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廃工場/思惑




   13 廃工場/思惑



 廃工場の中で、澱と対峙している荒井総二は、今も滔々と澱に語りかけている。

「ここでだ。唐突に、俺にこの事件に〈嘘憑き〉が関係している。という情報がもたらされたわけだ。びっくりだよな。まあぶっちゃけ予感はしてたんだが。」

 ぶんぶんと、摂理の鍵の鎖を振り回しながら続ける。

「アグロ先輩からの突然の重大情報のリークで、俺はもうしちめんどくさくなってな。とりあえず、〈嘘憑き〉は対処が面倒というか、あいつらと対峙することになると、コッチの死のリスクが高くなっちまうんでな。なるべく回避する方向で、捜査と〈摂理の鍵〉構築のための論理を組み立てることになったってわけよ。つまるところ、あれだ、もう〈紫煙〉関係筋から情報を取るってのは辞めたんだわ。そっちの〈嘘憑き〉方面の情報で論理を組むのリスキーだからな。俺、まだ死にたくないし。やばそうなのは〈紫煙〉にまかせてこっちは楽、しようと思ってな。」

 ははは。と笑い混じりに言った。

 澱のがらんどうの表情は変わらない。それを観て、荒井総二は、つまらないなと思いつつ説明を続ける。

「ま、かと言ってアオイからの捜査依頼を反故にするわけにはイカンわけでな。それなりに情報を集めて、事件解決のために動かにゃならんわけだ。ってことで、俺は、一般世界のルート、つまるところ、アグロ先輩が言った〈過去の事件〉っつーのを調べることにしたんだわ。勿論、必要以上に〈嘘憑き〉っつーか〈異能〉の世界につっこまないようにな。そこで、〈紫煙〉ルートからの情報収集は辞めにして、我らが名護屋市自治体警察刑事部殺人課の御大であるコンドー警部殿経由で情報を得ようとしたわけだけど。まあ………それはそれで難儀だったわけさ。まあ聞いてくれや。」

 滔々と、荒井総二はなおも語り続ける………。


     ◆


 亜黒清志郎は、着々と、慎重に、ターゲットとの彼我の距離を詰めていった。自分の気配を限りなく消失させる効果を持つタバコ型魔術装具〈ステルス・ボマー〉を吸い、自身の接近を感じ取られないように行動する。この〈ステルス・ボマー〉は彼が追っているパイロキネシス能力者〈西島明〉と行動している〈嘘憑き〉である四条雛の能力を転用したものだった。四条雛の身の上はある程度把握している。彼女は天音佳奈と同じ超心理学研究機関で育てられた身であった。


 時は少し遡る。

 亜黒清志郎は、天音佳奈に密かにコンタクトを取った。それは、亜黒清志郎が喫茶フォウンテンで荒井総二と情報のやりとりをした翌日のことであった。

 亜黒清志郎からのコンタクトは、天音佳奈としては、実に怪しいものではあったけれども、朗報ではあった。なにしろ、彼女は亜黒清志郎とコンタクトをとるのを切望していたからだった。そう、この事件に関わっているであろう〈嘘憑き〉の情報を、特に、〈四条雛〉の情報を得るために。

 天音佳奈は、桧山明邸にて、能力を発動させた際、あるビジョンを見、あるキーワードを感じ取った。だが、そのすべてを湊葵に報告をしていなかった。その情報が、〈四条雛〉・〈西島明〉・〈嘘憑き〉・〈星空公園〉というビジョンとワードだった。

 〈四条雛〉………懐かしい名前だった。それは、超心理学研究所時代のかつての仲間。大切な友人。妹のようにかわいがっていた子の名前だった。彼女とはよく、研究所近くの入り組んだ場所にある公園で歓談したものだった。その名が〈星空公園〉であった。

 亜黒清志郎の指示の下、天音佳奈は、待ち合わせ場所である、カフェ・エコール・ド・シエルのテラス席に座った。と、直ぐに、

「やあ、いらっしゃい。早いネ。」

 と、背後の席から声をかけられた。

 振り向くと、そこに居たのは亜黒清志郎だった。

 声をかけられるまで、全く気配を感じなかった。あれだけ目立つ風体の男だというのに、まったく気づかなかった。

 亜黒清志郎は席を立つと、灰皿と煙草を持ちながら、天音佳奈の座る席に移動してきた。

天音佳奈は、煙草に目をやり、

「………それが、ヒナの能力を元にして作られた魔術装具ってやつですか。それを作るためにどれだけヒナが苦しい実験を繰り返したか………。」

 鋭い視線を向けた。

「まあまあ、怖い顔しなさんなって。俺だって末端の人間だし、どうにもならんよ。まあ、非礼は詫びるケドね。君と会う時に使うってのは確かによろしくない。しかし、俺と君が接触していることを気取られないためには、この魔術装具の力を使わざるをえなんだ。わかってくれとは言わんケドね。」

