第一話 封印する
「……くっそがあああ!」
慟哭。悔恨や苦渋の入り混じったそれは誰もいない荒野に虚しく響いた。
できることは全てやった。体も鍛えたし、技術も身につけたし、魔力も鍛えた。その人生に、才能を努力で塗りつぶして来た自負があった。才能に扱われている天才に、培った努力で対抗して来た自負があった。
しかし、天才はたしかに存在した。
同じ魔術師に、敗れたのだ。認めざるを得ない天賦の才に、同じ土俵で敗れたのだ。
いや、その言い方は彼らに不満を抱かせるかもしれない。自分だって、周りからは天才だともてはやされてきたクチで、また自分の努力を『才能』の一言で片付けられるのを嫌った。だが今、それはこんな気持ちなのだと知った。最善を尽くしてなお敵わないと知った時、人は我が身の不遇を嘆かずにはいられない。我が身の才能を疑わずにはいられない。
『序列八位』。上り詰めることができたのはここまでだった。つまり、自分は今世界で八番目には強いのだ。凡夫の身でよくぞここまでと崇めて欲しい。称えてほしい。だが、そんな賞賛など自分が彼らに勝てないという事実の前には無意味である。今、自分が勝てる『序列持ち』など存在しない。
ふと、思ったことがある。自分や、彼らの強さを支えている物はなんだ。そう、百人に聞いても全員が答えるだろうその問いへの答えは、『魔力』である。もしも、彼らは魔力を使えず、自分は魔力を使える。そんな状態を作ることができたのならば、自分は世界最強になり得るのではないか。
身体の奥底に意識を向けた。魔力とは生き物である。できるか、と問うと、当然、と言われた気がした。こんな勝ち方に意味はあるのかと一瞬疑い、否定した。バトルロワイヤルでの強さこそ真の強さである。
唐突に、自分が佇む荒野全土を覆い尽くすような、真白い光りが立ち上った。
結界魔術。自分が最も手をかけた愛娘のような魔術である。万能であるがゆえに劣化品な魔術である。
これからすることを考えれば、ここにいるのは不味い。そう思って、転移魔術を使った。座標がずれて、荒野の外に出るには二分ほど歩かなければならなかい場所に出た。素直に歩く。それもそのはず、自分にとって結界魔術以外のそれは他人の家の子同然である。
「さて、と……」
呟き、集中した。これからここに閉じ込めるは魔力。世界全土に広がる神秘の素を、そのあまねくを集約する。ああ、ついでに魔物も隔離しておこう。魔術なき人類に彼らを止める術はないのだから。
膨大な力の奔流が、辺り一面を吹き荒れた。この段階でさえ、自分の思惑に気付く奴はいるだろう。それくらいあの七人は手に負えない。だが、そんな彼らでも、ここにたどり着くのは至難である。ここは自分のホームグラウンド。他者の拒絶に於いて右に出るものなき場所である。ここを自由に歩けるのは自分くらいだ。
「起の句。解し解され集うは魔の素なり」
奔流が強くなる。先ほどの力の放出は自分からだったが、今度のこれは世界中から集められる魔力の悲鳴。吹き荒れるそれが強力になるのは自明だった。
「承の句。知性なき魔の物のなんぞ魔の素たりえんや」
続いて集められるは魔物。魔力が集められているのに、どうして魔物が集められないのだろうか、いや集められる。大きから少なきまで種類も問わず、まるでブラックホールに吸い込まれるように、抵抗虚しく集められる。知性を問うたのは、人間や、この魔術に抵抗し得る高位の龍などを含まないためである。
「転の句。其れを纏めしは我が界壁なり」
言葉に従い、荒野全土を囲んでいた白く淡い光が輝きを強くし、実体を得る。雲を突き抜けるその真白い壁は難攻不落を思わせた。と同時に、周囲から魔力の気配を感じられなくなった。結界の内外が完全に分けられたからだ。
「結の句。なんぞ我が壁の我を拒まんや」
最後に、自分と結界内とを共有する。どうして自分の壁に自分が拒絶されなければならないのか、いや拒絶されない。自分だけは結界の中の魔力にアクセスできる状態、自分だけは今まで通り魔術を意のままに使えるというわけだ。
「……はは」
数十分後、魔術が完成した。乾いた笑いが出た。恐らく誰も育てなかった結界魔術をここまで習熟した自分にしか行えない『魔力の隔絶』という行為。その意味不明さに慄く。
自分だって、本当に起こす気は無かった。気まぐれに思いついたそれを気まぐれに行ってみただけだったのだ。剣術を少しかじった青年が木刀で大樹を切り落とそうと試みるような、そんな無謀な行いだったのだ。何十年も準備したとはいえ。
いやはや、自分の努力が恨めしい。決して才覚ではない。努力だ。
「……えっと……どうしよ……」
つまり、途方に暮れた。
さて、どうしよう。
歴史的には大戦犯である。この世界は魔術で成り立っている。魔術で狩りをし、魔術で解体し、魔術で火を起こす。そんなサイクルは今無へ帰した。
そんな絶望に呻いていると、声をかけられた。
「やあ、ソルモ」
見るとそこにいたのは黒髪の凛々しい青年と、痩せ細った白衣の似合いそうな不気味な男である。青年は軽装に煌びやかな剣を腰にさし、男は茶色いローブを羽織っている。
今、魔力は結界内に閉じ込められた。自分以外の全てを拒んでいたこの地も魔力がなければただの暗い土地である。魔術が完成した以上、彼らが来るのは時間の問題だった。
