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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
冥界編
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第六十一話 穴を開ける

「あぁ、なんだって?」


 ドスの効いた声だった。当の本人には脅迫しているつもりなどないのだろうが、それを聞いた職員は身体を震え上がらせて繰り返した。


「は、はい、報告です! ノーセストの街の衛兵より、『冥界の門が開いた』とのことです!」


「おう、そうかいそうかい。報告ありがとうな」


 鷹揚に伝令を労う男──ルーヴァン・ガランドは王国の兵隊だった。少なくとも本人は自分のことをそうだと思っている。実際は精鋭部隊の中の精鋭部隊、王室御用達の『猛禽部隊(ロイヤリーグル)』の隊長を務めているのだが、本人としてはそれは『頼まれたから引き受けただけ』程度の認識なのだ。


 猛禽部隊(ロイヤリーグル)。全部で十二の人間を抱える王国の秘密兵器にして、最終防衛線。


「……おう、こら。てめえら仕事だ」


 ルーヴァンは部屋の中に問いかける。だが、その言葉に反応を示す者はいなかった。


 ある者は机の上に足を掛けて寝こけて。

 ある者は我関せずと言わんばかりに爪を手入れして。

 ある者は椅子に座って本を読み耽って。


 またある者は目をキラキラとさせて物騒な鉄パイプを眺めているのだが、この四人でさえ『召集に応え、会議室に来ている』というだけで真面目な部類に入る。


 表向きは確かに精鋭集団(エリート)だろう。だがしかし『猛禽部隊(ロイヤリーグル)』の実態はその名の通り一匹狼たる猛禽(食物連鎖の頂点)たちの集まりで、協調性など無きに等しい。図らずも隊長を任されたルーヴァンとしては嘆かわしいことこの上ない。


 さて、しばらく待ってみてもやはり反応がない。これは少し()()()()が必要か──とルーヴァンが考えたところで、先ほどまで鉄パイプを食い入るように見つめていた子供が言った。


「なーなー、最近冥界の門ずぅっとひらきっぱーだが、なにがいけないんだー?」


 子供。彼女は今もうっとりと鉄パイプを眺め、やすりで磨きながら尋ねた。ルーヴァンは答える。


「おう、冥界の門が開いてるってーのはなぁ──」ルーヴァンはにやりと笑った。「──簡単に人が死ぬってことだ」


「ん? 人は簡単に死ぬぞー?」


「そうじゃないんだよ、コーイントスス。もっと簡単に死ぬんだ。死んでなくても死ぬし、死んだのに生きる。生死ってぇのが、不確かになるんだ」


「んー、よくわからんなぁ……」コーイントススと呼ばれた少女は首を傾げた。「それで、冥界に行けばソロモンの悪魔(あのゴミども)に会えるのかー?」


「ああ、会えるだろうな」ルーヴァンは断言した。「こんな状況が『冥界の主(ザ・マスターハデス)』の本意なわけがない。冥界で()()が起きてるのは間違いないぞ」


「そうかー。まあおれは行かないんだけどなー」


 そう言ってコーイントススはにひひと笑った。目元にある深い隈と、ツギハギされ接合された顔面が歪んだ。


 ルーヴァンはやられた、と天を仰いで顔を手で覆った。それを見てコーイントススはよりいっそう笑みを深める。にひひ。やられた。いひっ。くはは。しばらく会議室には笑い声だけが響いた。


 ふ、と。笑みを消したルーヴァンが言った。


「仕方ない。()()で決めるか……」


 ぴくり、とその場にいた全員が肩を跳ねさせた。寝息を立てる黒髪の男は呼吸を止めて、爪をいじるピンク髪の女はルーヴァンを睨む。本を読んでいた緑髪のメガネをかけた少年はため息をついた。コーイントススはわかりやすく不貞腐れた。


