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天音佳奈の訪問/取調室




   22  天音佳奈の訪問/取調室

  


 天音佳奈の訪問の数時間前、自治警の取調室では、湊葵が青年から事情聴取をしていた。荒井総二と、笹中透が、桧山明の家で保護した青年だ。年齢は、二十代半ば。体格は中肉中背で、どこにでもいる普通の青年だ。

 ーーー青年の名は長瀬孝一。そう、天音佳奈がその能力で読み取った名前   〈アキラとコーイチ〉の〈コーイチ〉である可能性が高い人物なのだ。

「さて、君に聞きたいことがある。いや、むしろ君の方から言いたいことがあるんじゃあないかね?刑事部の人間には言ってない………いや、〈言えない〉不可思議な話が?」

 湊葵はそう言って、長瀬孝一から目線を外さず、じっと見つめたまま椅子に座り、尋ねた。長瀬孝一は、しばらく黙っていたが、俯きがちに、ゆっくりとしゃべりはじめた。

「………はい。信じてもらえないかも知れない、荒唐無稽な話ですが………」

 そう言って、一呼吸置いたあと、湊葵におどおどとした目線を投げかけて続けた。その目からは、不安の色が隠せない。

「夢を………見るんです。あの連続放火事件の発生以来………何度も何度も。子供の頃のこと。本当にあったこと。でも、今の今まで、忘れていた、いや、思い出そうとしていなかった、出来事。本当に、今不可思議で、常識では測れなくて………荒唐無稽で、信じてもらえないかも知れない、頭がおかしいと思われるかも知れませんが………」

「大丈夫だ。そういった案件を取り扱うのが私の所属する部署の仕事だ。君が何を言ってもそれをしっかりと受け止める。さあ話してくれないか?」

 湊葵に促され、長瀬孝一はぽつりぽつりと夢の内容を話しだした。

 

     ◆


「どもどもー♪おひさしぶりですー。カオリちゃん、ハロー♪アラッチさん、ごきげんよう♪」

「おっ、おおー!カナちん!?お、おひさー!」

 朗らかに、底抜けに明るい感じでフランクに話しかけてくる天音佳奈を三上香里は歓迎している。荒井総二から、〈天音佳奈は嘘憑きである〉と教えられ、一瞬、面を喰らったようだが、もう既に、そんなことは頭の片隅に追いやってしまったようだ。二人共お互いの両の手をあわせてキャッキャキャッキャしている。傍から見れば、少し歳の離れた姉妹に見える。荒井総二はその光景を少し渋い顔をして見ていた。

「アイツの使いか。〈嘘憑き〉のアマネちゃん。オマエの仕事は終わったのか?」

「ええ勿論♪」

 天音佳奈は両手を後ろでに回し、微笑みながら、くるりと荒井総二の方に向いた。若干の挑発の意があるような笑顔だ。

「アタシの能力もそうだけど、他の探偵やパンダさんの尽力で事件に進展があったので報告に来ましたー。あ、アオイさんは今、忙しいので代わりに私がお使いってことで来ましたー。アオイさんは少し遅れてから来ますよー♪先に行って説明しとけって言われたのではせ参じた次第ですよー。せっかちさんですよねーアオイさんったら♪」 

「進展か。俺が保護した長瀬孝一の取り調べでも始まったのか?まあいい、じゃあさっさと情報をよこしてはよ帰れ。」

 と、そっけない態度で荒井総二が冷たい言葉を吐いた。

「またまたー♪いっつもアタシに対して当たりが強いんですからー♪アタシ、危険人物じゃありませんよ?」

 そんな荒井総二の態度も全く意に介せず小首をかしげて天音佳奈が答えた。両の口の端を引いてニコリと営業スマイル。

「………俺の立場上〈嘘憑き〉とは敵対することが多くてね。嫌いな訳じゃねえが、〈嘘憑き〉連中とは相性が合わないことが多くてね、警戒は緩められんさ。」

 そう言って荒井総二はマッチを擦り、煙草に火をつける。

「まあまあ、相性が悪いのは仕方ないとしても、情報は必要でしょう?だから聞いてくださいな。アタシの立場もありますしー。手短に行きますから。」

「〈嘘憑き〉もそうだが、オマエの古巣   人工的に〈嘘憑き〉を作る実験をしている組織も嫌いなんだがね?人工レンズの研究   〈匣〉だっけか?   アレも気に食わん。まだオマエも関係してるんじゃないのか?」

