第19話 結界の修復
ソラの天恵の2日前。
結界の調査をしていたクロッグ一行のもとに、ココがジョブを授かったという情報が舞い込んできた。
その事を知らされたオートンと道案内役の男が急ぎで村まで帰らなければならなくなり、知らせを持ってきた猟師のヤースとマイアとクロッグの3人で結界の調査を続行することとなった。
「ではすまない。勝手をするが用が済めばすぐにこちらに合流する。しばらく時間をもらうよ」
「いえ、お気になさらずゆっくりなさって下さい。しばらくは忙しくなるでしょうし」
挨拶を済ませたオートンにクロッグが応えた。
「何から何まですまない。まったく……。この数日は走り回ってばかりだ。では失礼する。後は頼んだよヤース君」
「分かりました!!」
オートンはヤースを激励し、同行する猟師と共にその場を後にした。
ヤースとは今回の結界騒動発覚のきっかけとなったツノガエルを見つけた人物に他ならない。
村の猟師の中では最も若く、長身で爽やかな青年で、その気立ての良さも手伝い、村の若い女性たちにはたいへん人気があった。
「急な変更すみません! お二人に同行することになりましたヤースです。どうぞよろしくお願いします!」
「ヤース君だね! よろしく! 俺はクロッグ。魔導士です」
「わ、私は、マ、マイアと言います。よ、よ、よろしく……」
マイアの様子がおかしい。
というのも、オートンが村へ向かう前に、マイアにだけ聞こえるように。
「第二の故郷に興味があるなら彼なんかどうだ」
と残して行ったからだ。
意識したマイアはほのかに顔を赤らめ、伏し目がちに挨拶をした。
その様子を見たクロッグは当然すぐに異変に気付き、そして状況を察した。
「えっと……。お邪魔かな?」
「クロッグ!!!」
クロッグがにやけた表情でマイアを冷やかすと、いっそう顔を赤らめたマイアがクロッグに目で抗議した。
「お邪魔……? とはいったい……?」
慣れ合うふたりの顔を交互に見ながらヤースは不思議そうな顔をしていた。
◆◇
「ここが一番近い結界の魔法陣です」
「なるほどー。さすがに立派な魔法陣だな」
3人がやってきたのは村の北西部に位置する1つ目の魔法陣。
6つあるうちの1つだが、どれも似たような形で村を囲む広大な草原に鎮座している。
灰色の石で出来た1m角の立方体が16個。
大きな正方形を描くようにぴったりと寄りあって並び、台座の形を成している。
上の面には大きな魔法陣が描かれていて、うすく発光していた。
「仕組みはわかりそうか? クロッグ」
移動の間に平静を取り戻したマイアが尋ねる。
「あぁ。これ、たぶん俺の予想が正しければ――」
そう言ってクロッグは魔法陣の周囲を手で触れて回る。
「はは、やっぱり」
「どうされたんですか?」
付いて回っていたヤースが、笑うクロッグに聞き返した。
「この魔法陣、どうやら俺の師匠の作ったものみたいなんだ」
「え? どうして見ただけで分かるんですか」
「なんとなく陣にもオリジナリティみたいのがあってさ。結構クセとかが出るんだよ。しかも極め付けはこれ」
クロッグは台座の側面に手を当て魔力を注いだ。
すると、
――ヴンッ
という音と共に、側面に描かれた直径50cmほどの魔法陣が現れた。
「あ。魔法陣がこんなところにも」
ヤースが目を丸くしている。
「あぁ。師匠のサインみたいなもんだな」
「名前が浮き出ているんですか」
「いや、そうじゃなくて、これ自体は村の結界の魔法陣の縮小版みたいなもんで、心得のあるヤツがみたら構造が解るような刻み方をしてるんだ」
「なるほど。ではお師匠さん以外の人でも修復がしやすいようにという事ですか」
「そうそう。陣の魔導士は割と技術屋の要素が強いから、みんな構造なんかは隠したがるんだ。こんなふうに誰でも解るように足跡残していくのは師匠ぐらいのもんだよ」
「なるほど」
クロッグはそこまで話すと、台座の上部へ飛び乗った。
その場に残されたヤースがマイアに話かける。
「マイアさん、質問してもいいですか?」
「は、はい! ど、どうぞ」
急に二人きりになり、マイアは緊張しているようだ。
「さっきクロッグさんが言っていた【陣の魔導士】ってどういう意味なんですか?」
「あ、あぁ。それは【陣】というのが魔法陣の略称で、魔法陣で魔術を発動する魔導士のことだよ」
「なるほど、ちなみにマイアさんは何の戦士になるんですか?」
「あ、いやそれはちょっと答えるのが難しいというか……。実は私たちはね――」
ジョブホルダーの魔術の使役の仕方はニュートラルのそれとは異なる。
ニュートラルは発動したい効果を思い描きながら魔力を放出することで魔術が使用できる。
変わってジョブを持つ者たちは、基本的に【詠唱】【魔法陣】【魔道具仕様】の3つの方法のうちどれか一つの方法でしか魔術が使用できない。
【詠唱】は呪文や祈りを口に出して唱えるだけで魔術が発動するが、スピードに難がある。魔力量に対しての威力はそこそこ。
【魔法陣】は丁寧な魔術の構築が可能になるため、低魔力でも大きな効果が得られる。
ただし、場所を選ぶことに加えゼロからの発動が非常に遅い。
【魔道具使用】は魔石が埋め込まれたアイテムを体に触れた状態にすると、その部分から魔術を発動させることができる。
条件下における発動スピードは3つの方法の中で最も速いが、他の方法に比べて魔力効率が極めて悪い。
「――つまり、私たちは魔術の使用方法で大きく3つに分けられるんだ。中でも魔法陣を扱う魔導士のことを【陣の魔導士】と呼ぶことがあるにはあるんだが、例えば他が【詠唱の○○】なんて呼ばれてるってことはないな。つまり私は何とも呼ばれていない」
「そうだったんですね。初めて知りました。ありがとうございます」
「あ、いや。どういたしまして……」
専門分野への質問に饒舌に応えたマイアだったが、ヤースのあまりにさわやかな笑顔を見て、またオートンの言葉を思い出すことになった。
彼女は完全にヤースの事を意識してしまっている。
「あれ? ほんとに俺消えたほうがいい?」
「クロッグ! やめてくれ!」
台座の上からクロッグがマイアをからかった。
「何故ですか? いてくだい。ところでどうですか? 結界は直りそうですか?」
「うん。劣化した部分が多少あったんだけど、簡単な修正で済んだよ。再起動するからマイアと一緒に少し離れてくれる?」
そう言って二人を遠ざけると、クロッグは台座の正面、魔力を込める仕掛けがされた場所に立った。
台座に向かって両手をかざす。
――フシュンッ
という音がして、魔法陣の光が消えた。
そしてクロッグはすぐさま魔力を込める。
――ヴゥン
と、低いくぐもった音が鳴り、魔法陣がさっきよりも強く光り始めた。
「おお!!」
ヤースが感嘆の声を上げた。
「これであの穴の部分は塞がったから」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
「どういたしまして。この感じなら今日か明日には外側は全部手直しできそうだな」
「それは心強い! 早速次の魔法陣へ案内します!」
3人は馬にまたがり1つ目の魔法陣を後にした。