第二十七話 二体の悪魔に無視される
お久しぶりです。
一番はじめに対応したのはシストだった。
「ブラズ!」
「おう」
続いてブラズ。『命令権』の放棄はそれそのまま『主人と死霊との繋がりが切れること』を意味するわけではない。精一杯にお嬢様に魔力を送り込み、どうにか粉々になった頭を再生させようとする。
「俺はしばらく使い物にならん! てめえらでなんとかしろ!」
シストがいつのまにか『結界』を張っている。ソロモンの使う結界魔術ではなく、ここら一帯を『封印』することで擬似的に安全地帯を作り出しているのだ。だが、ここでイグシルが叫んだ。
「俺が出る! まだこの中で余力を残しているのは俺くらいだろう、封印を解け!」
「……だめよ。私たちが気付けなかったのよ、恐らく敵はソロモンの悪魔! アモン・ヒープの回復が先決でしょう! 彼がいないと勝てるものも勝てないわ!」
「だとしてもだ! この俺がそう簡単に死ぬものか、情報収集くらいこなしてみせると言ってるんだ! ここから出せ!」
アモン・ヒープは茫然自失、アストレアは二人の成り行きを見守っているようだった。ブラズはリンスの頭の再生が思うようにいかずに苛立っており、そしてソロモンはーー
「……イグシル。変なプライドは捨てろ」
ーーソロモンは、外の様子を概ね把握することに成功していた。
イグシルが舌打ちする。
「……ああ、くそ。俺らしくもない」
「そりゃそうだろう。最強の斥候が接敵に気付かないことなんて滅多にあるもんか。誰もお前の能力を疑ってないよ、イグシル。これはお前の失態じゃない」ソロモンは頭を潰されたリンスに視線を向ける。「そうかっかするな」
そうして、ソロモンは最悪の事実を突きつける。
「……敵はソロモンの悪魔。それも二体いる」
「!?」
イグシルは言葉を失い、アストレアも片眉を上げ、アモン、ブラズは言うに及ばず、シストが顔をしかめて頭を抱えた。
ガコンッ! と直後、結界の一部が音を立てて凹む。攻撃を受けているのだ。
「……ああ、くそ、時間がない! ソロモン、もうすぐ封印が解かれるわ。私たちを無視して民衆に襲い掛かられなかっただけマシだけど、そろそろやばいかも!」
ソロモンは四方を見渡した。
「……俺と、イグシルと、アストレアで出よう。俺とイグシルで一体、アストレアにもう一体を頼む。シスト、結界内の空間を小さくすれば、強度はあげられるだろう?」
「……ええ」
「最優先はリンスさん、つまりブラズの安全だ。ブラズが死ねばリンスさんも死ぬからな。頼めるか」
「……」
シストが目を泳がせる。自分も戦いに参加したいのだろう、しかし、シストがいなくなれば安全地帯を作れる者がいなくなる。ソロモンの結界では脆すぎるし、ブラズは今他のことに手をさけそうにない。
迷った末に、シストは、一人を見やり、そうしてつかつかとソレに近づいて、バンッ、と、背中を思いっきり叩いた。
「アモン・ヒープ! もう敵とか味方だとか、帝国への恨みだとか、お嬢さんが死にそうだとか! そんなのどうでもいいけど、今必要なのはあなたの力でしょう!」
アモンはうつろにリンスを眺め、まだ再生されない、ぐじゅりと頭を潰されているその姿を認め、それからブラズを見る。額に汗を浮かべながら懸命にリンスを見据え、膨大な魔力を制御しているその姿を。
「……」
「戦いなさいよ! いいえ、なら、あなたがお嬢さんを、ブラズを守りなさい! 私が出るわ。……もしもブラズに何かあったらタダじゃ置かないから!」
ソロモン、行きましょう、と。未だ瞳に光を灯さないアモンを見限り、シストがソロモンに向かう。寸前で、その肩は、獣の右手に掴まれた。
「……なに」
シストが、立ち止まる。
「……」
「……なに。やるの」
振り返る。獣。魔獣。悪魔。梟の顔に、嫌な鉤爪。優しく白髪の老執事。姿も安定せぬままに、そのぐにゃぐにゃと変形する様は未だ彼の心内の葛藤を表しているかのよう。人間になったり、梟になったり、そうして、その変形は、果たして強い目をした老執事に変わったところで、終わった。