「いぃえぇ。アタシはもうあそことは縁を切ったので。まあそうそう関係が切れるとは思っていないので、そう思われても仕方がありませんけどねえ?むしろ、アライさんの方が〈匣〉に関しては縁深いんじゃないですか?アライさんの〈摂理の鍵〉と似通ったところがありますしねえ?」

「あんなもんと一緒にしてもらっちゃあ困るな。ありゃ、災厄しか産まねえよ。最後の最後に希望なんか残りゃしねえ。」

 そう言って、煙草の煙をふうと天音佳奈に向かって吹きかけた。

 ジリジリと荒井総二と天音佳奈の間には見えない力同士が押し合っているような緊張感があった。

 と、ここで三上香里が、

「ちょっと!喧嘩はダーメーでーすーよ!何があるのかわかんないけど、とりあえず、二人共仲良く!よくわかんない専門用語を飛び交わすのも禁止!意味分かんないし!あとアラッチ!ここ!禁煙にするって決めたじゃないですか!はいはい消す消す!んで、カナさんは事件の新情報を。ね、ね、ね?」

 と言ってその場の空気の緊張感を吹き飛ばした。

 あまりにも怒涛の勢いで言われたので、荒井総二も天音佳奈もあっけにとられている。

 一気に崩れた緊張感も相まって、荒井総二も天音佳奈の二人も少し表情が柔和になったようだ。ムードメーカーとしての三上香里の才能が発揮されたのだ。

「あー………禁煙禁煙うっせえなあ………わーったよ………」

 そう言って、荒井総二は煙草の火を消した。

「まあ、ここはカオリちゃんの顔に免じて。じゃ、早速話すとしますか」

 と、天音佳奈が言い、続ける。

「アライさんもわかっているとは思いますが、やはりこの連続放火事件  〈Case:X〉には十数年前の小学生二人による失火事件が鍵になっていることがわかりました。二人の名前も割り出せました。一人はナガセコーイチ。   アライさんとササナカさんが保護した人物ですね。もう一人はニシジマアキラ。ナガセコーイチにあたっては、アオイさんが現在事情聴取を行っている最中です。もう一人のニシジマアキラについては、未だ行方が知れません。彼は過去にボヤ騒ぎを起こして補導されています。コレはササナカさんが確認済みです。」

「ーーーボヤ騒ぎ。どのくらい前の事件だ?」

「十五年前、廃工場のボヤ事件です。」

「十五年前………未解決の連続殺人事件があった頃か。コンドーさんが言ってた、当時の連続放火事件の端緒になったと思われる事件か?」

 荒井総二の問いに、天音佳奈はコクリと頷いた。

「ナガセコーイチとニシジマアキラは、二人の間で〈燃焼実験〉と名づけていた遊びをしていたそうです。まあ、火遊びですね。それがエスカレートして、廃工場が燃えるまでに至るような規模になってしまったとのことです。二人は怖くなって一時逃げ出したものの、すぐに名乗り出て、補導に至ったと。ナガセコーイチについては、事件後も特別何かあったわけではありませんが、ニシジマアキラについては、興味深い関連性がありました。彼は、失火事件後に起きた〈あの〉未解決の連続殺人事件で両親を亡くした少年その人でした。そんな関連性があったが故に、少年の補導歴が連続殺人事件のファイルに捜査資料として付帯されていたのでしょうね。   それ故に、ササナカさんが捜査資料の中から発掘することができた   。アキラ少年のその後については、どこかの養護施設に引き取られたところまではわかっているのですが………それ以上は。」

「アキラ………そういやアレか、発端になった事件の被害者の名前もアキラだったな。そこが連関性か。噂の発生原因のひとつってわけか………ヒヤマアキラの家で、名前を〈呼ばれた〉から呼応して〈澱〉が一時的に活性化したのかもな。俺もいたし、何よりその場にはナガセコーイチもいた。縁者が揃ってたわけだな。」

(しかも〈あの〉連続殺人事件も噂に関わってくるとはな………禍根を残しやがって、まったく………)

