探偵・荒井総二と刑事・近藤定清
14 探偵・荒井総二と刑事・近藤定清
天音佳奈が桧山明宅から残留思念を読み取ったことにより、名護屋市自治体警察公安部特殊犯罪課は正式に〈Case:X〉の捜査に着手した。課長である湊葵警視からの捜査協力依頼を受けた探偵の荒井総二は、自治警にやってきた。目的は、捜査協力依頼を受けた当該事件の捜査資料の閲覧である。捜査協力を依頼されてから、三日経っていた。
今の今まで遊んでいたというわけではない。湊葵から捜査協力依頼を受けた翌日には〈紫煙〉の亜黒清志郎に、即日コンタクトを取り、捜査の端緒を探していたのだから。
荒井総二は乙種探偵として許される範囲で独自に捜査をしてきた。だが、いかんせんめぼしい情報は入ってこない。
乙種探偵には、法執行機関からの依頼から数日経たなければ、捜査資料の閲覧許可が正式に降りないといった事情もある。故に、法執行機関に属する特殊犯罪課の面々と比べて、捜査資料を閲覧する時期がどうしても遅れてしまうのだ。
荒井総二は、乙種探偵免状の保持者である。従来の許可制から、免許制に変わった探偵業は、その事業者数をぐんと減らしたものの、民事事件だけではなく、刑事事件の捜査にも関わるようになった。その在り方はアメリカの私立探偵制度や賞金稼ぎに似ている。彼ら免許保持者には銃火器の携帯も認められ、法執行機関の捜査協力依頼や、裁判所の命令があれば、法執行機関に属する法執行者と同等の権限を持ちながら捜査ができるようになった。
しかしながら、現時点で、単独で、法執行機関と同等の法的な裏付けを持つ捜査権限を持つことが許されているのは甲種探偵免状保持者のみであり、全探偵の中でも極わずかしか存在しない。荒井総二のような乙種探偵免状保持者や、それより下位の丙種探偵免状保持者が刑事事件の捜査に関わるケースは、未解決事件の私的捜査、もしくは、継続中の事件において、法執行機関に属する法執行者の捜査協力依頼を受け、法執行者の同行、管理の下、事件捜査に協力するといったケースがほとんどである。また、乙種以下の探偵免状保持者には、捜査資料の閲覧に制限がかけられている。閲覧可能になる時期と、閲覧可能な捜査資料のレベルに制限がかけられているのだ。
名護屋市自治体警察公安部特殊犯罪課から捜査協力依頼を受けた荒井総二は、すぐさま捜査資料閲覧許可申請をし、三日経った本日、ようやく、正式に捜査資料の閲覧許可が下りたため、自治警に顔を出したのだった。
「どうもどうもー」
そう言って荒井総二は警察署の入り口に立つ立番の警官に軽く会釈をした。それに応えるように、立番の警官が軽く眉を動かした。既にこの署で働く者のほとんどとは顔見知りである。特に、刑事部の人間とは馴染み深い。
何故なら、湊葵が統括する公安部特殊犯罪課と専属契約を締結する以前から自治警の刑事部の捜査に協力をしていたからである。信用という意味では、荒井総二はほぼ顔パスで通れるほどである。通常求められる身分証の提示もそこそこに、荒井総二は入り口を通過し、エントランスに入り、受付に向かっていった。階上にある各部のフロアに行くには、入館許可証を発行してもらわなければならない。
銃器を携帯している場合、この受付に預けることになっているが、荒井総二は滅多なことでは銃器を携帯することはない。そのことは、受付の課員もよくわかっている。二、三言葉を交わし、儀礼的な身体検査をした後、三階にある刑事部へ向かった。
刑事部の入るフロアに入ると、殺人課と放火課の捜査員はほとんど出払っていた。その他の課の少しばかりの刑事の他には、事務職員と管理職の者しか居なかった。普段から立ち込めている煙草の煙は少なく、ところどころに染み付いたヤニの匂いがわずかに感じられるだけであった。
荒井総二は、それらの人々に目配せと軽い会釈をしながら、すすすっと、ごちゃごちゃしたデスクの間を通りぬけ、お目当ての人物を探し当てた。
その男は、最奥のデスクにどかっと座り、煙草を吸いながら新聞を読んでいた。顔は新聞で隠れて見えない。荒井総二の姿は見えるはずもない。荒井総二はそう思って、声をかけようとすると、
