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桧山明邸にて



   19  桧山明邸にて



 荒井総二と笹中透は、放火死傷事件の現場である桧山明の家にやってきた。忙しい中、一方的に暇判定され、ブツクサと文句を垂れる笹中透を適当にあしらいながら、荒井総二はなんとか笹中透の同行を勝ち得えたのだった。

 ーーー若干の嘘をついて、だが。

 それ故、笹中透は今、そのとばっちりを受けている。

「はい………はい………すみません。アライさんと捜査をし終わったらすぐに戻って、先ほどの案件の子細を報告します。はい………はい、失礼します。」

 笹中透はそう言って、携帯電話の終話ボタンを押した。はあーあ、と溜息が漏れる。

「おうおう?アオイはなんて言ってた?」

「『さっさと戻って来い!………と言いたいのはやまやまだが、現着してしまったのなら仕方がない。アライに協力しろ。ただし、捜査は迅速に行なえ!』って言ってましたよ………。まったく、アライさん、湊警視から許可をもらったって言ってたじゃあないですか。だからこそ、忙しい中、仕方なくアライさんに同行したってのに………嘘はやめてくださいよ。」

「まあーなんだ、アオイの許可をもらったって言ったのは、なんだ、その場のノリだ。だってオマエ、なかなか首を縦に振りそうになかったんだもんよう。」

 そう言って荒井総二はニヤニヤと笑い、車から降りた。続いて、笹中透も車から降り、ドアを閉めつつ、

「おかしいと思ったんですよ。だって、湊警視は俺に『もうすぐ戻るから資料を探して待機してろ』って言ってたのに、アライさんの捜査に俺を同行させる許可を出すなんて………」

 そう言って、大仰にがっくりと肩を落とした。そんな様子など意に介せず、荒井総二はマイペースを貫く。

「まあまあ、いいじゃねえの。デスクワークばっかで息が詰まってただろ?いい息抜きになるぜ?」

「息抜きの場所が〈殺人現場〉ですか。陰気で仕方ないですよ。息抜きどころか余計に塞ぎますね………」

「おまけに殺風景で、人通りもまったくなしときたもんだ。」

 そう言って、荒井総二は辺りを見回した。桧山明邸の周りには、これといったものがない。住宅街のはずれ、再開発地区にぽつんと一軒だけ建っている。他の土地は未だ手付かずといった様子だ。錆びた鉄杭と紐で囲まれた土地と《FOR SALE》という立て看板だけがある。

「陸の孤島かこりゃ?隣三件程遠い。気味の悪さが加速してるときたもんだ。」

「ああ、そうそう、湊警視からアライさんに伝言です。『今度、今件についてオマエとじっくり話すから覚悟しておけ』って言ってましたよ。」

「うわ、まじか。なんだよめんどくせーなー。つーか、真面目にアオイから受けた依頼を遂行しているだけなのにそれはねえわー。なあササ君?」

 チェっと口をとがらせ荒井総二はそう言った。

「俺に聞かれても知りませんよ。ってか、迷惑しているのは湊警視だけでなくって俺もなんですがね………。」

「まあまあいいじゃないの。ほれ、さっさと捜査をしちまおう。早くオマエを返さないと、また余計にワーワー言われそうだ。」

「ま、そうですね、さっさと終わらせちゃいましょう。日も暮れようとしてますしね。」

 そう言って、笹中透は腕時計に目をやった。時刻は十八時を過ぎている。

(許可を取ってないのはまあ予想どおりではあったけれども、仕事が山積しているというのに、無駄足とも思えるような、徒労に終わりそうな現場検証をしなければならないというのも、な………)

 笹中透は、あーあ、と投げやりになりたくもあったが、ここまで来たからには仕方ない。荒井総二と笹中透は、《KEEP OUT》と書かれた黄色のテープをくぐり、事件現場に足を踏み入れた。


     ◆


「えーっと、この先が桧山明さんの家か」

 捜査会議と言う名のカラオケ大会が終わった次の日、早速アタシは利奈ちゃんが教えてくれた桧山明さんの家に現場検証をしに来てみた。このへん、土地勘無いんだよなあ。利奈ちゃんに案内してもらおうかとも思ったけど、なんか危ないことがあったらいけないし。余計なことに巻き込みたくないから何とかひとりでここまでやってきた。

