表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
冥界編
68/78

第六十七話 災厄が動き出す

 白髪の少女──ダンタリオンは走っていた。彼(彼女?)にしては珍しく急いでいる様子だった。扉を潜る。階段を登る。廊下を通り過ぎて、豪奢な扉の前に立つ。そして、意を決したようにバタンと扉を開けた。


 人の気配はなかった。黒曜に光る執務机が奥に見える。その手前には真っ赤なソファが対面するように二つ置かれていて、ソファとソファの間に透明なテーブルが置かれている。テーブルの上にはカップがあって、カップの中にはまだ暖かさを残す紅茶が注がれていた。


 ダンタリオンが舌打ちをしたときだった。あまねくを馬鹿にしているような声が、背後から聞こえた。


「一足遅かったねぇ、ダンタリオン?」


 ダンタリオンは振り返らなかった。悔恨に顔を歪めただけだった。


「どうしてお主がここにおる、バアル」


 『全能』バアルはにたぁ、と口角を上げたのだろう。顔も見えないのに、どうしてかダンタリオンにはそれがわかった。


「いやーだなぁ。特に含むところはないって。ちょっと()()()()()()()()()だけでさぁ」


 そして、バアルはさらりと言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からなぁ」


 無用心だよねぇ、と。


 ここはサミジーナの居城だった。ダンタリオンはバアルの言葉を聞いて、舌打ちをした。そして足早にその場を後にした。


 きっと、バアルは今もにたにたと笑っているのだろう。そして今回も静観を貫くのだろう。ソロモン・ディビルズはまだ実っていないから。





 冥界の扉が開く。アンドラスは跪いていた。敬愛する主人を、服従の姿勢で迎えていた。扉から悠然と出てくるは子供──サミジーナだった。


「僕は死者を操る」


 サミジーナが言った。アンドラスは黙って耳を傾けている。決して音を立てないように。主人の口上を邪魔しないように。


「僕が苦労して手に入れた(アンドラス)は、生者を操る」


 サミジーナは跪くアンドラスの頭を撫でた。そして背後を振り返った。そこには錆び付いた、冥界へ続く扉があった。


「そして今、冥界すらも僕の手中に収まった。全ての魂が僕の支配下にあるんだ」


 歴代の勇者たちや、その他の強者たち。果ては『ソロモンの悪魔』とて、死すれば魂は冥界を訪れる。

 そんな歴戦の兵士たちのその全てを操る権利を、サミジーナは得たのだ。冥界を──ブラズを調伏することで。


「『狐狗狸の人(テーブル・ターニング)』」


 概創霊装。()()()()()()()()()()()()()()()()ことで、サミジーナは能力の底上げを行なっている。。子供だったサミジーナの姿は、狐と、狗と、狸。それからテーブルと硬貨に変わる。動物たちは硬貨を思い思いにつついて遊ぶ。


 こっくりさん。


 有名な神話だったり、言い伝えだったりを依代とする魔術は少なくない。サミジーナの『狐狗狸の人(テーブル・ターニング)』の原型はこっくりさんである。その『降霊』という特徴だけを抽出、濃縮した魔術である。


「「「それじゃあ」」」狐は言った。狗は言った。狸が言った。「「「目を覚ませよ。もう十分眠っただろう。やられっぱなしじゃ癪だろう。()()()()()()()()()()()()()」」」


 硬貨が跳ねる。地面に落ちてはまた跳ねる。跳ねるたびに硬貨の数は増えていく。増えては跳ねて、跳ねては増えた。そしてあたりが硬貨で一杯になった時、硬貨は光り始めた。光はそれぞれ、人の形をとっていった。


 目に見える範囲だけでも数千人。見えない範囲も合わせれば(増えた硬貨が全て英霊となったのならば)数万といるだろう。それだけの英霊が、この場に降臨していた。


 いつのまにか動物たちは消えていた。無邪気な子供の姿に戻ったサミジーナが、英霊たちに命令する。


「ここに降臨せし歴戦の英霊たちよ! 僕のために、世界を壊せ! 千年越しの征服だ!」


 万全を期したサミジーナの凱旋が始まった。アガレスやマルバス、アモンの力を知るサミジーナが期した万全である。


 単騎で彼を止められる存在は、もうこの世にいない。世界は蹂躙を待つのみであった。





 単騎で彼を止められる存在は、もうこの世にいない。世界は蹂躙を待つのみであった。





 単騎で彼を止められる存在は、もうこの世にいない。





 もう()()()()いない。





 ならば、この世でなければ?





















 透明な世界で彼女は言った。


「あらぁ。これは、ソロモンには荷が重かったかしらぁ」


 そこは()()()()()()()だった。冥界とも違う、現世に干渉されず、現在に干渉できない世界。傍観者として過ごすには最適な世界。


 そんな世界で悠久の時を生きる彼女──カタストロフィは立ち上がった。向かう先には扉があった。この世界と現世とを繋ぐ、唯一の通路(パス)


「いつもなら放っておくんだけどねぇ。()()()()()()()()()()()()()()のだし。でも──」


 透明な世界の背景が変わった。この世界はカタストロフィの精神と繋がっている。この世界の背景は、それそのまま、カタストロフィの情景を表す。カタストロフィの心情を表す。


