3話
木和は目覚めてからというもの、てんやわんやだった。
まずは瀬尾が土下座して待っていた。
そこでウィンドウ……木和がプログラムと言ったあの黒い板を見せてたことによって、木和を卒倒させてしまったことへの謝罪をされた。
木和は、卒倒で状況をきちんと整理できたことから、
「いや、別に謝らないでください。
逆にこっちの方がお礼を言いたいです。
なんでここまで丁寧に説明されていたのに、気づくことが出来なかったのか、不思議ですよ」
その言葉に対して、瀬尾は、いやいやそんなことはないですよ、気づく方が凄いですよ、と木和をはやしたてた。
木和としては、本心を言った迄なのに、そこまで言われるのは、なんだかむず痒い感じがして、逃げるように時計を見ると、既に日が暮れる時に差し掛かっていた。
「あー、ほんと倒れたのに介抱までしてもらってありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそいきなり押し立てるように情報を与えてしまって申し訳ありません」
「……今日は遅いので、来週の日曜にもう一度お会い出来ますか?」
「…………直し……ますか?」
瀬尾のその聞き方は、本当に納得してもらえたのか、という意味も含まれていることに、木和は容易に気づくことが出来た。
それも踏まえて、木和は優しく微笑み、
「えぇ、あなた達じゃないと直せない……そんな気がしてます」
「……………………ありがとうございます。
依頼料等々については、今回は無償、ということにして頂いて、また別の機会にご贔屓にしてもらう、というもので結構です」
「いいんですか? 無償で?」
「えぇ、こっちの仕事の方に関しては、殆どが慈善活動のようなものですので……」
瀬尾のその言い分に、特に胡散臭さは感じなかったが、ちょっと気が引けてしまった木和は、
「なら、今度の日曜に、何でも屋としての正式な依頼の片手間で、ということでいいですか?」
「ありがとうございます!」
そこらへんをきちんと受け取ってくれるなら、気兼ねなくこの不思議な現象の解決に当たることが出来る、と木和は安堵した。
荷物を纏めた木和は、瀬尾と江良に対して、
「今日は本当に、ありがとうございました。
来た理由は本当に何となくですが、この何となくのお陰で、こうして不思議な現象と向き合うことができます」
「まだ解決したわけじゃないのに、大げさですね」
江良がクスッと笑うと、木和は暗い表情を見せ、
「もしかして、幻聴の類だと思ったんですよ」
木和は一言、自分のせいで別れてしまい、正直未練がまだある、ということを告げる。
その言葉に、江良は申し訳なさそうな表情を浮かべ、瀬尾は俯いた。
「でも、こうやってきちんと原因があって、解決できるものでよかったです。
病院行って、笑われるよりかはマシですからね」
木和は病院に行ったら、ということを考えゾクッとした。
もしこの人達に会っていなかったら……そう考えると自分がこの先どんなに笑われるような羽目になるかは、簡単に想像がついた。
「それでは、また後日に」
木和は、瀬尾と江良に笑顔を向け、何でも屋『デバック』を去っていった。
「行っちゃいましたね」
「ん?江良さんはなんか心配でもあるの?」
「あるに決まってるじゃないですか!」
木和が去ってからしばらくして、江良は出した湯呑みを洗い終わり、先ほどまで木和が座っていたソファに腰掛けた。
その向かいに座ってウィンドウを弄っている瀬尾に江良は少し強めな言葉をかけた。
「木和さんは普通の人ですよね?」
「はい」
「なら私たちのことも忘れちゃうじゃないですか」
「まぁ、普通ならそうですよね」
「それで、忘れちゃう前に、私たちで速攻ケリをつける、って思ってたんですけど……」
「僕が卒倒させてしまった、と」
江良の予想としては、というか江良の見てきた手段としては、事前にバグが起こっている場所、または人、またはそれ以外を見つける。
そこで、バグに巻き込まれている対象に対して、嘘の説明やごまかしをしたりしつつ、こっそりバグを修正する、という手段をとっていた。
なので今回も、その例に則れば、瀬尾が木和に対して何らかの嘘をついて、こっそりバグを修正すると考えていたが、その予想は大きく裏切られることとなった。
「うーん、やっぱり……ってことで」
瀬尾はその江良からの問いに対し、さっきからじっと見つめていたウィンドウを消し、江良の方を向く。
「実は彼、バグってはいないんですよ」
「…………?」
江良はその言葉を聞いて、疑問符を浮かべた。
江良が知っている情報を元にすると、ここの店を知る前であると、認識することができない様に、瀬尾が設定しているという。