「おう、アライか。まあ、適当に座れや。」
と、先に声をかけられた。荒井総二はお手上げと言った感じで両手を上げて言う。
「なんだ、気づいてたんすか。だったら顔くらい覗かせて、先に挨拶してくれてもよかったじゃあないすか。そんなに面白い記事でもあったんすか?」
「面白かぁねえが………オメエのつまんねえ顔よりはマシな程度だヨ。」
「あらっ?そんなご無体な」
荒井総二はそう言い、かくっと膝を崩し、おどけた。そして続ける。
「………今回も、足音を殺して近づいて見たんですけどね。コンドー警部殿は相変わらず耳がいいですなあ」
よっこらせと、手近にあった空いているデスクの椅子を引き寄せ、座りつつ荒井総二は言った。椅子の高さがしっくりこないのか、キコキコとレバーで高さを調整している。
「俺を欺こうなんぞ、百年早いわ。それにな、耳が良いってわけでもねえ。〈気配〉だ。いくらオメエが足音を殺して死角から近づこうが、俺にはわかる。」
「刑事の〈勘〉、ってやつっすか。」
「だな、〈勘〉、だ。それに………」
ようやく、新聞から目線を離し、荒井総二の顔を見ながら続ける。
「オメエは〈別格〉だ。ヤベエ匂いがプンプンしやがる。〈異常〉だ。俺が常日頃相手しとる奴らとはまた違う。奴らは所詮人間だ。どんなにイカれているように見える犯罪者でもな。皆、何処かに〈理〉がある。しかしオメエにはソレがない。ソコだ。あまり関わりあいになりたくない類の輩だ。俺の頭の中で危険信号がファンファン鳴って知らせてくれてんだヨ。」
そう言って近藤定清はこめかみをトントンと叩き、ニヤリと笑った。
「関わりになりたくないなんてまた殺生な。もう長いこと刑事部の捜査協力もしてきたじゃないすか。」
そう言って、荒井総二は両手を上げて戯けてみせた。
「はっ!好きで依頼してるんじゃねえヨ。組織の再編以来、人材不足だから仕方なく使ってんだヨ。まったく、自治警が民間との第三セクター母体になってから無駄な人材のカットだなんだといって新規の警官の正採用数も減らしやがって………探偵がのさばる嫌な時代だヨ。刑事と探偵をバディにして捜査に投入せなならんほどにだ。世も末だ。それにオメエは今じゃあ公安のネーちゃんのとこの専属じゃねえかヨ。コッチ来んなヨ。」
「まあまあ、そう言わず。時代の流れっすわ、仕方ないっすよ。『お仕事お仕事』」
ヘラヘラとした調子でそう言い、続ける。
「それに俺も出来れば公安の専属契約はやめて、また、刑事部と専属契約できたらなーって思ってるんすから。優秀な、コンドー警部麾下の精鋭と一緒に仕事したいっす。」
「『お仕事お仕事』で割り切れるもんじゃあねえヨ、阿呆が。ったくよう………あと、おべっかはいらねえヨ。オメエが戻らんでも回せとるわ。」
「そんな殺生な。」
「殺生も何もねえヨ。むしろアラカミからのせっつきがなくてせいせいしとるわ。ったく………面倒な奴だよ、オメエは………」
近藤定清は、ちらと、上目遣いで老眼鏡のレンズの外に目線をやり、荒井総二を見た。首を捻り、コキリと鳴らし、後ろに撫で付けた髪を撫でながら続ける。
「そういや、なんだ、今日はアレだろ?公安部の特殊犯罪課のネーちゃんの依頼できたんだろ?話は聞いとる。」
「ミナト警視から話が行ってるんすね。じゃあここまで無碍にしなくても………まあいいすわ………。なら話が早いっすね。今回、湊警視から連続放火事件の捜査協力依頼を受けましてね。その捜査のために、先日起きた放火死傷事件についての捜査資料を閲覧したく、馳せ参じたわけですわ。」
近藤定清は、ぶふうーっと息をつく。煙草の煙が鼻から勢い良く噴出された。
「なんで公安のネーちゃんの依頼したもんに、刑事部が協力せにゃならんのかねえ………忌々しいアラカミの力か。それとも時代か………。事件の捜査に部署も何もかも専門化して当たるには昨今の事件はあまりにカテゴライズ不能ってことかねえ………」
俺もロートルか。近藤定清はそう思いつつ、続けた。
「まあなんでもいいか。あいつらにゃあ、小間使いもさせてるしな。割に合わないギブアンドテイクだが仕方ねえ。資料閲覧室までついてこい。俺が直々に同行してやらあ。長引かせねえぞ。さっさと終わらせるぞ。俺も自前の捜査指揮で忙しいんだからヨ。」
