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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
帝国編
32/78

第三十二話 彼と彼女は互いを想う

 かつて。彼と初めて会った日。彼は跪くセーレの前に立って、言ってくれた。


「世界が、憎いな」


 はい、と。言葉ではなく、心が、答えた。


「俺も憎い。だから、一緒に世界をぶっ壊そう」


 それから、彼は、セーレの全てを変えてくれた。


 まばたきをしなくなった。魔力の扱い方を教えてもらった。拙かった剣を教えてくれた。そうしてついには、『概創霊装』まで顕現させることができるようになった。人の身で、生まれつき膨大な魔力と、特異な能力とを有していたとはいえ、『ソロモンの悪魔』となったのだ。だが、たとえどれだけ強くなろうとも、その忠誠心が変わることだけはなかった。


 セーレは思う。ああ、私は、一生この人に付いていくのだろうと。


 しばらくして、彼がアモン執心の女性、リンスを処刑した日のこと。


「どうして『勿忘草(わすれなぐさ)』を使われたのですか」


 どうしてすぐにアモン・ヒープと戦わないのか。どうして記憶を消すのか。どうしてまだ世界を、壊さないのか。私は強くなりました、アマイモン様、と。もうとうに準備はできています、と。


「『虚飾の詩人(ファンシー・ポエマー)』で、せっかく処刑したリンス(我が妻)を生き返らされては堪らないだろう。三週間は記憶を失っていてもらう。そうすればあいつの魔力では、もうリンスを生き返らせられなくなるだろうからな。俺はあいつの絶望が見たいんだ」


 不安そうな顔をしただろうか。不満そうな顔をしただろうか。そんなつもりはなかったのに、アマイモン様は安心させるように笑って、セーレの頭を撫でた。


「安心しろ。もうすぐだ。これが終わったら、一緒に世界をぶっ壊そう」


 俺を悪と断じた、くそったれな世界を、と。


 その憎悪の宿る瞳が、セーレは大好きだった。

 


 ○



「アマイモン様っ……!!」


 セーレが()()()()をする。アストレアが止める隙もなく、彼女はアマイモンのすぐ側に転移し、そうして、もう一度()()()()をする。すると、アマイモンとセーレの姿が、一瞬にして掻き消える。それを、シストは黙って見ていた。


「アマイモン様っ、アマイモン様っ、アマイモン様っ!」


 このあたりで一番高い建物、つまり王城の屋根の上。セーレはそこにアマイモンを横たえて、狂乱の表情で呼びかける。汗を流し、手をかざし、教えてもらったように魔術をしっかりと制御して、その傷を癒そうとする。


「映し出せっ、『理想の眼鏡(アイデアル・グラース)』!」


 概創霊装。セーレの膨大な魔力が集まって、それはセーレの目元に、真っ赤な眼鏡を形作る。視界に映るアマイモンの姿は真っ赤。ぱちん、と()()()()をすると、だんだんと視界は普段の世界を取り戻していき、眼鏡の色が真っ白になるころには、アマイモンの怪我は完治していた。


「ああっ、ああっ。ご無事でよかった、アマイモン様──」


 しかし、そうは問屋が卸さない。


 ──ザッ、と。背後に立つ影がある。セーレにはどうしてかその影は異常に大きく感ぜられ、恐る恐る、振り返る。その姿を認めた瞬間に、セーレはたまらず()()()()をしていた。


「うぐっ」


 セーレの瞳から血が流れる。真っ白な頬を流れる血は、力の使いすぎを意味していた。勇者との交戦に、概創霊装の使用。満身創痍。脳裏によぎる敗北の二文字と、アマイモンを守らなければという使命感。


「そんなに逃げなくてもいいじゃないの」


 後退すること十数メートル。それだけの距離を転移して自分に向き直るセーレを見て、アマイモンを背後に庇うセーレを見て、シストは言った。


「私、思ったのよね」しゃがみ込むセーレからすれば、背後に太陽をたたえて、逆光で真っ黒に映るシストの姿はまさしく悪魔のようで、そうして、その唇が動く。「私たち、あなたと戦う理由ないじゃない、って」


