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転生したら周りが強すぎた  作者: 小鳥遊遊
帝国編
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第十八話 臥薪嘗胆する(1)

「さて、まずは用件を聞こうか」


 翌日。会合はイグシルの家のリビングでイグシルがソファにくつろぎ、その対面のソファに三人が並んで座って、始まった。


「ソロモンに、勇者、それに悪魔か。面白い組み合わせじゃないか。帝都エンペラリウムにはなんでもある。貴様らの目的を見定めてからコンタクトを取ろうと思っていたが、その目的とやらはどうやら俺らしい。聞いてやる。言え」


 饒舌に見えるだろうか、いや、違う。彼は会話が得意でない。というより、他人を慮ることに不得手だ。そうでなければソロの斥候なんて奇妙な存在になっていない。それは、ほとんど独白に近いものだった。


 誰も発言しないのを見て、代表してソロモンが口を開く。


「レラージェについて」

「わかるか。もっと詳しく」


 イグシル好みに簡潔に、単刀直入に言ったのだが、ばっさりと両断されてしまった。すこしうなだれて、補足する。


「お前が昔、レッサーチンパーに変えた弓術士だよ。どうしてそんなことをしたんだ?」


「ああ、なるほど」


 呟いて、イグシルは席を立つ。「どこへ行く」と尋ねると、「まあ見ていろ」と着席を促した。


「貧民街は土地が安いんだ」


 どこからともなく弓矢を取り出して、イグシルはバッとカーテンを開け、窓も開ける。その向こうには鮮やかな緑と薄い池のある趣深い庭。さらに向こうに、カカシが用意されていた。


 そうして、今度は懐から赤い液体を取り出して、飲み干す。躊躇することなく飲み込んだおかげか、効果はすぐに現れた。みるみるとイグシルの姿は小さくなっていき、その弓矢と同じくらいの身長になって、ようやく止まる。その姿は紛うことなき、レッサーチンパーだった。毛むくじゃらで、ちょうどレラージェをそのまま小さくしたような姿だった。


 驚愕する一同を置いて、イグシルことレッサーチンパーは弓を番える。一、二と呼吸を整えて、誰もが固唾を飲んで見守る中でーー射った。射掛けられた矢は風を切って進み、カカシの脳天を貫いて止まった。


「……こういうことだ」


 やれやれ、と。肩をすくめてため息をつくイグシルの姿が幻視できるくらいそっくりに、レッサーチンパーは呟いた。そう、喋ったのだ、下級の魔物が。知性なきはずの獣が。


「そう驚くな」


 再び呟いて、体を小さくした際に床に崩れ落ちたイグシルのズボンから今度は緑の液体を取り出して、あおる。少しして、どんどんと体は元の姿を取り戻し、十秒もするころにはそこに魔物の面影などかけらもなかった。


「まあ、最強と聞いてな。試してみたくなったのだ」


 そうして、無駄に早業に服を着替えて(一時は全裸を晒したが)イグシルはいつもどおり、眠そうに言う。


「我らが弓術への愛情をな」





 ーーーーーーーーーー





「まあ、本当に興味本位だった」


 何も言えなくなった三人に、イグシルは興味なさそうに、聞かせる気もなさそうに、独白する。


「一度、バアルに魔物にされたことがある。『知恵こそ何にも勝る』とか言って、続けて魔法を放ってきたから、そのまま弓で追い返した。罠にかけてから少し脅すと、すぐに元の姿に戻してくれた」


 ドン引きする内容だった。恐らくバアルは本気でイグシルの暗殺を試みて、そしてあえなく撃退された。それも『暗殺』という認識すら持たれずに。


「それで、名も知られだした頃、故郷に戻るとお供を選んでくれと里の長に言われた。里の者からか、と聞くと、できれば、と返る。俺は人付き合いが嫌で里を抜けたんだ。そんな選択肢はありえなかった。ここで、バアルとの出来事を思い出して、人でなければならないか、と聞くと、できれば、と返る」


 これまた、なんと奇妙なことを、とソロモンは半眼で睨んだ。構わず続けるイグシルを、レラージェは一言一句逃すまいと注視していた。アストレアもここで結末にたどり着いたか、「無責任な」と呟き、イグシルを睨んだ。