………
四十五分後。事件資料の閲覧を終え、近藤定清と荒井総二が資料閲覧室から出てきた。まだ件の放火死傷事件が発生して一週間も経っていないせいもあって、大した捜査資料は作成されておらず、鑑識と機捜による初動捜査によって得られた実況見分にひと通り目を通すくらいしかできなかった。
近藤定清が「さっさと閲覧を終わらせろ、阿呆が!」と荒井総二にプレッシャーをかけ続けたというのもある。捜査資料を探偵に閲覧させる場合は、必ず、警部補以上の権限を持つ警察官が立ち会わなければならないからだ。探偵が捜査資料を閲覧している間、警察官は暇同然であり、時間の無駄遣いだと考えているからだ。
「ん?なんだ?大して情報を得られなかったって顔してやがるな。当然だ。まだホヤホヤの事件だ。熱くてまだ触れたもんじゃあねえ。アツアツすぎて手の皮の厚い俺達ですら、まだしかとつかめねえ。目下、俺の部下が鋭意捜査中の案件だ。東奔西走休みなしヨ。後から首を突っ込んだ探偵が、楽して得られる情報なんぞないに等しいわ、阿呆が。」
「まあそうなんすけどねえ………これもお仕事っすから。捜査権限の多寡はどうにも………」
「そんな程度で金をもらってんだから困ったもんだヨ、全く。ミナトのネーちゃんもなんとかならんのかね?ちょいちょいこっちの仕事に首を突っ込んで来よる。階級はあっちが上でも、この自治警の役職では俺のほうが上だってのにヨ。公安部の特別機関だか知らねえが、国警もわけわからんもんを押し付けよってからに………」
そう言って近藤定清はブツブツと愚痴を言い始めた。
「ーーー戦後、アメちゃん流の法執行機関モデルが組み込まれてからごちゃごちゃしちまって仕方ねえ。日本はテメエの国と違って連邦国家じゃねえってんだヨ、ったく………。土台無理な話だってんだ。この国にゃあ、自治体警察なんて都道府県レベルで十分だってんだヨ。それに国家警察があれば十分だってのにヨぉ。それに奴ら、この国の統治の構造すら理解してねえ。祭祀王としての帝と神託を授かる毘売の違いと、行政・政治機構としての民草という構図を理解してねえヤンキー共が手前勝手な政策を日本に押し付けやがるからこんな面倒なことにヨぉ………」
近藤定清の愚痴は止まらない。その様子を見て、荒井総二は、まずいことになったと思った。近藤貞清がこの愚痴展開モードに入ってしまうと、荒井総司にも飛び火が移る可能性が高い。
(コンドーサンがこのモードにに入っちまっったら俺にもバチかぶる可能性アリアリだわ………)
ここで、近藤貞清の機嫌を損ねると、今後の捜査協力にも影響しそうだ。そう思うと聞き流すわけにもいかない。愚痴の相手でもしようか。ご機嫌取りになれば得であろうし………。
荒井総司二はそう考え、とりあえず合いの手を入れることにした。
「まあまあ。コンドーサンの気持ちもわからんでもないっすけど、その御蔭で探偵業も免許制になってこっちは楽なんすけどね。法的バックグラウンドがあるのは楽っすわ。コソコソ後ろ暗いことしなくてもいいですし。それにケーサツだって事件の規模に合わせて民間人を適宜登用して、投入できるってのはメリットなんじゃあないっすかね?民営化っつーか、警察業務のアウトソーシングっつうか。ケーサツ様々ですよ。俺たち探偵がこうやって楽できるのも。優秀さがあってこそっすよ、ケーサツの。」
荒井総二のその言葉に、近藤定清は激しく反応した。
「こっちは楽じゃねえヨ、たわけ!デメリットだらけだわ!各法執行機関の持つ法執行権限の範囲やら、それが適用されるシマの範囲やらなんやら複雑でかなわんわ!」
しまった。話す内容を間違った。逆効果になってしまった。と、荒井総二は思ったがもう遅かった。近藤定清の愚痴は加速する。しかも、独り言だったものが、今や荒井総二に向けられている。
