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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
帝国編
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第二十六話 油断する

 王国や、帝国、それに、ソロモンの大地なんかがある大陸とはまた別の、海を挟んだ東の大陸。そこで、国が一つ滅んだ。皇族の中で唯一生き残った第二皇女は隣国に逃げ込み、なんとか持ってきた『バッジ』に、魔力を流した。そのバッジは、皇国の国旗を模した色使いで作られていた。


 所変わって、西の大陸。それと同時刻、アストレアの上着の内に留められていた()()()()()()()が、薄く光を発した。


 アストレアは皇国へと急行した。無残な姿となったそこを見て、すぐさま隣国へと向かった。予想通り生き残りの王族、つまり第二皇女はそこにいて、事情を聞くことができた。襲撃者はソロモンの悪魔だという。すぐさま皇国の奪還が命じられ、二つ返事で承った。


 奪還は、成功した。皇城を占拠していた『序列六十三位』を名乗るアンドラスという悪魔を滅ぼして、平和が戻ってきたかに見えた。ところどころで、復興も始まっていた。


 その様子を見て、アストレアも安心した。それが勇者としての初仕事だったのだ。完遂できた喜びで、その後の事態に全く思いを馳せなかった。皇女の「もう大丈夫。ありがとう」というように、そのまま西の大陸へと帰ってしまった。


 バッジが再び光ったのは、東の大陸を離れてから二日も経っていなかった。


 辿り着いてすぐ、泣き言を言われた。民に顔向けができないと。どうしてこんな事態が予想できなかったのかと。民は生きる気力を失っていると。皇女が自分を責めてくれないのが、アストレアにはまた辛かった。泣きながら自責する皇女の隣で、アストレアもまた悔しさに顔を歪めた。


 二度目の掠奪者は、アンドラスの友人を名乗っているという。


 当然のように、滅ぼした。だが、続いてまた別の悪魔がやってきて、まだまだ続く。復讐の連鎖は終わる気配がなかった。


 先に折れたのは皇女だった。アストレアは言った。自分ならまだ戦える。いくらでも返り討ちにするからと。しかし、押し寄せてくる悪魔は時に軍隊を引き連れてくる。アストレア一人では勝利こそできても、失うものが多いのも事実だった。これ以上民の傷つく姿を見たくないと、泣いて縋り付かれた。隣国の王子との婚姻まで決断されては、アストレアはもう何も言えなかった。結局、皇国はそのタイミングで占領していた『序列四十四位』シャックスの物となり、今でも隣国とシャックス率いる皇国は、戦争を続けているという。


 つまり、アストレアの初仕事は失敗に終わった。


 これは、勇者の看板に大きな傷をつけた。それ以降アストレアが悪魔の討伐を控えるようになったのも、それに拍車をかけた。情報収集に努めていたのだ。もう二度と復讐の連鎖を起こさないために、悪魔同士の交流や、敵対関係、また好むものから嫌うものまで、徹底的に調べ上げた。例えばダンタリオンを味方につけられたのは紛れも無くアストレアの功績だ。知識の追求にしか興味のなかった彼の重い腰を上げさせたのは、勇者といえど困難だったはずなのに、アストレアは死力を尽くした。


 アストレアは、最善を尽くしていた。

 看板の傷は、癒えることはなかった。


 情報収集と言えば聞こえがいいけれど、側から見れば放蕩していたようなものなのだ。未開の地やたくさんの国を回り、悪魔の首一つ持たずに帰ってくる。それを新たな復讐を生まないための遠回りだということを理解してくれる人はいなかった。「アストレアは皇国での一件で怖気付いた」と、そんな噂が蔓延った。被害こそゼロにはできなかったものの、アストレアは対悪魔戦において不敗だったにもかかわらず。


 そんな折、ようやく情報収集にひと段落がついたころ、つまりやっと悪魔討伐に駆り出せるという折に、ソロモンが転生した。彼はアストレアの目の前で、どんどんと都合よく現れるいわば『はぐれ悪魔』を狩っていく。ベリアル然りバアル然り、交友関係の連鎖から外れた、殺しても復讐を試みる仲間なんていない悪魔を。


 嫉妬しなかったと言えば嘘になる。だからといって、焦っているわけではなかったんだと、アストレアは思いたかった。



 ○



 ソロモンにとって、勇者とは完璧な存在だった。


 もちろん、出会ってからも今代のアストレアは何度もそのポンコツぶりを晒している。けれどもここでいう完璧とは『人間の精神』における完璧という意味であり、また正解の倫理観を持っているという意味で、完全なのだ。その晒されたポンコツぶりだって、ただ正義が空回っただけだ、と。


 危険人物は、殺す。おじいさんの独り言すらも、きちんと拾う。隕石が降ってきたら対処して、悪魔が襲ってくれば討伐する。


 まさに正義の体現者として、完璧な存在だった。


 だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。


 アストレアは地に膝を屈していた。その目は虚ろに空を見上げ、両手はだらりと下がっている。話しかけるのは躊躇われたが、他の連中ももうじき来るだろう。


「……アストレア」


 ソロモンの呼びかけに、アストレアは顔を向ける。何も映してないようなその目をパチパチと開閉し、次いで焦点があう。自分の身姿を見下ろし、両手を空にかざし、静かに立ち上がった。ぱっぱと膝の土を払って深呼吸をする。次の瞬間からそこにいたのは、ソロモンの知るアストレアだった。


