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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
転生編
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第六話 わけがわからない

 遥かな昔に、あまねくを癒す蝶がいた。


 その力の代償に、蝶は生き物の体液を必要とした。生物の体液に比べれば花の蜜など無きに等しい。普通の蝶なら生きえても、その蝶の代謝はその力の影響を一身に受けていた。


 しかし、蝶は決して強くない。だから、なるべく手負いのそれから、癒しの対価として体液を貰っていた。万全の生物から血でも吸おうものならば、即座に叩き潰されてしまうからだ。


 そんなある日、蝶は気付いた。


 明らかに老衰の鳥さえ元気に飛べるまでに回復させる程の自分の権能に。

 寿命さえ無視する。

 活動限界すら超える。


 ならば。


 本当に他者の体液なぞ必要か。

 蝶はきまぐれに、自らを癒してみた。

 と、あまりにも呆気なく、試みは結果を齎した。


 かくして、食事さえ超越した『不老不死』が完成した。


 さて、気の遠くなるような時間を過ごした後、蝶は考える。

 もしかしたら、以前の自分が正しい姿だったのではないか。

 ただ漂い、ただ生きる。氷期も間氷期も大雨も日照りも隕石の落下も危険生物も、全てその権能でやり過ごす。あたりには以前は共生していた生物の屍が積み重なる。


 そんな自分と比べれば、自らのみに湯水のごとく恵みを与え続ける自分と比べれば、正しく弱者に慈悲を与えていた自分の方が、天から生きる意味を与えられていたのではないか。もしや、自分が生き永らえる方法として、他者の体液を必要としたのは、そのためだったのではないか。


 そんなある日、もはや先の長くないことが明らかなる生物を見つけた。

 生きる意味。蝶の身でそれを模索するその癒しの権能の保持者は、そこで妙案を思いついた。

 自分は、生きていても何も生み出さない。

 ぬるま湯のような無為な時間を経験してしまった今、今さら他者を癒す場所に舞い戻る資格も覚悟もない。

 ならば、その役目を譲って仕舞えばどうか。


 蝶は匂いを発した。癒しの力を存分に込めたそれである。それと同時に、権能を切った。今まで自らを飢えから解放していたそれを切った。


 数分も経たぬうちに蝶は自らが朽ち衰えていくのを感じた。ああ、これが死か。なんと心細く、また安らかなものか。そう思った蝶は、自らの身体の奥底にも目を向けてみた。

 そこにあるは癒しの力。死とはまた異なる暖かみが感じられた。仮に今、自分が他者からこの暖かみを施されたらどうか。やはり暖かい。考えて、そう蝶は自らの考えが正しかったことを確信した。今日までの自分は間違っていて、そして正しい生き方こそ蝶にとっては拷問であると。


 さて、その先の短きが明らかなる生物は、最後の力を振り絞って手を伸ばした。その匂いの意味する権能を本能が理解しているのだ。それほどまでに蝶の癒しの力は強く、そして儚かった。今にも消えてしまいそうで、だから、その生物は急いで口に運んだ。


 かくして。

 『不老不死』は明け渡された。


 咀嚼される寸前。蝶はその生物の未来を憐れんだという。







「そういえば、なんでアストレアはソロモンの大地にいたんだ?」


 話がひと段落して、少し。

 純粋な疑問として、ソロモンはそうアストレアに問いかけた。


「……ああ。いや、ただの『最下位』バアルの捜索兼生態調査……の、つもりだったんだが、道中で赤子が襲われていてな」


 アストレアは疲れたように、恨みがましい視線とともにソロモンを見つめた。


「つまり、調査は俺のせいで中断されたってことか?」

「ああ、そうだよ」

「いやでも、アストレアは俺をバアルだと思っていたんだろ? だったらそれは、アストレアとしては調査の延長線上だったんじゃないのか?」

「……ああ、そうだな」

「だったら、俺のせいで、っていうのはおかしくないか? アストレアの勘違いが原因だろう」


 恨みがましい視線。そんなものよりもなお恐ろしい、失望したような、呆れたような、そんなジトッとしたそれとともに、アストレアは「……ああ、そうだよ」と、ソロモンの意見を認めた。


