第二話 転生する
三人の戦いは熾烈を極めた。
思い返さずにはいられなかった。
バアルも厄介だったが、何より勇者アストレアが上手かった。まるで「世界最強は僕だ」と言わんばかりに、上手な立ち回りを見せた。決して安易に攻め込まず、安易に攻め込ませず。バアルに気持ちよく動いてもらい、ソロモンに気持ちよく動かせない。時間を味方につけていた。戦闘をこなせばこなすほど、ソロモンは不利になっていった。無限の魔力を持っていたのにもかかわらず。
一転バアルは対照的に、自分のしたいことをしたい時にやっている印象だった。だが奴は嫌がらせのエキスパート。その『したいこと』がそのまま『ソロモンがして欲しくないこと』に繋がっていた。奴の辞書に自重という言葉はなく、コストパフォーマンスも適度に無視し、また奴は意表のつき方を心得ている。つまり、人生最後の魔力を出し惜しみしなかった。
結果、ソロモンは負けた。生きてこそいるが、もう再戦も叶わぬ現状、結局ソロモンは彼らを超えられなかったのだ。
なぜならここは、何千年も未来なのだから。
戦いも佳境。いや、終局だった。
ソロモンには傷一つ無かった。世界の魔力を味方につけているのだから当然である。とあるプロセスを経て結界魔術を応用すれば、燃費こそ悪いがソロモンはいつでも回復できた。そして、あの時のソロモンに燃費の良し悪しなんて概念はもうなかった。
だが、ならばアストレアとバアルが深手を負っているかというとそうではなかった。バアルには先の戦いで技を見切られており、また勇者に関しては見切るだとかの次元ではなかった。まるでソロモンの魔術が彼を避けていくかのようだった。単純な技量で負けていたのだ。
膠着状態。しかし、その状況はソロモンに不利だった。
勇者アストレアの主武装は『神剣シュテルネンハオフェン』という。『今現在』を切り取るその剣に、切れないものなどない。つまり、ソロモンはアストレアから一撃も貰ってはならなかったのだ。
冷や汗を握った。暴走も視野に入れて、大魔術を使うか、このまま隙を伺うか。数巡悩み、ソロモンは大魔術を使うことにした。大丈夫、俺に制御できない結界などない、と。
そうして、ソロモンが頭の中で術式を構築し、「起句!」と叫んだ時。
「……え?」
ソロモンは大樹に縛り付けられていた。
今まで気付かなかったのが滑稽なほど、存在感を放つ大樹だった。高さは自分の十倍はくだらない。横幅も大人が五人は手を回せただろう。そんな大樹の中ほどに、ソロモンはいつのまにか埋め込まれていた。
「ようやく隙を見せたか」
「遅いよ、イグシル」
しわがれた声に、アストレアがふっと微笑んだ。気楽に声をかけた先はソロモンの背後。身動きの取れない自分には分からなかったが、その名前には聞き覚えがあった。
『序列七位』イグシル・ツレウルド。
斥候を自称するくせに戦闘も誰よりもこなす正真正銘の化け物。七位に甘んじているのは本人が対人より探索に重きを置いているからで、純粋な実力では最上位だと目されている寡黙な御仁。
「……はは」
乾いた笑いが出た。この拘束を抜け出すくらいなら訳はない。だが、その後はどうするのか。
二人だけでも手一杯なのに、よりにもよってイグシル・ツレウルドの参戦。勝ちの目は潰えたと、ソロモンは思った。思ってしまった。
心が折れた。
「……俺の負けだ」
死んだような目で笑って、アストレアに降伏した。
「潔いんだね」
「俺を殺しても、世界の魔力は戻らんぞ」
「どうにかするよ」
ソロモンに近づき、アストレアは神剣を天高く掲げた。その所作は美しく洗練されていたが、それでもまだソロモンの敗北宣言を疑ってか、隙は伺えなかった。その警戒を見て、最後まで完璧だな、と思って──
「承句・転生!」
──ソロモンは逃げた。
神剣は『今現在』を切る。つまり、過去か未来に飛べば、神剣から逃げ切れる。過去なら『時旅』、未来なら『転生』。ソロモンは結界魔術以外に明るくない。未来の他人に依存する『転生』は『時旅』に比べて難易度が低く、咄嗟に発動したのはこちらだった。
慌ててアストレアが剣を振り下ろすが、もう遅い。ソロモンの魂は既に未来に向けて旅立っていた。あまりに慌てたのかその姿は隙だらけだったので、冥土の土産とばかりに剣を握っていない左腕を貰っておいた。行くのは冥土ではなく未来だけれども。アストレアのその顔はそれはそれは悔しそうで、それだけでも荒野に魔力を閉じ込めたかいのあるというものだった。
こうして、ソロモンは未来へと赴いた。
転生先は、術者の技量によって決まる。例えばバアルなら全人類から選べるだろうし、ソロモン程度なら二、三の条件を絞って、ランダムで選ばれる。
今回ソロモンが転生先の条件として課したのは、咄嗟に発動したため二つのみである。
一つは天涯孤独に人生を終えること。文字通り、友好関係は少なければ少ないほど良い。これはソロモンの善意というか、偽善だ。完成された関係を、自分が乗り移ることで壊したくない、後味の悪い思いをしたくないというものである。
しかしこれはソロモンの転生に対する理解が足りなかった。転生というと、ソロモンはてっきり年齢を問わずにその人の意識を乗っ取ってしまうと思っていたのだ。実際には赤子に転生した。恐らく有意識の存在よりは無意識のそれの方が乗っ取りやすかったのだ。だから、結果的にこの条件は全くの無駄であった。
もう一つは、男であること。繰り返すがこれは咄嗟に決めた条件である。性転換などしたくないと願ったソロモンは不自然だろうか、いや不自然ではない。女に生まれてみたくない事はないが、一生を終えるのはやはり男が良かった。
よって、ソロモンが生まれ変わったのは、『天涯孤独が運命付けられた男の赤子』。
つまりはこんな状況も容易に起こりうる。
今、ソロモンは誰もいない荒野に置き去りにされていた。
何をすることもできない、赤子の身で。
目の前に、腹を空かせた獣を添えて。




