最終話「またいつかお会いしましょう」
朝から新田が来た。まだ7時だぞ。
「何しに来た」
「どうせ仮病だろうなって思って、様子見に」
「なぜばれた」
「昨日こっそり私の鞄に鍵入れてたでしょ。2人しか従業員いないからね。休暇願いとか給料の前借りとかは全部把握できるよ」
「マジか」
「moonには午後から2人とも出社するって言っといた。燈梨が鍵開けるって」
「お前は普通に出勤しろよ」
「えー、だってあんた露骨にダメージ受けてたじゃん」
そう言いながら、図々しくも勝手に上がりこんできた。
「学校のこと聞かれるの、そんなに嫌だった?」
「まあ、嫌だった。部屋に上がりこまれるほうが迷惑だけど」
「まあそう言いなさんな」
「俺の家だぞ」
「家ったって同居人いないし、家財道具もほとんどないし、ほんと最低限の家って感じ」
「ほっとけ」
「学校どんだけ嫌い?」
「今すぐ消えればいいのにって思うくらい」
「あんたがそこまで言うのも珍しい」
「そんなに珍しいか? けっこう毒舌だと思ってたけど」
「いいや。あんたはmoonや私の前じゃほとんど自分の思ってること喋ってない。無理してると思う」
「そう言われてもスタッフとアイドルじゃ……」
「友達にもなれないって?」
「言い切れるわけじゃないけど」
「私はなれたよ」
「よかったな」
「あんたもなれないことないと思うけど」
「俺は無理だろ」
「大丈夫。私がなれたんだから」
どこから出てくる自信かわからない、というわけでもない。例えば取材をするとき、俺は事務的に質問をして終わりだが、こいつは本気で相手に敬意と興味を持っている。インタビュアーとしては俺より遥かに優秀だろう。
「もっと本音で話していいんじゃない?」
本音しか言わなそうな奴にそう言われた。
「少しは努力してみる」
「ならよかった」
それを言いに来たようだ。ここまで来れるならなぜ風邪引いたときに来てくれなかったのだろう。聞いてみるか。
「ところで、風邪引いたときに来なかったのはなんで?」
「moonがもう行ってたからいいかなーって。それに風邪くらいなら大丈夫だろうと思った」
信頼されていると考えるべきか、軽視されているのか。長い間同じ場所で働いているが、未だにこいつの考えていることがわからない。本音しか話していないはずなのに。
「そろそろ行くか」
「うん」
電車で30分ほどかかる。昼から電車に乗るとはまるで重役出勤だ。端の駅から乗るのでいつも席には座れるが、今は特に乗客が少ない。この車両なんて貸し切り状態じゃないか。連結器の向こう側にお婆さんが見えるくらいだ。
「ねえ」
ふと、中吊り広告を見ていたそいつが言った。
「ん?」
「今日来たの、余計なお世話じゃなかった?」
彼女は心配そうな顔を見せた。なんだ、そんなことを考えていたのか。
「いいや」
お前ほど安心できる相棒はいねえよ。そこまでは言わない。伝わっていなくても構わない。仕事仲間は、また横須賀市民ホールの広告に目線を戻した。L.O.V.I.N.Gの公演があるらしい。いつかmoonにもそういうときが来るのだろうか。そのときまで俺と相棒で支えていたい。