 ため息を一つ吐いて、アストレアが呟く。


「君、性格悪いって、よく言われるだろう」

「そんなことないとも。むしろ誠実で努力家が売りだ。ちなみに世界最強を目指してる」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。これではいけない、と思って、アストレアへの態度を改めることを誓って、ソロモンは話を変える。


「ところで、バアルは最下位なんだろう? 生態調査が必要なのか? 最下位といっても強いのか?」


 その露骨な話題転換に顔をしかめ、しかし、アストレアは律儀に答えてくれる。勇者であることが、アストレアに世界の味方であることを誓ったソロモンへの情報提供を惜しませない。


「バアルは最下位、というより、ランク外なのさ。序列はだいたい被害の大きさや、能力の高さ、生還者の証言なんかで決められるんだけど、バアルはそのどれにも当てはまらないんだ。実際に『序列七十二位』も別にいる」

「へえ、被害を出していなくて、能力も未知数で、過去に戦った者もいない、と」

「そうだ。それでもバアルがソロモンの悪魔として扱われている理由は、その生息領域にある」

「ソロモンの大地か」


 ソロモンは、新たな発見をした。自分の名前を付けられたモノというのは、存外恥ずかしいものである、と。


「ソロモンの大地に現在存在する魔獣の群れは二つ。一つはバアルとその配下で、もう一つは『序列九位』パイモンとその配下だ」

「ほう」

「この、『序列九位』パイモンは、いまだソロモンの大地から離れたことがないにも関わらず、座したまま一度世界を破滅に導いきかけたことがあるんだ。そのパイモンが排除を試みようともしない、ということで、バアルも相応の力を持つのではないか、と言われている」


 ここで、アストレアはお茶を一口飲んだ。「俺にも一杯くれ」と言うと、渋々出してくれた。


 考える時間ができて、いやなくても良かったが、ソロモンはとりあえず納得した。アストレアがいた理由はバアルの生態調査で、バアルは正体不明。そのバアルは『序列九位』とバチバチやっていて、なお無事だから、『ソロモンの悪魔』相当の力はあるのではないか。


「あれ、でも、変幻自在の獣の王ってなんだ? 戦ったことのある者はいないのに」

「それは、戦った者こそいないけれど、発見者、観測者は何人かいるんだよ。その際に確認された魔力量なんかも、悪魔認定に一役買っている」

「なるほど」


 ソロモンは一か八かのぶっつけ本番より、緻密に準備されたそれの方が好きだ。そして、恐らくアストレアはこの後すぐにでも再びバアルを探しに行くだろう。もとよりこの説明も、アストレアの良心による、罪滅ぼしのような意味しかないものだし。


 しかし、それではソロモンが困る。勇者とはいえ、この少女アストレアはかつての青年アストレアよりも、恐らく何倍か強い。そんな彼女がいてなお討伐できていない悪魔のもとに、なんの準備もなく赴く勇気など湧かない。だがここで生態調査への同行を拒めば、先ほどの誓いが途端に安っぽいものになってしまう。『ソロモンの悪魔』から尻尾を巻いて逃げるのだから。それではそう遠くない未来アストレアに殺されてしまうだろうし、八方塞がりだった。


 良い言い訳が、思いつかない。


「「……うっ」」


 と、ソロモンとアストレアは、二人同時に呻いた。激痛。喉が焼け、腹の底からの鈍痛。たまらず蹲る。


「……くぅ。お、い、アスト、レア!」


 ソロモンは必死にアストレアに悪態をつきながら、結界魔術を使ってなんとか『毒』を隔離する。この隔離なのだが、自分の体から苦痛とは言え何かを無理やり引き剥がす行為なので、一日に何度も使えるものではない。ギリギリだった。


 はあ、はあ、と荒く息を整えながら、ソロモンはキッとアストレアを睨みつける。「何のつもりだ」と言おうとして、しかし、やはりこの光景は心臓に悪い、口を間抜けに開いて、呆けてしまった。


