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Case:Xに至るまで


   4   Case:Xに至るまで



「先日、放火死傷事件があったのは知っているな?」

 湊葵はそう切り出した。

「その事件に関しては自治警の刑事部が捜査している。夫、妻、娘、息子の四人家族がその放火によって死傷した。生存者は一人。世帯主のヒヤマアキラだ。彼は今も意識不明の重体だが、なんとか一命を取り留められそうだとのことだ。」

 と、ここで、三上香里が茶菓子と紅茶を持って二人に差し出した。「粗茶ですがどうぞ。」とおきまりの台詞。

「ああ、ありがとう。」

 そう言って湊葵は差し出された紅茶に口を付けた。カップに控えめな色のリップがほのかに付いた。そして続ける。

「で、だ。その事件の翌日から放火事件が何件も発生している。そのことはニュースにもなっているから知っているだろう?」

「連続放火の可能性があるんですよね?」

 三上香里が口を開いた。お盆を胸に抱えて湊葵の顔を覗き込みながら続ける。

「最近ずっとそのニュースばっかりで、学校でもみんな不安がってますよ。放火も勿論怖いけど火の用心もしないとねって、みんなで話してます。   それなのにアラッチときたら!」

 そう言って三上香里は荒井総二の机の上に散乱したマッチ棒の束を見て続ける。

「こんなにマッチ棒を山積みにして………そこから発火したらどうするんですか!もう!」

 三上香里がキッと荒井総二を睨む。しかし荒井総二本人は意に介せず、冷静に応える。

「いや、別にマッチ棒だけじゃあ発火なんぞしないんだから危険でも何でもなかろうよ。むかーしむかしの黄燐マッチでもないしよ。それに、百歩譲ってこれでこの事務所が燃えた所でそれは〈失火〉であって〈放火〉じゃあないぜ?問題を取り違えるなよ。問題なのは〈放火〉だ。マッチ棒を机の上に広げようが片付けようが関係ないぜ?」

「確かにそうですけどー………むう………」

 荒井総二に的はずれな問いだと言われて、三上香里はむくれてしまった。お盆で顔を鼻から下まで隠し、唯一覗いた目で不満の視線を荒井総二に向けている。

(そこまで言わなくってもいいのに!放火と失火の違いとかいちいち指摘するなんて大人気ねえ!アラッチ!むう!)

 そんな彼女の様子など意に介さず、荒井は話を続ける。

「放火事件の後、続いた連続火災が〈失火〉でなく〈放火〉である根拠は?それと、俺の仕事の領分に関わる根拠を知りたいんだが………ミナトアオイ警視殿?」

「んぐッ!?」

 三上香里と荒井総二がしゃべっている間、湊葵は茶菓子に手をつけていた。それも、結構な量を一度に口に含んでいた。港葵はすぐに返答しようとしたものの、茶菓子を頬張りすぎてモゴモゴとしか喋れない。クイッと紅茶を飲んで咀嚼、飲み込んで一呼吸し、答えた。

「んっんーん。」

 港葵は咳払いをして続ける。照れ隠しも兼ねているようだ。頬は少し紅潮し、バツの悪そうな恥ずかしげな目線を荒井総二に送り、また、目をそらし、再び眼を合わせた。そして言う。

「連続放火事件の根拠は、最初に話した事件の直後に連続して近辺の住宅並びに廃屋から出火したという事実から類推して、刑事部が関連性を調査し始めたことが発端だ。偶然にしては出来過ぎた事件だからな。その辺は関連性があると踏むのが当たり前だろう?そうでなくても初動捜査においてはあらゆる可能性を吟味しなければならないのはわかっているだろう?」

