第十二話「竹馬の辻さん」
ある日の昼休み、唐魏野さんに呼び止められた。
「佐藤さんって、高校のときはどんなだったんですか?」
その一言が俺の記憶を呼び起こした。学生時代のトークをしていたらしい。俺から話題を逸らさせるため、他6人がどうだったのか聞き返した。
「私は高校で葉月と知り合ったんだけど、まあ普通の生活だったかな。成績もそんな良くも悪くもないし、部活は文芸部だったけど賞とかも貰ってない。好きな人も特にいなかった」
当たり障りのない答えとは正にこのことだ。ほぼ毎度赤点だった俺に比べればましかもしれない。
「私の高校は県立ですから、テストとか結構厳しかったですね」
「好きな人とかいなかった!?」
「そこに先週失恋したばかりの人がいるってわかって言ってるんですか?」
「知ってた!」
「なお、もうフォローは間に合わん模様」
先週の出来事がネタ化されている。ほとんど唐魏野さんの話と関係ないじゃないか。
「燈梨は群馬の山奥に住んでたから、学校も群馬の山奥だよ!」
「どんな授業があった?」
先週やはり余計なことしかしなかったあいつが聞く。
「えっとねー、かるた!」
「高校で?」
「看護系の人が多かったからね!」
辻さんは故郷を山奥と表現する。ちなみに盆と正月は必ず帰省しているそうだ。
「うちは大阪の高校やったで。男女で出席番号別れててな、うちは3年間ずっと3組の34番やった」
「334!」
「334」
「334」
「334」
「334……」
「何でや! 阪神関係ないやろ!」
仲の良いことだ。
「私はずっとサッカー部のマネージャーやってました……」
「マネージャーって大変なの!?」
「それなりに……今思い返せば楽しかったですけど……」
「あーわかる! 現役のときは早く卒業したいって思うよね!」
わかるのか。俺は今でも学校嫌いなんだが。
「私は葵の話と大体同じだけど、やっぱ休み時間が楽しかったかな。校庭で鬼ごっこやってる男子の声聞きながら昨日のテレビのこと話したりとか」
「あったねー。卒業するまで全部どうでもいい話だったけどね」
本来の学生生活とはそんなものなのだろうか。
しかし今日は辻さんがいつにも増して喋る。よほど学校が好きなのだろう。本当にそうだとしたら俺とは180°価値観の違う人だ。俺は学校なんて嫌いだった。それは今でも変わっていない。しかしここまで楽しい青春を送ってきたらしい人たちの前で堂々と嫌いだと言える自信はない。このまま次の話題に行ってくれ。
「で、あんたは?」
もう6人とも終わったのか。このまま俺を抜いて話し続けてくれれば良かったものを。
「俺は、特に何もなかったです」
「誰か友達と話したりとか?」
「いや、それもない」
「え?」
いや、本当に何もなかったんだって。
「部活は……」
「入ってないです」
「成績はどうやった?」
「散々でした」
「楽しい思い出とかありませんか?」
全力でフォローされているが、残念なことに話題を作れない。
「はい。みなさんが羨ましいです」
自分の発言が自分にダメージを与えたらしく、今日の仕事が手につかない。これはまずい。明日は休ませて貰おう。ただ、一応横須賀支社の責任者である以上、午後からは出勤しないといけないだろう。見つからないよう休暇願いを書き、自分の机に入れておいた。