「そんな折、レラージェから決闘の申し込みがあった。人を供なうなぞ煩わしい。だが獣なら構わない。敗者はなんでも言うことを聞くというから、試した。もしも弓を使えたら、お供にするつもりだった」


 ここで、ゆっくりとレラージェに手を差し出すイグシル。握手を求めているようだった。


「だから、すまなかった。人間に戻すのを忘れていたよ」


「あ、ああ」と握手に応じるレラージェと、珍しく笑顔を見せるイグシル。


 それでいいのか、と、二人の哀れみの目はレラージェにも向けられた。





 ーーーーーーーーーー




 報われない話だった。そもそも、イグシルが獣になっても知性を保てるのは、彼の体質のおかげなのだ。なんと報われない。


 だが、レラージェはそうは思っていないようだった。


「もともと、我は敗北の条件として獣と化すことを呑んだ。それに、イグシルが獣の身で知性を保てるのは体質というが、体質だって、れっきとした力だ。知性を失ったのだって、我の力不足。我が弱かった故に、全ては起きたのだ」


 力不足、力不足、力不足。もっと強ければ、もっと体質が優れていれば、もっとた知性に秀でていれば。こんな参事は起きなかったと。


「だからこそ、今ならば」


 拳を握り、自らの体を見下ろす。毛むくじゃらの巨躯。見るものが見れば吐き気さえ催すだろうその姿で、しかし誇らしげに胸を張って、


「今一度、我と戦ってはくれぬか」


 顔を上げて、静かに提言する。その切実の申し出を、


「……まあ、構わない」


 気だるげに、イグシルは受け取った。






 ーーーーーーーーーー






「……あー、あ、聞こえるか」


 ソロモンとアストレア以外誰も見当たらない森の中で、アストレアが呟く。当然その呟きの聞き手はソロモンではない。


「聞こえてなくても構わない。もともとそういう約束(ルール)だったからな。ただいまより、試合の開始を宣言する。各々思う存分、力を発揮せよ。なお、勇者の名の下に、殺生は禁ずる」


 一拍おいて、


「それでは、はじめ」


 その宣誓は、誰に聞かせているわけでもなく、決して声を張ったものでもなく、ただ森の中に静かに消えていった。だというのに、森の気配が変わったのを、アストレアもソロモンも感じた。


 勝負の方法は、森の中での遭遇戦。ただし開始の合図は二人が別れてから一時間後以降に、アストレアが無作為に行う。最初の一時間もアストレアは動き回っているから、見失ってはたまらない。だから二人は罠を張りたくともアストレアの動向を常時把握しようと努めなくてはならず、互いにアストレアを通して互いを探り合うことになる。これが『斥候』であるイグシルが、追加したルールで、勝負の形式(遭遇戦)を『弓術師』レラージェが決めた。


「さて、どうなるか……」


 呑気に木の上であぐらを組んで、思案顔でソロモンが呟く。ここで、予想をたてようにもレラージェの力を知らないことに気付いた。


「なあ、アストレア。レラージェって強いのか?」

「生前は知らない。悪魔となってからは、一度武術大会に出場していたのを見たことがある。凄まじいよ、彼の力は。序列十四位は伊達じゃない」


 冷や汗を浮かべながら、アストレアは続ける。


「殺生禁止、そして、決着の判断を私がすると提案したのは、イグシルの身を守るためなんだ。凄まじいよ、彼の力は。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 当たれば、勝ち。あまりにあまりなその言葉に、ソロモンは好奇心と恐怖を抱く。


「それで、その力って……?」


「ああ、その力とは……」


 その時、二人の目の前を一本の弓矢が横切った。風切り音を立てながら進むそれは貫通力に特化しているのか、木を何本も貫きながら森の外まで飛翔した。


「……これだよ、これ」


 貫かれた木が連なる。その貫通跡はそう大きくはなく、しかし、アストレアが指差したソレ、弓矢の貫通した箇所からどんどんと木は()()()()()。腐敗は弓矢の着弾点からずんすまん広がっていき、ついには弓矢に貫かれた木々が全て、跡形もなくなった。





 ーーーーーーーーーー





「ほう、なるほど」


 木々の腐敗を見てとって、森の中を走り回るイグシルはそう呟いて、次の行動を選択する。取れる選択肢が膨大な状況では、イグシルは自らの運命を直感に委ねることにしていた。