 さも当然のごとき類推だ。いちいち根拠を説明するのも面倒とばかりに抑揚なく答えた。

「で、だ。ここから先は報道もされていないんだが、放火未遂と思われる案件も決して少なくない数で起こっていてな?」

「〈思われる〉ってなんだよ。曖昧な話だな、おい?」

「まあ、〈思われる〉と、頭につけたのには理由がある。それがまた妙な話で、炎が上がったとの証言があったにも関わらず、いざ近隣住民や消防、探偵が駆けつけても一切燃えた痕跡がないという事案が複数あるんだ。不審な人物の目撃情報もこれといってなし。この件に関しては失火事件じゃあないのか?とも言われているんだが………放火にしろ失火にしろ、物が燃えた痕跡が見つからないらしい。炎の目撃談はあるのにも関わらず、だ。」

 一呼吸置いて、続ける。

「ーーーどうだ?この時点でオマエの仕事にふさわしいものになっているんじゃあないか?アラカ………アライ………。」

 湊葵は、口元に手を当てて、少し咳き込んだふりをしながらそう言い、上目遣いで荒井総二を見た。ぴくぴくと、眉が動いている。

「………ごまかせてねえ。ごまかせてねえよアオイ………」

「ううっ、全く私としたことが………二度も、いや、今日は三度目か………一度目はアマネに………くっ、上司としての面目と昔なじみへのメンツが………!」

 湊葵は右手で膝をたたき、わなわなと震え、本気で悔しがっている。その姿は少し子供っぽく見える。その様子を見ている三上香里は楽しそうだ。むくれた気分も吹き飛んだ様子だ。お盆で隠した口元はニマニマとしっぱなしだ。

「はあ………今更メンツなんぞあっかよう。オマエの最初に覚えたことを引きずる癖と食い意地の悪さは昔からよーく知ってるからもうどうでもいいさ。」

 と、荒井総二は港葵の目の前に出された茶菓子がすっかり空になった様子を見てハハンと笑った。

「ぐっ………」

 名前の言い間違えだけではなく、食い意地に関しても指摘された湊葵は、少し口角を引き、バツの悪い表情になった。普段の人付き合いの中では、名前の言い間違えも、食い意地の悪さも他人に見せない彼女ではあったが………付き合いの長い荒井総二の前だと少し気が緩んでしまうようだ。

 そんな湊葵を見て三上香里またもやニヤけた。そんなふたりの様子など意に介せず、荒井総二は話を続ける。

「でもそれだけじゃあ俺が関わらなきゃあならない事件だって断言するだけの根拠には乏しいな。目撃証言には見間違いもホラ吹きもあるだろうさ?」

 そう言う荒井総二に対して港葵はしっかりと彼の目を見て言った。

「ウチの〈アマネ〉がそう言ったんだよ。複数の事件現場で〈予感〉を読み取っている。さっきも言っただろう?」

「そうだっけか?まあいいさ。ーーー〈天音佳奈〉。特殊犯罪課の虎の子。特殊犯罪に鼻の利く、あの〈嘘憑き〉のお嬢さんか。ああー、じゃあ、まあ殆ど〈アタリ〉だな。それで俺にお鉢が回ってきたってことね………」

 荒井総二は、やれやれと面倒臭そうに頭を掻き、グルングルンと首を回した。

「だから最初にそう言っただろ。全く………オマエは昔から人の話を聞かんな………オマエはすぐ私の欠点についてとやかく言うがオマエも大概だぞ。まあ、それはともかく、アマネのあの能力には信頼性があるからな。そういったものに対峙する機会の多いオマエならその確度はわかりきっているだろう?オマエと彼女は似たもの同士みたいなものじゃあないか?」

「特殊事象に積極的に関わることができるって点では同じかもしれんが、スタンスと在り方がちげえよ。俺は嫌々やってるしな。喰うために割り切ってる。アマネとはだいぶ違うさ」