「すまない」

「……大丈夫。そもそもアストレアの仕事は『アモンを宮殿に近づけさせないこと』だった」


 その様子に無事を信じて、ソロモンはそう言った。アストレアが驚きに目を見開いて、尋ねる。


「どういうことだ? アモンはもう逃げてしまったのに」

「それに関しては手がある」


 ソロモンがアストレアの背後を指し示す。そこにはシストとブラズ。それに、()()()()()がいた。



 ○



 傷はまだ、癒える気配はない。


 戦っていた時はよかった。壊している時はよかった。そのことに集中できていたから。けれど、こうして静かになると、帝への怒りがまだ燻っているのを感じる。


 アストレアを恨んではいない。彼女は正義の象徴だから。だから、これからも彼女の妨害を想定した上で、復讐をなそう。そう思って空を漂いながら、思考を巡らせていた時だった。


 背後から、魔力を感じた。


 隠す気配のない、膨大なそれ。罠を疑い、しかし振り向かずにはいられなかった。そこには大きな結界と、映し出されるのは、()()()()()


「ああ……」


 やめてくれ、と願った。羽が、自らの獣が悲鳴をあげる。いつだかお嬢様が言った、「アモンの戦っている時の姿は、なんだか怖いです」という台詞が、脳裏に蘇った。力が抜けていき、人の姿に戻っていくのがわかった。着地も綺麗にできずによろめき、しかし視線は離せない。


 果たして、アモンの願いは聞き届けられなかった。


『……アモン』


 映し出された少女が、言葉を発する。幻やハリボテではないのがそれでわかった。死霊術(ネクロマンス)か、まさしく奇跡か。知らず涙と、怒りが湧き上がってきた。


『待っています』


 短くそう言って、結界は消えた。これが冒涜ならば許さない。そんな決意とともに、アモンは広間へと戻っていった。


 ○


「これでよかったのでしょうか」


 お嬢様ーーリンスがそう言った。


「ええ、ありがとうございます」


 ソロモンはそう答えた。


 アモンの怒りは、リンスの死だ。リンスは生き返った。死霊術(ネクロマンス)には違いないが、姉弟のこれは特別だった。それを丁寧に説明して、惨劇は終わる。いや、終わらせると誓って、ソロモンはアモンを待つ。


「……お嬢様」


 程なくして、アモンはやってきた。この場にはソロモンに始まりアストレア、シスト、ブラズ、それにイグシルと勢揃いしているのにもかかわらず、アモンは迷うことなくリンスを庇うようにソロモンたちの懐へと入ってきた。彼の彼女への愛の深さを表しているように、自らの危険を顧みず。


 警戒を緩めないアモンに、ソロモンが柔らかい声で話しかける。


「アモン、お前が今一番知りたいのは、今のリンスさんの状態だと思う。怒らないで聞いてほしい。結論から言うと、死霊術(ネクロマンス)だ」

「貴様ッ!?」

「最後まで聞け。そこにいる男は小人族(ホビット)なんだが、端折って説明すると、彼の死霊術は特別なんだ。メリットとデメリットは等価交換だが、復活時の設定を弄れる」


 アモンは必死に事態を理解しようと努めながら、暴れるか、暴れぬかの天秤を心の中で揺らしているようだった。また、今すぐリンスを連れて逃げ去るか。しかし、リンスが死霊術で蘇ったというのなら、彼女を守るために距離は意味をなさなくなる。術者を殺さなければ。


 術者を殺す。アモンはソロモンが指で示した小人族の男に視線を向けた。だが、すぐさまソロモンが間に入り、説明を続ける。


「……今回の設定はメリットを『死霊ではなく、生身での復活』。デメリットは『()()()()()()』」

「……は?」

「お嬢様は食事も排泄も必要だし、死霊(ゾンビ)じゃない。術師(ブラズ)の命令も受けない。つまりーー」


 苦虫を噛むような顔のブラズと対照的に、ソロモンが誇らしげに言う。


「ーーつまり、死者蘇生だ」


 アモンは放心した。警戒も忘れて、リンスの顔を仰ぎ見る。するとリンスは申し訳なさそうに笑顔を見せて、アモンに抱きついた。「ごめんね」という言葉に、アモンは涙を流しながら首を横に振る。


「いいんだ。生きていてくれるなら、それで」


 ソロモンは安堵した。シストもブラズもイグシルも、胸を撫で下ろした。アストレアはそれを悲しそうに眺めていた。一人だけ自分の仕事に納得がいっていないからだ。


 緩やかな時間が流れた。静かに涙を流す主従の邪魔をする者などいなかった。


 だから、誰もそれに気付かなかった。


「……え?」


 浴びるように血を浴びながら、アモンが呆然とした。


 血が、舞った。鮮血はまるでトマトを握り潰したかのように嫌な音を立てて溢れ、そうして、そう、嫌な音、嫌な音が鳴ったのだ。なにか、決して壊されてはいけないソレが、ぐじゅりと握りつぶされた音が。


 つまり、リンスの首から上が、無くなっていた。

アストレアはベリアル襲撃時にダンタリオンと初めてあったような反応をしていましたが、ダンタリオンは『ダンタリオンとしてバアルの賭けに関わってはいけなかった』ので、自身の権能で完全に自分を作り替えて、『全くの別人であるおじいさん』として、アストレアに世間話を持ちかけたわけですね。端的にいえばダンタリオンのズルです。アストレアとダンタリオンは以前から面識はありました。

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