 腕時計を見ると、もう五時を過ぎてた。うわ、割とかかったなあ。やっぱ土地勘ないとだめだね。学校からもそんな遠くないのにだいぶ時間がかかっちゃった。

 空は………まだ明るい。真っ青だ。もうすぐ夏だしねー。夕焼け色になるにはまだ時間がある。つってももう五時半近いじゃん。あんまり遅くなると危ないしなあ………。アラッチも「危険なことはするな」って言ってるし。(じゃあ捜査をアタシに頼むなっつーの!って思ったけど、うむ、借金返済のためだった………仕方あるまい………ぐぬぬ………)

 でもまあ、一応探偵助手ですから、アラッチに頼まれてない調査だってしたくなるもんですよ。

 あの後、皆から集めた噂をアラッチに伝えたら、アラッチからは「オーケーオーケー。カオリのお仕事これにて終ー了ー。ご苦労さんでしたー」って返されたけど、なんというか、事件に半端に関わっている感というか、適当な所で事件捜査から退場させられてる感があってちょっと寂しいというか腹が立つ。

 せっかく探偵助手として仕事してるんだからさあ、必要な情報が得られたらもうお払い箱ってひどくない?

 だからアタシは自主的にこの事件にもうちょっと関わろうと決めたの。ちょうど利奈ちゃんから桧山明さんの家の住所を手に入れたことだしね。現場を見ておくのも重要だと思うのよ。いや、まあ、殺人現場なので、あまり長居はしたくはないんだけどね………まあちょろっと外観だけでも見ておくってのも大事かなあと………ね?

 勿論、アラッチには内緒だ。バレたら多分………どやされる。

 アタシの身を案じて?いやいやいやいやいや。そうじゃあない。

 アラッチの最大の感心事はアタシのママだ。つまり、アタシの身の危険よりも、それによって心配をかけることになるアタシのママに対する気持ちが先行するんだよ!きっと、「ミサトサンガー!ミサトサンガー!」って言うに間違いない。うちのママに心配かけたくないって輩だからね!初恋の相手だからっつっても引きずり過ぎだっつーの。それに、もう結婚してるんだから諦めろっつーか、もう未練タラタラで嫌んなるねえ………まったく、アラッチときたら………。

 っと、そんなことを考えてたら桧山明さんの家が見えてきた。次の角を曲がった先にあるね。でももう見える。とりあえず、この角からこっそり見てみよう。直接、家の前まで行くのはちょっと怖いし。

 アタシは角に立っている電柱にピタッと張り付きながら桧山明さんの家の様子を伺った。張り込み中の刑事みたいだな、アタシ。アンパンと牛乳がほしい。………いや、そんな冗談考えてる場合じゃあ無いや。しっかりしろ、アタシ。事件の捜査なんだから。

 電柱の影から顔だけ突き出して、じーっと観察してみる。ーーー人通りはなし、と。

 周りにも家がないというか、ぽつんと一軒だけあるって感じ。遠いわぁ。更地ばっかりだし。住宅地の中心から離れたところだしなあ。街灯も少ない感じ。夜になったら結構暗いんじゃあないかなあ………?見張りの人は………居ないや。自治警の警察官じゃあなくて、警備会社の警備員がやってたんだっけ?アラッチなんて言ってたっけな?統合警備保障だったかな?まあいいや、誰でも。見張りの人が居ないのは、まあ、事件から一週間は経ってるし、当然か。もう現場検証も終わっちゃってるだろうし。無駄な人手は割きたくないんだろうねきっと。

 建物の方に目を向けてみる。

 うわあ、まっくろだ。コゲコゲだね。もう事件から一週間以上経ってるのに、まだ焦げ臭い。風向きもあるんだろうけど、ここまで伝わってくる。それだけいっぱい燃えたってことなのかなあ?