 ルーヴァンだけがいやらしく笑った。歴戦の戦士といったような傷だらけの強面が、いっそう邪悪に歪んだ。


「まあそう気張るなよ。しょうがねえだろ、ノーセストは王国領だ。そこにある冥界で()()が起きてんなら、誰かが対処しなきゃならねえ」そうして彼は懐から紙と羽根ペンを取り出した。「まあ、だからもしも俺に気に入られるようなことがあったら──貧乏くじ引いたと思って頑張るんだな」




 冥界。


 現世とは隔絶された場所。生死を司る場所。カタストロフィ曰くここ数百年散々世界に迷惑をかけているこの場所だが、はて。


 ()()()()()()()()()()()


「……はあ」


 ソロモンはため息をついた。そこは何もない荒野だった。かつては村があったのだが、今はもうその名残すら見受けられない場所だった。


「……起句(おきろ)


 胡座(あぐら)を組んで手を合わせる。そのまま瞑想を始めた。邪魔をするものはいない。透明な光──魔力はどんどんとソロモンのもとへと集まってきた。


承句(集まれ)転句(変われ)


 起承転結句。補助魔術言語の一種で、『補助魔術』としては万能の代物。威力の増強、属性の変更なんて朝飯前で、さらには詠唱の短縮も──と、そんなことはどうでもよくて。


 ソロモンはもう一度ため息をついて、言った。


「はあ。……結句(止まれ)」それからゆっくりと目を開いて、頭をぽりぽりと掻く「あー、俺、魔術の名前なんて覚えてないやぁ……。まあいいか、ほれ」


 手を大地に触れる。触れた箇所から魔法陣が広がる。人を横に倒して十人分くらいまで大きくなったそれは輝き出して、ソロモンは慌てて魔法陣の外に出る。


「えっ、えぐっ、や、やべえなソロモンの悪魔(この身体)


 魔法陣は思っていたものより数倍大きかった。感心しながらソロモンは魔力を込め続け、魔法陣は二重、三重と連なり、光はなおも強くなる。


「問題はこっからなんだよ……」


 ここまではあくまで『塗装』。これから行う魔術を強化する工程を、先に行っただけに過ぎない。


「できるかなぁ、五大元素系統(核生成)……」ソロモンは顔を顰めた。「こんだけ『塗装』するんだ……もう、ほんと、ほんっとーに小さな核で十分だから……!」


 果たして、ソロモンの悪魔(規格外そのもの)な身体は容易にソロモンの願いに応えた。


 ソロモンの身体から『鉄分』が切り離される。それから生まれる核の属性は『土』。ふよふよと漂うそれは人魂のようで、人生で初めて核生成を成功させたソロモンは思わず「うわぁ」と声を出して喜んでしまった。


 ふよ、ふよと茶色いまん丸な魔力()は空中を彷徨い、やがて魔法陣の真ん中におさまった。


 瞬間。


 ドゴォッ! と。荒野が捲れ上がって土煙が舞い、ソロモンは弾き飛ばされた。慌てて魔術を制御しようと試みるが、用意周到に準備した魔法陣が牙を剥く。それは馬鹿みたいに強く核を強化し続け、ソロモンが制御し終えるまでにそこら一帯はまるで台風に直撃されたような酷い有様になった。


 そして、その台風は表層だけを荒らしていったわけではない。


 ソロモンが立ち上がり、土を払って戻って見れば、先ほどまで魔法陣が描かれていたところには深い深い縦穴ができていた。底を見通すことすらできない深い縦穴。底無し穴。


 だが、いくらソロモンの魔術が破壊的であったとはいえ、こんなに綺麗に大地が抉れるものだろうか?


 答えは簡単。ソロモンの魔術が抉ったのは表層だけなのだ。だけれども、そこには確かに底無し穴がある。


「……はあ。()()()()()()()()()()()()()()()()


 ソロモンは今日何度目かのため息をついて、言った。


 そしてやはり様式美のように悪態を吐きながら──彼は底無し穴に飛び込んだ。





核生成、塗装については第三話参照。

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