第四十八話 三人で挑む
ツラトゥストラは用事があるとか言ってどこかへ行ってしまった。後で合流するようなのだが、それを待たずして、ソロモンらは城へと向かっていた。
「シトリー・グリフォンはやばい。下手すればあいつ一人に全滅させられるぜ、俺ら」
ソロモンが呟くと、アストレアが言った。
「真似る、のだろう。真似られた者が即座に対応すればいい。裏を返せば我々がいつかは辿り着ける領域程度の強さしか得られない、ということだろう?」
「戦いの中で強くなれ、ってことか? そんなむちゃくちゃ言えるのは勇者だからだって。そう、フェネクスも酷いぜ。対象の力を無制限に封じれるらしい」
ソロモンが呟くと、シストが言った。
「あら、それだったらブラズがいるわ。ブラズ、『開放』できる?」
「……わかるか」
対するブラズの返答も楽観的なもの。みんな心のどこかで『どうにかなる』と思っているのだ。先の戦いで誰も負けなかったこともそれに拍車をかけている。ソロモンは嫌気がさした。
「あーもー、どうしてそう強気なんだよー!」
もっと準備したい。探りたい。ダンタリオンの情報とやらもこうしてみるとお粗末だ。この時代に転生してから行き当たりばったりの戦闘が多すぎる。負けるのは嫌だが、勝つ方法もわからない。
ソロモンはたびたびこうして悲観的になった。そして、そういう時のその悪い予感は、大抵当たるのだ。経験から、ソロモンはこういう本能の警鐘には従うようにしていた。
「なあ、せめてツラトゥストラを待たないか? 怯えてるわけじゃなくてさ、たったそれだけの時間でもできることはあるだろ、戦うってなったら」
先のシトリー・グリフォンとの戦いでは特に『弾』を使い切ったわけではない。だが、時が経つに連れ、ソロモンの不安は大きくなっていく。
「ならん。今は一刻が惜しいのじゃ。サミジーナがモラクスの魔力を使ってどんなことをしでかすかわからんからのう」
わからないから備えるんじゃないか。喉まででかかったその言葉を、ソロモンは寸でで封じた。口を噤んで、黙ってみんなの後ろをついて、城へと向かった。
数時間後、ついに一行は、バティンの座する城へと辿り着いてしまった。
○
「……ふむふむ。でも、対策を練るのは君たちだけじゃないんだよねぇ」
城の中。王の間。ダンタリオンを撃退したその場所で、四人は一堂に会していた。バティンは忙しなくあたりを闊歩して、やがて問うた。
「この中で勇者に勝てる者はいるかい?」
沈黙。勝てないとも言わないが、勝てると断言するには重すぎる。ここの誰もにとって、アストレアはそういう存在だった。
だが、それもアストレアが万全ならばの話である。
「……じゃあ、神剣を使えなければ?」
バティンの仮定に、そっ、と、挙げられる手があった。
シトリー・グリフォン。当人の全盛期の力を真似る力を持つ男。
「それなら俺が完封できる。誰も自分自身の全盛期を上回るなんてできやしねえからな」
「よし。じゃあフェネクス、できるね?」
バティンが確認する。フェネクスはああ、と頷いた。
「『審判の時計』。僕は最強じゃないけれど、僕がいる限り、何人にも最強は名乗らせないよ。例えそれが神の剣だとしても」
「でもよ、神剣って今現在に存在『し続ける』性質を持ってんだろ。どんな支援も呪詛も跳ね除けるって聞いたぜ」
シトリーが言う。神剣とは、余人ごときの影響を受けることなき神の剣ではないのかと。
「それは問題ないよ。僕の『審判の時計』は能力それ自体を封印するんじゃなくて、対象と能力との間にある『回路』を遮断するんだ。直接神剣を封じるわけじゃない」
「神剣じゃなくて、勇者本人にかける呪詛ってわけか」
「そういうこと。だから勇者以外が神剣を使うことは止められない。例えば勇者が誰かに神剣を貸して、その誰かが勇者を斬りつければ、僕の審判の力は簡単に斬られ、消滅してしまうだろうね。神剣の力自体は生きているんだから」
シトリーが笑った。
「勇者でもないのに、神剣について理解が深くて、それでいて剣も使えるなんて、そんな都合のいい奴があいつらの中にいたか?」
「さあね」
フェネクスとシトリーはツラトゥストラが寝返っているところを見ていない。それより先にバティンより『召集』がかかったため、ソロモンに気付かれぬようその場を去ってきたからだ。そして、バティンもまた、人間ごときが先の戦いを生き残ったとは思っていなかった。
「君たち、そろそろいいかな。次は姉弟だが、彼と彼女は──」
ソロモンらの一行は良くも悪くも有名だった。そして、自身の配下を世界中にばら撒いているサミジーナにとっては、そんな彼ら彼女らの情報を知るのは容易いことだった。
「モラクス王は戦えない。彼女にはやるべきことがあるからね。今言ったことは頭の中に入れられた?」
シトリーとフェネクスは頷いた。そして、バティンは項垂れるモラクスに向き直る。
「モラクス王。では、我々は我々の務めを果たします。あなたもどうか、あなたの役目を成し遂げられることを祈っております」
モラクスはひっ、と肩を震わせて、それから、か細い声で言った。
「……分かって、いるのだわ……」
バティンはにっこりと微笑んで、そして、飛んで火に入る夏の虫のごとく、ソロモンらは現れた。