「警察業務の民営化とアウトソーシング化だぁ?そりゃあオメエ。交通業務やら組織の総務やらなんやらはそれでいいかもしれねえがヨぉ?刑事事件にまで首突っ込まれるのは大迷惑だっつーんだヨ!こと、経営連中からしたらヨぉ?警察官の定員数を増やさずに済むってんで楽なのかもしれんが、コッチは大迷惑だってんだよ!即応できる有能な警察官が足りなすぎるってんだ!探偵の捜査権限なんぞ、使えたもんじゃねえよ!ノロすぎだ。ノロすぎなんだヨ!事件解決は初動からの速度が命だ。それにゃあ即応できる警察官の人出がいるんだヨ!探偵に捜査協力をさせるにゃあ、時間が掛かり過ぎる。今回のケースですら、三日経ってようやく、だ。速度が命だってーのに、これじゃあ犯人に追いつくどころか、周回遅れにされちまうわ!わかるだろ?そのぐらいヨぉ?コールドケースならまだしも、現在進行中の刑事事件捜査においては、探偵制度の利点なんぞないわ!阿呆が!」
近藤定清の愚痴は止まらない。むしろ自身の言葉に励起され加速していく。
「だいだいなあ、銃器も持ち込んで民間人に開放したのが間違いだってんだヨ。この日本国はヨぉ、刀狩やら廃刀令やらで、せっかく非武装市民ばかりになって楽だったってえのにヨぉ。アメ公の銃器メーカーの戦略かなんだか知らんが、奴ら、日本を市場にしやがった。それを見越してのアメリカ型の法執行機関体系の構築ヨ。地方自治と民間委託なんて言えば聞こえはいいが、所詮はテメエの銃器産業の新しい市場にしたかった意図が見え見えだわ。免許交付の審査があるとはいえ、緩々だってんだ。今じゃあ警備会社や探偵は銃器で武装して厄介で仕方ねえ。アライ。オメエみたいな奴でも銃器を秘匿携帯できる世の中だ。見るからに怪しいオメエみたいな奴がな。世も末だヨ!」
「いやいや、そこまで言わなくてもいいじゃあないっすか………一応俺、乙種探偵免状を持ってるんすよ?丙種と違って試験も難しいし、それなりに信用がなけりゃあ取れないわけで………超頑張ったんすから………コンドーサンも知ってるじゃあないすか………。それに俺、普段は銃を持ち歩かない主義ですし。今日も持ってないっすよ。ほらほら………」
そう言って荒井総二は両手をぷらぷらさせたり、背広を開いてみせたり、ズボンの裾を捲ったりして見せた。ホルスターはどこにもないという所作だ。
「オメエの主義なんざ知らねえヨ!所有できることは変わんねえし、実際持ってるだろ!しかもオメエ、長物も持ってるじゃねえか。ちゃんと届出書も俺は見てんだからな!コノヤロウ!殺る気マンマンか!コノヤロウ!」
そう言って、近藤定清はペンで荒井総二を小突きながら続ける。
「問題は探偵免状の交付が警備会社の銃器武装の簡易化につながったってことだってんだヨ。乙種・甲種はともかく、丙種なんぞ、審査が緩すぎだ。探偵法の文面の、
『丙種探偵免状保有者は、甲種並びに乙種探偵免状保持者の監督の下、銃器を携帯できる。』
その一文が問題だってんだヨ。甲種、乙種探偵免状保持者が起業した警備会社じゃあ、実質、丙種探偵免状が警備員の銃器携帯許可証になっちまっとる。法の欠陥だ。しかし誰も是正しねえ。引き返せねえからだ。クソッタレめ。旧家・財閥系資本の警備会社なんぞ軍閥みたいなもんでかなわんわ!オメエの関係筋の〈荒神〉家のそれとかな!今回の事件の現場警備もアラカミんとこの〈統警〉だ。なーにが〈統合警備保障〉だクソッタレ。それにオメエが絡むってのも、ああもう気に入らねえ。嫌な予感しかしねえヨ!」
そう言って荒井総二を睨んだ。
「いやいや、アラカミ言うても、俺の旧姓は〈ウエ〉のアラカミであって、〈カミ〉のアラカミとは違いますし………」
荒井総二は、〈アラカミ〉という言葉が近藤定清の口から出たのを聞き、思わず苦笑いをした。荒井総二の旧姓 荒上 は、この土地の旧家であり、有力家系である〈荒神家〉と深いつながりがある。その政治力は強く、この土地に限定すれば、その名を出せば大概の事は片付くとも言われている。
「面倒なのは自分でもわかってるんで、名前も変えたんスよ。だから今はアライって名乗ってるじゃあないスか………」
「ハッ!オメエが〈カミ〉の方のアラカミと直接関係なかろうが、名前を変えようが、オメエとあの家の関係は切れねえんだヨ!だからこっちもオメエの扱いには困ってるってんだヨ!乙種探偵免状取得だってなあ?オメエの実力もあることは認めるが、身分の信用問題に関しては荒神家の恩恵を受けてるってのは否定できねえだろ阿呆が!」
