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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
魔界攻略編
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第四十六話 ダンタリオンは間に合わない

 ソロモンがそこにたどり着いた時には、もう全てが終わっていた。シストもブラズも無事で、アストレアに至っては、見知らぬ男と談笑していた。


「お前、なんだ。存外変わってないのだな」

「お嬢様は変わられました。。俺もだいぶ精進したつもりでしたが、あなたは……やはり、速過ぎる」


 アストレアは、ソロモンの前では決して見せたことがないような、いじらしい、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、


「おや、敬語なんだな。『……俺の負けだ。だからおろせ!』だなんて、お前が顔を赤らめてそんなことを言うものだから私は──」

「あの時は!」


 ソロモンの見知らぬ男──ツラトゥストラが恥ずかしそうに声を荒げた。


「羞恥と、敗北とで、気が動転していたのです。……加えて、侮られないよう、旅の間はそのような口調を意識していたので!」

「ははは! なかなかに似合っていたよ!」


 むずむずと、背中が痒くなった気がした。気の置けない関係をぐちゃぐちゃに壊してやりたい衝動と、旧交を深めているのを暖かく見守ってやりたい気遣いとが、交互にソロモンを刺激した。


「……本当に変わられましたね。嘘みたいに明るくなられた」


「(普段だってこんなに明るくない! お前と久しぶりに会ったからだ、知らんけど!)」


 そう叫び出したいのを、ソロモンは寸前で堪えた。それに加えてこのツラトゥストラという男、状況から察するに、こいつが結界魔術を使うのだろう。アイデンティティ喪失の危機な気がした。


「堪えて、ソロモン」

「堪えてる!」

「私も、思うところはあるわ。だってツラトゥストラさんには殺されそうになったんだもの」

「……そうじゃないんだ」


 ──知り合いなんだったら先に言っといて欲しいわよね、と言うシストに、ソロモンはやれやれと首を振った。それが気に障ったのか、シストは頬を膨れさせて抗議する。


「なによ。あ、もしかして勇者さんと仲良さげなのが嫌なんでしょー、ツラトゥストラさんが! だったら私の時みたいにもっとせっ──」

「──姉さん」


 談笑しようとし始めたシストに、ブラズが口を挟んだ。


「姉さん。どうして、そんなに楽しそうにしてるの」

「あ、いや、これは……ね?」


 ブラズがため息をついた。ともすれば永遠にも感じられるほど、それからの沈黙は長かった。


「あなたが大丈夫だと言うから任せたのに、どうしてそんなに傷だらけなんだ」

「……勝ったんだから、よくない?」

「いーや。少なくとも『逃げ』に徹していたら、姉さんならこんなことにはなってないはずなんだ。()()もあるし」


 シストがうっ、と言葉に詰まった。それを言われて仕舞えば何も言えない、とまるで縮こまった猫のように項垂れる。


「欲張ったんだろう。勝てると思って交戦したんだろう。そもそも姉さんは戦闘向きの術師じゃないのに」

「うぅー、ごめんなさーいー!」


 割と真面目に、重たい雰囲気だった。弟が姉を説教している。勝った勝負の反省会だなんて、ソロモンにしても一番嫌いなものの一つだった。


「……ソロモン……」

「あ、いや、あ、アストレア! 大丈夫だったか!」


 助けて! と言わんばかりに泣きつこうとしたシストを、ソロモンは無視した。家族のソレに安易に踏み込みたくはなかったし、何よりブラズが怖かった。その目が、暗く澱んだその目が、シストを見るハイライトの入っていないその目が、怖かった。


