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名護屋市自治体警察公安部特殊犯罪課




   7    名護屋市自治体警察公安部特殊犯罪課



 名護屋市には自治体警察がある。中央集権的な国家警察と違って、大都市に特化していった自治体警察は、行政改革の結果、民間と共同出資し、警察業務のアウトソーシング化をすることによって、予算の削減、行動の即応化などを理想とし、地方自治体の財政面、政治面での独立性を高めることになった。

 許可制であった探偵業の免許制への移行も、その行政改革の一つであり、結果として、自治体警察の人手不足を補い、事件捜査の外部委託を目論んで構築された新しい日本の警察組織の末端の実働部隊として機能することとなった。

 その流れも相まって、旧来の自治体警察と比べると、本採用される人数、すなわち組織の上限人員数が削減されたため、自治体によって警察力の質にばらつきがあるものの、国家警察やその他の法執行機関からの出向など人材の交流の活発化によってその質も高まってきている。

 内務省麾下の警察組織や、法務省麾下の公安調査庁、その他の国家に直属する法執行機関と自治体警察と違う大きな点は民間との共同出資である第三セクターとしての在り方も容認されたという部分だろうか?

 そのため、採用される人材には今までの国家警察ではありえなかったモノも存在する。それは人材に限ったことではない。ーーーこの自治警に〈特殊犯罪課〉が存在できるのもその柔軟性と特殊性によるものである。


     ◆


 湊葵が荒井総二の下を尋ねる一時間とすこし前。名護屋市自治体警察公安部特殊犯罪課では、二人の課員が会話をしていた。一人は笹中透警部補。もう一人は天音佳奈警部補相当官だ。二人のデスクは向かい合う様に設置されている。デスクの上に膨大な紙資料と複数のモニタを置いている笹中透とは対照的に、天音佳奈のデスクの上には、これといって特筆すべきものもなく、簡素そのものだ。

「はー………ネムーい。ねえ、パンダさーん。なんかアオイさんからアタシに指示でてたっけー?」

 背もたれに体重をかけ、ズルズルと椅子の上を重力にまかせて滑らせながら天音佳奈が言った。

「警視は、刑事部の抱えた案件を調べ終えて帰るまで待機って言ってたじゃあないですか。あと、〈パンダ〉ってあだ名はやめてもらえます?俺の名前は〈ササナカ〉です!」

 天音佳奈の問いかけにムッとした感じで笹中透は答えた。

「アオイさんは、刑事部が担当している〈放火死傷事件〉を調べてるんでしたっけ?んで、パンダさんもそれに関する捜査依頼を探偵に投げてるんでしたっけ?」

「いや、その後に頻発している〈連続放火事件〉についてだよ。湊警視もなんでこんな事件に関心を持っているのやら………はあ………仕事とはいえ、こうも不明瞭な仕事ばかりだと気が滅入って仕方ない………」

「いやー、仕事があるだけいいじゃないですかー。アタシなんて、全ッ然ないしー。」

 あははーっと笑い、両手を上げながら天音佳奈が言った。そんな様子を横目で見ながら、笹中透は言う。

「そんなに暇なら手伝って下さいよ。あと………〈パンダ〉って呼ぶな!何度言ったらわかるのか………」

「いやいやー。可愛くていいじゃあないですかー。愛玩動物ですよ?」

「よくない!まったく………」


 二人共、特殊犯罪課の課員である。といっても、この部署には三人しか課員が存在しないという、周りからは〈ヒマ部署〉と呼ばれている課でもある。捜査の一部が探偵にアウトソーシング化されているとはいっても、あまりにも少なすぎる人員である。

 実際のところ、特殊犯罪がない時には、他の部署の手伝いを命じられることもある。特殊犯罪課自体は組織上公安部に所属してはいるが、大概の場合、刑事部との関わりのほうが多い。

 公安部に所属している理由は、特殊犯罪を定義するにあたって、〈継続的に危険性のあるものを監視し、動向を探り、国家に対して危険であると認定された場合において、それを検挙する〉といった性格を組織設立の際に定義されたためである。