この土地において古来から台頭している荒神家は、未だに様々なコネクションを表の世界だけでなく裏の世界とも持っている。旧財閥系の残滓とも言える存在だ。近藤定清ら法執行者からすれば厄介な存在である。荒井総二が乙種探偵免状を取ることができたのも、荒神家の関係筋という身分が少なからず、いや、多大に関係しているだろう。信用という面で荒井総二は荒神家の恩恵を受けているのである。そのことは、荒井総二も自覚している。そのため、荒神家の名前を出されて、思わず苦笑いをしてしまったのだった。
(まあ、そいつもわかってて上手いこと利用させてもらってるんだがなあ。コンドーさんには悪いと思ってっけど、まあ、言った所でままならないし、俺の人生だし。使えるもんは使わにゃ損だしなあ………)
名前を変えたのは自分の人生を自分自身の力で歩みたかったからだ。しかし、近藤定清が言うように、名前を変えたところで、縁がきっぱりと切れるわけでもない。わかってはいるのだ。どう折り合いをつけるのかはこれから先もずっと考えなければならないことだろう。
荒井総二は自嘲気味にハハッと笑った。やれやれといった様子で。そんな荒井総二の様子などお構いなしに、近藤定清は喋り続ける。
「ああー!たまらんわ!おまけにマフィアも警備会社をフロント企業にして正規のルートで銃器を手に入れやがる。たまったもんじゃあねえよ!敗戦の対価だぁ?でかすぎるわ!それにヨぉ………」
近藤定清は、矢継早に荒井総二に溜まりに溜まった愚痴をぶつけてくる。荒井総二はうんざり顔でそれを聞いている。ああ、やっちまったという顔をしている。そんな荒井総二のことなど意に介せず、愚痴は延々と続いたのだった。
………
近藤定清は、荒井総二にひとしきり愚痴をぶつけ、落ち着きを取り戻した。今は、自分のデスクにどっかと座って、コーヒーをすすっている。荒井総二はようやく愚痴から開放されて、ほっとした面持ちだ。若干、いや、かなり疲弊しているが。
「しかし、どうしてミナトのネーちゃんは毎回オメエみたいなのに捜査協力を要請するのかねえ………特殊犯罪課って存在自体がわからんわ。国家警察から出向してきたと思えば、いつのまにやら自前の課を作りやがってよう………わけわからんわ………公安部なのにやっとることは過去の未解決刑事事件やら、現在進行形の刑事事件やらでわけわからんわ………」
近藤定清が口を開いた。
「今回もそうだ。何で放火死傷事件に首を突っ込んできとるんだか………。いや、その後頻発している放火事件と炎の目撃談にか………。」
近藤定清は少し後退した額をペンの尻でコツコツと叩きながら続ける。
「しかしなんだ、アライ。オマエ、現在進行中の放火死傷事件以外になんで〈過去の殺人事件や放火事件やボヤ騒ぎ〉について心当たりはないかと俺に聞いたんだヨ?意味あんのか?そりゃあ、オメエの捜査対象は連続放火事件とはいえ………現在進行中の放火刺傷事件とのつながりはまあ、〈放火〉という共通項があるってことで百歩譲ったとしても、だ。過去の放火事件なんぞ調べてどうする?見当違いどころか、パラノイアじみとるぞ。過去の事件との関係性なんて、正直ねえと思うぞ?コールドケースも並行して扱ってんなら別だがヨ。そうじゃねえんだしヨ。」
「まあ、少し興味がありまして。それに、過去に連続放火事件が起こった時にも、その直前に殺人事件があったと知ったら………関連性がないとは言い切れませんわ。それに、その殺人事件の担当がコンドーさんだったって聞いたら………聞かずにはいられませんわ。嫌な事を思い出させて悪いとは思ってますけどね。あと、パラノイアじみてるのは承知の上ですわ。」
荒井総二は、資料閲覧室で資料を閲覧している際に、近藤定清に質問していた。
ーーー「過去に似たような事件、状況がなかったか?」と。
その問いに、しばらく考えた後、近藤定清は、自身が担当した過去の未解決事件の話をした。
