第四十四話 ブラズは開放する
そして、それは明らかに『転機』になった。フェネクスの協力により、シトリー・グリフォンを倒せたことは。
「……これは──」
まず、ソロモンがツラトゥストラに気が付いた。余裕ができたからだ。
「──結界魔術師……!?」
『核』を生成せず、外部の魔力だけを用いて戦う性質上、結界魔術師は索敵されやすい。特にソロモンはその開祖である。シトリーが『世界創造』を解除して、世界に色が戻った瞬間に、ソロモンはツラトゥストラの存在に気がついた。
「あ、えっと、フェネクス……くん? ちょっと寄り道してもいい?」
子供扱いするべきか、そうでないか、ソロモンはたじろぎながらそう言った。
「……別にいいよ。仲間なんだろ?」
「ああ、ありがとう!」
ダンタリオンには申し訳ないけれど、やっぱりソロモンにとっては、魔界攻略なんかよりも、自分の好奇心や、仲間の方が大事なのだ。
ソロモンとフェネクス、それからフェネクスに首根っこを掴まれて引っ張られるシトリーは、急いでシストのもとへ向かった。
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そして、『転機』と言えば、この戦いが一番変化をもたらされた。
「ああ、シトリー・グリフォンがやられちゃった!」
グリーディアだ。彼女はボロボロのブラズを前に、くわえ煙草をしたまま両手を叩いて喝采した。
「……ちっ」
ブラズは舌打ちした。弄ばれているからだ。だが、グリーディアはシトリーのように単純な興味で敵を生かしているのではなく、もっと追い詰められて強くなるためにブラズを生かしている。あらゆる攻撃を食らおうと考えているのだ。
その思惑に乗るのが、嫌だった。まるで手のひらの上で転がされているみたいに全てがグリーディアの思い通りに進む。だけれども、ブラズも生き残るために全力を尽くし続けなければならない。癪すぎて反吐が出そうだった。
「ねえ! 私がどうして第五席についているか知ってる?」
「知らねえよ。弱いからだろ」
グリーディアは強がるブラズを笑った。ひゅん、とその手が動かされると、途轍もない速さで衝撃波が飛ぶ。ブラズが遠距離から攻撃した時から、グリーディアも遠距離攻撃の手段を手に入れた。その力に際限の無いのが一番恐ろしい、と、ブラズは唾を吐き捨てた。
「ふふふ。その理由はね、上の席の奴らが負けた時に私が追い詰められるからよ」
そう言って、次の瞬間、グリーディアの『貧民の剣』が一際大きく光を発して、そして。
どこからか、まるで雨上がりの日差しか、雲の隙間から覗く天の光のように、グリーディアのもとへと力が集まってきて。
そして、それこそ、際限というものを知らなかった。留まるところを知らなかった。
「はは、ははは! そうよ、第一席が負けたんだものね! そんなやつの仲間と戦っているんだから、私は今相当に追い詰められているのよ!」
はは、はははとグリーディアは笑い続ける。何もかもが面白い、と腹を抱えて、全能感が彼女の身体を支配する。天からの光は無限にグリーディアに力を与え続ける。
グリーディアが拳を振った。ずしゃあ、とその風圧だけで洞窟が半壊する。
「はははは!」
『貧民の剣』を正眼に一振りする。当然のように斬撃は飛んだ。いや、飛んだわけではなく、衝撃が真空波となったのか、詳細はわからなかったが、それは紛れもない神業か、途方もない力技かには違いなかった。ブラズは必死になって、その災害を回避する。
「はははは!」
剣を振るう。魔術を使う。何をやっても規格外なその力は、いかに『ソロモンの悪魔』といえど、個人で持ちうるソレを遥かに超越していた。一挙手一投足に災害が付き纏い、もしもこの光景を誰かが見ていたとして、きっと誰もがブラズの逃げ足を称賛したくなるだろう。そうまで圧倒的だった。
しかし。
「ははは! …………え?」
グリーディアが、突然その動きを止めた。傍目には何が起きたのかわからない。何も起きていないような気がする。依然、天からの光はグリーディアを照らしていて、グリーディアの力は際限なく上昇し続けている。