「………まあ、それはそうですね。でもなきゃあ、アフロでレイバン、長身痩躯のアグロさんが目立たないわけがないですからね。こんな、道路に面したオープンテラスで。」

「マ、そういうこと。」

「じゃあ、さっさと本題に入りましょうか?この事件に〈四条雛〉はどのように関わっているの?そして今もこの街に居るの?そしてその目的は?放火死傷事件とその後のボヤ騒ぎに関わっているのはどういうこと?」

 まくし立てるように、聞いた。と、亜黒清志郎は、どっかと天音佳奈の前に座り、

「まあ急ぎなさんなって。追って説明するよ。こちらも情報が欲しいものでね。君の能力で得た情報を知りたい。〈シジョウ・ヒナ〉と共に行動をしている〈ニシジマ・アキラ〉という〈嘘憑き〉についての周辺情報を、ネ。」

 そう言って、煙草をふかした。その様子を見て、天音佳奈は言う。

「………ここ、禁煙席なんですけどね。」

「うん、知ってる。でも知ったこっちゃないし。」

「そうですか………煙草、私、嫌いなんですけどね。」

 天音佳奈は目線でジリジリとプレッシャーを与えていった。と、我慢できなくなった亜黒清志郎が、折れて言う。

「………じゃ、場所変えて、バビロンバッティングセンターに行こか、あそこ、寂れてて、この煙草を使う必要もなさそうだし」  

「ま、そうですね。そのほうがありがたいです。」

 天音佳奈と亜黒清志郎はバビロンバッティングセンターに場所を移し、情報交換を始めた。


     ◆


 小雨は本降りとなり、車の天井をバタバタと叩きつける音が車内に響いている。ステアリングを握りしめたままの湊葵と、時折ため息を付きながら、窓の外を見ている三上香里の姿を見やりながら、天音佳奈は思考を巡らす。

 ーーー〈四条雛〉のことを。

 かつての超心理学研究機関での同僚、大切な友人、妹のようにかわいがっていた、あの子のことを。儚げな子だった。同世代の友人がおらず、大人に囲まれた、そして、実験体として扱われているために獲得してしまった少し大人びた様子がとても可哀想に思えて、天音佳奈は、ずっと気にかけていた。そんな天音佳奈に対して、四条雛は、少しずつ心をひらいてゆき、二人はお互いに大切な友人として意識するようになっていた。

 しかし、突然の、研究所それ自体の失踪騒ぎによって、他の実験体であった〈嘘憑き〉や研究員と共に目の前から消え去ってしまった四条雛。一体、何があったのだろうか?自分との違いは、研究所に見放された自分とはどう違ったのか?失踪した研究所に利用価値を見出された自分と何の違いが………。

 と、ここまで考えて辞めた。まだ自分は研究所に帰属意識というものがあるのかと、自嘲した。クスクスと声を立てる。

「カナちゃん?どうしたの?なんか思い出し笑い?」

 雨でにじみ、気温差で曇る窓の外の廃工場を見ていた三上香里がこちらを振り向いて言った。

 ふぁさり、と少しサイドによせたポニーテールが揺れた。

 その様子を見て、天音佳奈は、

(そういえば、ヒナもあんなポニーテールをしてたっけな。)

 と、懐かしい気持ちになった。研究所の中庭で、二人して歩いて会話する時、四条雛は天音佳奈の前を歩き、度々振り返りながら天音佳奈に話しかけていたものだ。ふぁさりと、ポニーテールを揺らして。

 その中庭での光景が、四条雛が、三上香里と重なった。そういえば、どことなく、三上香里は四条雛に似ている。性格は違うけれども、人に与える安堵感と言うものが似ている。歳の頃も同じ位だったはずだ。