ーーーそれは十五年前の事件だった。暑い夏の日だった。三日間にわたって起きたその事件は、一日目に四人、三日目に二人の死者を出した。全て焼死だった。被害者は焼け焦げ、身元の判別は殆ど不可能だった。
唯一、身元がわかったのは、三日目に起きた殺人事件の被害者二人であった。一日目に亡くなった四人の被害者は、遺体の損傷も異常なほどに激しく、また、寂れた倉庫街が事件現場だったのもあって、居住環境から身元を推測することすら能わず、未だにジョン・ドウだ。
しかし、三日目の被害者二人は、自宅で殺された。そのため、遺体の判別は難しかったものの、居住環境と体格、歯の治療痕などからようやく身元が判明したのだった。
悲惨な事件だった。身元が判明した二人は夫婦であった。彼らは自宅もろとも炎に包まれたのだった。彼ら夫婦には一人息子がいたが、事件発生一日目の時点で行方不明となっていた。彼の両親は捜索願を出していた。自らの息子が、事件に巻き込まれているのではないか?と、大変心配そうな面持ちで自治警に来たことを、近藤定清は、彼らの死後になって初めて知った。
少年はすぐに見つかった。捜索願が受理された翌日の事だった。だが、少年と両親は生きて会うことはできなかった。少年が保護されたのは、自宅の前だった。轟々と燃える、自宅の前だった。
ーーー悲劇的な再会だった。少年の生存は、不幸中の幸いと言えるかもしれない。が、その心中を察すると、あまりにも、あまりにも、辛い出来事だったろう。事件現場に駆けつけた近藤定清の脳裏に残るイメージ 消防と警察車両のサイレンが鳴り響く中、ただただそこに立ち尽くしている。目線の先には、轟々と燃える自宅。炎と回転灯に照らされた、茫然自失としたがらんどうの表情 。
精神的ショックが大きすぎて少年から話を聞くことなど、到底出来なかった。少年はその後、精神治療を受けた後、児童養護施設に引き取られたと近藤定清は聞いている。そのようなことを荒井総二に喋った。
しかし、本題はこの事件ではない。荒井総二の興味もこの事件ではなく、この話の後に近藤定清が触れた出来事に惹かれた。
「ーーーとまあ、そんな凄惨な事件があったわけだ………。オマエも覚えとるだろうて。中坊くらいだった時分じゃあねえか?ん?しかしなあ、俺が言いたいのはその事件のことじゃあない。第一の四人が焼死した事件の数日前、事件捜査中、そして第二の夫婦の焼死事件後、数日間に渡って起きた〈ボヤ騒ぎや放火事件〉、そして 未だに眉唾だが
ーーー二日目に起きた〈人体発火事件〉だ………オマエに『過去に似たような状況はなかったか?』と聞かれてピピンときたわ。殺人事件に関連しているかのように、あの時も放火事件やボヤ騒ぎが頻発してたのよ。今回とは順番がちと違うがな………おまけに人体発火事件なんぞ、わけのわからん事もな………」
近藤定清は、遠い目をして少し黙った。そして言う。
「………夏が来るたびに思い出す………。熱せられたアスファルトの匂いと、アブラゼミの耳障りな鳴き声。ジリジリと肌を焼く日差し………。もうすぐ、またその季節が来るな………」
その後、ゆっくりと息をついた後、目を瞬かせ、話を続けた。
「ーーー第一の事件は俺の担当事件だった。ーーーだからよく覚えている。当時、殺人課の平刑事だった俺は、この二つの殺人ーーー倉庫街の四人とその二日後に起きた住宅での二人だなーーーを別個の事件ではなく〈連続殺人事件〉と踏んだ。理由ーーー二つの事件の間には、〈人体発火事件〉があった。突然、身に着けていた衣服が燃え上がって火傷を起こしたと言って、病院に駆け込んだ者が数人いた。たまたま、第一の事件に関するレッグワークで手に入れた情報だ。眉唾モンだと思ったよ。しかし、オレの〈勘〉がビンビンになって言っていた。『コイツは何か関連性があるかもしれねえ』ってな。」
少し間を置き、続ける。