 でも、建物はしっかり残ってる。頑丈だなあ………鉄筋コンクリートの打ちっぱなしって感じ?なんか要塞みたいだなあ。すっげえでかいし………金持ちってか成金御殿だな。塀も高めだ。アタシの身長よりちょこっと高い感じ。でも、アラッチの背よりは低いかな?ここからだと、中の様子がさっぱり見えないや。だいぶ距離があるし。近くに行っても見えなさそうな感じだけど。

 立地もそうだけど、もともと、あんまり近所の人も通らないっていうか、近寄らない雰囲気はあるよね。ちょっと怖い感じ。まあ、桧山明さんの会社はマフィア絡みだって皆から集めた噂にはあったし、近所の人も、それをわかってて、あまり近づかないようにしてたのかなーとか思う。

 ニュースによると、消火活動と救助活動がすごく迅速に行われたみたい。建物が崩れてないのもその御蔭かなあ?その御蔭で、桧山明さんは、全身に大やけどを負いながらも何とか一命はとりとめているみたい。まあ、〈重体〉って報道されていて、まだ〈死亡〉って報道されてないだけだからまだ助かるのかわからない感じだけど………。運がいいのか悪いのか………うーん………でも、奥さんと子供を亡くされてるんだよね………でも、そもそもマフィア絡みの仕事に就いたのが悪いわけで…………うーん………。うん?

 なんか動いた!塀の中に誰か居る。なんか頭っぽいのが見えたぞ!慌てて、ささっと頭を引っ込める。心臓がバクバクする!うわーなんだろう!なんだろう!誰誰誰?警察の人?現場検証?でもでも………。

 そーっと、電柱の影から顔を出して様子をうかがってみる。通りには相変わらず人影はない。それに、車とかも見当たらない。警察の人だったら捜査車両があるよね?うーん………もしかして………〈幽霊〉とか?いやいやいやいや。それは嫌だ。うわー。

 ーーーでも気になる。確かめなくっちゃ、アレがなんなのか?を。怖いけど、探偵助手ですし。そういえば、皆から集めた噂の中に、変な男の人がふらついてるっていうのがあったっけ。ーーー〈ひょこひょこ男〉。ニシジマさん?………やっぱ幽霊?麻衣ちゃんが言ってたみたいに?いや、探偵?物好き?やっぱニシジマさん?………もしかしたら犯人?犯人は現場に戻るって言うし………こわ………やっぱ行くのやめ………。

 ーーーいや、気になる。すっごく気になる。そりゃ、怖いけど………それにせっかくここまで来たんだし………いざとなれば、大声出せば大丈夫だよね?近所の人も多分、事件以降はいろいろ警戒しているだろうし………。ううう、好奇心が恐怖に勝るよう………アタシの悪い癖………ううう………。

 ーーーよし、行こう。

 アタシは覚悟を決めて、電柱をパシンっと叩いて、気合を入れて、でもこっそりと桧山明さんの家に近づいていった。 

 

     ◆


 放火死傷事件が起きた桧山明邸は、地下一階二階建ての鉄筋家屋だ。そのため、家中に大量の灯油が撒かれていたものの、燃えたのは桧山明の家族の遺体と調度品と内装だけであった。消防士達の迅速かつ勇敢な消火活動と救助活動により、全焼は免れ、桧山明は行きも絶え絶えになりながらも生還できたのだ。荒井総二達の眼の前にある建物の形はしっかりと残っている。暮れゆく夕焼けの紫を背景に、灰色のそれは重々しくそこにある。事件初期には立番の警察官と警備員もいたが今はいない。

「おじゃましまーすっと。」

 荒井総二はそう言うと、ビリッビリっと、《KEEP OUT》と書かれたテープをひきちぎり玄関から屋内に入った。

「ちょっと!荒井さん!」

 その様子を見て笹中透が声をかけるが、荒井総二は気にも止めず、

「うっわ、焦げくせーな。まだこんなに臭うのかよ。一張羅に染み付いちまうくらいじゃねえの。」

 と言い、ずんずんと進んでいく。

「まったくもう………」

 笹中透はそう呟くと、乱雑にちぎられたテープを片し始めた。

 警察による現場検証は既に終わっているのだ。今更、現場保存など、ましてや、テープなど剥がした所で何の問題もありようがない。探偵である荒井総二に現場検証の許可が出た時点で、ここにはもう価値がないと判断が下されているのだ。それは笹中透にもわかっている。しかし、あまりにも雑過ぎると、笹中透は感じ、思わず声をかけたのだった。

(さて、と。どっから見たもんかねえ………)

 荒井総二は、暗闇に目を凝らした。

 あたり一面黒焦げで、モノトーンの世界に入り込んだように思えた。焦げ臭い匂いが漂う。夕暮れ近くという時間帯も相まってか、屋内は真っ暗だ。荒井総二はペンライトを取り出し、あたりを照らした。事件後、一週間は経っているため、放水車が撒いた水は既に乾いているだろうと思ったが、ところどころに水が貯まっている。