 しかし、実際のところは、刑事部が持て余した未解決のまま放置される可能性が高い事案ーーーその多くは〈Case:X〉である可能性が高いーーーを担当する場合が多い。と、言ったことから、公安部に所属しているのにも関わらず、刑事部との関わりが深い部署なのだ。

 国家警察でもそうなのではあるが、元来、刑事部と公安部には目に見えない軋轢がある。国家警察よりもコンパクトで、人員の地縁的なつながりが強い自治警ですらその軋轢は少なからず存在する。そういった状況の中で、公安部と刑事部の両方をまたぐ組織ーーー特殊犯罪課は取り扱う事件の特殊性だけでなく、その組織としての立ち位置も特殊であるといえる。

 以前から、組織犯罪対策部といった、部署の垣根を越えた人材と捜査範囲を持つ組織はあるものの、やはり特殊な位置づけであると言えるだろう。現時点では、特殊犯罪課のような組織は、国家警察、首都警察、大坂市警察、そして湊葵警視が指揮を執る名護屋市警察に存在が確認されている。その他の道府県警察、その他小規模な地方自治体警察組織にもそのような部署、専門係といった程度のものがあると噂されているが、すべからく、警察組織を統括する内務省は、公式にはその存在を認めてはいない。

 なにしろ、特殊犯罪において〈継続的に危険性がある〉とされる事象の定義もあやふやで、それもオカルトめいたものときている。そんなあやふやなものに相対する組織が存在していることを公式に認められるはずがないのだ。また、この類の案件に専従する組織の発足自体がごく最近であり、組織の歴史なぞ皆無であるから、未だにどの警察組織も扱いに困っているというのが現状である。それ故に、第三セクターが経営母体となった自治警がテストケースとして利用されているという訳ではあるが。

 第三セクターが経営母体となった自治体警察には、本採用された警察官の他、民間から採用された様々な技能を持つ准警察官といった身分を持つ者、警察や他の法執行機関からの出向した司法警察職員としての身分を持つ者が在籍している。

 例えば、名護屋市自治体警察特殊犯罪課の課員である笹中透は、刑事部からの異動で公安部特殊犯罪課に来ている。彼は愛知県警からの出向組だ。

 一方、天音佳奈は自治警の民間採用枠の中でもかなり特殊な枠から採用された。湊葵直々のスカウトにより採用された彼女は、稀有な能力を持つ特殊犯罪課になくてはならない人物である。とある研究機関の出身の彼女は、数少ないその研究における成功例だ。特殊な能力を持つ彼女のような存在は〈嘘憑き〉と呼称される。その、特殊な能力というのは、俗にいう〈超能力〉と言われるものだ。

 例えば、天音佳奈の能力は〈後行事象感知能力〉と、物や人を触ることで様々な記憶、ビジョンを見ることのできる〈サイコメトリー能力〉である。彼女自身、この能力を完全に制御できているわけではなく、常に発動することができないという面はあるものの、超常現象を取り扱うこの〈特殊犯罪課〉においてはなくてはならない存在なのである。


「はあー………基本アタシってアオイさんがいないと大して動けないのよねー。ああーヒマヒマ〜」

 天音佳奈はそう言って、見惚れるほどに美しい長い黒髪を人差し指にくるくると巻きつけ、髪の弾性にまかせてシルシルと解きほぐす動作を繰り返しながら続ける。

「パンダさんは忙しそうでいいですねー。各探偵事務所への捜査依頼や報告書作成のための手続資料の作成ですか?うらやましいですねぇー。」

「だーかーらー〈パンダ〉って呼ぶなっての!俺の名前は〈ササナカ〉!いくら俺と同じ警部補相当の待遇だからといっても、警察業務に関しては権限がかなり限定されている准警察官なんだから俺のほうが立場が上ってこと、わかってる?それに俺のほうが歳上なんだからもうチョット色々気をつかうとかさあ………」