「ーーー〈二つの殺人事件〉、その間に起こった〈人体発火事件〉、そして同時期に頻発していた〈放火事件・ボヤ騒ぎ〉。………自分でもパラノイアじみてると思ったよ。嗤え、青年。だが、俺は〈勘〉に従った。すべての事件に連関性を観たんだ。だから並行して捜査した。第一の事件の前に発生した放火、ボヤ事案について放火課に聞いて周ったよ。上にゃあこの事件を一連の事象として捉え、〈連続放火殺人事件〉扱いにし、殺人課と放火課の合同捜査体制を作るべきだと請願したよ。だが、却下だ。まあ当然だ。合理的な連関性を示せなかったんだからよ。『テメエはテメエの事件に専念しろ。夫婦殺人事件は別の事件だ。』そう言われたよ。だが俺は食い下がった。周りからはパラノイア扱いだ。今のオマエみてえなもんだ。………しかし結局、つながりは見つけられなかった。お陰でこのザマよ。二つの事件は別個のままにされ、そして両方コールドケースになっちまった………被害者が浮かばれねえ。あの時、呆然と立ち尽くしていた少年ーーー被害者夫妻の愛息だーーーも、今はどこに引き取られたのやら俺にはわからねえ。情けねえ話だ。現状、俺は未解決捜査班には〈連続殺人事件〉として扱うように指示しているが………贖罪のつもりか。自分のことながら嗤わせる。かといって、今さら会わす顔もねえがよ………全部、俺の力不足だ………」
そう言うと、近藤定清は黙りこんでしまった。遠くを、過ぎ去ってしまった過去を見つめたまま。
その言葉を受け、荒井総二は考えた。
今回、荒井総二が捜査協力依頼を受けた事件は〈連続放火事件〉と〈ボヤ騒ぎ〉である。彼に捜査を依頼した湊葵は、この案件が〈放火死傷事件〉を発端とした、何らかの関連性がある事件だと踏んでいる。天音佳奈の〈嘘憑き〉の能力で裏打ちされているから間違いはなかろう。そして、過去の〈殺人事件〉と同時期に起こった〈放火事件〉と〈ボヤ騒ぎ〉………。加えて、亜黒清志郎から漏れ聞いた〈紫煙の関わる過去の事件〉そして〈嘘憑き〉の存在。
通常の、刑事事件を捜査している法執行官からすれば、このような偶然の一致は偶然に過ぎず、過去と現在の二つの事件に関連性があると考えるのはパラノイアじみたものとして一蹴するべきだろう。論理的なつながりが双方の事件にはないからである。
しかし荒井総二にとっては、そうではない。彼の本職は〈拝み屋〉である。常識では測れない事件ーーー湊葵はそれを〈特殊犯罪Case:X〉と命名したーーーを同じく常識では測れない超常的な荒井総二の能力ーーー〈摂理の鍵〉の発動ーーーで強制解決することを本分としている。そんな彼にとっては、この二つの事件の関連性は見逃せないものであった。それも、恣意的な情報の取捨選択によって行われる儀式………。
近藤定清が淹れたコーヒーを口にしながら荒井総二は、
(過去も現在も、俺の担当する不可思議な超常的な事件には関係ないしな………いや、まあ、澱の流出量と顕現に置いちゃあ、関係はあるか。そういった土地だしな………過去の亡霊が蘇ってきたとかまあ、そんな解釈もできるか………)
と考え、事件の核心に少しばかりではあるが確実に近づいていることを実感していた。更に状況を知るためには、放火死傷事件の現場で直接捜査することが必要だ。そのためには、法執行者の同行が必要なのであるが………。ちら、と近藤定清を見る。
「現場の捜査がしたいってか?俺は同行できねえヨ。暇な課員もいねえヨ。あてがう義理もねえ。自分で探しな。」
心の内をすっかり読まれていた。何かを言おうとする前に近藤定清に先制され、にべもなく断られた。
「忙しいっすか。なんすか?もうある程度事件の解決に向かってるとか?犯人の目星がつきはじめたとか?」
「んなこと、オメエに話すかヨ、阿呆が。第一、オメエが捜査依頼を受けた事件は連続放火事件であって殺人事件じゃねえだろ。余計なことに首突っ込むな。だから探偵制度は嫌なんだヨ。ったく………」
質問も、にべもなくはねつけられた。
(仕方ねえな………まあ刑事部の事件捜査の進捗状態は置いといて、とりあえず、目下の俺の捜査のために、暇そうな警官を探すか………つっても警部補以上の権限………ああ、アイツでいいか。どうせ暇だろうし、手伝う義理もあろうよ………ってか、断れる立場じゃあねえしなー、アイツ。)
そんなことを思いつつ、荒井総二は残りのコーヒーをぐいっと飲み干し、席を立ち、刑事部から出ていった。去り際に、振り向いて、少しだけ近藤定清と言葉を交わした。
