統合警備保障・紫煙
12 統合警備保障・紫煙
ーーー〈統合警備保障〉。愛知県下では名の知れた大規模な警備会社である。経営をしているのは、名護屋の有力一族である〈荒神家〉である。荒神一族は、財閥としての表の顔以外に裏の顔がある。それが、〈この地域一帯の土地の霊脈の管理〉といったオカルトに属する事柄の維持管理・介入といった行動である。
はるか昔から、荒神家は、魔術師の一族としてこの土地の霊脈を管理し、多数の魔術師を排出し、また、この土地に害をなすものを排除してきた。それが、他勢力の魔術師・異能力者の跋扈といったオカルトに関するものから、そうではない一般的な犯罪行為においてもその力をふるい、地域の豪族として名を知られるようになった。
現在では、荒神家の治安維持機関としての面は、武装権を付与された警備会社〈統合警備保障〉がその役を担っている。勿論、自治警や愛知県警、その他の法執行機関などにもその関係者は存在する。
その中でも特殊な機関が、〈統合警備保障〉に属する部隊、〈紫煙〉である。
〈紫煙〉は、古来からの荒神家の裏の顔、すなわち、〈オカルト〉に関わる事象に対処するために発足した部隊である。紫煙発足の由来は様々あるが、大きな理由としては、従来の少数精鋭の魔術師による土地の霊脈の管理方法では、人手不足に陥るほど、〈澱〉の発生頻度が上がったことが挙げられる。また、魔術師自体、その昔と比較するとその数は減少の一途をたどっており、魔術師それ自体も従来の土地に根ざした生き方から、土地に縛られない自由な生き方を模索する者が増えていったという背景がある。
その結果、発生する鎮圧すべきオカルト事案に対して、対応する者が少なくなってしまったのである。故に、荒神家やその他の魔術師一族らは一計を案じた。それは、半魔術師、半異能といった存在を生み出し、育成し、〈澱〉の対処に当たらせるといったことであった。
そのために、荒神家を始めとした魔術師一族らは、合同で研究機関を発足させた。それは魔術や異能といったものを科学的な観点から再検証し、再現、援用するという目的で創設された。その研究機関の一つに、天音佳奈が属していた研究機関もあった。
天音佳奈の属していた研究機関は主に異能である〈嘘憑き〉の研究に特化していた研究機関であったが、現在は研究機関ごと行方をくらましており、魔術師一族らの目下の悩みの種となっている。
これら複数の研究機関が研究対象としているものを〈魔術工学〉と呼ぶ。荒神家が運営する警備会社、〈統合警備保障〉に属する部隊である〈紫煙〉の隊員は、その〈魔術工学〉の研究の結果生み出された魔術装具によって魔術師や異能の能力を付与された者たちなのだ。
魔術工学によって生み出された魔術装具の一つに煙草型の魔術装具がある。それは、魔術工学によって開発された特殊な薬品を使用し、魔術典礼を施したもので、それを吸った者に一時的に魔術師、異能者の能力を付与させることができるものである。種類は様々であり、付与される能力も〈銘柄〉による。現在、荒神家が運営している〈紫煙〉では煙草型の魔術装具は極一般的であり、それをメインに使用しているが故に、その部隊名の由来ともなっているのだ。
◆
湊葵と天音佳奈は、統合警備保障のとある分署に到着した。勿論〈紫煙〉の部隊員がいる分署である。〈紫煙〉の部隊はその組織と対応する事象の特殊さから、他の警備部門
とは明確に区分けされているのだ。名護屋市某所にあるその分署には、荒神家からの使いも来ている。湊葵が急遽アポイントメントをとり、荒神家と今後の捜査協力体制を相談するためだ。
湊葵と天音佳奈は車を降りると、正面玄関に向かって歩いて行った。すると、
「おほう!出かけようとしたら美人が二人!なんだか今日は幸先がいいぜ!」
と、声をかけられた。
アフロだった。アフロ頭にボルサリーノハットを無理やりかぶり、ティアドロップ型のサングラスをかけ、臙脂色のシャツに黒のネクタイを締め、カーキ色のスーツに身を包んだ男だった。
「あ、アフロさんじゃあないですか。こんにちはー。」
天音佳奈が言った。
