第16話 クロッグとオートン
魔導士到着の知らせを受けたのが昨日の晩。
ココの事は気がかりだが起きてくる前に家を後にする。
昨晩約束した通り、日の出ごろに宿に訪れ、彼と顔を合わしていた。
「初めまして。マイアと同じパーティで冒険者をしておりますクロッグ=オリヴィエです。この度はご依頼を賜り、誠にありがとうございます」
「ようこそおいで下さいました。村の外交を担当しておりますオートン=ルマリアです。以後お見知り置きを。早速結界の視察に向かいたいのですが、その前にお願いしたいことがあります」
「なんでしょう?」
「もう少し砕けた言葉で話すことをお許し願いたい。どうも長くかしこまりすぎると肩が凝ってしまう性質でして。」
「ハハハ。マイアに聞いてたとおり面白い人ですね。どうぞお気遣いなくお話し下さい」
「ではお言葉に甘えさせてもらうよ。しかし面白い人? 冗談を言った覚えはないのだがな。あぁ、君も良かったらそんなにかしこまらないでくれ。マイアからはもっと砕けた人物だと聞いているよ」
「それではお言葉に甘えて。っと言っても多少の敬語でお話するのはお許し下さい。職業柄、目上の方に対してあまりにフランクな喋り方をしていると、力を笠に着た勘違いしている人間だと誤解をされますから」
「わかった。特殊な商売な分大変だな。ではそろそろ出発しようか」
「わかりました。よろしくお願いします。」
クロッグは話に聞いていたとおりの好青年だ。
短く切った緑色の髪に切れ長の目、口元には常に柔らかな笑みをたたえている。
標準的な身長なのは見てとれるが、白いローブを着ているせいで体格はよくわからない。
背中には商売道具の詰まっているのであろうナップサックを担いでいた。
「乗れるか?」
「えぇ。大丈夫です」
そう確認して近くに用意しておいた馬を渡した。
そのままマイアが寝泊りしている家まで移動する。
迎えに行くとマイアはすでに前で待っていた。
「おはようございます、オートンさん」
「おはようマイア」
「よ! 昨日ぶりだな」
「あぁ。おはようクロッグ」
待ち合わせしていた道案内役の猟師も合流し。
4人で見つけられた結界の穴へ向かった。
◆◇
「あらららー。こりゃまた立派な穴が開いたもんだ」
「修復できそうか」
「うーん。本元の魔法陣を見ないことには何とも言えませんけど、魔力の供給が充分じゃないところがちらほら見えるんですよね。穴については一時的に蓋をするとしても、最終的に修繕に留めるか、もしくは新調するっていう選択肢も視野にいれた方がいいかもしれません」
クロッグは結界を内側から見渡し、視線をそちらへ向けたまま応えた。
「そうか。わかった。では魔法陣に案内しよう」
「5か所でしたっけ?」
「いや、6か所ある」
「わかりました」
村の周囲には6つの魔法陣が等間隔に設置されている。
これらが連動し外側の大きな結界を展開する仕組みだ。
一つ目の魔法陣に向かう道中、気になる事を聞いてみた。
「クロッグ。穴の原因は何だと考える?」
クロッグは少し考えたあと答えた。
「いつくかの要因が重なったんだとは思います。部分的に脆くなっている箇所もありますから。ただあの穴の開き方はモンスターが接触した時のもので間違い無いと思います」
「こじ開けて侵入してきたのか?」
「いえ。いくら弱くなったとは言え腐っても結界です。さっきからその辺にいるツノネズミぐらいのモンスターでは接触することも難しいかと。おそらくそれなりのランクのモンスターが接触しないと穴は開きません」
「答えになっていないのだが」
「はは。すみません。ある程度の衝撃である程度のレベルのモンスターが接触したんだと思います。なのでかなりの痛手は向こうも負っているはずなんです。マイアの話ではそのような芸当が可能で、且つ手負いのモンスターというのは見かけていないそうなので、こちらに来た線は薄いのかと」