「……姉さん」

「ひっ! ……あ、あの、ご、ごめんって……」


 背後に聞こえた悲鳴は、きっと、空耳だろうと割り切って、ソロモンはアストレアのもとへ向かった。


「ああ、ソロモン。無事だったか」

「──っ」


 アストレアが笑いかける。それだけで、ソロモンは満たされた気持ちになる。

 先ほどまでの苛立ちやもやもやなんかは消え去って、自然ソロモンも笑顔になった。


「ああ、なんとかね。そっちは?」


「私は──うん。強敵だった」


 アストレアは一瞬物思いにふけって、遠い地平を眺める。そこにある何かを見つめるように、そう言った。


「それと……」

「ん? あー」


 それから、ソロモンの視線に気付いた。魔界攻略のメンバーではない人間。にも関わらずこの場にいるということは、敵であるはずの人間。それを見るソロモンの胡散臭そうな視線に、アストレアは照れ笑いをした。それがまた、ソロモンの神経を逆撫でた。


「これはツラトゥストラ。武者修行の放蕩旅の途中で、魔界に住み着いたらしい。私の世話係みたいなことをやっていた者だ」


「せわがかりっ!?」


 それはつまり、アストレアのために食事を作ったり、アストレアのために風呂を沸かしたり、アストレアのために布団を敷いたりして、さらには──っ!


 ──と、邪まな思考を察したのか、アストレアはツラトゥストラの方からソロモンに向けて顎をしゃくった。お前からも挨拶をしろ、と。


「俺はツラトゥストラ、と言います。先代勇者の代からアストレアに仕える者で、お嬢様に幼い頃から付き添っております」

「……おじょっ、……はあ」


 お嬢様、とは、粋な呼び方をするものである。

 歳の頃は二十を少し過ぎたか、ともすれば十代。袴姿がよく似合う、特徴のない顔をした男。のくせに、頬に十字傷があるのが味だった。それだけが剣士という身分を誇示していた。


「あれ、もしかして、アストレアって思ったよりも若い?」


 と、ここでソロモンは頭を捻った。


 ツラトゥストラは不死ではない。外見通りの年齢だ。それがアストレアと共に子供時代を過ごしているということは、ツラトゥストラが子供の頃にアストレアも子供であったということ。


 それでこの強さを手に入れているというのだから、アストレアの異常性は極まっている。


「あはは……」


 歳を聞かれるのは嫌だったのだろうか。十代後半ぐらいの容姿をして、実年齢を知られるのが。アストレアは困って眉を寄せた。


 アストレアに嫌われたくはない。この話はやめようと思った。

 そして、ならばなんの話をするのかというと、ソロモンも自らの連れについて説明しなければならないのを思い出した。


「俺も紹介したいのがいるんだ。……あいつはフェネクス。子供の姿なんだけど──」


 ソロモンは後ろを振り返って指を向ける。ソロモンの真後ろ、先ほどまでフェネクスとシトリーがいた場所に。


「──あれ、フェネクス?」


 しかし、そこにはもう、誰の姿もありはしなかった。




 ○




 城の中とは思えないほど静かな廊下。城六伯(ヴァイスブルク)と呼ばれる幹部連中が軒並み出払っているからだ。そんな廊下を、悠々と歩く影があった。


「アンドラスが死んだか。それはちょっと話が変わってくるな」


 影の名前はバティン。『序列十八位』を冠するソロモンの悪魔。美しいモノを愛するが故に、世界を改変するモノ(魔力や魔術)の存在を許せなかった男。


「これでは、シトリー・グリフォンをどうすれば……と、ああ。こんな時のためにフェネクスを生かしておいたんだった」


 嫌悪感を押し殺して、バティンは自身がフェネクスに施していた術を()()した。吐き気さえ催す行為からようやく解放されて、バティンは歓喜する。


『あるがままでこそ世界は美しい。それを無理やり弄って、自分の思い通りにするなんて、酷く醜悪な行いだ』


 だから、バティンはモラクスに(くみ)していた。これだけは本心から。モラクスの野望は知らない。最強だとかどうでもいい。ただ、世界が美しくなる(魔力を失う)のなら、協力するにやぶさかではない。