 天音佳奈は、

「いや、別になんでもないよー。ちょっとね。昔のことを思い出してただけ。」

 そう言って、返した。三上香里は、その天音佳奈の寂しげな眼には、気づかない様子だった。


     ◆


 バビロンバッティングセンターは閑散としていた。亜黒清志郎はガラガラに空いたバッターボックスに立ち、コインを入れ、次々と打ち出される玉を打ち返していた。

 天音佳奈は、バッターボックスの後ろにあるベンチに座り、ネット越しにそれを観ながら亜黒清志郎と会話をする。

「〈ニシジマ・アキラ〉でしたっけ?アグロさんが追っている〈嘘憑き〉って?」

「カナちゃんが追ってる〈嘘憑き〉は〈シジョウ・ヒナ〉だったネ。っと!」 

 カキーンと、金属バットの快音が鳴る。ボールは高く飛び、ホームランボードを目指して飛んでいったが、外れた。

「あっ!くそう!」

 なおも、亜黒清志郎はバッティングをし続けながら会話をする。

「〈四条雛〉。ウチの、荒神家の統括してた超心理学研究機関の実験体。カナちゃんと同じ境遇のね。」

「アタシは〈出来損ない〉でしたけどね。」

「彼女とその他の〈嘘憑き〉は、突如姿をくらました。まあ、荒神家としては、〈紫煙〉で使用する魔術装具作成データは充分に取れていたから大してその行方に関して躍起になって追うなんてことはまあしてないわけだけどネ!っと!」

 ブンとバットを振る。当たりが悪く、凡打だった。はあーあ、と、ため息混じりに続ける。

「まあ、かと言ってこの荒神家が掌握している土地に、超心理学研究機関〈ルーマー〉の奴らがノコノコやってきてるんだから、そりゃあ動かざるをえないわな面子もあるし。」

「わざわざ争いの種を撒きに来たようなものですしね。〈何故、そんなリスクを負ってまで名護屋に来たのか?〉が気になるところですね。」

「うん、そこで、紫煙の諜報部隊が動いたわけでサ。で、浮かび上がったのが、〈ルーマー〉自身の抱える〈嘘憑き〉が逃亡したって事を突き止めたってわけ。んで、〈ルーマー〉の目的も割れた。〈逃亡した二人の嘘憑きの身柄を確保すること〉だろうってね。んで、これが〈桧山明邸放火死傷事件〉の起こるちょっと前のことだった。」

 再び、バットを振る。そこそこの快音が鳴る。一、二塁間ヒットと言った具合だ。

「で、〈四条雛〉と〈西島明〉がその〈ルーマー〉から逃亡した〈嘘憑き〉であるという根拠は?」

「   根拠。」

 亜黒清志郎は、ピッチングマシーンから定期的に発射されるボールをひとつ見逃して、コツンとバットの先端を、地面につけ、しゃがみ込み、続ける。

「まあ、色々、個人的に思い当たるフシというか、そういうのがあってネ………。〈桧山明邸放火死傷事件〉後。俺たち〈紫煙〉も勿論自治警の捜査に協力するという形で情報を集めていた。そこで見られたのが、〈炎が上がるのを見たのに実際には燃えてなかった〉という事件以前の出来事だったのサ。そしてその後、実際に物が燃える事件が起きた。ボヤ騒ぎのことは聞いているよな?」

 亜黒清志郎が振り返り、天音佳奈を見ると、彼女は、こくりと頷いた。

「その目撃談で言われる炎の色、な、〈緑色〉なんだわこれが。」

「緑色?それ、関係あるんですか?」

「関係あるもないも、大有りなんだよ俺からすれば。」

 ネットに、次のボールが当たり、揺さぶられる。天音佳奈からは、ネット越しの亜黒清志郎の姿が歪んで見えた。

「   十五年前、俺の仲間を焼きつくしたパイロキネシス能力を持った〈嘘憑き〉の少年。そいつの名は、そう〈西島明〉なんだよ。そして、その時の炎の色は、緑色のそれだったんだ。俺にとっての呪いの色だ。脳裏にこびり付いて離れない、な。」

「………ちょっと強引な気もしますけど?」

「いや、俺の勘がビンビンになって言っている〈これは当たり〉だってな。それに、」

 天音佳奈の瞳をじっと見て言う。

「カナちゃんもその力で読み取ったんだろう?〈西島明〉という名前を。」

「………そう思う根拠はなんです?」

「その表情の変化と声色かな?」

 ブラフか。天音佳奈は、チッと小さく舌打ちをした。少し、俯き、表情を怜悧に整え、顔を上げた。と、亜黒清志郎は既にバッターボックスに立ち、再び打ち出されるボールを打ち返し始めた。