「──たった一回のミス(サボ)っただけでゲームオーバーじゃあ、かわいそうだものねぇ」


 それは。


 人外の彼女が持つ唯一の愛情。


 たった一人の愛しい(おのこ)


 無理無謀に正面から挑戦して、敗北した可愛い息子。


 泥臭く理不尽に抗うかつてのソロモン・ディビルズの姿を背景に、カタストロフィは現世への扉を潜った。



















 『災厄』というのが人の形をとったら、きっと彼になるのだろう。彼──というより、彼の力が『災厄』なのだ。


 地震よりも恐ろしい。

 津波でさえも生温い。


 死した英雄たちの行軍ほど、恐怖を喚起するものはない。


「ありゃ、この世のものじゃねえぜ。じゃあ何だって言われると困るが、決して一個人が抱えていい能力でありはしない」


 ルーヴァン・ガランドは言った。彼はつい先ほどノーセストに到着して、意識を失ったバザドゥーズを回収した。それから数万の英霊──サミジーナの降霊した勇者たち──を見た。そして抗うことを諦めて、今はノーセストの住人の避難を誘導している。


「てめぇら、異常事態だ! 俺は『猛禽部隊(ロイヤリーグル)』隊長、ルーヴァン・ガランド! 死にたくなけりゃ避難しろ!」


 大声で街中を走り回って避難を喚起する。警告を聞いて、わらわらと住民たちは表へ顔を出し始めた。


「……ロココ・アリカは……?」


 その時だった。ルーヴァンの背中に担がれるバザドゥーズが意識を取り戻した。ルーヴァンは立ち止まり、目を瞑って首を横に振った。


「……行か、なければ……」


 バザドゥーズは満身創痍の身体だった。だが、なおも意思だけは冥界──ロココ・アリカに向いていた。


「ダメだ」ルーヴァンはそれを許さなかった。「絶対に勝てない。コーイントススも行かせたくはなかったが──あいつは止められなかった。バザドゥーズ、動けるようになったんなら、今はノーセストを救うことだけを考えろ」


 住民たちは混乱していた。だが、冥界のすぐ近くに存在する街である。定期的に訓練も行われている。決して迅速とは言えないが、緩慢でもない避難だった。


 そして、全住民があらかじめ用意されていた避難所(シェルター)にたどり着いた時だった。死者の英霊たちの第一波が、ノーセストに到着した。


「ああ、ああ!」

「俺たちの街が!」

「……っ!」


 住民たちは悲鳴をあげた。遠目にも焼き尽くされ、破壊の限りが行われているのがわかる。


 ルーヴァンはそれを悲しそうな眼差しで見ていた。目を細めて口元をひき結んで。


 そして彼は小さく呟いた。


「……すまない。『契約』を、施工しよう」


 避難所(シェルター)を淡い魔力が覆う。それは到底人間に許される魔力量ではなかった。バザドゥーズは畏敬の念でルーヴァンを見た。


「計り知れぬは天秤が二つ」


 久しぶりに見るルーヴァンの本気の『契約』。寿命を犠牲に底上げされた強制力を持つ魔術。


 自らの寿命(それ)を、少しも躊躇することなく、その全てを民のために使うことができる。彼が『猛禽部隊(ロイヤリーグル)』の隊長を任されている理由の一つだ。自身を顧みない滅私奉公の精神性。


「片には気付かれぬ森の木を」


 魔力が形を変える。魔力が避難所を覆う。そして、避難所ごと背景と同化する。魔術が完成する頃には、避難所はすっかり見えなくなっていた。そこには((はた)から見れば)ただ荒野があるのみである。


「片には外に出でぬ森の民を」


 そして、『契約』には『制約』が要る。ルーヴァンのその発言を最後に魔術は完成した。


 ルーヴァンは大声で叫んだ。ざわめく住人たちはびくっ、と驚いた。それから自分が注目を集めているのを確認してから、ルーヴァンは言った。


「今、俺の魔術でこの場所を隠した! 決して見つかることはねぇが、ただし! 誰かが外に出ちまったら魔術は解除されちまう! そういう『契約』を結んで隠蔽能力を底上げしてるからだ!」


 子供連れは気を付けろ! ボケ老人にも気を付けろ! 遊び半分で外に顔でも出してみろ! ここにいるみんな纏めて、一緒にあの世で再会だ!


 住民たちはこくこくと頷いた。親たちは自分の子供を抱きしめた。ルーヴァンはそれを見て、安心させるようににかっと笑った。


 ここへきて、バザドゥーズは自分がハメられたことに気が付いた。そして悔しそうにルーヴァンに言った。


「……俺も、外へ出ることは許されないのか、ルーヴァン……」


 ルーヴァンは言った。


「……ああ。お前がロココを助けに行っちまったら、ここにいる全員がお陀仏だぜ。俺の『契約』が切れちまうからな」


 ルーヴァンの声色にも悲痛の色はあった。だが、『猛禽部隊(ロイヤリーグル)』隊長として、ロココ・アリカに続いてバザドゥーズをも死なせるわけにはいかなかった。あの英霊の軍勢を見れば、ロココ・アリカが生きているとは思えなかったから。


 くそっ、とバザドゥーズはルーヴァンの背中に担がれながら舌打ちした。



「単騎で彼を止められるものは〜」のくだりですが、『負けない』ことができるやつは結構います。『結局物量に押されて彼の世界征服を止めることはできない』という意味です。念のため。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