「アフロじゃねえよ、〈アグロ〉だよ!似てるけど違うのさベイビー。今日も麗しい姿で大変ごきげんな気分だYO!ミナト警視もご機嫌麗しゅう………ってスルーですかい!」
軽く会釈しただけで自分の横を通りすぎて建物の中に入ろうとする湊葵を制止しつつ、亜黒清志郎は言った。
「今日用事があるのはアナタじゃないですからね。アグロさん。」
「いやいや連れないこと言わないでさあ………〈Case:X〉の件できたんでしょ?そういやアラカミの翁んところの秘書坊主が来てやがったな………」
「タダさんです。」
「そうそう、タダッチね。昔、紫煙にあいつが入ってきたばっかりの時に新人研修で受け持ったのよ。懐かしいなあ。そういやアライも受け持ったな。今じゃ二人共紫煙から旅立っていっちまったがよう。」
「アライか………。」
湊葵が言った。
「そういえばアグロさん。アライはここに来ましたか?勿論〈Case:X〉の件でですが。」
「うんにゃ。来てないよ。まあ、相当のことがなきゃコッチにゃ来ないでしょ。アラカミの翁とは距離を置きたいだろうし。わざわざメンドクセーことはしないっしょ。アライは。」
「そうですか………。いや、いきなり失礼しました。気になったもので。」
「まあ、色々あるからねー。故にアラカミの庇護下から飛び出して今じゃ探偵事務所なんぞ開業しているわけだしなあ。たまげたもんだぜ。」
あっはっはと上体を曲げ、帽子を押さえながら亜黒清志郎は笑った。と、
「あのー、アライさんとアラカミ家の確執ってズバリなんなんです?」
興味津々といった感じで、天音佳奈が会話に割り込んできた。上目遣いで亜黒清志郎の顔をのぞき込んだ。じぃと見つめるその蠱惑的な眼に心を奪われ、亜黒清志郎はヘラヘラとニヤつきながら言う。
「おおう、ズバッと切り込むねえ、カナちゃん。いやあ、あいつってば旧姓は神様の神じゃあなくて上の方の〈荒上〉じゃん?あれさあ、実は神の方の〈荒神〉なんだよねー。なんでかっつーとアライはアラカミの翁の息子の隠し………むぐぐ!」
「そこまでですよ。アグロさん!」
湊葵が亜黒清志郎を制した。
「………アライにもプライベートってのがあります。そうペラペラと言いふらすものではないでしょう。」
「えーっ!?面白い話なんだけどなあ?カナちゃんも聞きたがってるわけだし」
「そういう問題ではないです。アマネもアマネだ。そう他人のプライベートに突っ込むものじゃあない。この話は終わりだ。アグロさんもすぐペラペラと………その性格、どうにかならないんですか?相変わらずお変りなくと言った感じですね…………。」
そう言って、深い溜息を付き、怜悧な視線を向けた。
「そ、そんな怖い顔しなくてもさあ………ははは、なんか余計なこと言っちまったね。カナちゃん、忘れてくれ。」
「いやー、ガッツリ聞いちゃいましたし、なんとなく先も読めましたし無理ですね、はい。」
「うっ………なんか居心地悪い!そんじゃま、失礼しますわ。俺もちょいと所用がありますんでねそれじゃあまた近いうちに。」
そう言って、亜黒清志郎はその場を後にした。
「まったく、アグロさんときたら………」
「えー、もっと聞きたかったのにぃー。ちぇー。」
天音佳奈はまるで駄々っ子のようにそう言った。それを受けて、湊葵は、「やれやれまったく………」と言った様子で言う。
「アマネもアマネだ。人のことをあまり詮索するもんじゃあない。どうしても聞きたければアライに直接聞くんだな。私からは何も言えん。」
「いやー、アタシ、アライさんには直接聞くなんてことできないですし。〈嘘憑き〉だから避けられてますしねー。ってアオイさん、わかってて言ってますでしょ?」
「さあ、どうかな?」
湊葵はそう言って続ける。
「兎に角、だ。今日はアライのことはどうでもいい。〈Case:X〉に集中しろ。タダさんと面会して色々情報を引き出すぞ。そっちに尽力しろ。」
「はあーい。わかりました………」
二人は、統合警備保障分署の中に入っていった。
天音佳奈は思う。