 セーレはしばし、困惑の表情を浮かべ、静止した。


「……え?」

「もともとアモン・ヒープを止めに来たわけだし。リンスさんも生き返れば、ソロモンやブラズが死んでもいない。帝国が滅んでもいない。戦う理由といえば、正当防衛くらいしかないの」


 まだ疑わしげな目を向けるセーレに、シストは少しだけ苛立ったように、語気を強めて言う。


「……許してやるからさっさと失せろって言ってんのよ」


 ぶわっ、と。シストの背後に大きな鎌を抱えた死神の姿が具象する。死神。死の象徴は、圧倒的な威圧感とともにシストに与する。ソレが構える大きな鎌は、命を刈り取る形をしていて、ソレの具象と同時に、セーレの全身から汗が吹き出た。


 だめだ、勝てない。姉弟のことは知っていたが、ここまで強いとは思っていなかった。ソロモン・ディビルズはともかく、いまだイグシル・ツレウルドや勇者アストレアも健在だ。ああ、私はどうしたらいいのですか、アマイモン様ーー



 ーーパリン、と。


 ガラスか何かが割れたかのような音と共に、シストの背後の死神が、霧散した。


「!?」


 シストが振り返って唖然とし、そうして、セーレもまた背後を振り返り、唖然とする。


 シストの驚愕は、冥界の主たる証である死神が消え去ったこと。


 セーレの驚愕は、アマイモンが使用したその力のことだった。


 セーレは確認する。未だアマイモンの意識は戻っていない。しかし、意識のないアマイモンのその手に握られるのは、紛れもなく『虚飾の詩人(ファンシー・ポエマー)』の所有証明である()()()だった。


 『ソロモンの悪魔』の証明たる、概創霊装。

 天地を揺るがすほどの力を持つ神話の霊装。


「アマイモン様っ!」


 セーレの呼びかけに、アマイモンはゆっくりと、目を開ける。


「……ああ、セーレか……」

「いいえ、喋らないでください! あとは私が……!」

「……そうか──」


 アマイモンはセーレの言葉が聞こえているのかいないのか、満足そうに微笑んだ。その視線の先にあるのは泣き腫れた酷い顔をしているセーレと、突然の事態に困惑しているシスト。そして、自身の手に握られる、魔導書のような、日記帳のような、奇抜(ファンシー)なノート。


「──俺は、世界に認められたか」

「……ッ!!」


 アモンとの戦いに勝利したためか、それとも何か心境の変化でもあったのか。『東の魔王』アマイモンは、概創霊装の完全顕現に成功していた。


 セーレは迷わず()()()()をした。逃げるためだ。アマイモン様は新たなお力を手になされた。これ以上危険を冒す必要などない。アモン・ヒープはまだ存命であるが、今後いつでも殺す機会などある。世界を滅ぼすに清貧姉弟(シストとブラズ)や勇者は障害であるが、それもまた、排除する機会はいくらでもある、と。


 満身創痍のアマイモンの口が、動く。


「……セーレ……」

「……っ。どうか、今は私にお任せください……!」


 抱きかかえて空を駆けながら、セーレは、もう喋らないでくれと懇願する。果たしてその願いが届いたのか、アマイモンは、最後にこう言い残して、それきり口を閉じた。


「……ああ、あとは、任せたぜ……」

「……っ!」


 どうしてそのようなことを言いなさるのですか、と。目を閉じて安らかに眠るアマイモンを、セーレは涙目で見やった。



 ○



 天守閣。五重塔のような造りをした王城の、その屋根の上。瓦何百枚も敷かれた、その場所で。


「……なに、戻ってきたのね」


 セーレは単身、再びこの場所に舞い戻ってきていた。


「……一つだけ、伺っても構いませんか」


 シストが怪訝そうに眉をしかめる。セーレは俯いていて、その表情は窺えない。シストの沈黙を是と取ったのか、セーレは続けた。


「アモン・ヒープを殺すのを、黙って見過ごしてはくれませんか」


 セーレが顔をあげる。その瞳には覚悟と決意とが宿っていて、そこには強行の意思が見えたが、しかしシストは力強く、断言した。


「ダメね」


 シストはリンスからしか事情を聞いていない。アマイモン、セーレ両名は、シストからすれば、何の理由もなくアモン・ヒープを殺そうとする賊徒であるからして、この返答は当然のものではあった。