「……お任せ、くだされ。どうかお嬢様を、お頼み申し上げます……」
「最初っからそうすればいいのよ!」
そこには、もう既に自失の老人はいなかった。正真正銘『序列七位』、アモン・ヒープその人である。
ソロモンはシストに向き合った。
「ありがとう」
「……なによ。本当は私が出たいのよ。それでも譲るのは、相手がリンスさんの敵だからです」
リンスさんはブラズが死なせないけどね! とシスト。
これにソロモンも笑って応えた。
「よし! イグシル、アストレア、……それから、アモン。いけるか?」
「おう」とイグシルが答え、
「ああ」とアストレアが微笑み、
「……ええ」とアモンが、目を閉じた。
ソロモンが笑う。
「敵は杖の男にメイドの女! お前ら、死ぬなよ!」
シストが結界に出口を作って、そうして、此度のラストバトルは開戦した。
○
四人がパッと封印結界を飛び出る。と同時に、結界は大きさを人が三人入れるか入れないかくるいにまで縮小し、攻撃で凹んだ部分も修復された。四人は素早く振り返り、結界に攻撃を続ける一組の男女を見やる。
「……あん?」
反応したのは男の方だった。蛇のような髪の毛は目を隠すほどに長く、その奥に閉ざされる目は虚ろな光をたたえている。口元は包帯に巻かれ、その声もどこかくぐもっていた。そんな奇妙な格好のくせに、執事服を着こなしているのが、一層不気味だった。
男が言う。
「……ああ、お出迎えか。俺はアマイモン。こっちはセーレ」男ーーアマイモンが女のほうを顎で示す。「ああ、名乗らなくていいぜ。どの道殺すんだからな」
「俺はソロモン」間髪入れずにソロモンが名乗った。「すまないな。訳あって俺は、お前らを倒さなきゃならない」
アマイモンが笑う。
「我らが生みの親、ソロモン・ディビルズ。驚きだ。だけどな、お前なんかどうでもいいんだよ」
アマイモンが地を蹴る。それは凄まじい速度で飛ぶ人型の弾丸を形作り、それに反応できたのはアモンと、イグシルと、アストレアだけだった。
つまり、ソロモンの傍らで轟音が響いた。そこに立するはアモン・ヒープなれば、すなわちアマイモンの狙いはアモン・ヒープだったわけだが、杖と杖とがぶつかり合った。上手く受け止めはしたものの、アモンは少しだけ押し込まれる。
「むぅ……!」
「まだまだ行くぜ」
追撃しようとしたアマイモンだったが、咄嗟に得物を控えてしゃがみ込む。つい先ほどまでアマイモンの頭があった所を神剣が通り過ぎ、アマイモンは屈伸した足を伸ばす要領で再度アモンに飛びかかった。
「落ち着けよ」
今度の妨害はソロモン・ディビルズ。アモンとアマイモンとを隔てる形で一枚の結界が張り巡らされ、飛びかかったアマイモンはなす術なくそれに吸い込まれる。結界内に閉じ込められたアマイモンは脱出しようと力を込めるが、間髪入れずにアストレアが結界ごとアマイモンを神剣シュテルネンハオフェンで叩き潰した。
轟音が響く。神剣はソロモンの結界なんぞはなすすべなく壊し、地面に深く傷をつける。土が抉れ砂埃が立ち、果たしてーー
ーー果たして、アストレアが手応えを感じることはなかった。
「……すまん。しくった」
「……いや、あれは仕方ない」
謝るはイグシル・ツレウルド。世界樹の申し子は弓矢を番えたまま、未知なる悪魔セーレを押さえ込みきれなかったことを謝罪する。ソロモンは、冷や汗をかきながら気休めを言った。
いつのまにか、アマイモンはセーレの隣に、不満そうにたたずんでいた。まるで瞬間移動でもしたように。
アマイモンが怒鳴る。
「セーレぇぇ……! お前、勝手に助けてんじゃねえよ、おい……!」
「すみません」
淡々と、執事服の青年に応えるセーレ。それはソロモンら四人と出会ったときと依然変わらず、結界の上に悠然と立ち、まばたきひとつする気配がない。人形のような能面は、しかし息を呑むほど美しく、虹色に光る髪の毛と合わせて酷く神秘的だった。黒を基調としたメイド服でアマイモンにお辞儀して詫びる姿は、まさしく、従事者を思わせた。
「お一人で、四方と、闘われますか」セーレが呟くように言った。
「……あん? 俺が闘りたいのはアモンだけに決まってんだろうが」