(もうちょっと荒井さんの背景を知りたかったというか、荒神家の事を探りたかったのにな。アタシを研究してた機関の大本だし………まあ、多田さんとやらに探りを入れてみるか………あとは亜黒さんに個人的にアプローチして聞いて見ようか………いや、でも〈嘘憑き〉のアタシは〈紫煙〉に監視されている身でもあるし、難しいか………。)
どうにか、この統合警備保障への訪問にて、自身を捨てた研究機関とそれを統括していた荒神家についての情報を仕入れようと心の内で密かに思う天音佳奈だった。
◆
扉を開けると、カランカランとベルの音がした。
「いらっしゃいませー。」
喫茶フォウンテンの店員が亜黒清志郎に言った。
「あ、連れが先に来てると思うんですが。ぼさっとした感じでやる気のない感じの男が一人居るはずなんですが。」
「アグロ先輩。こっちっすよ。」
荒井総二が手を挙げて言った。亜黒清志郎は「ああ、そんなとこに居やがったか」といった調子でフラフラと荒井総二の待つ席へ近づいていった。
「………ってかなんなんですか。自分、ボロクソ言われてるじゃあないですか。っていうか遅いっすよ。」
「悪い悪い。ちとフラフラしてたら遅くなっちまってな。」
そう言って、亜黒清志郎は荒井総二の前に座った。亜黒清志郎はアイスコーヒーを注文し、それが届けられると、ちびちびと飲み始めた。
「で、話ってなんだい、〈元相棒〉?」
◆
湊葵と天音佳奈は、統合警備保障分署の応接室に通された。そこには一人の男が待っていた。多田聖人だ。荒神家の秘書をしている男だ。湊葵と天音佳奈は、多田聖人に挨拶をし、ソファに座った。と、湊葵が話を切り出した。
「今回の件は、急な話になり申し訳ありませんでした。紫煙の部隊をヒヤマアキラ邸放火死傷事件及び、それに関連すると思われる連続放火事件への調査に人員を割いていただきありがとうございます。」
「いえ、礼には及びません。これも古くからのアラカミ家の仕事でもありますから。」
「と、いいますと?〈紫煙〉は私達特殊犯罪課がこの一連の事件を〈Case:X〉と看做す前から捜査していたと?」
「いかにも。私達〈紫煙〉はヒヤマアキラ邸放火死傷事件が発生した後、数件の放火事件と放火未遂事件が発生した時点で捜査に入っていました。」
「何故そんなに早い段階から捜査に入ったんです?何か特別な端緒を私達より先に掴んだのですか?」
天音佳奈が聞いた。
「ウチにも魔術師や異能者がいますからね。今回は感知型の異能者がこの案件が我々の扱うべき案件であると感知しました。」
「〈異能者〉とは?アタシのような〈嘘憑き〉ですか?」
「まあ、そのようなものです。色々な人材が揃ってます故。」
「その異能者、いや、嘘憑きの出自は?アタシと同じ研究機関ではないのですか?」
天音佳奈は語気を強めて言った。自身のルーツである研究機関出身の嘘憑きである可能性はなくはない。何故なら、天音佳奈の所属していた研究機関は嘘憑きの研究に特化しており、少なくはない嘘憑きを輩出していたからだ。行方をくらました研究機関と、同じ境遇の仲間を探す端緒になるかもしれない。そう、強く思ったのだ。
「アマネ。その話は………。」
「大切な話なんです。」
天音佳奈は湊葵をしかと見つめ、言葉を制した。そして、体を前のめりにして続ける。
「ーーー事件を感知したのは私の〈同胞〉なのですか?」
多田聖人は一呼吸おいて、言う。
「………残念ながら。貴女とは出自が違います。貴女を排出した研究機関の出身者ではありませんよ。」
「そう………ですか………。」
「………〈嘘憑き〉。異能者の中でもその存在とあの研究機関の失踪………そこから鑑みて、貴女が秘めている思いは僭越ではありますが想像には固くありません。自身の出自を知りたい。そのために自身が属していた組織に属していた、関係していた人物や事象を探し求めているのはわかります。しかしながら、あの研究機関の突然の失踪については我々も難儀しておりまして………。お力になれず、申し訳ない。」
そう言って、多田聖人は深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした………。部下が事件に関係ない事柄を質問してしまい貴重な時間を割いてしまいました。」
