第四十話 シストは死神を見る
時を遡ること一月前。
アマイモンが瀕死のアモン・ヒープに止めを刺そうとした時、それを妨害したのが何を隠そう小人族の姉弟の姉の方、シストであったのを覚えているだろうか。
「楽しそうね。私も混ぜなさいよ」、と。
アマイモンはハッ、と笑った。
「俺から逃げ出そうとしたくせに、何を偉そうに言ってんだ」
「あら、仕方ないじゃない」
シストも笑う。まるで矮小な虫けらを眺めるように目を眇めて、口元に手を置いて言った。
「私が本気を出したら、周りに被害が出ちゃうもの」
果たしてアマイモンは挑発に乗り、アマイモンとシストとの戦闘が始まったわけだが、シストのこの発言は真実であり、またはったりでもあった。
さて、シストの本質は『封印』、と。再三繰り返していたが、その封印というのは、『冥界で暴れる亡者を抑え込む』力である。普段はその『抑え込む』力のみを器用に用いて戦うわけだが、こと相手が手負いとなると話は変わる。
「ところであなた、怪我してるじゃない」
事実だった。圧倒的優位に立ち回っていたとはいえ、アマイモンの相手は『序列七位』たるアモン・ヒープだったのだ。爪は削れ、蝙蝠の翼は破れ、梟の毛はところどころ抜け落ちている。満身創痍とはいかないまでも、確かにアマイモンは手負いであった。
「……あん? それがどうし──」
がくんっ、とアマイモンがよろめく。ふらふらと覚束ない足取りで彷徨い、そして、何が起きたのかわからないと頭に手を当てる。
「──は?」
「……『死神の鎌』」
混乱するアマイモンの前で、シストはどこからか真っ黒な鎌を取り出す。全長はシストの身長よりも大きくて、禍々しく瘴気を放っているようだった。それは正しく、『冥界』を思わせる武器だった。
そんな大鎌が、ぶんっ、と振られる。空振り。見た目には宙を舞っただけの大鎌は、黒い『波動』をアマイモンの方へと飛ばす。よろめく足取りではその『波動』を避けることが出来ず、アマイモンは必死に魔術で防壁を張った。
だが、魔術防壁など無意味だった。
「ごふっ」
血を吐き出す。翼は破れているなんてレベルじゃなくボロボロになり、削れていただけだったはずの爪は剥がれ、中の肉から血が溢れる。梟の毛もまるっきり抜け切り、人間の顔が晒される。
「そんなところにいていいの?」
シストがもう一度、大鎌をぶんっ、と振った。
アマイモンは避ける。やってられない。魔術で防御することも叶わなければ、あの『波動』は速すぎる。避けるだけでも一苦労、ならばさっさと奴から距離を取らなければと。
ごふっ、と再び吐血する。アマイモンは手で口を押さえ、血に濡れたその手を眺めながら、自分の身を顧みる。
「……傷が、悪化した……?」
先程からなんども回復魔術を使っているが、一向に治る気配はない。まさに『生死を司る』圧倒的な力を前に、アマイモンは恐れを抱いた視線でシストを見やる。
「悪化じゃないわ。操作よ」
シストは大鎌を構えながら言った。
そのままぶんっ、とそれを振るう。波動が飛ぶ。アマイモンは避けきれず足にもらって、蹲って立てなくなる。
「亡者をしつけるにはね、たまには飴も与えた方が良いの。だからやろうと思えば治すこともできるわよ」
傷ついて死に、冥界に落ちてきた亡者を治してやることもできる。悪さをすれば『死因』である傷を刺激して、痛めつけ、仕置きすることもできる。
いらない情報だった。アマイモンは使い物にならなくなった右足を切り落として、片足だけで逃げようとする。
「だーめ!」
もう一振り、大鎌が向けられて、黒い『波動』が飛んでくる。またも避けきれず残った左足も使えなくなったので、アマイモンは這いつくばることしかできなくなる。
その時だった。
「アマイモン様っ」
飛んでくるのは乱入者。セーレであった。彼女は「理想の眼鏡!」とアマイモンに応急処置をして、そのまま天守閣の上へと『ワープ』して逃げた。
「……ふん。流石の『死神の鎌』でも、概創霊装を使われたら回復されちゃうのね」
密かに自尊心を傷つけられながら、シストは二人を追った。
これが、一月前の話である。
○
そして、現在。ブラズと別れたシストの目の前には、傷だらけのツラトゥストラがいた。シトリー・グリフォンにつけられた傷だ。ツラトゥストラはずっと無表情で、剣を構える素振りも見せない。
「一応聞くけど、ツラトゥストラさんは魔術は使えないの?」
その様子を見て、シストも会話を試みる。油断しているだとか舐めているだとかではなく、無抵抗の人間に手を出すほど、情を失ってないという話だ。
「……一概に、できないとも言えない。だが、俺は人間だ」
人間である、と。
それはつまり、そういうことだった。
一般に肉体に依存してない種族の方が魔力の扱いに長ける。
『肉体に依存しない』種族とは妖精である妖精族や成長しない小人族を指し、『肉体に依存する』種族とは獣の力をその身に宿す獣人や、身体が死ねば魂も死ぬ人間のことを言う。
だから、人間は魔術を扱えない。その上獣人のような身体能力も持ち合わせない。『魔術狂』バアルのような突然変異を除けば、最弱の種族であると。それは、全種族共通の見解だった。ソロモン・ディビルズが現れるまでは。
そう。ソロモン・ディビルズはそこに一石を投じた。人間でも扱えるように改良した魔術、『結界魔術』を完成させ、自身もそれを極めて『序列八位』にまでのし上がった。惜しむらくは、それを誰かに継承させる前に亡くなってしまう──どころか、魔力を封印してしまったところか。