来たメンバーも予想通りである。
青年は勇者の名を冠する剣士。名をアストレア。名実ともに世界最強の名を欲しいままにする『序列一位』。一人で真正面から世界を敵に回しても生き残れると言われている神話の住人である。正義に生きるが故に、ここに馳せ参じることは彼にとって義務だ。
男はつい先ほどまで自分と戦っていた全能の魔術師。名をバアル。時代を三世紀は進めた『序列三位』。こちらも真正面からでなければ世界を滅ぼせると言われている嫌らしい男だ。近くで魔力の奔流が起きた。それだけで娯楽を愛するこの男が来る理由としては十分である。近くでなければ来なかったろうが。
結界魔術は万能だ。攻撃魔術から魔力を隔離してしまえばその攻撃魔術は霧散し、物理に対しては障壁を張れる。攻撃に於いては、結界魔術が決まれば次撃は必中する。
が、結界魔術は万能であると同時に、あらゆる魔術の劣化版である。例えば火の魔術を結界魔術で消しとばすより、水の魔術で相殺した方がコストパフォーマンスがいい。それに、圧倒的な力の前には限りなく無力になる。壊されてしまうからだ。
故に、自分はこの二人のどちらにも勝つことはできなかった。『序列三位』のバアルとは、三日三晩戦った末に自分が魔力切れを起こした。魔力量は互角だが、奴は『全能』の名の通り、常に最善の魔術を選択して使うことができる。結界魔術一筋の自分では、燃費の悪さ故に何度戦っても必ず自分が先に魔力切れを起こしてしまうのだ。『序列一位』アストレアは言うに及ばず、彼の攻撃の前に結界なんぞ無力だ。
「ソルくーん? また面白いことをしてますねえ。ああ、さっきは魔力、切れちゃいましたからねえ」
何も反応を返さない自分に、バアルが嫌味ったらしく言う。こういう男なのだ。嘲笑い、弄び、追い詰めることを至上の喜びとする。それに力が伴っているのだからタチが悪い。
だが、と自分は開き直る。面倒ごとは後に回して、こと戦闘に於いて、今の自分は最強だ、と。
荒野の結界は誓約により、この超越者達でも壊すことは叶わない。
だから、自分──ソロモン・ディビルズは鼻で嗤った。
「はん。世界の魔力は封印した」
ソロモンは両手に別々の結界を宿す。
「つまり、お前らの体内のそれが、お前らが使える人生最後の魔力だ」
両手をパンっと打ち鳴らし、そのまま力を練る。ソロモンの頭上に、魔人を模した何かが現れる。
「精々、考えて使うんだな」
言って、ソロモンはソレを彼らに向けた。
結界内にアクセスできるソロモンは実質魔力を無限に扱える。触れるもの全てを分解し封印するソレは、決して容易く凌げるものではない。凌いだ末には魔力を大きく削がれた生身の『序列一位』と『序列三位』が残る。
「くひっ」
バアルが笑って、嗤った。
「なめるなよ、『序列八位』」
一転無表情へと変じ、バアルが横薙ぎに手を振るった。
瞬間、ソロモンの背後の魔人は消え去っていた。
「なっ!?」
この対応は次のような意味を持つ。バアルは自身の人生最後の魔力を以って、ソロモンを倒す、と。
『全能』バアルがあの結界の仕組みに気がつかないわけがない。つまり、正気の元で、世界の魔力とのアクセス権を持つソロモンと敵対することに決めたのだ。
まるで、策を弄する弱者を嘲笑うように。
まるで、自分こそが絶対強者だと言うように。
「ふ。ふふ。ふふふふふ。考えて使えですって!? ああ、わかりました! 僕はソルくんを倒しますとも! 今決めました!」
楽しそうに、嬉しそうに。
両手を広げてまるで祝杯をあげるように恍惚とした表情のバアルは、あろうことかソロモンを感謝の眼差しで見ていた。
「ああ、素晴らしい! ソルくん、あなたは今、どんな魔術師よりも魔術師だ! 僕も結界魔術を極めれば良かったなあ! いや、キミ以上にそれに精通できるわけもないか! くそう、世界を味方につけるなんて!」
『全能バアル』。又の名を『魔術狂バアル』。
彼にとって、魔術の神秘に触れられるなら、なんだって構わないのだ。文字通り自身から魔術を奪われても。
その強さはそのままその狂気の業の深さを示す。いつだか誰かが言っていたそのバアルに対する酷評に、ソロモンは心の底から同意した。
続いて、勇者アストレアが口を開く。
「そういうことだ、ソルモ」
彼は決して寡黙ではない。どころか饒舌な好青年である。その彼が言葉少なに応答するのは、既にソロモンを敵と認めた証。
彼は勇者である。勇者とは世界の味方である。世界から魔術を奪ったソロモンは、当然世界の敵である。即ち、彼の敵である。情状酌量の余地は無かった。
「はっ」
そんな二人を見て、しかしソロモンは不敵に笑う。
ああ、そうだ。この状況を楽しもうじゃないか。自分は世界最強を目指して魔法を行使し、そして、それは叶ったのだから。
断言しろ。明言しろ。恐怖を事実で塗り潰せ。苦難の日々は忘れ去れ。大事なのは絶対的優位にある今なんだ。
そうして、心の中で繰り返す。
俺は今、最強だ、と。
「下克上だよ、くそったれ」
ぶわっ、と。ソロモンの言葉を皮切りに、先ほどとは比べものにならない魔力が三人のもとに集って、
ここに、魔力無限の『序列八位』と、有限の『三位』と『一位』による、出鱈目な戦が始まった。
え、結果?
ああ、負けたよ負けた! くそったれ!
あいつらやっぱりチートだって!




