表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

第十話「志村さんの休日」

 志村さんにメールで呼び出された日曜日の夕方。場所は横浜アリーナ。女性に人気の男性4人組アイドルグループ『L.O.V.I.N.G』のコンサートがある。これで『ラビング』と読むそうだが、どういう意味なのやら。

「1人じゃあまりに不安なので……佐藤さんについて来てもらおうかと……」


「構いませんが、どうして俺だったんですか?」

「みんなの中で1番中立そうだったから……」

 なるほど。言いふらさないってことだな。

「もうだいぶ行列してますね」


 会場前だというのにアリーナへ続く長蛇の列ができていた。L.O.V.I.N.Gのコンサートでは徹夜組もできるという噂がある。暇人どもめ。どうでもいい話だが、L.O.V.I.N.Gに熱中する女性ファンのことをラビニストとも言う。彼らの人気度合いが少しでもおわかりいただけただろうか。要するに超スーパー大人気なのだ。


 男は俺以外にいないのではと思っていたが、割といた。どうやら彼女や妻に引っ張られて来た人がほとんどのようだ。1時間弱して入場できた。思えば仕事ならともかく、こういうコンサートに客として来たのは初めてかもしれない。志村さんの後をついて席に座る。


「ところで志村さん、コンサート始まるの何時からですか?」

「6時です……」

 1時間後か。正直暇だな。『L.O.V.I.N.G』の上下をひっくり返したデザインの幕が天井から飾られている。N、I、V、Oが顔文字だ。これはメンバーの4人を表しているらしい。moonにはできない、L.O.V.I.N.Gならではの演出だ。


 続々とラビニストたちが入ってくる。横浜アリーナの収容人数は最大17000人。55000人を収容できる東京ドームですらL.O.V.I.N.Gのチケットは1日で完売、オークションサイトでは何倍もの値段で取引されている。

「どうやって2人分のチケット取ったんですか?」

「偶然です……2年前からずっと抽選漏れしてて……やっと取れたんです……」


 それはそれは、オークションサイトやダフ屋を使わないなんて、フェアなラビニストですね。人によってはなりふり構わず強奪することもあるのに。ましてや東京ドームより席の少ない横浜アリーナだ。よほどの強運だったのだろう。って言うか逆に当たるときは2つも当たってしまうものなのか。


 メジャーなアイドルのファンというものは、しばしばそのマナーが問題になる。例えば今まで俺たちも並んでいた行列。あれだけの人がいれば大量のごみだって出る。moonのような小さなグループとはまた別の問題がいろいろある。メジャーになるというのも、あまり手放しに喜べるものではないのかもしれない。


「そうだ……砂糖さんもこれ使ってください……」

 うちわだ。

「アクセントがおかしかったような気がしますが、使わせていただきます」

 志村さんも中々面白い人だ。そう思っていると、急に志村さんがこっちを向いた。


「あと……葉月のことですけど……そろそろ生殺しはやめてやってください……」

 そう言われた。実は陸前高田で散歩したときに唐魏野さんからも言われた。ツリ目のあいつにも再三言われている。そいつは少し楽しんでいるようにも見える。悪魔め。いや、端から見れば俺が悪魔か。


 本当にそろそろ決着を付けなければならない時期に来ている。恐らく史上初めて俺を好いてくれた人に対して、できれば言いたくない返事だ。だからと言って言わないのはもっと酷い。テレビ局員とアイドルが恋愛できないのは、アイドルだって知っている。

「わかっています。近いうちに断ります」


 午後6時10秒前。満員の横浜アリーナではカウントダウンが始まった。全国から集まった17000人のラビニスト。大観衆の真ん中に、スポットライトを浴びて4人の男たちが姿を現した。彼らこそL.O.V.I.N.G。今日はとりあえず、日本最高峰の歌声を楽しむとしよう。そう思ったが、胸のつかえは取れなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