


「ああ。全くツーマンセルだってのに、お前は面倒ばっかかけやがってよぅ」


 ルーヴァンと呼ばれた男は言った。


 シストはそれを、空恐ろしそうな目で眺めていた。


 ルーヴァン・ガランド。彼が止めたのはコーイントススの攻撃だけではない。シストもまた、差し違いになる腹づもりでコーイントススに向けて『攻撃』を放っていた。


 シストはソロモンのためならば、他者を殺すと言う選択が取れる。ソロモンを助けるために、()()を出してなんの罪もないコーイントススを殺す。最後の最後でそれを決断できた、のに。


 そのシストの渾身の一撃は、ルーヴァン・ガランドによって相殺されていた。何食わぬ顔で、コーイントススからシストを守ってくれながら。


「おい、おーい。聞いてるか、冥界の」


「あ、はいっ、はい。なん、でしょうか」


 しばらく呆然としていたシストは、自分がルーヴァンに呼ばれていることに気が付かなかった。


「さっき言ってたよな、『ソロモンと正々堂々と戦うなら良い』って」


 シストは目をパチクリさせて、ルーヴァンの言葉を頭に染み込ませた。


「は、はい。いった、言ったわ。いえでも、ソロモンを殺すのは、できればやめてほしいかなぁって……」


「それはできない相談だ。俺も、コーイントススも、それに向こうにいるアイツだって──」ルーヴァンはそう言って遠くを指し示した。そこにはバザドゥーズと呼ばれる男が立っていた。「──ソロモン・ディビルズには大層な恨みがある。到底許せはしないくらいの」


「……」


「でも、でもだ。ソロモンがあの『天災』──死者の軍勢を率いる凶悪な『ソロモンの悪魔』、サミジーナだったか? をコーイントススと協力して撃退したこともまた事実だ。ソロモンが居なければノーセストの街はただじゃ済まなかった。だろう、コーイントスス?」


 コーイントススは渋々と言った様子で頷いた。


「そうかもなー」


「そんな恩人は、その俺たちの街を守るための戦いの疲労で気絶している。そこを攻撃するのは俺たちだって胸糞悪い」


「別にんなことないけどなー」


「お前は黙ってろ」


 ゴン、と鈍い音がした。ルーヴァンがコーイントススの頭に拳骨を落とした音だ。


 ごほん、と仕切り直してからルーヴァンは提案する。


「だから、『正々堂々』やろう。ソロモンが目覚めて、万全の状態になってから、俺たちは一人ずつ決闘を申し込む。一対一の真剣勝負だ。もちろんあんたにも手は出させない。俺たちも他人の決闘では手を出さない。それで構わないか?」


 シストは逡巡した。これを認めてしまったら、最悪ソロモンが目の前で殺されるのを黙って見ていることになる。


 でも、これを認めなかったら、ソロモンは今この場で殺されてしまう、かもしれない。得体の知れないこの男(ルーヴァン)から、意識不明のソロモンを連れて逃げられるとも思えない。


 そして、真摯にこちらの意を汲んでこんな提案してくれるルーヴァンを殺すことも、シストの良心が許してくれない。


 やがて、シストは唇を震えさせながら言った。


「……わかった、わ……」


 よし! とルーヴァンは手を叩いた。


「じゃあ、『契約』しようじゃないか」

「え?」


 いざとなったら『約束』を破って助けに入ろうと考えていたシストは。


 あるいは、絶望への片道切符を買ってしまったのかもしれない。







「そういうわけで、私は助けられないの! ごめん!」


 寝起きのソロモンは、シストにそう捲し立てられた。ソロモンはベッドの上で身体を起こしてから笑った。


「助けるって、俺ってそんなに頼りない?」


「い、いえ? そんなことはないけど?」


「頼りないんだ……」


 シラを切るシストにソロモンは落胆した。慌ててシストが弁解しようとするが、ソロモンはそれを止めた。


「わかってるよ。コーイントススは強いし、バザドゥーズとやらも強かった。それに、そこのおじさんはもっと強い」


 ソロモンに視線を向けられた男──ルーヴァン・ガランドはにかっ、と笑った。彼は扉の側の壁に背を預け、両腕を組んでいた。


「それで、どうする? もうすぐやるか?」


 ルーヴァンの問いにソロモンは即答した。


「やるわけないだろ。()()()()()になるまで待ってくれるんだよな?」


 それから、ソロモンは。


 悠に一年あまりの時間を、自堕落に、休養と称して過ごし──てもよかったのだが。


 今もどこかで戦っているアストレアのことを思って。


 また心の奥底に密かに芽生えた、いや再燃した最強への憧れを燻らせて。


 三日間だけ、時間をもらうのだった。

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