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幕間

 

 暗い部屋。



 僅かな窓と出入りする為の扉以外、一切の光を閉ざした密室の中に、大きな机が置かれていた。

 長方形で銀色の形をしたそれは、人一人が寝転がるに丁度良いサイズの机である。


 ただ、机というには些か歪だった。

 四隅には短い鎖が計四つ設置されている。

 その鎖は所々血で汚れており、分かる者が見れば一目で何が行われていたのか理解出来るだろう。


 そしてその鎖は今まさに、役割を全うしていた。


「……う、あ」


 鎖で手足を繋ぎ止められ、仰向けにされている美しい少女。

 腰まで届く長い黒髪に、雪のように白い肌。

 だが……今の彼女は、美しいと形容するには不憫で、悲しいとか哀れとか、そんな同情の言葉がつい浮かび上がってしまう程ボロボロでくたびれていた。


 瞳は虚ろで、何処を見ているか分からない。

 髪は艶やかさを失いボサボサ。

 一糸纏わぬ体は薄汚れており、赤や白が混じった汚らしい液体で穢されていた。


 その少女の名はリーリィ・ヴァーミリオン。

 ヴァーミリオン帝国の第一王女である。

 しかし、今の彼女を見て帝国の王女だと答えられる人物はそう多くないだろう。


「…………さ、サリー……」


 リーリィはたった一人の妹に想いを馳せる。

 彼女を逃した事がばれた時、自分はこの独房に閉じ込められ、地獄のような日々を強いられた。

 しかしリーリィは、それを悔やんだ日は一日と無い。

 遅かれ早かれ、こうなる事は分かっていたーーだから、下衆な男共の毒牙から妹を守りたかった。


「おい、時間だぞ」

「っ!」


 扉が軋む音を立てながら開かれる。

 次いでぞろぞろとやってくる男達。

 彼らはワルダク公爵やクズル帝王に寝返った、又は最初から手を組んでいた貴族や有力商人達である。


 男達はニヤニヤと笑みを浮かべながら話す。


「そろそろ壊れてきたか?」

「いやまだだろう、完全に目が死んでる訳じゃない」

「なら、まだまだ叫んでくれるよなあ?」


 肉食獣のような気配を漂わせ、男達はリーリィの周りに群がるように集結する。


「あ、ああっ……あ、あ…………!」

「ほら、まだ怯えてる」

「壊しがいがありそうだなぁ!」


 全身を壊れた歯車のように震わせるリーリィ。

 後悔はしていない。

 だが、恐怖が薄れる訳でも無かった。


 裸体を蹂躙され、欲望のはけ口にされる事への嫌悪感は残り続け、彼女の心を蝕む。

 いっそ、壊れればいいとさえ彼女は思っていた。


「くく、それじゃあ今日も遊んであげよう、王女様」

「……ひっ、や、やめっ……ああああああああっ⁉︎」


 枷が外れたように飛びかかる男達。

 手が、舌が、彼女の肌を汚す。

 暴力的な接触にリーリィは堪らず悲鳴をあげる。

 それが彼等を喜ばせるだけと分かっていても。


「いやっ、いやあああああっ! ああああっ!」

「ははっ!」


 一人の男がリーリィへ覆い被さる。

 彼女は首を右へ曲げるが、そこにも男の下半身があり、また左へ向いても同様だった。

 逃げ場の無い処刑場ーー彼女に出来るのは鎖に繋がれた手足を震わせ、叫ぶ事だけ。


「やだあああああああああああああっ!」


 涙は既に枯れていた。

 もうすぐ声も枯れるだろう。

 枯れて枯れて、全てが無くなって……そこで初めて、彼女は解放される。


 死という、終わりへの始まりと共に。



 ♦︎



「よし、揃ったな?」


 これでもかと贅が注ぎ込まれた部屋に、数十人の貴族が円卓状のテーブルを囲んでいた。


「はい、十二名きっちり集まっていますワルダク様」

「うむ。それでは定例会議を始めよう」


 ここに座すのは、全員が伯爵家以上の爵位を持ったヴァーミリオン帝国の貴族達である。

 長年ワルダク公爵と付き合いのある知人でもあり、先代帝王の座を虎視眈々と狙っていた集団だ。


「先代帝王の毒殺は上手くいき、ミリオン家の馬鹿当主を傀儡として即位させる事も出来た。これまでは順調に事が進んでおりますな、ワルダク公爵」

「だが安心は出来まい、各地でクーデターの噂が持ち上がるくらいだからの」

「まさか、奴らにそんな力はありませんよ」


 くつくつと笑う貴族達。

 帝国の闇を象徴するような存在の彼等は、あの手この手で他の貴族家を陥れてきた。

 そして遂に、国そのものへと牙を剥く。


「反抗勢力の処理が終わり次第、戦争の準備を進める。帝国が世界の支配者となる日も近い」


 ワルダク公爵は不敵に笑う。

 帝国は世界最大の領土を持つ大国だが、先代帝王の温厚な性格から、武力による他国への介入を極力避けていた。


 ワルダク公爵は、そんな帝国が嫌いだった。

 だから反逆したーー先代帝王の毒殺という方法で。

 そして国を乗っ取り、他国への戦争を仕掛ける。

 これが彼の描くシナリオだった。


「王女はどうしてる?」

「リーリィ王女はクズルの手により幽閉、サリー王女は一度は発見しましたが、見失いました」

「そうか、まあいい」


 既に王女は眼中にない。

 ワルダク公爵はそう言いたげに話を切り上げる。


「中立を保ってる貴族共の様子は?」

「こちら以前、動きはありません」

「反抗勢力を叩き潰し、我々の地位が盤石になったと知らしめれば勝手に跪くでしょう」

「ふ、全く哀れな連中だな」


 中立を保ってる貴族家は幾つか存在した。

 自分の地位さえ保障してくれるのなら、彼等は誰が君主でも構わないという考えである。


「平民の様子はどうだ?」

「反抗する者も現れ初めていますが、即時処刑しています」

「それでよい。愚かな平民共は搾取の対象でしかない」

「はい、ですが一つ問題が」

「何だ?」


 大臣は一旦部屋を出て行き、何人かの兵士と《四天王》カルミを連れてきた。


「相変わらず趣味の悪い部屋だな」

「お前、ワルダク様になんて口の利き方を!」

「なら、貴様には私への態度を覚えてもらおうか」

「え……ぎゃああああっ⁉︎」


 何処からともなく現れた大蛇が貴族の一人を食らう。

 それを見てワルダク公爵は。


「カルミ、咎めはしないが以後気をつけろ」

「ふ、私も金さえ貰えればそれでいい」

「それで、今日は何の用だ?」


 カルミは吐き捨てるように言う。


「忠告だよ、反乱を企ててる連中の中に、一人危険な男が紛れている」

「危険な男?」

「黒獅子を単独で倒すような化物だ」


 その言葉に貴族達が騒めく。


「成る程、分かった……貴様達は?」

「はっ。先日、私の部下が、カルミ様が仰られた男と思しき者に手酷くやられました……名は、ダイチ」

「ダイチ……」


 室内の空気が今までと一変する。

 突如現れた不安要素、ダイチ。

 ワルダク公爵も大臣も狼狽を隠しきれていなかった。


「四天王を城に集結させろ」

「他の奴らを呼ぶのか?」

「今の所は、それで対処する」

「くく、報酬は増やしておけよ? 逆流召喚(リバース)


 カルミの姿が一瞬で消える。

 見送るワルダク公爵は誰にも聞こえない声量で言った。


「……ここまで来て、邪魔されてたまるか」

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