第十四話 悪魔と戦う(2)
ベリアルとソロモンが邂逅する、一日前。
黙々と作業を進めるソロモンに、アストレアがもじもじと話しかけた。
「それは……なにをしているんだ?」
「なにって、魔術陣だよ。知らないの?」
魔術陣。魔法陣とも呼ばれるそれは、魔力を流すだけで核の精製と塗装を肩代わりしてくれる、魔術的な回路を専用のインクで記したものである。媒体は紙だったり木だったりするが、ソロモンは紙の方が好きだった。ついでにいうと、呼び方は魔法陣だとありきたりなので、魔術陣の方が好きだった。
「いや、知っているよ。知っているけれど、それ……ほとんど産廃のようなものだろう?」
「……ああ」
産廃。意味のない、そんなものを使うより自分で適宜行う方がマシなレベルの、代物。
なぜならば、魔術陣での魔術は、上書きで塗装できない。例えば『威力百の風の魔法』として記せば、魔力を流しても、その魔術しか使えない。普通に考えれば、当たり前のことだ。そんなものに頼るより、戦闘中に、自分で核を作って、塗装を施して、臨機応変を求めた方が、断然強い。
しかし、今記しているのは『結界魔術』である。
結界魔術は、核の精製を必要としない。言って仕舞えば、塗装され、属性が施されたただの魔力だ。それを、ソロモンの卓越した塗装技術と長年の試行錯誤で、一般の魔術レベルまで押し上げている。
しかし、だからこそ、これを魔術陣に記した場合、魔術が完成した後にあそびが生まれる。本来は核の精製から塗装までの全てを確定させ、『完成された魔術を生み出す陣』だが、こと核の存在しない結界魔術においては、『特定の属性をもった魔力を生み出す陣』となる。
「ただ魔力を顕現するだけだから、上書きで塗装することもできるし、結界魔術の属性付与は神経を使うものも多い。それを肩代わりしてくれるから、俺にとっては何よりの宝物なんだよ、これ」
「なるほど。それで、その三つが……」
「ああ、切札だ」
一つは、放出結界。魔力を放出する性質を持つ結界。転じて、敵から魔術を奪う結界。
一つは、吸収結界。衝撃を吸収する性質を持つ結界。そのまま、カウンター用の結界。
そして、最後の一つが、と、それにソロモンが視線を向けたとき、アストレアがソロモンに、声をかける。
「もう一つ気になったんだが……」
なんでも聞いてくれ、という風に胸を貸すソロモンに、本当に不思議そうに、アストレア。
「どうして、そんなことまで話してくれるんだ? 秘匿すべき技術だろう?」
これに、至極当然のことのように、ソロモン。
「え、だって、アストレア魔術使えないじゃん」
使えなければ完璧に理解なんてできないし、と。
「……なるほどね」アストレアは少し不機嫌になった。
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「……環境変遷……」
ソロモンは呆然と呟いた。
環境変遷。特に火系統に通ずる魔術師が、好んで使う魔術。なぜなら、あたりを灼熱に変えてしまえば、核精製における、『体温を奪われる』というデメリットをほとんど無視できるようになるから。
加えて、ベリアルは知恵こそあるが、魔獣である。もしかすると、体質的な優位も取られたかもしれない。ベリアルが魔術を使ったのは最初の隕石と脱出の火球のみなので、むしろこちらのために使った可能性も、十分にある。
とにかく、なんにせよーー
「俺が有利になった。そう思うだろ?」
そうだ。ベリアル優位は、揺るがない。しかし、ここで話しかけてきた意図を図りかねて、切札を切るべきか、いや、まだだ、と、大量に汗を滴らせながら、会話に応じる。
「有利になってないと、馬鹿だろ」
と。こともあろうに煽ってきたソロモンに、ベリアルはくはは、と笑う。
「はは、そりゃそうだ。でも、俺単体の戦力は、そんなに変わらないぜ、って話だ。そもそも俺の単体戦闘能力も、悪魔ん中じゃ大して高くねえけどな」
ソロモンの結界をこともなげに蹴り壊しておいて、高くない。驚愕すべき事柄だが、それよりも、気になる事がある。
「なんだそれ。お前以外も、これから乱入してくるみたいな言い方だな」
これに、ベリアルがくひっ、と笑って、
「その通り」
と。
瞬間、ベリアルが両手をバッ、と広げて、その背後に、数多の黒いもやのようなものが現れた。
「ああ、くそ!」
これに、ソロモンが素早く反応し、それらもや一つずつを、結界で囲む。数十あるもやを、丁寧に、一つのもやにつき一つの結界を施し、
「縮め!」
と、その全ての結界を、先ほど一体のベリアルを潰したように、収縮させた。が、しかし、遅かった。いや、間に合ってはいたのだが、いくつかは『力ずくで』、結界をこじ開けられてしまった。
ベリアルがひゅう、と口笛を吹く。
「半分くらい潰れたか。まあいい反応したんじゃないの」
言葉の後ろで、ず、ずず、と黒いもやから這い出ようとする、異形。そのおぞましさとは裏腹に、ベリアルが続ける。
「だが、まあ、つまり……この灼熱の大地は、こいつらのためのものってぇ、わけだ」
パリン、と、今も収縮を続けようとしていた結界が、完全に壊れた。出てきた異形は、ミノタウルスのようなそれや、ベリアルに似た容姿のものや、三つの頭を持つ犬などがいたが、それらは全て、ベリアルよりもよほど悪魔らしい、ドス黒い瘴気をまとっていた。
「俺はこれ、あんまり好きじゃねえけどな、まあ、せいぜい頑張れや」
その言葉で、何十の魔獣が、動き出す。
つまりは、召喚術師。そんな身でさえ、ソロモンと肉弾戦を演じてみせる、規格外。
「くそが……っ!!」
そう悪態をついて、ソロモンは迷いなく、切札を切った。
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きん、と、音がして。
すっ、と、音がした。
次の瞬間、ベリアルの周りに蔓延っていた魔獣たちが、細切れにされていた。
「ははははは! いや、いいぜぇ、面白い! そっちがその気ならこっちも……」
「遅い」
と。
再度大量のもやを召喚するベリアルに、一閃。
それで、全てが、終わった。