 バティンは(きびす)を返した。千年(インフェナイト)夜城(フォートレス)の建設をしているはずのモラクスのもとへ戻るためだ。追い出された矢先、品がないとも思うが、こればかりはバティンにもどうしようもない。


 程なくして扉の前にたどり着く。コンコン、とノックをすると、中から苛立ったような声が聞こえた。モラクスだ。彼女はなかなかおてんばで、気分屋なので、何であれ自分が邪魔されるのを嫌う。繰り返すが、そんなことはバティンも知っていた。


「重ね重ねすみませんね。モラクス王」

「いいから早く用件を言うのだわ。くだらない用事だったらタダじゃ置かないから」


 バティンはゆっくりと歩く。彼はそのまますぐそばまでやって来て、ようやくその歩みを止めた。いつもならこうまでモラクスに近づかない。モラクスが、今現在は一般の少女並みの力しか持たないモラクスが、ソロモンの悪魔(危険人物)に近づかれるのを嫌うからだ。


「……面白い冗句ね、バティン。今日は目が悪いみたいだから言ってあげるけど、ちょっと近いのだわ」


 バティンは微笑んだ。


「……タダじゃ置かない、と言われますが、今のあなたに何ができるのでしょう?」


 モラクスが近付かれるのを嫌う。そんなことはバティンも知っていた。説明されたから。千年(インフェナイト)夜城(フォートレス)は『モラクスの千年分の魔力』を無為に捧げて、それでようやく完成する魔術だと。だから、モラクスは建設を開始してから千年間、魔力を扱えない非力な少女になると。


『でも、あなたがいれば安心なのだわ、バティン』


 バティンは全てを知っていた。でも、どうしようもなかったから。そこに、バティンの意思は介在できなかったから。


 眠たげな目の少女は、困惑の声をあげた。


「え?」

「……あなたが魔術を使えなくて良かった」バティンはモラクスの首にゆっくりと手を添える。「俺も、魔術を使わなくて済む」


 魔術なんて美しくないからね、と。


 バティンはそのまま、ゆっくりと首を絞め始めた。その手つきはとても優しくて、まるで抱きしめるかのように行われた絞殺だった。きゅっ、きゅと確かにモラクスの喉は空気を通さなくなり、だんだんと顔は青ざめていく。


「……あ、が……バ……ティン……?」


 呼びかけに、ババティンは答えない。ただ、その目はやはり酷く優しい色をしていて、放っておけば涙でも流しそうに潤んでいた。


 果たしてモラクスが意識を失う直前、そこに割り込む者がいた。


「何をやっておる──!?」


 ぱっ、と。バティンの手の中からモラクスの身体が消える。魔術を使わなかった弊害だ。バティンは簡単にモラクスの身体を奪われてしまった。


 奪還者は、白髪で顔を埋めた老人だった。


「……ダンタリオン」

「バティン。よりにもよって、お主が裏切るのか、モラクスを!」


 そう、ダンタリオン。アストレアや姉弟に助けられながら、ようやっと城まで辿り着くことのできたダンタリオンが、間一髪でモラクスを助け出したのだった。


 ダンタリオンはバティンとモラクスの関係を知っていた。結界内時代から背中を預け合うようだったその関係を。互いのためなら命を惜しむことすらないだろうと思わせたその姿を、知っていた。


「どうして邪魔をするんだ。お前たちはモラクスを殺しに来たんだろう?」

「……」


 黙って睨みつけるダンタリオンに、バティンはため息をついた。


「……やっぱり、ソロモンたちは君がけしかけたんだね。どうせ『拠点』が必要だとかなんとか、適当を吹き込んで。君は()()()何をしに魔界へ来たんだろう、ダンタリオン」


