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1話

書き出し祭りに提出したものの連載版であります。

書き出し祭りのものは、ゼロ話という扱いにしております。

どうぞ皆様宜しくよしなに。

「現実世界は、バグりますよ」


 まずはここを理解させるところから始めなければならないと、話した本人はニッコリと笑顔を浮かべた。











 洗濯物が簡単に乾きそうな、そんな晴天の昼下がり。

 スーツを片腕にかけた眉の垂れた気の弱そうなサラリーマンは、最寄りのコンビニから少し歩いたところにある、とある建物の扉の前に立っていた。


「うーん……」


 彼は顎を擦りながら、少し悩む。

 自分でもこんなところに来たいということは無かったんだけどな、と思っている彼は、もう一度扉の近くにあった立て看板を見る。


『何でも相談屋、デバック』


 と置いてある看板。

 別にここが目当てで来たわけじゃない。

 コンビニに行く途中、偶然どこかの家の壁に、この店の張り紙がしてあって、それが目に付いたので来たというわけだ。


 普段からこのような突飛な行動に出るわけじゃない。

 今日がたまたま早番で、昼前に仕事が終わり、上司からも帰っていいと言われてしまい、唐突に空いてしまった時間だ。

 もし普通に休みだったら、酒を入れているが、今日みたいに一回出勤していると、昼から飲酒なんてのは気が乗らない。

 なのでフラフラとしていると、この店が偶然目に入り、何故か、古びたドアをノックしていた。


 コンコン


『はーい!』


 扉を叩くと聞こえてきたのは、女性の声。

 すぐさま扉は開かれ、中からひょっこりと顔を出したのは、ショートカットの女性。

 くっきりとした目鼻立ち、平均的な女性からしてみれば少し背の低い女性は、ニッコリと微笑みながら、


「予約していたカタギさんですか?」


「あ、いや……」


「あ、ごめん!カタギさんは来週にして欲しいって昨日連絡があったんだ!」


「もう!そういうことは早く行ってくださいよ!」


「えぇ、君がそれ言うの……?」


 いきなり勘違いされたと思ったら、女性の後ろから聞こえてくる男性の声。

彼は居づらくなり、踵を返そうとするが、


「もしお時間空いてるようでしたら、お話だけてもどうですか?」


 ショートカットの女性に呼び止められる。

 彼は悩んだ。


 控えめに言って目の前のショートカットの女性は、かわいい。

 正直家に帰っても特にやることがない、というのと単純な邪な気持ちが背中を押したことにより、


「じゃあ、少しだけ」











「あ、お茶大丈夫ですか?」


「いえ、特にアレルギーとかはないです」


 客間に案内された彼は、ソファに腰を掛けた。

 見渡して思ったのは、見たことのない空間。

 少し広めな室内。

 デスクワーク仕事の多い彼にとっては、このような生活感と仕事が入り交じっている空間は、少し落ち着かないものだった。

 丸型テーブルを挟んで、向かい側に座っているのは、長身の優男。


「あぁ、すいません、江良さんが……」


「いや、私もいきなり訪ねちゃったので……」


 そんな優男さんからの謝罪に、つい会社での癖で謝罪で返してしまうサラリーマンの男性。

 話から察するに、先程の女性が江良さん、というのだろうか、と考えていると、


「あ、自己紹介が遅れてしまいましたね。

 私、ここの何でも屋の店長をしております、瀬尾忠司(せおただし)、と申します」


「はい、それで私が、助手をしております、江良翔子(えらしょうこ)といいます」


 少し瀬尾が江良のことを睨んだが、自己紹介されたと認識した瞬間に、サラリーマンの男性は、


「あ、キノシタ商事に務めています、木和義雄(きわよしお)と申します」


 木和は、懐から名刺を取り出して、ずっと差し出した。

 瀬尾と江良は、流れるように自己紹介をする木和の姿に少し驚いたが、瀬尾は自身も名刺を取り出して交換し、江良はお茶を汲みに行った。


「あ、別にお仕事とかではないんで、ただの世間話だと思って下さい」


「……個人営業……なんですか?」


「はい、まぁ従業員は私と彼女だけなんですけどね」


「あー、彼女は……?」


「…………姪です」


「はぁ…………」


 受け取った名刺を一瞥した木和は、疑問を口にすると、瀬尾は苦笑いを浮かべながら対応してくれる。

 その時、江良の話の時に少し瀬尾が言い淀んだことに木和は気になったが、特段気にすることでもないだろうと、話を変える。


「そういえば、何でも屋ってたまにチラシ見たりしますけど、具体的にはなにしてるんですか?」


 一般的と呼ばれる会社に勤めている木和は、友達が少なかったこともあり、ほかの職種の人間というものを知らない。

 そのせいか、このような不思議な職種のことが気になっていた。


「うちはもの探しから修理、お使いとかも請け負っていますよ」


「誰が来たりするんですか?」


「あんまり詳しいことはいえませんが、高齢の方や生活に支障がある方、それとどこに相談したらいいのかわからない人、ですかね」


