第二話「本馬さんはほんまに野球が好きなようです」
午後6時。今日は横須賀支局で野球中継を見ている。いや、今日もと言うべきか。暇さえあればみんなでテレビを見ている。他に社員がいないから、moonじゃないアラサーのあんちくしょうも堂々と視聴している。しかも他局の番組だろうと、彼女たちはお構いなく見る。そのテレビの電気代とか本社に申請するんだけどなあ。
今日の試合はベイスターズ対ジャイアンツ。ちなみに俺はベイスターズが横浜の球団であることを横須賀に来てから知った。まあ、観戦料が高いから行けないが。試合は初回からジャイアンツが2点をリードしている。志村さんは普段通り無口で無反応だが、ヒットを打つたびに少しだけ手に力を入れている。ガッツポーズのつもりなのか?
しばらく時間が経った。俺がパシられてコンビニから戻ってきたとき、本馬さんの声が聞こえた。
「おお、阪神勝っとるやん!」
他会場の途中経過が表示されている。タイガースは甲子園で智弁和歌山と……違った、カープと対戦している。赤い『C』の文字につられてしまった。
大抵はテレビを向いたままだが、根本さんだけは帰ってきた俺に「ご苦労様です」と一言くれた。買い出しを労ってくれるのはありがたいのだが、どうやら彼女は俺に良いところを見せようとされているらしい。引っ越しのどさくさに紛れてあいつから聞かされた。あいつの早とちりの可能性も捨てきれないが、もし事実なら早急に断らなければならない。テレビ局員と芸能人の恋愛はご法度なのだ。
とかなんとか考えていると、また他会場の途中経過が発表されていた。今度聞こえたのは本馬さんの悲鳴だった。タイガースが逆転されていた。一方のジャイアンツは順調に点を重ねている。言い換えれば、ベイスターズが順調に失点を続けている。特に5回には牽制球が大きく逸れて観客席に入ってしまったらしい。
ところで、唐魏野さんの好きなチームはどこなのだろう。ジャイアンツが嫌いらしいということは、タイガースだろうか? ちょうど試合がひと段落したようなので聞いてみる。
「唐魏野さんはどのチームを応援されているのですか?」
おにぎりを食べていた彼女に代わって、辻さんが答えてくれた。
「うみちゃんはイーグルスだよ!」
イーグルスか。知らない名前だ。ここからは唐魏野さんが会話を引き継ぐ。
「仙台のチームなんです。去年は5位でしたけど」
「5位って全体でどのくらいですか?」
「全部で6チームあるうちの5位です」
「ああ、それは残念でしたね」
苦笑いしながら言ったが、残念だったというのは心からの言葉だ。2011年と言えば、東北が光をなくしかけていた頃だ。近い内にイーグルスが優勝してくれることを俺も信じるしかない。かつて本馬さんから聞いたことだが、とあるメジャーリーガーが「勝者は決して諦めない」と言ったそうだ。
さて、画面に映る青い横浜の戦士たちは果たして諦めていないのだろうか。これから最後の攻撃だそうだ。ふと、根本さんが画面から目線を逸らした。その先には本馬さん。
「ねえ基奈、さっきから実況の人が『ジャイアンツが勝ったら首位交代』って言ってるみたいだけど」
「うん。そら阪神が負けたからな」
あまりに簡単に、いつもの口調でそう仰った。
「えっ」
「うちはそれでもええよ。楽しいから。野球を見れるだけでええ」
タイガースが好きだという本馬さんは、別に他のチームが嫌いというわけではないらしい。本物のスポーツ好きとはそういうものなのか、と思った。