「それともうひとつ」

 天音佳奈がそう言って続ける。

「………まあ私見ですが、色々と聞いた感じだと、ニシジマアキラは〈嘘憑き〉である可能性が高いと思います。しかも、〈天然〉の。」

 それを聞いて、荒井総二は、チッ、と舌打ちをした。

「〈天然〉の〈嘘憑き〉かよ。しかも、話によると、パイロキネシス能力の持ち主っぽいな。」

「当時のボヤ騒ぎも、ニシジマアキラのパイロキネシス能力が原因だと思われます。大したソースはありませんが。おそらく、は。」

「なるほどねえ………アキラは〈嘘憑き〉の可能性が高い、か………なら、少年時代の〈アキラ〉が未だに〈澱〉に呼応して残留思念体として顕現するのも頷けるな………それ相応の素養はあるわけだ。………現在は行方不明と言ったな?それほどの〈嘘憑き〉、しかも〈天然もの〉だ。オマエの古巣の組織が身柄を拘束した………ってことは考えられないか?」

 ついいっと、天音佳奈に怜悧な視線を向けながらそう言った。再び両者の間に緊張感が走る。天音佳奈が口を開いた。

「さあ?先程も言いましたけど、アタシはもう組織とは関係ありませんから。」小首を傾げ、片眉を上げ、微笑みながら言い、続ける。「アライさんはアタシが未だに組織に与していると考えているみたいですが、所詮アタシは〈実験台〉ですよ。しかも出来損ないの。まあ、もしアキラという〈天然の〉しかもパイロキネシスという派手な能力を持つ〈嘘憑き〉が実在したとするなら………組織は間違いなく欲しがるでしょうね。〈匣〉による実験で人工的に能力を付与された不完全なアタシとは段違いの価値でしょうからね………」

 天音佳奈は一瞬陰りのある表情を見せたが、三上香里が心配そうな目で見ているのに気づきすぐにその気配を消した。そして続ける。

「〈荒神〉のところの〈紫煙〉連中だって欲しがるんじゃあないですか?そのあたり、縁者であるアライさんはなにか掴んでないんですか?本名〈アラカミ〉さん?ウエじゃあなくてカミの?」

 少し、嫌味を込めて言った。少しばかりの報復。

「さあね。俺もあそことは疎遠にしてるもんでね。」

 とはいえ、切れる縁でもない。天音佳奈の買い言葉が刺さった。

(荒神麾下の〈紫煙〉連中も動いているとは思うが………まあ、必要以上に関わりたくねえ………亜黒先輩との接触程度で十分だ。俺は俺の仕事をするだけだ………)

 荒井総二は、どちらも見ることなく、ひとり、遠い目をしながら、考えをまとめていた。

「………過去の事件の生んだ根も葉もない、いや、あるにはあるが先の放火殺傷事件を発端として、今になって歪んだ形で顕在化した噂………ないといえばない。あるといえばある連関性………そして、〈澱〉を発生させ、活性化させるだけのポテンシャルを持つ〈嘘憑き〉の可能性が高い〈アキラ〉の存在………たとえそれが虚構であろうが真実であろうが俺には関係ない。机上だろうが論理が構築できればな。〈摂理の鍵〉の発動条件はそろったな。」

 そう言って荒井総二は立ち上がった。

「さあ、俺の仕事の時間だ。場所はおそらく………」

「廃工場だ」

 と、玄関の方から声がした。皆が振り返った。湊葵だった。いつの間にか事務所内に入って来ていたらしい。

「場所はナガセコーイチからの聴取と過去の事件報告書を照らしあわせて特定した。オマエの〈摂理の鍵〉発動のための論理構築とやらは終わったか?だったらさっさと行くぞ。」

 そう言うやいなや湊葵は踵を返し、早足で荒井探偵事務所を出ていった。

 一陣の風が吹いたかのような状況に、残された三人はしばしポカーンとして荒井探偵事務所の入り口を見つめていた。そして思う。

(つーか、やっぱりせっかち)

 荒井総二:(だよな………)

 三上香里:(だなあ………)

 天音佳奈:(ですねえ♪)

 と、湊葵以外の三人の心の声が一致した。

 こうして、荒井総二と三上香里と湊葵と天音佳奈の四人は〈Case:X〉を解決するために廃工場へ向かった。


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