第10話 講堂
昨日の夜、結界の内側にツノガエルがいるのが目撃されたため、村人たちは陽が出てすぐに学校に集められた。
すべての子どもたちと、子守の係になった先生方や小さい子供のお母さんは講堂という広い集会施設に入れられ、総勢で100人ぐらいがそこでそれぞれの時間を過ごしていた。
僕たちぐらいの歳になるとある程度落ち着いたものだが、事情のわからない年齢の子たちは無邪気に走り回り、大人たちの手を焼かせている。
先ほど炊き出しが振舞われたところをみると、今はおそらく正午を少し過ぎたところだろう。
結界を調査した結果は少し前に教えてくれた。
やはり穴が発見されたようで大人たちは対応に追われている様子だ。
「なんだか、楽しくない?」
僕は隣で本を読んでいたココにそう話しかけた。
昨日結界の話を聞いてすぐは不安を感じたが、時間が経つに連れて慣れてきた僕は非日常的な状況が楽しく思えてきたのだ。
すると、
「それ、俺も思ってたとこ」
と、そばにいたレントが共感してくれた。
二人でパンッと手のひらを合わせるとココがため息をついた。
「ばか……こんな時になに言ってんのよ」
落ち着き払っているが、どうせココだって似たような心境のはずだ。
「あ。ココの父さんがいるぜ」
窓の外を眺めていたレントが言った。
ココの父オートンは、村で採れた農産物や工芸品を集めて街へ売りに行き、そこで得たお金で村の生活に必要なものを揃えて戻ってくるという仕事をしている。
ちょうど今日は村へ戻ってくる日だった。
「ほんとだ。あ、マイアさんも一緒だね」
僕がレントの声に反応して外を見ると、旅の護衛を務めている冒険者マイアが目に入った。
村長たちを相手に堂々とやりとりしながら朗らかに笑っている。
彼女はいつもココのお父さんの一行を村まで送り届けるとすぐに街へ帰るのだが、今回は事情が事情だけに臨時で調査に協力したのだろう。
「かっけーよな……」
「そうだね……」
レントがぼそりと呟いた言葉に僕も賛同した。
今日のマイアさんは額と胸部と腰回りを革製の防具で覆い、他の大部分は肌を大胆に露出している。
鍛えられて締まったお腹や太ももを見るとなんだか胸が高鳴る。
小柄な体つきで、まだ幼さも残る顔立ちにもかかわらず、えも言われぬ戦士の風格を漂わせていた。
いつも身に着けている剣や盾は今は見当たらない。
どこかに鞘ごと置いているのだろう。
しばらくすると、
「はーい、じゃあみんな集まって」
校長先生が講堂内にいる子供たちに呼びかけた。
校長先生は今日みたいな日でもスーツ姿に黒い髪をきちんと整えている。
普段通り鼻の下と顎のひげもきれいに切り揃えられていた。
いつも優しく接してくれるため、子供たちからの人気がとても高い。
「これからどのような動き方になるのか説明しますからよく聞いておいてくださいね」
「はーーい!」
校長の声に、我先に前の方に座った低学年の子供たちが元気に返事をした。
「朝話したように結界にはやっぱり穴が空いてました、だからいつモンスターが近くに来るかもわかりません」
皆ある程度物心がついたときからモンスターの脅威について教え込まれているので、子供ながらに事の重大さは把握できたようだ。
みんな真剣な表情で次の言葉を待っている。
「内側の結界を張ったのでしばらくは大丈夫ですが、早く穴を塞がないとちゃんとした暮らしができません。ですので結界を直してくれる人を街から呼ぶことになりました。それから――」
おそらく強力な魔術の使える冒険者を派遣してもらうということだろう。
「きっと来るのは魔導士だな」
レントがそう言って僕を見た。
僕は返す。
「たぶんそうだね」
「ソラは魔導士見たことないんだろ?」
「ないよ。レントだってないでしょ?」
「ねーよ。あるわけないだろ。」
「どんな人だろうね」
「あぁ。セクシーな女魔導士がいいよな」
「間違いないね」
「間違いねえな」
「あんたたち、マジでモンスターに食われろ、ってか食われてください」
僕たちのやり取りにココが水を差してきた。
彼女に男のロマンは通用しない。
「えー最後に、みなさんに紹介しておきたい人がいます。――どうぞ入って」
――カラカラカラ
出入り口の引き戸が開く音と共に冒険者のマイアが入ってきた。
彼女は大勢を前に緊張する様子もなく丁寧に会釈をした。
それを見届けた校長が改めて口を開く。
「元の安全な状態に戻るまでの間、村の護衛についてもらうことになった冒険者のマイアさんです。みなさん村で見かけたらちゃんと挨拶するようにしてくださいね」
そう言ってマイアを手のひらで示した。
前に一歩出た彼女の防具が――カチャッと鳴った。
講堂内は、その小さな音が後ろの方にいた僕たちに聞こえるほど静まりかえっている。
「ファルマから来ましたマイアです。しばらくみんなの村でいることになったので、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくね。」
マイアが簡単な挨拶をすると、一瞬の間の後、堰を切ったように拍手が巻き起こり、講堂内は歓声に包まれた。
皆口々に歓迎の声や賛美を口にしている。
割れんばかりの拍手喝采はしばらく収まりそうにない。
「やっぱりいいね。冒険者」
歓声の中、僕がそう言うと、
「間違いねえな」
「間違いないわね」
と二人が返した。
次のお話はマイア目線で進みます。
明日(2017/2/14)投稿予定です。
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