 笹中透は、右肘をついて頬杖をつき、左手でくるくるとペンを回しながら不満を込めて言い放った。

「いやいやいやいや、気、使っているじゃないですか〜」

 天音佳奈は、椅子にもたれかけていた体をヒョイッと起こして、前のめりになって言った。言葉尻がくいっと上がった調子だ。

「どこが!俺にばっかり仕事を押し付けてるこの現状のどこが気を遣ってるって言うのさ?」

「えー?だってさっき、パンダさんも言ってたじゃないですかー。〈警察業務に関しては准警察官のアタシより権限がある〉んでしょう?アタシは仕事が出来る方に仕事をお任せしているわけですよ。アタシがやるよりパンダさんがやるほうがよっぽど優秀だって思っているからこそですよー。」

「ああ、ああ、そんなお気遣いなんて願い下げだよ………」

 ああ、くそう!と心の中で舌打ちしながら笹中透は続ける。

「はあ………まあ、わかってんだけどね………君の権限では探偵達に捜査依頼をできないってのはさあ………しかし、割にあわない仕事量………どこからでるのかこの大差………」

 正味な話、笹中透が受け持っている仕事の中には、天音佳奈の職務権限でも担当可能なものもある。しかし、結局のところ笹中透ひとりで担当した方が都合が良いのだ。調査依頼から捜査経過報告、調査結果報告という一連のやり取りを円滑に進めるための作業効率を考えると、天音佳奈の介入はかえってそれを損ねてしまうのだ。それを理解しているが故に、やり場のない不満を抱えている。

「まあまあ、その辺は適材適所ってことで仕方ないですねー。担当者がバラけても、調整が面倒くさいですしー。それに、大概の案件は刑事部への捜査協力なんですから、もしアタシに権限があったとしても刑事畑のパンダさんひとりでやった方が都合が………」

「ああー!皆まで言わなくてもわかっとるわ!ってか、俺の呼び名!何度言ったらッ………」

 と、言うやいなや《とぅるるるるる!とぅるるるるる!》と電話が鳴った。

「あーアタシ出ますー。お仕事♪お仕事♪はい、もしもし。こちら特殊犯罪課です。………はい………はい、スピーカーに出しますねー」

 そう言って天音佳奈は電話の出力を受話器からスピーカーに切り替えた。

『ミナトだ。二人共よく聞け。刑事部の抱えている放火死傷事件と、私が目をつけていた連続放火事件案件に連関性がある可能性が高まった。ーーー〈Case:X〉だ。よってこれより、正式に特殊犯罪課として捜査に従事してもらう。私は今からアラカミ………もとい、アライの所に行って捜査依頼をしてくる。その後、課に戻り次第、アマネは私と一緒に他の現場を調査する。到着次第電話をするから、アマネはそれまで待機。あとパンダーーーあー………もとい、ササナカ。オマエは引き続き探偵への捜査協力依頼とその手続き書類の作成及び刑事部の殺人課、放火課から事件の捜査の進捗情報を引き出してこい。あと、過去の捜査資料をさらい出せ。特に失火やボヤ騒ぎに対しての資料だ。新聞記事などオープンソースは探偵に依頼しろ。昔の捜査資料はオマエが当たれ。死ぬ気で見つけろ。以上だ。』

「はーい!わっかりましたー♪準備してお待ちしておりますー(はぁと)」

 と、上機嫌な天音佳奈とは違って笹中透は苦虫を噛み潰した顔をして、

「あの………湊警視………これ、かなり膨大で途方もない仕事なんですけど………」

『そうだな。それがなにか?』

「いや………その………独りでこれをやれ、と………?」

『あたりまえだろう?ウチには課員は三人。アマネは准警察官扱いだから私の同伴が必須だし、アマネの能力が必要なのはわかりきったことだろう?その他の司法警察職員としての仕事を出来るのはオマエしか残ってないだろ。消去法だ。なにか問題か?いつものことだろう?』

 一切の疑問も持たずケロリとそう言い放つ湊葵の発言に笹中透は、しばし呆然としながら言った。

「………デスヨネー………」

 こうして天音佳奈は身支度を整え始め、笹中透は、これからとりかからなければならないであろう膨大な仕事をどう処理するか思案していた。

(こりゃ徹夜仕事だなあ………ハハハ………)

 彼に激務が振られるのはいつものことである。故に満足に睡眠などとれていない。それ故に彼の眼の下にはいつも隈がある。

 ーーーそれ故に上司からすらも〈パンダ〉と呼ばれてしまう彼であった………。


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