 ダンタリオンはモラクスを床に寝かせた。まだ目の焦点は合っておらず、背中をさすってやると多少鼓動が安定し出した。


 モラクスがそのまま意識を失ったのを確認して、ダンタリオンは立ち上がった。


「……何のために魔界に来たか、か」

「……」


 ダンタリオンは見えない表情の奥で、ため息をつくように肩を下ろした。


「……儂が排除しなければならんと定めている『ソロモンの悪魔』はのう。三体、おるんじゃ」


 バティンが嘲る。


「しなければならない? それは何のために? ソロモン・ディビルズのためか? バアルとの契約のためか? それとも、世界のためとでも言うつもりか?」


 ダンタリオンは言った。


「そう、世界じゃよ。この世界に解き放たれるには、お主らは狂気を孕みすぎた。存在してはいけない邪悪なんじゃ」


 それは、バティンに向けられた言葉ではなかった。バティンではなく、もっと奥。そこにいるはずの誰か。


 それは、穏健派の筆頭だった。

 それは、千年(インフェナイト)夜城(フォートレス)を恐れていた。

 それは、見かけによらず用意周到な男だった。


 そしてそれは、()()()()()()()()()()()()だった。


「のう、『()()()()()()()()()


 サミジーナ。またの名をガミジンと言う、ソロモンの悪魔最強の一角。アンドラスを縛り、ハルパスをバアルにけしかけ、そして今、バティンを操っている男。


 はは、ははは、と。


 バティンは、いや、バティンの形をした()()()は、声をあげて笑い出した。それは、バティンが普段ならば絶対にしないような笑い方だった。美しさを尊ぶ彼にとって、哄笑だなんて醜い行為をするくらいなら死んだ方がマシだった。


「ははは! ()が存在してはいけない? 大それたことを言うようになったなあ、ダンタリオン!」


「お主にとっても千年(インフェナイト)夜城(フォートレス)は危険すぎる。必ず魔界には伏兵を忍ばせておると思っておった。 ……が、それがよりにもよってバティン(お主)じゃったとはのう」


 バティンが、何もかもがおかしくてたまらないという風に腹を抱えたあと、呼吸を整えながら哄笑を止める。ひー、ひー、と。それもまた、バティンが普段ならば絶対にしない挙動だった。


「……存在してはいけないほど、世界にとって邪悪、か。仮に君がそんな決意を固めていたとしてさ、何ができるって言うんだい?」


 ダンタリオンがぴくっ、と右手の親指を曲げた。


「……お主を殺す」


「妄言だ。実際、君は僕の()()の居場所もわかってないじゃないか。それに──」


 バティンがぱきっ、と指を鳴らす。ここは王城。その玉座の間。ダンタリオンをして侵入するに手間取ったこの場に、影が降りる。


「──僕の手駒はバティンだけじゃないんだ」


 ゆらゆら、と。影は空から降りてきて、やがて地に足つける。

 それは子供の姿で皮肉な表情を取る男。

 それは、金と黒色の悪趣味な格好をした男。


 『序列三十八位』フェネクス・ポイニクス。

 『序列十二位』シトリー・グリフォン。


 虚な瞳で参上するは、先ほどまでとは別人のように静かな彼らだった。瞳は焦点を持たず、手足はだらんと垂れ下がる。


 そして、ダンタリオンはそんな彼らに警戒していた。バティンはもとより、シトリー・グリフォンのことはダンタリオンも知っていたからだ。その危険度も、強さも。フェネクス・ポイニクスは言うに及ばず、ダンタリオンの性格上、未知の存在は警戒せずにはいられない。


 だから、背後から忍び寄るそれに気が付かなかった。


「がっ!?」


 ダンタリオンの胸から、手が生える。


 背後から手刀が貫通していた。その切れ味はいかな名刀に勝るとも劣らず、内臓を傷つけられたダンタリオンは血反吐を吐く。喀血する。冷や汗を流しながら、背後を見やる。


「……っ。……モラ……クス……?」


 そこにはやはり虚な目をしたモラクスが、ダンタリオンに向けて手を突き出していた。


 

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