 ああ、こんなことならもっと汚れてもいい服と靴にしてくるんだったなあと思いつつ、荒井総二は、チャッカブーツとスラックスの裾を濡らさないように足元に気を付けながら奥に進み、モノトーンの世界に目を凝らす。目の前に階段と奥に続く廊下が見える。とりあえず、二階は後回しにして、奥の方に向かった。リビングだ。床をみやり、しばらく立ち尽くしていると、笹中透が声を掛けた。

「機捜と鑑識の速報によれば、犯人はまず、このリビングに侵入したそうです。アルミサッシのガラスを割って侵入、その後、二階にあがり、桧山明を除く一家全員を殺害。そして灯油を撒き、放火して逃亡。そんなところだろうとのことです。」

「おお、ササ君。近づいてるのわからんかったわ。いきなし声がしたんでびっくりだ。足音殺すとは中々やるね、君。」

「そんなんじゃないですよ。この家は防音性が高い構造なんだそうです。故に難燃性も持ちあわせていたそうで。桧山明氏がなんとか一命を取り留めた一因でもあるそうです。」

「へえ………」

 そう言うと、荒井総二は、笹中透をじっと見つめた。笹中透は目線を逸らさず、見つめ返した。しばしの間、沈黙が場を支配した。と、荒井総二のほうが、先に目線を外し、

「なるへそ。どうりでなんか音の反響が変っつうか、くぐもった感じがしたわけだ。」

 と言い、ぐるりとあたりを見渡しはじめた。その様子を見て、笹中透は、

(防音性が高い建物だということは事実だが、俺が足音を殺していたのも事実だ。危ない危ない………スパイ教育の賜物とはいえ、気をつけないとな………)

 と、自らの無意識の所作を反省し、気を引き締めた。

 荒井総二が声を掛ける。

「ササ君。ちっと手伝ってくれ。ちゃんと確かめたい。」

 荒井総二は、笹中透に指示し、あちこちの床や壁をつま先や拳で小突いたり叩かせたりさせ、どれほどの程度音が遮断されるのかを確認した。

「………なるほど。隣の部屋どころか、廊下を歩く音すら聞こえづらいな。どんな趣味だよ。金持ちの道楽か?薄壁で音が聞こえるのが貧乏臭くて嫌だとかそんなんか?隣三件からも離れてるしよう。なんなの?この家?ヒヤマアキラ氏の成金趣味け?ササ君はどう思うよ?」

「さあ?そこまでは。僕の印象ですか?………まあ要塞みたいな家ではありますね。外見もそうですが、一部屋一部屋の隔離性が高い奇妙な家ですね。互いの生活音すらわからないような、そんな印象ですね。」

 そういうと、笹中透は背広の内ポケットから桧山明邸の簡単な見取り図を取り出し、広げ、荒井総二に見せながら言う。

「部屋数は多く、壁も厚い。一階にも二階にもキッチン・バスルームが備え付けられていて独立している。二世帯住宅みたいな構造でもありますね。高級オーディオ室もあれば、シアター室、来賓室やゲストルームもある。こんな豪邸、そうそう見ないですよ。食客も多分に居たのかも知れませんね。桧山明の経営している会社の背景が背景ですから、当然その筋の…………。」

「要塞じみた外見と構造ってのは、桧山明の心の現れかねえ?自分の経営している会社の大本のマフィアに対する恐怖というか、それから身を守りたい心理の現れというか………なんかそんな印象だねえ………」

 荒井総二は見取り図を見ながらそう呟き、あたりをぐるりと見回し、言う。

「ふーむ………こんな構造の家じゃあ、不審者が侵入しても誰も気付かんわなあ………そういやこの家、警備会社と契約してたそうじゃないの?まっさか〈統警〉じゃあねよなあ?警報装置は鳴らなかったのか?」

「警報装置は無効化されていたそうです。それと、実行犯は少なくとも三人はいると刑事部は踏んでいるようです。実際に人を殺し、放火した者の他に、警報装置を無効化した者と、灯油を用意した者がいると考えているそうです。近所の不審人物の目撃証言を統合すると、そういう結論に至ったようで。後、勿論、〈統合警備保障〉ではないですよ。ウチの大手取引相手ですし、事件後の警備も担当していますしね。荒井さんもそのぐらい知ってるでしょう?」