「しっかし、放火事件について調べてみると、コンドーサンから聞いた過去の事件の他にもたくさんありそうっすね。それに加えて今回の放火事件………この街はそんなに火遊びが好きなんすかね?異常っすわ。」
「異常も異常だわ。異常だ、この街は。昔っからそうだ。天下布武の時代から焼き討ちだらけで狂っとる。気味の悪い、理にかなわない事件も嫌なくらいある。狂いすぎだ。怨嗟の街だ。皆過去に引きずられる恐ろしい街だ。おまけに荒神家やオメエらみてえなわけのわからんオカルトじみた連中が跋扈し、特殊犯罪がどうたらと、中央からきたキャリアのネーちゃんが専門の部署を作っちまうくらいだ。何を今更、だ。この阿呆が。用が済んだんならさっさと帰れ、たーけらしい………」
そう言うと、近藤定清はしっしっと右手を振って、荒井総二を追いやる仕草をした。
この街が元から異常だったから、異常なモノが集まってきているのか?それとも、たまたま異常な連中が集まってきたから異常な土地柄になってしまったのか?それはわからない。しかし、少なくとも、今現在、彼らが対峙している事象は異常なものであり、今のところは荒井総二ら、オカルト側の人間でしか解決できない類の案件であることは間違いなかった。
(ま、歴史があーだのこーだのなんぞ、知ったこっちゃねえな。俺は俺の仕事をやるだけだわな)
荒井総二はそう心の中でつぶやき、
「んじゃあこれでお暇しますわ。またなんか進展があったら、ちょちょいと情報を頂けるとうれしいっす。」
と言い、席を立った。それに対し、近藤定清は、
「はっ。捜査内容なんざ話すかヨ、阿呆が。しかし………捜査内容についてボヤく(・・・)かもしれねえがな。」
と言い、ニヤリと笑った。
やぶさかではないのだ。なんだかんだと言って、近藤定清は荒井総二を買っているのだ。探偵制度に辟易しつつも、使える手駒はなんでも使う。それが有能な駒ならば尚更だ。公式な手順だろうが非公式な手順だろうが、法に則っていなかろうが、事件を解決するためならなんでもする。たとえそれがオカルトじみた、パラノイアじみた探偵であろうとも。それが近藤定清の名護屋市自治体警察所属の警察官としての在り方なのだ。
それにもうひとつ。ーーー荒神家とのつながりだ。
(荒神家の動向も知っておきてえ。この街を仕切っとる旧家のあの連中………気に喰わねえ。オカルトじみた拝み屋の一族ってえのもいけ好かねえ。今のところ今回の事件にはつっこんできてはいねえが、今後どうなるかわからん。事あるごとに事件をかき回しよってからに。旧家の未だ消えぬ権力。公安とのつながり。うっとおしいものヨ。わりいが、オメエを荒神家の動向を探る線の一つとして利用させてもらうぞ。コイツも俺がそういう意図を持って非公式な協力もしているってこたぁわかってんだろうしヨ。おあいこだ………)
目線は遠くに。荒井総二が軽く会釈をして去っていく姿が目の端に映った。それを見て近藤定清は思う。
(オメエは己の若い頃に似ている。捜査に関してパラノイアじみた関連性を抱く辺りは特に、だ。しかし、俺はパラノイアでしかなかった。無意味なパラノイアだ。捜査を余計に混乱させる事のほうが多かった。しかし、オメエは違う。意味のあるパラノイアだ。俺の理の預かり知れねえ世界で、オメエはきっと何かを解決するんだろう。なんせ荒神の関係者だ。オカルトじみたやり方で解決しても不思議には思わねえヨ。励め、勤労青年。己は己の仕事をする。オメエも自分の仕事に励め。そして己のようになるな。あの時の少年ーーーアキラ少年ーーーに顔向けできねえ今の己のようにはな………)
過去の自分の不甲斐なさにチッと舌打ちし、呟く。
「ーーー荒神家。荒神家の走狗の統合警備保障。そして荒上ーーーアライ。オメエがその関係筋である以上は、俺もそうそう無下にはできん。しかし、信用もできねえ。勝ち取れ、信頼を。テメエがあの家から自由になりたけりゃな………」
デスクの電話がけたたましく鳴りはじめた。部下からの直電だ。捜査に進展があったのだろう。近藤定清はぐぐっと、眼を瞬かせ、目頭を押さえると、受話器を取り放火刺傷事件の捜査に戻った。