「そうですか」セーレがもう一度、アマイモンに深くお辞儀した。「それでは」
何が起きたわけでもなかった。魔力が起こる前兆があったわけでも、二体の悪魔のどちらかに極端な身振り手振りがあったわけでも、ソロモンら四人が何かしたわけでもなかった。
ただ、しかし。強いて言うのならば。
セーレという悪魔が、まばたきを、した。次の瞬間だった。
「!?」
その場から、セーレと、ソロモン。それからアストレアにイグシルまで。その四人の姿が、消えた。
「ようやく一対一でやれるなあ、アモン」
そして、その場には獰猛に笑うアマイモンと、突然の事態に困惑し、しかし毅然と杖を構えるアモンとが残った。
○
執事服の二人が、土煙を挟んで向かい合う。一人は口元を包帯で隠した青年、アマイモン。もう一人は燕尾服を着こなし、白髪をアールバックにした老人、アモン・ヒープ。アモンは自ら仕掛ける危険を冒さず、アマイモンも、しばらく談笑に臨む様子だった。
「しばらくだなぁ、兄弟」くっく、とニヒルに笑うアマイモン。「元気にしてたか」
「私はお前の兄弟などではないよ」アモンは杖を構えて油断なく、答えた。
「そうだな。どっちかっつったら、半身、とか、一心異体、とかだよな」
「……私たちのことはどうでもいい。どうして帝国を人族主義に作り変えたのだ、帝国皇帝よ」
アマイモンは嗤った。
はは。くひ。くはは。ははははは。
そうして、舌を、真っ赤な舌を晒して、まるであっかんべえでもするように、
「そんなの、お前に嫌がらせするために決まってんだろ、ばぁーかがぁ!!」
つまり、お嬢様を迫害し、アモン・ヒープに心労を与えることが目的だった、と。
唐突に戦闘は始まった。アモンは動いていない。にも関わらず戦闘が始まったというのは、アマイモンが特攻したのだ。地を蹴り一瞬でアマイモンはアモンの懐に潜り込み、杖と杖とがぶつかり合う。剣戟。いや、杖戟。その一進一退の殺し合いは、始めは互角かに思われたが、しばらくして、アモン・ヒープは押され始めた。
「詩人なんかを気取りやがってなあ、この道楽者が! 悪魔が聞いて呆れるぜ、地獄の侯爵はどこ行った!」
「ぐぅ……!!」
言葉とともにアマイモンは加速する。いつのまにか包帯は緩み、嗜虐的で獰猛な口元が露わになった。ぎらりと並んだ歯は鋭く尖り、言葉が発されるごとにぎちぎちと嫌な音を立てた。
「でもなぁ、そこまではまだ良かったんだよ……! 一番ダメなのはなぁ、人間なんかに肩入れしたことだぁ!」
アマイモンが続ける。
「俺とお前は同類だろうがぁ! 畜生だろう……! どうしてお前だけ、光に照らされようとしてやがる……!?」
勇猛果敢、猪突猛進とはこのことだった。勢いのままにアマイモンは走り切り、アモンの杖は、得物は、天高く弾き飛ばされた。
「嫌いだったんだよ! 昔から! お前のことが!」
杖を失ったアモンは右腕を獣化、爪を鋭く伸ばして対応しようとするが、間に合わない。爪は叩き折られ、そのまま右腕をちぎり飛ばされ、たまらず、全力で後退せざるを得なかった。
「……はあ、はあ」失った右腕を、そこから溢れる血を抑えながら、アモンは冷や汗を流す。「はあ、……くっ、うぅ……それでも、それでも!」
アモンの身体が、獣のそれに、変わった。梟の顔に、鋭い鉤爪。醜く背中から突き出る漆黒の翼に、右腕は、毛むくじゃらに生えなおす。
「それでも、お嬢様は関係ないでしょう……!」
「そういうとこが一番嫌いだっつってんだよ!!」
アモンが飛翔する。血管の浮き出る、おぞましい漆黒の翼は力強く羽ばたき、恐るべき速度を作り出す。アマイモンもこれに応じ、杖を放り捨て、顔は梟、しかしギラギラと輝く歯はそのままに、身体は筋肉質に膨張する。
「俺たちの本質はなあ、獣なんだよぉ!!」
拳と、拳が、ぶつかり合う。
大気が震え、大地は怒った。瓦礫が舞って、シストの結界すらも、一瞬薄くなったように見える。爆音が、一瞬遅れて鳴り響いた。
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