「そうですか」


 果たしてセーレは次の瞬間、()()()()をした。


「……アストレア!」


 セーレが転移した直後、ソロモンが叫ぶ。そこは先ほどまでアモンとアマイモンとが戦っていた場所で、だから現在、そこにはシストを除く一行全員が残っていた。すなわちソロモンにアストレア、イグシル、ブラズ、リンスに、瀕死のアモンである。


「ああ!」


 アストレアがソロモンの呼びかけに応える。転移したセーレに一番近い場所にいたのがアストレアだったのだ。神剣を構えて高速で斬りかかるアストレアを、しかしセーレは悠然と()()()()をして、躱した。


 躱した、というと、転移した、というわけで。


 どこに転移したのかというと、それは横たわるアモン・ヒープのすぐ側だった。


「くそっ!」


 ソロモンが悪態をついて結界を構築しだす。セーレの動きを止めるためだ。アストレアは剣を振り下ろした直後で間に合わない。ブラズは近くにシスト(守るべき者)のいない今やる気なく、イグシルもまた、帝国をこれだけ破壊したアモンを庇う気などない。リンスは状況を飲み込めず、ただ立ち尽くすのみ。


 仮にもセーレは『ソロモンの悪魔』。圧倒的な単体戦闘能力を持っていることが認められた人間である。間に合わない、とソロモンは唇を噛み締める。そうしてセーレがどこからか剣を取り出して握り、横たわるアモン・ヒープに振り下ろそうとしたその時。


「ごふっ……!」


 吐血。喀血。どくん、どくんと心臓が高鳴る。セーレの目からは後から後から、真っ赤な血が溢れ、流れ出た。真っ白な体が、大量の血で真紅に染まる。


 セーレがそれでも、手を伸ばす。剣を振るう。無理をした。力を使いすぎた。それはわかっていたが、瀕死のアモンに一太刀浴びせるくらいは、できるだろうと思っていた。果たして、アモン・ヒープにセーレの剣が振り下ろされる前に、ソロモンが結界でセーレの動きを止めることに成功した。


「くっ……『理想の眼鏡(アイデアル・グラース)』!」


 眼鏡の色は白。セーレは最後の力を振り絞って()()()()する。白い眼鏡はセーレの自由を奪う結界を吸い取って、やがて完全に消し去った。自由になった身体で再度、剣を構えてアモンに斬りかかろうとするが、そこはしかし、アストレア・ヴィ・レイヴが舞い戻っている。


 キン、という音がして、セーレの両腕は両断される。真っ赤な血飛沫を上げて、手に持っていた剣ももちろん放り出されて、しかしセーレはまだ叫ぶ。


「『理想の(アイデアル・グ)──ッ!」


 叫び終わる前に、アストレアがその首をはねた。


 首が、飛ぶ。血潮を吹いて、身体は崩れ落ちて、首は、宙にしばし、滞空する。


 ああ、アマイモン様。あなたさまからの任(アモン・ヒープ殺害)、私めは失敗してしまいました。どうか愚かな私を、許すまじとも、お記憶の片隅にでもお留め頂ければ──


「──の眼鏡(・グラース)』……」


 ただの魔力に霧散して、薄れかけようとしていた眼鏡が、力強く形を取り戻す。眼鏡の色は緑。最後に優しく微笑んで、セーレは()()()()をして、事切れた。



 ○



 アマイモンが、目を覚ます。そこは洞窟だった。ぽちゃん、と水の音が聞こえる、小さな洞窟。真っ暗なその場所に、アマイモンは横たえられていた。


 それから、アマイモンは自分の身体を見下ろした。あの忌々しき死神を従えた少女につけられた傷は、綺麗さっぱりなくなっていた。セーレの『理想の眼鏡(アイデアル・グラース)』だろう、とあたりをつけて、改めてあたりを見渡す。