湊葵が言った。
「すみません………。」
天音佳奈はそう言い、湊葵を見つめた。湊葵は優しい目で天音佳奈を見つめかえした。天音佳奈は安堵した。自身に愛想をつかされたかもしれないと、思っていたからだ。しかし湊葵は許してくれた。そう、許してくれたのだ。
(こんなに優しくされたら、もう、付いて行くしか無いじゃないですか………。)
つい、嗚咽と涙が零れそうになったが、必死に堪えた。そうだ、泣いている場合ではない。自分は特殊犯罪課の課員なのだ。湊葵と共に事件を解決するための捜査に来ているのだ。性急にならなくとも、まだ、研究機関を探す時間とチャンスは有る。特殊犯罪課に、湊葵と共に居る限りは。
「さて、そろそろ本題にはいりましょうか。」
多田聖人が言った。
そして、彼女らは今後の捜査について意見を交換し、協力をしあう約束を正式に取り付けた。
◆
「で、話ってなんだい、〈元相棒〉?」
亜黒清志郎がニヤつきながら言った。聞かなくともわかっているといった体だ。普段、荒神家と必要以上に関わりたくない荒井総二が自分を呼び出したのだ。そして、先ほどの湊葵と天音佳奈の訪問。〈Case:X〉で荒井総二は捜査に入っているのだ。遅かれ早かれ、この地域のオカルト事案の対処 〈澱〉の対処 をしている紫煙に接触するのは目に見えていることなのだ。まあ、亜黒清志郎が思っていたよりも早い接触では会ったのだが。
「………聞かなくてもわかってるでしょうに………俺がアグロ先輩を頼るときってのは………。」
「 〈Case:X〉。それしか無いネ。」
亜黒清志郎はニヤリと笑った。それを荒井総二は苦笑いで受け止めた。そして、話を切り出した。
「それっす。」
「まあ、いつものことだけども。今回は珍しく早い行動じゃないのさ?」
「いやまあ、なんか既に事がだいぶ動いている気がするんで、俺もだらだらやってる暇がないような気がしまして。アオイも『仕事が遅い!』とかなんかせっついてきそうですし。」
「あ、アオイちゃんならさっき会ったぞ。紫煙の詰め所を出るときに偶然。」
「うへえ。まあそらそうだわなあ。アラカミの翁んとこと色々調整せにゃならんだろうし………。てかあいつ、夜に駆け込んで来やがったからなあ。その点でも色々事を急いているってのは感じたし………。つか、俺がアグロ先輩とアポ取ってるの、バレてないっすよね?」
「あー、ダイジョブダイジョブ。その辺は気にせんでええよ。」
「ならいいすけど。アオイは俺のことに関して、『アラカミ家関係との接触はなるべく避けたい』と思っているかもしれないけど実際、俺はその辺どうでもいいしなあ。」
「使えるもんは使いつくすって開き直ったもんネ、アライ君よう。妾の子の本領発揮だわふはははは。」
「………それ、言わんくても………まあ、そんなところっす。借りにならない程度にっすね。だからアグロ先輩が頼りなんすわ。とりあえず、ちょっぱやでアグロ先輩にアポとっといてよかったですわ。アオイと〈紫煙〉の合同捜査の方針によっちゃあ、アグロ先輩もなにかと行動が拘束されるかもしれないっすからねー。」
そう言って、荒井総二は煙草を取り出し、吸い始めた。亜黒清志郎も煙草を取り出す。
「つーか、〈紫煙〉をやめても煙草はやめとらんのだのー。ついでに辞めちまえばよかったのによう。口が寂しいのかえ?」
「どーすかねえ………。」
荒井総二は深く煙草を吸い、ふう、と煙を吐き出した。しばし、二人の間に沈黙が流れる。と、亜黒清志郎が口を開いた。
「ま、元相棒の俺としてはもうちっと一緒に仕事したかったけどね。てか君、俺みたいなまがい物じゃあなくて本物の魔術師さんですし。」
「魔術師言うても、俺、そんな地力ないっすよ。厄介な〈鍵〉が無駄に強力で変にランク付け上位にされてますけど。面倒な話っすよ。」
ジリジリと煙草を灰皿になじりながら続ける。
「そも、アラカミの翁の監視だって、コイツがなけりゃ付きようが無いはずだったんだ。それをアノ放蕩魔術師のクソジジイが無理やり俺に預けやがって………しかも捨てられねえと来ている。」