「そうか?私からしたら同じようなものだが。特殊事犯捜査に関わる身としては羨ましい限りだ………まあいい。とにかく、だ。そういうことでよろしく。」

「体裁上の依頼内容は〈連続放火事件への操作協力依頼〉でよろしいか?」

「ああ、それで頼む。自治警にもそれで通る。さて、私はこれから他の探偵達に細々とした捜査協力依頼をして情報を集めないといけないから失礼するよ。」

 そう言うと湊葵はカップに残っていた紅茶を飲み干し、親指でカップに付いたリップの後を消し、席を立ち、

「それじゃあね。カオリちゃん。」

 と、荒井総二には挨拶もせず、三上香里にのみ言った。ーーー決して仲が悪いというわけではない。荒井総二と港葵の二人は古くからの幼馴染なので、お互いに遠慮がないのだ。ロクに挨拶をしないのもそれ故の事だ。………勿論、性格の迂闊な面が出てしまうのも。

「………ああ、一ついいか?」

 去り際に、湊葵が振り向き、ためらいがちに言った。

「事件現場の警備は統合警備保障に引き継がせることにした。無論、〈紫煙〉の部隊もいる。〈Case:X〉だからな。その辺りの根回しはしておいた。お前が直接このルートで探れば通常捜査より、早期に事を進められると思うが………」

 一瞬、間が空いた。

「ーーー〈紫煙〉ね。アラカミの翁には必要以上に借りを作りたくねえからそいつは遠慮しとくぜ。地道に正規のルートでアプローチするわ。」

「そうか。余計なお世話だったな。すまん。」

「いや、別にいいさ。むしろ、時間をかけちまうことになるから、こっちこそ、だ。」

「いや、急かすのはこっちの都合だ。アラカミ様と距離を取りたいオマエの気持ちをわかっていながら、勧めたのは私のエゴだ。………すまん。」

「ああ、ああ、もういいってよ。オマエが気にするこったねえよ。俺と荒神家の間の問題だ。気にすんな。事を急くのはオマエの警察官としての矜持だ。エゴなんかじゃねえよ。ほれ、さっさと警察官としての仕事を果たしに行け。ほれほれ。」

 その言葉を受け、湊葵は少し困った顔をし、ほんの少し口の端を引き、目を細め複雑な気持ちが入り混じる微笑を浮かべた。そして言う。

「最後に一つだけ。〈鍵〉はなるべく使わない方向で。」

「わーってるよ。俺もアレを使うのはなるべく避けたい。アラカミと紫煙連中がメンドクセーしな。とは言え、ある程度は使える様に準備はしておく。使わないにこしたことはねーが、な?」

「地力がないからなオマエは。」

 ハハンと鼻で笑いながら言った。

「はっ!うるせーや。」

「いやいや、それでも能力のない私と比べれば全然さ。よろしく頼むよ。」

 湊葵はそう言うと、くるりと荒井総二に背中を向け、再び玄関の方へ向かい、出て行った。


   ………


 しばらくは平穏だった。だが、荒井総二に舞い込んできた依頼はひどく彼を悩ませた。めんどくさそうな案件だ。そう彼は思い頭を掻いた。どうか〈嘘憑き〉関連ではなく、楽な〈澱〉程度であって欲しいと心の底から願った。

「〈摂理の鍵〉もあるしできんことはないだろうしなあ。地力でやれるレベルだといいんだが………やっぱり〈摂理の鍵〉の発動条件も一応構築はしておくか。しかしまあ、色々メンドクセーしなあ………」

 湊葵が帰った後、しばらく自分のデスクに腰を据え、これからの捜査予定を考えながら荒井総二はぼやき、三上香里に向かって助手としての仕事を命ずることにした。

「さて、さてさてさてさて、さて。探偵の時間だ!ミカミカオリ助手!君はこれからボヤ騒ぎのあった周辺住民に聞き込みをしたまえ!どんな小さな事でもいい、特に〈噂〉を集めろ!なんかオカルトっぽい〈噂〉だ!むしろ、そっちだ。純然たる事実でなく曖昧模糊としたオカルトじみた〈噂〉を集めたまえ!おそらくはこのケースは〈嘘憑き〉関連ではない。多分単なる〈澱〉の顕現だ!………希望的観測ボソッ。そうに違いない!と、いう訳で調査を頼む!以上!」