 何を今さら分かりきったことを聞くのだこの人は。と言った様子で、笹中透は怪訝な表情を浮かべ、そう言った。

「おう、わかっとる。まあ、統警云々は冗談だ。アラカミの爺様がこんなチンケなヘマするわけねえしな。何かの間違いで絡んでたとしたら、あっちゅうまに圧力かけて、捜査打ち切りにしちまうわな。因果な土地だよ、全く。」

 ははっと、皮肉がこもった笑いを口から漏らして、続ける。

「まあしかしなんだ。警備会社と警報装置への過信が仇となって、誰に気づかれることもなく、桧山明一家は襲われたってわけか………金持ちってのも考えもんだな。ダーティな稼業のソレはよう。小市民が一番だわ………にしても、ササ君。よう知っとるなあ。公安部なのに、ようそんな速報手に入れたもんだね。」

「まあ、蛇の道は蛇とまでは言いませんが、一応刑事畑出身ですので。それなりにツテは。オフレコですよ。」

「わーってるって。詮索もしませんことよ。蛇だけに、やぶ蛇がこわいこわい。」

 飄々とした調子で、その場にしゃがみこみながら振り返りもせず、荒井総二が言った。

 事件直後、刑事部が集めた目撃証言には、めぼしい不審人物の目撃証言はなかった。しかし、それでも数少ない目撃証言や、あたりの監視カメラの映像を精査した結果、少なくとも実行犯は三人はいるであろうと予測できた。

 単独で実行するには、やることと、必要なスキルが多すぎる。警報装置を無効化する能力、灯油の入ったポリタンクを複数敷地内に持ち込む能力、人知れず目標に近づき殺す能力………全てのことをひとりで一度にやろうとすればどうしても時間が掛かり、人の目に触れる時間が増える。また、複数人で同時に実行したとしても、団体は個人より目立つ。それ故に、殺人課は、実行犯は少なくとも三人以上いるが、それぞれ単独で割り当てられた仕事をした可能性が高いと踏んでいる。

 ーーー素人ではなく、プロの犯行ということだ。しかも高度に分業化された、プロ中のプロの仕事だ。そして、それだけの人員を扱えるということは、それ相応の規模の組織が関連しているということを意味する。

(うーん………予想は付いてたとはいえ、コレはなあ………関わりたくねえ………)

 この事件の背景には確実にでかい組織とそれ相当の巨額の金が動いている。下手に事件に首を突っ込みすぎると、自分の仕事の領分を越えて面倒なことになる可能性が高い。あくまで、自分の仕事の領分は放火事件の調査なのだ。身の危険が増す事態は避けたい。

(あー………かと言って、〈嘘憑き〉方面から攻めるのもなあ。〈摂理の鍵〉はなるべくつかいたくねえし………)

 荒井総二は、そう考えながら、笹中透に話しかける。

「んー………俺の捜査とウチの助手が集めた情報によるとだねえ、ヒヤマアキラの経営する産廃業者のバックについているマフィアは、結構な規模のとこの末端組織だそうじゃない?犯行のプロさ加減と派手な殺し方を考えると   まあ、主目的のヒヤマアキラはまだ死んでないそうだけど   なんらかのトラブルがあって、この事件に至ったって感じだなあ。その辺どうなの?」

「まあ、おおよそ、荒井さんの予想しているような展開でして。捜査初期の段階から刑事部はその線で事件の捜査を進めていたそうです。現在は、県警の捜査四課と協力して、桧山明の経営する会社及び、関連するマフィアの事務所へ家宅捜索に入る準備もしているそうですよ。………まあ、〈手後れ〉でしょうけど。」

「なるほどねえ………色々繋がってきてるなあ………強い親分を持つ子分が暴走して、自分の舎弟に必要以上に派手な制裁を加えっちまったって感じだな。それも、その強い親分のツテを使って、だ。子分も今頃事の重大さに気づいて、親分に懇願してんのかねえ………まあ、〈消されてる〉ーーーそれも、静かにひっそりとだーーー可能性のほうが高いだろうが。ササ君の言うとおり、〈手後れ〉だろうな………ってかもう、初期段階からある程度目星がついてたんじゃん。コンドーさんも教えてくれればいいのに」