しかし、自分、または近しい何かがバグっているという条件を満たすと、ここが認識できるようになり、尚且つ気にらなってしまう、というなんともご都合のいい事務所だった……と江良は思い出していると、
「そうなんですよね、本来なら木和さんは僕の設定の漏れか、同類、それか例外でなければならなかったんです」
それなのに、と瀬尾はもう一度ウィンドウを開き、江良に見せる。
ウィンドウにあるのは読めない文字の羅列。
「ウィンドウに情報が映る、ということは、同類ではない。
だけど情報的に見ても、不自然な点はないから例外でもない。
さっきまで設定の漏れなのかと自力で情報の洗い出しをしたけど、バグらしいバグは見当たらない……」
「じゃあ……どういうこと?」
江良からしてみれば、専門家である瀬尾が分からないのであれば、自分もわからないのは当然であるので、質問する。
「だから、もう1回彼に会うようにしました」
「……でも、それだったらそれだったで、彼の家に直接、今日行った方がいいじゃないですか」
江良からしてみれば、瀬尾の手段はなんだか遠回りしているように見えて仕方がなかった。
確かに専門家ではあるが、所々抜けているところが瀬尾にはあるのを江良は知っていたため、その抜けが発動したかと思いきや、瀬尾は真剣な顔で、
「…………実は狙いがあったんですよ……」
「な、なんだってー」
「棒読みはやめてください、照れるじゃないですか」
「棒読みだって分かるなら照れる要素ありましたか?」
「冗談ですよ」
「知ってますよ」
瀬尾と江良の変な茶番はすぐに終わり、
「それで、狙いっていうのが、逆探知することで……」
「え?私、それ初めて聞いたかもしれないです」
「まぁ、今回に限っては使わないとわからないと思ったし……何より、今まで使う必要がなかったからね」
江良は初めて聞く瀬尾の言葉に、興味津々と話を聞こうとする。
瀬尾はそんな姿に見慣れた自分がなんだかおかしくなって微笑みながら、
「今回は、僕達との会話で、自動修正によって記憶が制限、消去されるのを利用して、修復される前の状態と、修正後を照らし合わせながら、差異の検出をしました」
「うーんと、すると修正された箇所がわかる?」
「はい、敢えて最初は制限された状態で話を聞かせて、修正が過去の記憶にかかっているのかを調べた」
「えーと、それはなんで?」
「バグに直接関わってなくても、間接的に関わっていれば、ログには繋がりはなくても、記憶には繋がりが生まれる」
「うーん……」
そこまで聞いて、江良は少し唸った。
確かにこんな話をいきなりされれば、こんがらがるのは仕方がない、と瀬尾は、
「例えば、君が紙に書いた文字は、君が書いたものだけど、僕が見れば覚えてるよね」
「こういうことですか?」
「そうそう、今君が空中に、あ、と書いたのを僕は覚えた」
「…………………………あぁ!」
そこまで聞いて、江良はウンウン唸って、ポン、と手を叩いた。
「これがバグに関することだったら!」
「そうそう、バグに関わっていれば、検出に引っかかるはずなんだけど、引っかからない。
それなら、間接的なものとして、記憶の項目だったらあるかな、と思った。
だから、わざとバグの話をして、修正される様子を見た」
そしたら、とタメを作った瀬尾は、ドヤ顔を見せつけながら、
「見つけちゃったんだよねぇ」
「ドヤ顔はあんまかっこよくないけど!すごい!」
「…………ま、まぁ、それで分かったのは、恐らくだけど、彼自体はバグっていたり、バグに巻き込まれてはいない」
「じゃあ……バグの……様子をバグだと思わないで、認識した?」
「そう、その結果が"不思議な現象"」
「ほぅ…………」
江良が難しそうな顔をして理解しようとする様子を見て、瀬尾は昔の自分と重ねる。
そんな様子だったので、これ以上は深い話はやめ、簡単な話に切り替える。
「そこで分かったのは、なんかバグってんのは彼の家っぽいんだよね」
頭を掻きながら不安そうに、そして面倒そうに話す瀬尾に対し、江良は話を変えるため、
「あ、そういえば、店の名前変えたのよかったですよね?!」
「ん?あぁ、デバック、の話ね」
「前の名前は酷かったですからね……」
「…………そんな酷かった?」
「誰がどう思いついたら妖精の宿り木、なんて名前が出るんですか……寒気がしますよ……」
「ひ、酷くない?!仮にもみんな使ってるんだよ?!」
「それでも一般的な美的センスからしてみれば気持ち悪いですよ……こんな大の大人が妖精って……」
「じいちゃんに言ってよ……」
「いや、自信満々に使ってるあなたも同罪ですからね……」
江良が今度は不安そうな目をして、瀬尾を見た。
対する瀬尾は、逃れるようにウィンドウを出し、視線を逸らした。
モンハン3rdの端材バグってやったことありますか?
俺はめっちゃやりました。