「穴を開けておいて立ち去ったのか?」
「おそらくは。断定はできませんがその線が強いです。何かの理由で勢いあまって結界に衝突し、痛みに驚いて立ち去ったのではないでしょうか。ただ侵入後にどこかに潜伏しているとなるとあるいは」
「なるほど、まだ気は抜けないといったところか」
「ええ」
マイアが二人の会話に入ってきた。
「相手が相手なら気配を隠す可能性もある。私の魔力探知では及ばないかもしれません」
「安心まで程遠いな。具体的には今後どういった対策が必要なんだ」
私が尋ね、クロッグが応える。
「まずは穴を簡易的に塞ぐ。そうした後、本元となる魔法陣の修繕もしくは新設を行う。並行して穴の原因となったモンスターの探索。といった計画がいいのではないでしょうか。」
「そうか。ちなみに人的要素は君たちだけでなんとかなるのか?」
そうたずねるとふたりは顔を見合わせた。
ふたりとも苦い顔をしている。
マイアが切り出す。
「難しいですね。魔法陣の復元までは私たちだけでも問題ありませんが、探索のスキルというのはシーフのほぼ専売特許ですから。私たちでは完全に可能性を潰すまでの事はできません」
「なるほど。また誰か紹介してはもらえないか?」
「私たちのパーティにシーフは在籍していますが、彼は今故郷に帰っていまして――」
「もしや例の事故に遭われたという――」
「そうです、なので迅速な対応は難しいかもしれません」
「そうか、となると全く白紙の状態から探索が可能な人材を探してくる必要があるのか。誰か他に当てはあるか?」
「知り合いがいないわけではありませんが、優良なシーフはパーティに在籍していますので単独で呼び寄せることが難しいですね。ソロのシーフとなると訳アリな場合がほとんどなのでおすすめはできません。そしてどちらも――言いにくいのですが、仕事内容的にかなり依頼料が高くなると思われます……」
「どのくらいになりそうだ?」
「相手にもよりますが、総額で見て3ヶ月いる私の5倍ぐらいにはなるのではないでしょうか」
「そんなにかかるものか。またそれは……君たちには随分と泣いてもらっているのだな」
「いやそんな。先日もお話ししたとおり、お気遣いには及びません。村での生活を毎日気持ちよく過ごしていますから」
「いやいや。報酬の件は村長と話しておくよ。しかしどうしたものか。」
そこへ今度はクロッグが口を挟んできた。
「それなら、ギルドにうちのシーフ指名で依頼を出しておきましょう。あいつの事だから早めに切り上げて街に戻ってくると思うんですよ。ギルドで話を聞けばすぐにこちらへ来てくれます。それまでの間は俺もマイアもいますからよほどのことがない限りは安全です」
「待て待て。君への依頼は結界の修復までだ。それ以上ここにいるのなら報酬が払えない」
「えぇ。ですから事が済んだら俺は旅行客としてここに残りますよ。もちろん滞在費用は自腹で出します。もともとこの機会にゆっくり休むつもりでしたから。まぁたぶん食うもんなんかはマイアがおごってくれますし。な。マイア」
「名案だな、クロッグ。ふふ。なんとも君らしい」
ふたりが悪戯な表情で笑い合う。
「いや待て。そんなにされてはお礼のしようがない」
「いいんですってオートンさん。逆にこのまま経済的な理由だけで背中を向けられるほど人間できてないんです俺たち。それになんとなく楽しいことが起きそうな予感がするんですよね」
そう言ってクロッグは村の方を指差した。
――楽しいこと?
そう思いながら差されたほうを見やると、見知った男が笑顔でこちらに向かって来ていた。
「オートンさん!! ココちゃんが――!!」
男はココの天恵の結果を私に知らせた。
――ほらね。とクロッグは言い。
――ふふ。とマイアは笑った。
私は今、開いた口を塞げないでいる。
次話は明日(2017/2/20)投稿予定です。