「手負いかどうか、と先ほど言っていたが」
ツラトゥストラが言った。
「だから今の俺に、この傷を治す術はない。安心して欲しい」
「ツラトゥストラさんが、不安になるべきよ」
私が安心するのではなくてね、と。
「私、弱いものいじめは嫌いなのだけれど」
ツラトゥストラはいつのまにか剣を身体の前に構えていた。それを開戦の合図と取って、シストも死神の大鎌を創り出す。
「『死神の鎌』!」
当たった箇所の傷口の、その『操作権』を奪う波動。特に傷だらけの相手が敵であれば、必殺の一撃となるその波動。
シストはツラトゥストラが何かをする前に、さっさと勝負を決めてしまうことにした。ぶんっ、と大鎌は振るわれ、音速を遥かに超える速度で黒い『波動』は飛んでいく。
そして、その『波動』はツラトゥストラに両断された。
「……は?」
困惑の声を上げるシスト。その隙にすかさずツラトゥストラが詰める。反射的にその足に『封印』を施して後退するが、未だその顔から困惑の表情は消えない。
ツラトゥストラは自分の足に斬り付ける。スパァン、と軽快な音が鳴って、足に付けた『封印』も斬られた。
自由になった足で、再びツラトゥストラが詰め寄る。
「……っ」
魔術を斬るとは、聞いていた。しかしまさかこれほどまでとは。
シストは全力で魔力を練る。至る所に、地雷のように『封印罠』を設置して張り巡らせ(そこを踏み抜いたり通り抜けたりすれば、触れた箇所が自由に使えなくなる)、駄目押しとばかりにツラトゥストラの持つ剣を封印する。
「武器が使えなくなれば──!」
「──無駄だ」
ツラトゥストラは左手で脇差を取り出し、それで封印された自身の剣を斬り付けた。すると、剣に施された封印も、はらりと消えてなくなった。
「俺は技術で魔力を斬る。神剣なんかに頼っている勇者と一緒にするな」
「……っ!」
つまり、武器に何か秘密があるわけではないと。ツラトゥストラを止めるには、完全にその身動きを止めるしかないと。
「その考えが甘いのだ」
罠を張り巡らせながら逃げるシストだったが、完全に避けきることはできず、遂にその剣に捕まった。少し右腕に掠っただけ。つー、と血が流れ出るのみ。しかし、これが神剣ならば死んでいた。
「俺を殺す気でこないか、女主人よ」
苦し紛れにシストは死神の鎌を振るう。しかしその高速の『波動』もツラトゥストラが剣を一閃すれば消え去った。技術で魔力を斬る、とは、規格外にも程がある、とシストは冷や汗を流す。
「……ん?」
と、ここでシストは、ツラトゥストラが異様に集中していることに気がついた。
「(戦いには常に全力を尽くす紳士ってこと? でも、これだけ圧倒しておきながら、そんなに集中する……?)」
シストはもう一度死神の鎌を振るって波動を放つ。するとツラトゥストラは足を止め、剣を一閃して波動を斬った。
もう一度。もう一度。何度も何度も、黒い波動を放つ。シストは『冥界の女主人』である。魔力だけならいくらでもあった。ツラトゥストラはもう足を完全に止め、波動を斬ることだけに全神経を集中させているように見える。
「……そう、よね。魔力を斬るなんて離れ技が、そう簡単なわけないじゃない」
そうだ。技術だ、と言うのならば、それが神剣のような剣の力でないのならば、いつかは失敗するはずだ。完璧に防ぎ斬ることなどできないのであれば、このまま押し切って仕舞えばいい。
「むちゃくちゃに集中しなければ、そんな離れ技できないのよ!」
そう安心しきるシストの前で、一瞬の隙をついて、ツラトゥストラが何かを呟いた。
「……封魔結界」と。
「!?」
作られるは、三十メートル四方の立方体。それが、ツラトゥストラとシストの二人を囲んだ。そして、その壁は、ゆっくり、ゆっくりとだが、確実に魔力を吸っている。いや、結界の外へと放出している。その場の魔力濃度がどんどんと薄くなるのが、シストにはわかった。
「……かつて、俺が魔力を斬れなかったのは、魔力には『形』というものがないからだった」
手を止めたシストに、いや、薄くなる魔力に無駄遣いを避けるため、止めざるを得なくなったシストに、ツラトゥストラがゆっくりと近づく。
「……ならば、俺の方で『形』を与えてやればいい。魔力の生成、『核生成』ではなくて、『塗装』に精通すればいいと気付いたのは、つい最近のことだ」
『形』を与える。他人の魔術を『上書き塗装』して、それに形を与えてやる。核を生成する必要はない。魔術を使えなくても構わない。ただ、『塗装』ができるようになればいい。
そうした結果、ツラトゥストラがたどり着いたのは──
「──結界魔術師……っ!」
シストが驚愕に、恐怖に顔を青ざめさせる。確かに、理論上は誰でも使える魔術だとソロモンは言っていた。だが、その難易度も、要求される魔力操作技術の高さも、シストは知っていた。まさかソロモン以外に実践で使えるほど習熟した者がいるなど、思っても見なかった。
「……ソロモン・ディビルズは、そう名乗っていたらしいな」
ツラトゥストラはそう言って、そうしているうちに、『封魔結界』が完成する。
ツラトゥストラは結界外の魔力にアクセスできて、シストはできない状態。特に剣術に秀でているツラトゥストラにとっては、圧倒的有利な状態。
「では、参る」
そう剣を構えるツラトゥストラの背後には、まるで死神が佇んでいるようだった。
複数箇所で同時進行する戦闘を読むときの「早く続き見せろよ!」っていうストレス、僕は好きなんですが、嫌いな人には苦手な展開が続くかもしれません。