 アストレアが、三人に増えていた。

 しかも、お互いに剣幕激しく、対峙して。


 次の瞬間、この小さな部屋で、殺し合いが始まった。「またかよ!」とソロモンは、先ほどとは比べものにならない怨嗟を込めて、悪態をついた。


 そう、また、なのだ。二回目なのだ。

 一度目は、ソロモンに神剣の使用を勧められてから、話し合いに移行するまでの間に。その時も急に、分裂した三人のアストレアが、何を示し合せるわけでもなく殺し合いを始めて、生き残った一人が何事もなかったかのように「待たせたな」と言って、それから、謝罪へ続いた。ちなみに神剣シュテルネンハオフェンを持っていた一人は律儀に直剣に持ち替えて戦っていた。


 狭い部屋に剣戟の音が響き渡る。それを、ソロモンは部屋の隅っこで結界に引きこもって、圧倒的集中力と共に、観察する。ガンッと、今もまたソロモンを叩き潰す軌道で一人の剣が弾かれた。それを結界の強度を器用に操作して、跳ね返すのではなく、受け流す。一歩間違えれば、死ぬ。絶対に。


 剣戟。三人に協力なんて概念は無く、むしろ邪魔し合いながら、戦闘は進む。技量はやはり、世界最高峰だろうそれで、故に終わりは遠く、部屋の広さが変わるわけもない。この三人、律儀に部屋の壁や備品は守っているのだ。そんな余裕があるならもっと俺にも配慮しろ、とソロモンは思う。「俺は凡人だぞ!」と悪態をついた。


 そんな息の詰まる時間はなんとか終わり、つまり、ソロモンは凌ぎ切ったし、アストレアは二人が消滅し、一人が生き残った。


 生き残ったアストレアが、しかし、口を開かない。

 生き残ったソロモンも、当然、自分から口を開くことはない。鬼のような形相で、アストレアの言葉を待つ。


 ソロモンの表情が、アストレアが初めて見るであろうそのソロモンの態度が、安易な言葉を許さない。


「……っう。あ、あの、いや、その……ご、ごめんなさい」


 振り絞ったような、アストレアの、謝罪。しかしまだ、ソロモンは口を開かない。無言で説明を求める。


「……いや、あの……勇者の選定方法は、……その、知っている……います、か?」

「……当たり前だ」


 勇者の選定基準。世襲制ではなく、純粋な、身体強化以外の魔術を用いない戦闘において、最強であること。


「では、……あの、蝶については……?」

「……知っている」


 蝶。不死身の権能と、そしてどういうわけか、『正義の呪縛』を、勇者に与えた存在。勇者は襲名と共に、先代を喰らい、この二つ、『不老不死』と、弱者の救済に異常な執着を見せざるを得ないという『正義の呪縛』を得ると共に、身体強化系統以外の魔術を扱えなくなる。


「……あの、その……わ、私は、確かに世界最強の剣士、では、あるんだが……」


 その先を口にすることを恐れるように、ギュッと目を瞑って、生まれたての子鹿のように怯えながら、しかし、ゆっくりと目を開けてから、アストレアは言った。


「体質的に、その不老不死が……不完全、なんです」


 はあ、それは、なんとも。

 不遇な存在もいたものだ、と。

 ソロモンは他人事のように、そう思って、言った。


「そんなことはどうでもいいんだ」

「……え?」


 ソロモンの言葉に、アストレアは困惑をあらわにする。もしかしなくとも、この少女はバカなのだ、と、ようやっとソロモンは確信した。


「アストレア、きみ、なんで分裂したんだい?」

「なんでって……あっ」


 そう。一度目の分裂と、二度目の分裂。その共通点。その分裂が、アストレアの説明から推測するに、不老不死の歪な形であり、恐らく再生した『新たな自分』を制御できなくて、だから、敵がいたら分裂したそのまま協力するけれど、用事が済んだら殺しあって、『本体』を決定しなければならないのだろう、なんてことはどうでもよくて、問題は、なぜ分裂が起きたのか。


「君、さっき、何を飲んだんだ?」

「……えっと、あの……その……」


 共通点。特に一度目は顕著で、自分から進んで、『その行為』を行なっている。それに、不老不死こと不死身。そこに欠陥があって『再生』するかわりに『分裂』してしまうとして、ならば分裂するために、まずは()()()()()()()必要がある。


「……あ、え……毒、です……その、お茶と間違えて……」


 アストレアのその言葉を聞いて、ソロモンは大きくため息を吐いた。





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