2話
全部の行動に理由があるとか誰得(セルフ満足)
「とりあえず、落ち着いてください」
苦笑いしながら瀬尾は、持った湯呑みをテーブルに置き、湯呑みを貫通した木和の腕を持って、湯呑みから離した。
「これが落ち着いていられますか……?」
木和は、驚きも一周まわって落ち着いてしまい、瀬尾に聞き返してしまった。
聞き返された瀬尾は、その苦笑いをさらに引き攣らせた。
そんな複雑な空気に耐えかねた江良は、
「まずは、お茶でも飲みましょう?」
木和の腕をすり抜けたはずの湯呑みを持ち、木和の手に持たせた。
「……っふぅ」
湯呑みから口を離し、一息ついた木和は、一旦現実逃避を行う。
「あー、すいません、いきなりこんなことされたら驚くの無理ありませんよね」
「あ、いえ、お気になさらず」
「ほら瀬尾さん!現実逃避しちゃってますよ!」
「あ、あの、本当にすいません……」
当然、現実逃避をしてしまえば、こんな状況も相まってすぐバレてしまい、瀬尾と江良は、そんな状態の木和を心配してオロオロしている。
そんな光景に、木和はなんだか面白くなってきて、
「すいません、状況が状況なだけに、現実逃避しちゃいました」
木和は手に持った湯呑みをテーブルに置き、瀬尾と江良を見据え、
「不思議な現象について、ご相談したいんですが、宜しいですか?」
その言葉に、瀬尾は面食らった顔をしていた。
木和は、せっかくかっこいいのに、そんな顔したら台無しだな、なんて思いながら、話し出した。
木和が、同棲していた彼女と別れてから、2ヶ月経ったある日。
木和は、2人で住むには少し手狭な、マンションの一室で、背伸びをしていた。
写真立て、歯ブラシ、髪ゴムなど、部屋に散らばった彼女の痕跡を消して、すっぱり諦めようとしたある日。
「んっ……」
体を伸ばした木和は、纏められた彼女……清津 奈緒の私物を纏めたダンボールを見つめる。
纏めている時にも思い出していたが、またも思わず蘇る、淡い記憶。
木和は、そんな思いを噛み締めながら、割り切った思いだと、ダンボールを押入れの奥にしまった。
『〜〜♪』
ノイズがかった音。
耳元で、しかし遠くから聞こえる。
その時、木和は日は沈んだのをよく覚えていた。
「まぁ、ノイズがかっているのは3日ぐらいで無くなったんですが、それからは数日に一回、日が暮れたタイミングで、彼女の声が聞こえてくる様になったんですよ」
最初は幻聴だと思いましたけどね、と自嘲気味に笑った木和に対して、瀬尾と江良は、真剣な顔をして聞いていた。
当初、笑われるだろうな、とタカをくくっていた木和は、その真剣な顔を見て、少し希望が湧いた。
正直、木和はこんな話、もし自分がされたら笑って病院を進めるか、嘘だと言ってのける自信がある。
それなのに、この人達は真面目に話を聞いてくれた。
こんな話を真面目に聞くなんて、正気を疑うが、自分のこの出来事は嘘偽りのない事実なので、信用してもらえるということが、木和にとって一種の安堵になった。
「この人が話すと、またごちゃごちゃになっちゃうと思うので、私から話させてもらってもいいですか?」
そこで江良が瀬尾をシッシッ、と立ち上がらせて代わりに木和の目の前に座った。
まるでお父さんに席を変わってもらうかのような風景。
そんな風景に、木和は少し笑いだしそうになるが、胸にしまい込む。
「今話してもらった不思議な現象には、きっと心霊も超能力も、ましてや魔法だなんてものは関わっていません」
「……じゃあなんだと言うんですか?」
まぁ、妥当に考えるなら、そこらへん……と木和は、そろそろ精神年齢が低くなってしまっているのでは?と我に返りそうになるが、今はそんなことを考えないようにした。
「さっき見た、湯呑みに触れることが出来なかったり、湯呑みからお茶がこぼれないのが、顕著な例です」
「……さっきのと自分の話は関係あるんですか?」
確かに瀬尾は、現実世界はバグります、等と言っていたが、はいそうですかと飲み込めるほどに現実離れした思考を持っていない自負……というか常識はある。
それを察してか、江良はニコッと微笑み、
「もし、あなたの部屋の隣に、彼女の部屋があったら、その現象に説明がつきますか?」
「…………説明はつきますが、日が暮れる時だけ、ってのは説明できません」
もし、の部分を強調した江良に、木和は納得はいかないものの話には乗る。
彼女の住んでいるところは知らないが、同じマンションに引越しはココ最近なかった。
それに、別れ方が別れ方だっただけに、彼女は俺から離れるであろう、と木和は表情を暗くした。
「それなら、日が暮れる時だけ、隣に部屋があったら?」
「……言っている意味がわからないですが、それだったら説明出来ると思います」
現実にそんなことがあるなら、確か現実世界がバグっている、というのは頷ける。
でも、そんなことがあるのならば、今まで何故、誰かが現実世界がバグっていると言わなかったのか。
「もし、あなたがゲームを作ったとして、欠陥があって、直す術を持っていたら、どうしますか?」
「……直しますね」
分からない。
木和の胸中には、なぜこんな関係のあるようでないような、そんな質問ばかりをされているのかが、わからなかった。
「……なら、その不思議な現象が、世界で常識として捕えられていたら、直しますか?」
「直…………え?」
パチン!
いきなり鳴った破裂音。
木和からしたら世界が吹っ飛んだかのような錯覚を覚えただろう。
しかし、頭の中に浮かんでいた分からない、という感情は真っ白になり、徐々に木和の頭は状況を整理していった。
そして、一般成人男性ならば今の話の流れで察せる真実。
「え、この世界って誰が作「しっ!」…………え?」
木和が発したその言葉を、瀬尾は語気を強めて諌める。
木和はポカンとした顔で、瀬尾を見つめた。
対する瀬尾は、申し訳なさそうな顔をして木和を見つめた。
「そこまでたどり着いたってことは、理解、できたんですね?」
「ま、まぁ、現実世界がバグる、ということについては、理解はできました」
その言葉に瀬尾は安心したが、木和はだけど、と付け足して
「本当に自分がバグに関わっているのか、本当にそうだ、と断言できないと思っています」
「確かに、霊的な、または超能力的な何かに関わっていない、と断言はできませんが」
そこで後ろで見守っていた瀬尾が、木和に話し始めた。
江良は瀬尾の掌の上で踊らされていた感じから、不満顔を浮かべるが、瀬尾はそんなことを気にしないで話を進める。
「でも、バグに関わっていると、断言はできます」
木和は、目を疑った。
確かに、現実世界がゲームのようなものだと、理解はしたが、
確かに、現実世界にバグがある可能性があると、理解はしたが、
現実世界にそれを直す人間がいるのだと、誰が思うだろうか。
「これを見れば、全て分かります」
瀬尾が見せたのは、黒い、1枚の板。
それに厚みはなかった。
そして、そこに書かれているのは、理解できない、白色の文字のような何かの羅列。
知るわけがない。
だけど、似たようなものなら知っている。
これは、
「プログラム?」
木和が卒倒するのを察した江良が瀬尾に向けた拳に、一切の躊躇はなかった。