 狙撃されることのないように、また、即座に避けられるように。慎重に行動しながらも、その足は確実に死地へと近付いていた。


 つまり、森の外へ。遮蔽物の存在しない平野。レラージェに好きに狙われる、格好の死地。そこに出て、数瞬視線を彷徨わせて、魔術も使って存分に呪いの類も警戒しながら、それを拾い上げる。


「ふむ。矢自体は普通のもの。ならばあの腐敗は奴の魔術によるものか」


 つまりは、脳筋。情報を得るために、自らを的と化す。そしてそれは、正面からでも決して負けないという自信の表れでもあった。


 どこからともなく矢が射掛けられる。こうなってしまっては取り付けたルールが台無しだな、とイグシルは眉を顰めた。所在地を悟られないためだろう、絶え間なく襲いかかってくる矢は同じ場所からは決して出てこない。速度も、恐らく掠っただけでも即死。そんなまさしく死地を、イグシルは楽々と舞い戻った。


「まあ、こんなものか」


 いつの間にか、狙撃の雨は止んでいた。イグシルも森の中にいた。魔術を用いたか、用いてないか、道具は使ったか、使ってないか。それらを全く悟らせず、舞い戻った。人間じゃない、とどこかでだれかが呟いた。






 ーーーーーーーーーー






 弓の腕は一級だった。


 かつてのイグシルとの決闘でも、その点において劣っているとは感じなかった。ただ、対人戦闘(タイマン)において、弓というのは儚かった。容易に距離を詰められ、よしんば当たったとしても、それは致命傷足りえなかった。


 だから、レラージェは結界の中で、ただただ殺傷力と、機動力を求めた。初めてその魔術を完成させた時、魔術の万能さに恐れおののいた。


「魔術は万能ではないよ」


 アガレスはそう言っていたが、レラージェにはそうは思えなかった。生前は魔力の関係であまり強力な魔術は扱えなかったので、次々と浮かぶアイデアと、それを実行できる自分に興奮した。


 そんな状態で、結界を出た。出てしまって気付いた。イグシル・ツレウルドは存命か? そんなわけがない。彼は人間だ。レラージェは絶望の淵に陥り、たまの仁義を満たす行為や、武術大会なんかで、気を紛らせていた。最近はもう、生きながらに死んでいるようだった。


 それが今、念願叶って、かのイグシル・ツレウルドと戦えている。高揚と、興奮と。レラージェのそれらは絶好に達しているはずだった。はずだった、のに。



 どうして、この心の底はこんなにも冷たいのか。



 囮として射った初撃に、イグシルが食いついた。強欲にもレラージェの力を知ろうとしたために、彼は今まっさらな平野に、呑気に矢を眺めている。


 最高のチャンスだった。王手だった。チェックだった。


 なのに、当たらない。


 何をしているわけでもない。絶え間なく動いているとはいえ、レラージェの射撃が間抜けなわけでもない。なのに、彼の一挙手一投足で、矢は紙一重を通り過ぎ去る。いつのまにか、彼の姿は森の中に消えていた。そう、あろうことか、見失ったのだ。


 と、ここで、レラージェは平静を失いかける。心底の氷の真相に気付いてしまいそうだった。それが恐怖であるなどとは、決して認めたくなかった。そんなものは捨ててしまえ、とレラージェは全霊で願って、心を落ち着かせた。


 綺麗に、静まってくれた。大丈夫だ、と言い聞かせる。お互いに初手は出し切った。仕切り直しだ。レラージェはもちろん、イグシルももう二度と森の外へ出たりなどしないだろう。だからここからは、かの一時間に何をしたか、何を探ったかで決まる。


 思考を止めず、気付けばレラージェは口角を上げていた。「ふ、ふふ」と、笑みだけでは飽き足らず、笑い声まで零してしまう。


 そう、楽しかった。死ぬか生きるか、残念ながらそれは勇者に止められてしまうが、千年越しの勝負の、勝つか、負けるか、である。それはもはや生死にも等しかった。生死よりも重かった。しかも、それは容易に負けうるし、勝利は至難。楽しくて、仕方がない。


 どうしよう、どうしようと、笑みは消さずに思考を回しながら、レラージェは歩を進めた。ゆっくり着実に、イグシルのもとへと。









レラージェは一〇〇〇年間イグシルを探そうともしなかったアホの子。

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