○
事態は最悪へと一途を辿っていたのだと思う。誰を無能と蔑む気もないが、ダンタリオンは聞く耳を持たずに行軍を敢行し、アストレアは戦いに飢えており、そして、姉弟はこの戦いを降りた。
そう、姉弟は、もっと言えばブラズが、撤退を表明した。
『姉さんを危険に晒せない。俺だけなら行ってもいいが、それでもその間俺が姉さんの傍を離れなければならなくなるから、やっぱり俺も行かない』
シストはダメよ、私も行くわ、などと言っていたが、ブラズは聞かなかった。これは仕方のないことだとソロモンは思った。
ダンタリオンはツラトゥストラすら待たないと言う。何か理由があるのだろうか。いや、何か理由があって欲しいというのは、ソロモンの願望だ。そうでなければソロモンはダンタリオンを許せない。
そうして、ソロモンとダンタリオン、アストレアは、バティン佇む城へと到着し、容易に侵入を果たした。
「……誰もいないな。余計なちゃちゃが入らないのはこちらとしてもありがたい」
余計なちゃちゃ、というのは、雑兵のことだろう。確かに、奥の部屋以外からは誰の気配もしない。主力戦力だけで迎え撃とうと考えているのか、それとも何かの作戦か。奇襲を警戒するに越したことはない。
ひっそりと、万全を期しながら移動し、索敵しを繰り返して、遂に一行は扉の前までたどり着いた。すると、目の前の大きな扉が、人が三人分ほどの全長がある大きな扉が、一人でに開いた。
一瞬の出来事だった。急に音もなく開いた扉に戸惑った、数瞬のことだった。
「裁定しろ、『審判の時計』」
狙われたのはアストレアだった。魔力の『色』、『匂い』を見ることのできる蛇人、アストレアは、突如自分に放たれた途方もない魔力を、神剣で斬りさろうとする。
「!?」
ぬるり、と。まるで神剣の性質を知っているかのように、その魔力は器用に剣を避けて、アストレアに着弾した。
「アストレア──!?」
ソロモンが駆け寄る。外傷はない。本人も「む、問題ない」と言う。だが、そんな二人に詰め寄る影があった。
「くぅっ!」
ソロモンが結界を張って応戦する。その影の進行を阻もうとした結界は即座に破壊されるが、それを破壊している間にソロモンは影の足を封じる。足を止めた結界を破壊しているうちに、右手を封じる。そうして繰り返し、アストレアが体勢を立て直し、影が一旦引いたところで、ソロモンは「ふう」と一息ついた。
「シトリー・グリフォン」
影の姿が露わになる。それは真っ赤な髪を長く伸ばした麗人。強気な瞳、嫋やかでしなやかな体躯。
アストレア・ヴィ・レイヴ。の、身体を真似ているシトリー・グリフォンだった。
「よぉ、ソロモンに、勇者様」
シトリーは、アストレアの顔で、声で、アストレアならば絶対しない、嘲笑の念を貼り付けたようなにやついた顔で、言った。
「お前ら、もう俺には勝てねえぜ」
その背後には、首から下げた時計を手で弄ぶ、フェネクス・ポイニクスの姿があって。
アストレアが、神剣からの『鼓動』が全く聞こえないことに、気がついた。
「……エンハンブル?」
セーレとの戦いから一月と少し。その間、絶えず聞こえていた神剣の鼓動、呼びかけると必ず答えてくれていた神剣エンハンブルの声は、遂に返ってくることはなかった。
『馬鹿もんが。儂の声をお主が聞かんだけじゃろうて。この程度の遮断で取り乱しおってからに」
誰に届くとも知れぬのに、神剣エンハンブルは苛立ちとともにそう呟いた。
○
ダンタリオンは真っ暗な空間に隔絶されていた。扉が開いた時からだ。何も見えないのに、何もかもが見える。そこは、明らかに現世ではなかった。
そして、どこからか自分を見つめている気配があるのも、わかった。
「これがお主の力なんじゃな、バティンよ。相変わらず恐ろしい」
独り言のつもりだったそれに、答える声があった。
「ずいぶん可愛らしくなったじゃないか。薄幸の美少女っぽくて、俺はその姿の方が好きだな」
バティンだった。寂しそうな、どこか遠くを見つめるような瞳をして、彼は歩み出てきた。
「……ふん。今はサミジーナに乗っ取られてはいないようじゃな、お主。お主をしてあやつの死霊術には逆えんか」
「まあね。ヘマしたよ。殺されちった。俺の立場と力は、便利そうに見えたんだろうなあ」
モラクスと親密で、それでいて強力な概創霊装を持つ。確かにサミジーナにしてみれば、バティン一人を手駒にしておけばモラクス対策は事足りるように思えただろう。
もしも、そこに今のダンタリオンらのような邪魔が入らなければ。
警戒するダンタリオンを見て、バティンはあははと笑った。それからため息をついて、今の自分の境遇を嘆いて、ダンタリオンに謝罪する。
「まあ、うん。先に謝っとく。俺にはどうしようも無いんだ。今、俺には意識があるが、使命も授かってるんでね。俺の意思じゃないんだが──」
バティンはふっ、とその姿を消した。闇に溶けるように、真っ暗なその場で掻き消えた。そうして、誰もいなくなったはずのその場所で、バティンの声だけが虚に響く。
「──お前を殺さなきゃならない。どうか、死なないでくれよ」
真っ暗な、何が見えることもない暗闇。そんな得体の知れない場所で、ダンタリオンはひとつ、舌打ちをした。