 くるりと椅子を回転させて、三上香里に向き直し、ズバッと右手人差し指を指してそう言い放った。

「はい!ミカミカオリ助手、拝命しま………って、えええーっ!なんでまた私が探偵仕事を手伝わなきゃあならないんですかー!?」

 よくできたノリツッコミの如く三上香里が反応した。そして続ける。

「アタシ、ただの女子高生ですよ?助手って言っても仕事内容は事務とか小間使いじゃあないですか!それに三ヶ月くらい助手やってますけど、〈ウソツキ〉とか〈オリ〉とか未だによくわかんないんですけどー!?そんなアタシに何ができるって言うんですかー!?あと、〈希望的観測〉ってなんですか!心の声が漏れてましたよッ!」

 三上香里は、不満をこれでもかと体全体をつかったジェスチャーで表した。小さい体躯で大きなジェスチャーをする姿はとても可愛らしい。パニックに陥った小動物のようだ。しかしそんな必死の抵抗も荒井総二は意にも介さず三上香里に仕事を押し付けた。

「俺は俺でやることがあるのよ。今から自治警に行って事件資料の閲覧許可やらなんやらもらってこないとなんねーし。色々と手続きがめんどくさいのよ。自治警の刑事連中に捜査に同行してもらう算段もつけにゃあならんしよう………それに、俺みたいな怪しい男が聞き込みをするよりも君くらいの可愛い女子高生が聞いたほうが沢山情報が得られるって寸法さね。」

 さらりと〈可愛い〉と言われて不覚にも三上香里は少し照れてしまった。

「かっ、可愛い?アタシやっぱり可愛いですか?」

 やっぱりってなんだよ。と荒井総二は思ったが、うむうむと頷いた。

「そっ、そっかーアタシ可愛いかー。だったら捜査を手伝うのもやぶさかじゃないというかかなんというか………」

 その言葉を聞いて、荒井総二の両目がキラーンと光った。

(しっ、しまった!?)

 そう三上香里が思ったがもう遅い。荒井総二はしっかりと〈手伝う〉という言質をとっている。

「ーーー〈手伝う〉。はい、そのお言葉、頂きマシタワー。」

 平坦だがおどけた調子で、そう言い、更に畳み掛ける。

「約束は違えないのがポリシーなんデスヨネーカオリサーン?自分で言ったことはきちんと守る主義なんデスヨネー?ダヨネー?ソウダヨネー?」

「う、ううっ………」

 三上香里は変なところが真面目だ。自分で言ったことはたとえそれが失言であったとしても、きっちり責任を取るという気質だ。荒井総二は勿論それをわかった上で、言質をとるために引っ掛けたのだった。

「わっ、わっかりました!ミカミカオリ!調査に行ってまいります!」

 もうヤケだ!と言わんばかりにテンションを上げながら三上香里は捜査を手伝うことを宣言した。

 言質をとってニヤリと笑う荒井総二に、しまったという顔を浮かべながらも言ってしまったからには退けないという状況に、お調子者にも程が有るよ私………でも言ってしまったからには………ぐぬぬ………となる三上香里であった。

「まあ、オマエには〈貸し〉があるわけだしな。調査費は普段の助手のバイト代に上乗せしといてやる。その分貸しを返すのも早まるんだから、悪い話じゃあなかろう。」

「ううっ!?」

 三上香里は〈貸し〉という言葉に反応してビクッと体を仰け反らせ、

「ううっ………そうだった………はあー………どうあがいても手伝う運命にあったんですね、アタシ………」

 そう言って、がっくしと肩を落としてうなだれた。そんな三上香里を見て、

(やっぱりコイツ、〈貸し〉のこと忘れてたのかよ………コイツも大概だよなあ………)

 と荒井総二は呆れ果てた。

 ーーーはあ、とため息をひとつ。

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