「………〈西島明〉の名前を読み取ったのは事実ですよ。そう、私はあの現場でそれを読み取った。同時に〈四条雛〉の名前も。」

「その言葉が聞けてよかったよ。自分の勘に自信がついた。俺の標的である〈西島明〉は確実にこの地に居るってことがね。」

「でも何でこの地に?何の目的で?」

「他に読み取った情報は?」

「〈コーイチ〉って名前ですね。」

「〈コーイチ〉………。〈紫煙〉の過去の捜査資料で見た名前だな。確か奴の唯一無二の友人だったはずだ。つっても餓鬼の頃の話だがネ。ふむ………。確か諜報部がマークしているはずだ。名は〈ナガセ・コーイチ〉。奴のこの地での関係者ってことで一応のマークをしていると聞いているが………案外本丸なのかもしれないな。カナちゃんが読み取った名前でもあるしな。

………さて、」

 亜黒清志郎はバットを肩に乗せ、天音佳奈の方に振り向き、言う。

「俺の捜査方針は結構固まった。四条雛のステルス能力によって一向に見つからない奴よりも、コーイチを張ったほうが、奴に近づけそうだ。アリガトね、カナちゃん。」

「ちょっと待ってください。情報交換になってませんよ。これ、私が一方的に情報を引きぬかれただけじゃあないですか。」

「アア、ソウ?」

「とぼけないでください。四条雛の然るべき情報を渡してくれないと、タダさんに密告しますよ?」

「脅しにしちゃ―まだ甘いな、カナちゃん。それじゃ、君のしたことだってアオイ警視殿にバレちゃって色々信用をなくすでしょうに。もっとうまく立ち回らないと。」

 そう言って、亜黒清志郎はニタリと笑った。

「ぐっ………」

 天音佳奈はそれ以上何も言えなかった。情報を取るつもりが、逆に取られてばかりで、何か情況を打破しようと動いても、常にマウントポジションを取られている。そんな自分に、うまく立ち回れない自分に腹が立っていた。悔しい。唇を噛み締めた。

 そんな天音佳奈を見て、亜黒清志郎が言う。

「ま、最後に一つだけ情報をあげよう。コレはお礼ね。ホントは君がもっとうまく俺から聞き出すべき情報だったわけだけど、まあ気分がいいからロハで流してあげるヨ。」

 そう言って、亜黒清志郎はバッターボックスからネットをくぐって出て、天音佳奈の肩に手を置き、耳元で言う。

「君が所属していた超心理学研究機関〈ルーマー〉は、〈嘘憑き〉を戦争の道具に使おうとしている。人間兵器としてね。今回、〈西島明〉と〈四条雛〉を日本に逗留させたのは、とある紛争地帯に送るまでの措置だったという話だ。日本経由で紛争地帯に入国させようとしたようだ。だが、日本についた途端、二人の〈嘘憑き〉は姿をくらました。そして、必死になって探した結果、辿り着いたのは、ここ、名護屋。そして頻発する放火未遂事件。ボヤ騒ぎ。それに   つまるところ炎に    関する〈澱〉も増えている。十五年前の亡霊だ。その対処で〈紫煙〉も大忙しだ。それが、今、この地で起きている〈異能〉の世界のお話だ。」

 それを聞くと、天音佳奈は、

「戦争の道具って………ヒナが………?よりによってヒナが?だってヒナはそんなの望む子じゃないし、そんな攻撃型の能力でもないのにどうして………。」

 そう言って目を伏せた。亜黒清志郎が続ける。

「それは………まあ、本人に聞くんだな。探しだすのが困難だとは思うが。案外、この地に二人が来たのは、大切な人にさよならを言うためかもしれないぜ?西島明は長瀬孝一に。四条雛は天音佳奈、君にね?なーんて、ロマンチックすぎるか。」

 そう言うと、亜黒清志郎は、それじゃこれで失礼するよと言い、バビロンバッティングセンターを去った。残された天音佳奈は、少し考えた後、バッターボックスに入り、コインを入れ、バットを振った。


 ーーー空振りばかりで当たらなかった。


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