力は、魔力は、どこからかグリーディアのもとへ集まってきて、グリーディアは途方もない力をその身に蓄える。
「……第一席が負けただけ、よね……?」
茫然と、わなわなと震えながらグリーディアは自分の拳を見下ろす。震えは唇から広がり、歯はガチガチと嫌な音を立て、膝は笑い出す。
「……どうして、こうも力が増え続けるの……?」
それは、グリーディアの想定すら、遥かに超えていて。
ブラズが、にやりと頬を上げた。
天からの光は未だ、グリーディアを照らし続ける。
「いやああああ!」と。グリーディアが叫んだ。
「いや、やめて貧民の剣、もういいわ! 第一席、あんたの力は素晴らしかった! あんたが負けるようなら私にも勝ち目はないでしょう! でも、こうまで追い詰められるの、それだけで……?」
「知らねえよ。むちゃくちゃ強いんだな、シトリー・グリフォンってのは」
白々しさを隠そうともせず、ブラズは歩み出る。にやにやと口角を上げて、ぺっ、と唾と一緒に血反吐を吐き出した。あーあ、とまるで勝負が決まったかのように、ポケットに手を入れて空を仰ぎ見る。
「でも、本当に凄いのはお前だよ。今のお前に勝てる奴なんていねぇんじゃねえか?」
天からの光は未だグリーディアを照らし続け、そのもとで、グリーディアは頭を抱えて地面に膝をついた。力はやはり、際限なく高まり続ける。
「いやあああ! やめて、やめて、やめて!!!」
土下座をするように地に頭を擦り続けながらグリーディアは懺悔する。頭を抱えて蹲って、駄々をこねる子供のように、凄絶な痛みに堪えるかのように地面を転がり出す。そんな些細な挙動でも、それは周りの風景を変えた。
しかし、そんな強大な力を手に入れた当の本人は、発狂したかのように喚き散らす。
「入ってこないで! ああ、痛い痛い、やめて、止まって! このままじゃ──」
「このままじゃ?」
「──このままじゃ、私の身体が耐えられない!」
ははははは! と。
今度笑い出したのはブラズだった。
「ははは、いいじゃねえか! 最強になって死ぬなんて本望だろう?」
頭が痛い。自分の力に押しつぶされそうになる。今にも破裂しようとする身体は押さえつけるのがやっとで、力というより、それは恐怖をそのまま形にしたなにかだった。
天からの光は未だ、グリーディアを照らし続ける。
「ああ、止まって、お願い、お願いだから……!」
それからも、グリーディアは発狂を続けた。挑発するブラズに構う余裕もないくらいに力を制御しようと試みていて、それでも『貧民の剣』は言うことを聞かなくて、増え続ける自分の力に戦々恐々としていた。
天からの光は未だ、グリーディアを照らし続ける。
そして、結局グリーディアにはどうしようもなくて、あたり一帯が更地になって、もとが洞窟だったことすら分からなくなった頃、グリーディアは気絶した。へたり込んで絶望に失禁して、壊れた機械のように倒れ込んだ。
それと同時に、天からの光も止んだ。
ブラズはそれをずっと見ていた。開き直って暴れられては困るからだ。ただ『駄々をこねていた』だけで周辺を更地にするほどの力。自分の死を受け入れてその力を能動的に使われては堪らなかった。
あまり使いたくなかった方法だった。一時的にとはいえ敵を強化したわけだし、実際グリーディアは一時、途轍もない力を手にしていた筈だ。周辺の更地化程度で済んだのならばまだマシだと思えるほどの。
ブラズは意識を失ったグリーディアの側までやってきて、頭をがしがしとかいて、ため息をついた。
「……ったく。ちょっと『開放』してやっただけなのにな。まあ、自分の力くらいしっかり制御できるようにしろって事だよ」
それがブラズの力の本質。『封印』する姉と対を為す力。
感傷に浸っている場合ではない。少し時間をかけ過ぎた。すぐにシストのもとに向かわなければ。
ブラズはもう振り返ることもなく、その場をあとにした。