「あー………わかっているとは思いますが、俺が荒井さんに捜査の進捗状況を教えているのは本来、違法ですからね。湊警視から協力を惜しむなと言われているから違法と知りつつ教えているわけで………これもオフレコですよ。」

「わーってるよ。ありがたく思ってるって。ってか、コンドーさんも俺が連続放火事件とボヤ騒ぎじゃなくて、この放火死傷事件に、しかも刑事部の依頼だったら普通にオフレコで教えてくれたと思ってなあ。立場と関係性で、対応が変わるのはなーんか寂しいねえ………」

 荒井総二はそう言いながら立ち上がり、少しずれた帽子をかぶり直した。その様子を見ながら、笹中透が言った。

「そうだ、そこ、そこが気になってたんですよ。立場というか捜査の領分というか。荒井さんは僕たちの捜査依頼ーーー〈連続放火事件とボヤ騒ぎ〉ーーーに関しての捜査をしているんですよね?それなのに何故この〈放火死傷事件〉の現場を捜査しに来たんです?周るなら、連続放火事件現場とボヤ騒ぎのあった場所でしょう?」

「んー………まあ、なんつうかなあ………」

 荒井総二は少し考え、一呼吸置いてから続けた。

「たしかに俺は〈連続放火事件とボヤ騒ぎ〉について調べるように依頼を受けた。だったらその事件を重点的に調べるのは道理だ。しかしな?アオイが俺に求める捜査はそんなもんじゃねえんだよ。」

「と、言いますと?」

「ーーー〈特殊犯罪〉。オマエの所属している課が扱う犯罪の解決だよ。普通の捜査じゃダメなんだ。解決するためには、その起因となった事象を調べる必要がある。その起因となった事象ってのが、この〈放火死傷事件〉である可能性が高いんだよ。だからこうして調べてんだよ。メンドクセーけどな。徒労に終わるかもしんねーしな。ああメンドクセー………」

 そうだ、この男は天音佳奈と同じ〈超能力者〉である可能性が高いのだ。笹中透は考える。

ーーー特殊犯罪課を支える人物は、天音佳奈だけではない。この男、荒井総二も重要人物なのだ。笹中透が、いやいやながらも荒井総二の捜査に同行したのは、荒井総二のことを調べるといった目的もあった。天音佳奈の情報は、探ろうとしても湊葵によって阻止される。ーーー天音佳奈と組んで捜査することも許されないのが現状であるしーーー天音佳奈が超能力を持っていることは知っているが、それを実感する機会はなく、実証する機会もない。サイコメトリー能力といったか………。現時点では笹中透にとっては眉唾ものだ。報告するまでに至っていない。

 この男にも、天音佳奈のような能力があるのだろうか?サイコメトリーとかいう能力みたいなものが?   さっぱり意味がわからない。しかし、湊葵は彼を重用している………昔なじみだからか?否、湊葵はそんな理由で人を重用する人物ではない。目的にかなった人物だからだ。

 湊葵の目的。すなわち〈特殊犯罪〉の解決だ。特殊犯罪とは?未だに定義が不明だ。超常的な現象による犯罪の解決とも聞いた。超常的な現象?幽霊でもいるというのか?取り殺されるとか?アホらしい。そもそもそれは犯罪たりうるのか?それに………

「おい、ササ君?何考えこんでるんだよ?顔が怖いぞ。謀でも考えてんのかー?はははー。」

 荒井総二に声をかけられて、笹中透は我に返った。思考を巡らせすぎて、ドツボにはまっていたようだ。ポーズを崩してしまった。愚直な警察官というポーズを。ーーーこれではいけない。探りを入れていかなくては。

「荒井さん。あなたは一体、何について調べているんですか?そして何をどういう手段で解決しようとしているんですか?あなたの捜査は、僕や刑事部の連中がやることとズレている。捜査の焦点を絞らず、ひたすらに可能性を押し広げて、無限とも思える、パラノイア的にも思える連関性を追い求めているように見えます………一体あなたは何を………?」

 その問いに、荒井総二は、

「まあ、『アオイに聞け。』と、言いたいところだが………まあ既に聞いては見たものの、教えてくれないって感じだな。そうだな………アイツがオマエに教えないのなら俺も何も言う必要はないし、そうしてきたんだが………んー………まあ暇つぶしにはなるか………」

 一呼吸置いて、言った。

「ササ君。君、〈オカルト〉を信じるかい?」


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