 そりゃあ当然人を相手にしているのだから、詳しい事情は話せなくて当然と思っていたが、今の話で大体のことは分かった。


 しかし、木和からしてみれば、稼げそうな仕事ではないのに、こうやって生活が成り立っているように見えるのが不思議であった。


 木和がわかりやすくリアクションすると、そんな新鮮な反応に瀬尾はクスリと笑って、


「いまならお安くしとくので、なんでも頼んでくださいね」


「あー…………」


 そこで、最近生活で思い当たる節があったので、少し考えてしまう木和を見て、瀬尾が何かあったのかと眉をあげた。

 少し止まってしまって何も話さない、というのもあれだし、今となってはキッパリ割り切ったことなので軽い口調で、


「最近彼女と別れたばっかりなんですよ!」


 あはは、と頭に手を当てながら話す木和。

 本人としては、場を和ませるための発言だったが、瀬尾の反応はなんだか重く捉えているようで、木和は笑いが引き攣りそうになった。


「あ、この人恋愛経験ないんで、その手の話は乗ってくれませんよ」


 そこで、奥からお盆と2つの湯呑みを持って出てきた江良は、笑いながら木和に言った。

 木和は自分より年下に見えるし、それにあまりファッション誌を読まない木和から見ても、かっこいい顔をしていると思う。


「あー、すいません、ちょっと特殊な人生でしたので……」


 今度は木和の方が凍りついてしまいそうな返し。

 これで特殊な家庭環境であった、という事を木和は他愛もなく想像してしまった。


その一方、江良に関しては、木和に見えないようになんとも言えないという表情で、瀬尾を見た。


「まぁまぁ、こういう話はお酒でも交えながら、と言いたいところですが……」


 瀬尾は、優しく微笑みながらこちらを見返した木和に視線を向け、


「もしかして、なんか不思議なこと、身の回りで起きていませんか?」


 木和は、息を呑んだ。

 確かに、彼女と別れて困ったことはいくつかある。

 そして、それと同時に不思議な出来事も、身の回りで起き始めた。


 あまりにも突飛な内容に、木和はなにかの間違いではないか、と思っていた。


 だが無視できるような内容でもなかったので、来月にでも休みを取って何とかしようとしていたくらいの不思議な出来事だ。

 そんなことを聞かれ、自然と警戒してしまった木和は、


「あー、どうしてそんなことを?」


 一応、知らない体で話をする。

 本当に、自分の身に起きている出来事は、突拍子もないことで、人によっては笑われるような内容だから恥をかきたくない、という思いで木和は白を切った。


「うーん……じゃあまずは、一つ、質問をしてもいいですか?」


「はぁ…………」


 いきなり質問をすると言われて、ついていけなさそうになるが、まぁ聞き流すくらいで聞いておこう、と気持ちを入れ替える。


「ゲーム、したことありますか?」


「まぁ、それなりには」


「バグ、って知ってますか?」


「あー、まとめられてる動画とかなら見たことがあります」


「あれ面白いですよねぇ、良くまとめられてるしゲームしたくなりますよね」


 木和は廃人とは言わないものの、多少なりともゲームはするほうだ。

 だがしかし、小学生の頃にあった起こしてしまうとクリア出来なくなるバグを経験してからというもの、バグ=悪いもの、というふうに見ていた。


 今となっては、動画で見るくらいならいいが、それを見てゲームをプレイしてみたいとは、木和は思えなかった。


「どんな原因でバグが起きているのか気になりますよね」


「あ、はぁ…………」


 訂正、変な人だ。

 木和は自身の頭の中でそう結論づけ、苦笑いで返す。

 江良に関しては呆れたものを見る目で、瀬尾を見ているあたり、お察しだろう。


「例えば、物があるように見えても、そこには実際には"物がある"判定はないから、それには触れられない、とかいうバグは腐るほどありますよね」


「まぁ、動画とかでも、序盤でよく紹介されますよね」


 まるで残像、というような現象。

 木和はそう感じていた。


「では、この湯呑みを持ってみてください」


 いきなりの言葉。

 木和は何を言っているんだ、と思いながらも、意味の無いことだろうと予想して、湯のみに手を伸ばした。


 すると、


 湯呑みを"触れることはできなかった"


 スカッ、と空を切る腕。


 しかし、木和の目には腕が湯呑みを貫通しているように見える。


 脳が現状に追いついていない。


 まさにそんな言葉通りの木和に、瀬尾は一言。


「あなたは今、バグに関わっています」


「……………………は?」


「知ってますか?」


 瀬尾は自身の目の前に置かれた湯呑みを手に取り、ひっくり返した。


 しかし、湯呑みからお茶はこぼれない。


「現実世界は、バクりますよ」


 まずは、ここを理解させるところから始めなければならない、と話した本人……現実世界のデバッカーは、ニッコリと笑顔を浮かべた。

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