「……セーレ?」


 だがしかし、その呼びかけに答える声は、なかった。


 違う。そんなわけはない。なぜならセーレの魔力を感じるからだ。近くにいる。あいつが勝手な行動をするわけない。まして、無謀に突撃して死ぬなどと。いや、死んでない。なぜなら魔力を感じるのだから──


 ──お慕いしておりました、と。


()()()()()()()()()()』、と。


 顔を上げると、緑色の魔力が、拙くその文章を形作っていた。


 緑。伝達の、緑。『理想の眼鏡(アイデアル・グラース)』の能力の一つだった。その緑色の文字に、セーレの魔力が込められているのがわかる。アマイモンがそれに触れようとすると、嫌がるように霧散して、その緑色の魔力の塊は、消えた。


 それから、セーレの魔力を全く感じなくなった。


「……セーレ?」


 知覚を総動員する。耳を澄まし目を凝らし、魔力を手繰ってセーレを探す。しかし、アマイモンの探索にセーレの姿がひっかかる様子は一向になかった。知らず、アマイモンは呟いている。


「セーレ。……セーレっ。どこだ。出てこい!」アマイモンは、叫ぶ。「出てこいと、言っているだろうが!」


 叫び声は、薄暗い洞窟に騒々しく反響して、やがて、完全に消え去った。


 セーレがアマイモンの呼びかけに応えなかったことなど、ない。セーレがアマイモンの命令に背いたことなどない。魔力が感じられないなど、常態であれば、ありえない。


 つまり、本当に、セーレは死んだのだ──


「──どうして」アマイモンは、静かに恨む「どうしてお前は、俺を起こさなかった。どうしてお前は俺を待たなかった」


 そして。


「……どうして俺は、さっさと目を覚さなかった……ッ!!」


 セーレのことは、ただの道具だと思っていた。アモン・ヒープに復讐し、世界を壊すための道具だと。だが、これはたかが道具を壊されたが故の怒りだと言うには、あまりに大きすぎた。アマイモンは、たかが道具のためにこうも悲しむほど、感傷的ではなかった。


「あああああッ!!」


 つまり、自分は少なからず、セーレを気に入っていたのだ、と。


 慟哭は、洞窟内部を蹂躙し、岩盤は捲れ上がり、湧き水は止まる。そう言ったものがひと段落して、アマイモンがようやく落ち着きを取り戻したころ。


「感傷に浸ってるところ悪いんだけど」


 そんなアマイモンに、話しかける影があった。


 薄汚れたローブを纏い、細身。研究者然としていて、その声は世界の全てを馬鹿にしているかのよう。アマイモンにも見覚えのあるその姿はまさしくーー


「何の用だ、()()()


 ーー果たして『魔術狂』バアルは、くつくつと笑い出した。


「覚えていてくれたんだねぇ、嬉しいよ」バアルがフードを取って、その素顔が下界に現れる。「君を殺しにきた。ソロモンの居場所を知る悪魔がいたら何かと都合が悪いんだよねぇ」


 アマイモンにはバアルが何を言っているのかよく分からなかった。誰がソロモンに構ってもいいだろう、と。だが、一つだけはっきりと分かるのは、バアルがアマイモンに殺意を向けているということ。敵意を向けられて笑って許せるほど、今のアマイモンは平静ではなかった。


 アマイモンがノートを創り出す。ノート型の概創霊装『虚飾の詩人(ファンシー・ポエマー)』。セーレの治療のおかげで、身体の状態はすこぶる順調である。襲われるというのなら、相手をするにやぶさかではない、と。


「概創霊装。使えるようになったんだねぇ」

「黙れ。俺は今気分が悪いんだ。あまり手間をかけさせてくれるな」


 対して、バアルは笑い出す。くっくっく、とまるで悪魔よりも悪魔らしく、この世の全てを嘲笑うかのように、何もかもを小馬鹿にした声で、アマイモンを笑う。


()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 直後。アマイモンが激昂して襲いかかった。バアルは相変わらず笑みを消さずに、アマイモンの体調は言うまでもなく万全で、怒りゆえに最初から全力でバアルを殺しにかかってて、次の瞬間、洞窟は倒壊して。


 こうして、アマイモンは死んだ。


 


 


 


 

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