そう言って、右腕を軽く振った。袖口から鎖に繋がれた古めかしい鍵が手のひらに滑り落ちてきた。
「 〈摂理の鍵〉。世界最古の魔術装具の一つ。それが発動すれば、世界の因果すら軽くねじ曲げ改変しちまう。おっそろしいモンを託されたなあ、アライ君?」
「好きで託された訳じゃあないっすよ………。あーメンドクセー………。」
カラン、とアイスコーヒーの溶けかけの氷が音を立てた。
「つか、本題と行きますかね?」
荒井総二は、チャリンと音を立てながら〈鍵〉を袖口にしまい、言った。
「はいはい、答えられる範囲までならなんでもどうぞ。元相棒。」
「ぶっちゃけ、この程度の案件って、しょうもない〈澱〉の可能性が高いじゃあないすか?なのに何で〈紫煙〉はもたついてるんすか?俺の予測だと、もうだいぶ前から〈紫煙〉は動いてたと思うんすけど。そう、〈ヒヤマアキラ邸放火死傷事件〉の翌日から頻発した放火未遂事案の時点で。そっちにゃ優秀な〈澱〉感知担当要員が居るってのは俺もアオイも知ってるし。」
「まあネー。その辺はなあ。実際、早い段階でコッチは探知してて、動いてはいるのよ。まあしかしなんつうか………こう、動きあぐねててなあ。」
「というと?」
「具体的な行動指示がないんだよネ。〈澱〉の存在はわかってるのに、俺らに討伐の命令が出てねーの。まあ一応、上のほうからは、『特殊犯罪課が動くまで待て』とか『一応、この土地の凶祓いはアライが担当するのが筋だからまあ待て』とか言っちゃってサ。こちとら、ちっさい〈澱〉なら、アライの顔を立てるなんてしないでガツガツ始末してるってのにおっかしな話だわなあ。」
「俺の体感では、〈紫煙〉で十分対処可能な感じなんすけどね?なんでモタモタしてんだか不思議っすね。俺の顔立ても筋立ても今まであった試しがねーし。なんなんすか?」
「コッチが聞きたいわ。」
そう言って、亜黒清志郎はアイスコーヒーを啜り、続ける。
「まあ、実のところ、その辺俺もせっついて聞き出したんだけどさあ………」
亜黒清志郎は口を濁した。
「あー………俺には言えない情報すか。まあしょうがないっすね、アグロ先輩、一応俺の監視役も兼ねてるわけですし。」
「そんなこと言うなよう、元相棒。まあそうなんだけどサ………」
カラカラと氷の音を立て、ストローを回しながら続ける。
「まあ、言える範囲で言うとサ、これ、どうしてもお前さんの〈鍵案件〉にしたいって思惑は無きにしもあらずなんだよねっていう。」
「げ、それってデカイ〈澱〉になるまで待つとかそんなんすか?しちめんどくせえ。何考えてんだ〈紫煙〉は。」
「まあソコはわかんないんだよね俺も。でもなんかこの事件は過去の事件が関係しているみたいでさ。〈紫煙〉はその時色々ヘマしちまった苦い思い出があるらしいのよ。なので慎重になっているというか、動きあぐねているというか誘発………おっと。」
そう言って、亜黒清志郎は口をつぐんだ。
「 これ以上はお口チャックだ。知っていても言えねえ。俺にも立場ってもんがあるし。」
「いやまあ、こうして元相棒の俺に情報をながしてくれるだけありがたいっすよ。気にせんで下さいや。まあ、先輩の言った〈過去の事件〉ってのをちょっくら軸にして捜査でもすることにしますわ。軸ができただけありがたいっす。」
「すまんねえ、元相棒よ………ヨヨヨヨ………。」
「いや、そこまでされると気持ち悪いんで、やめて下さいや。」
「気持ち悪いとは失礼な。先輩に向かって何たることを!
あ、でも。」
突然思い出したように亜黒清志郎が言った。
「………最後にとっておきの情報をリークしたるわ。言う気はなかったんだけども。まあ心配だし。」
デハハと、笑いながら言った。
「………なーんか嫌な予感しかしないんすけど………?」
「まあ、そのとおりかもしれんね。」
そう言うと亜黒清志郎は続ける。
「この際、ぶっちゃけるとだね。〈紫煙〉が動きあぐねてるのって、放火死傷事件関係の〈澱〉を励起してる存在が未だ確保できてないってことなんだよネ。みつかんねーの〈嘘憑き〉が。うちの諜報部が探してんのに一向にネ。もう一週間は経ってるかなあ………」
「………あの、アグロ先輩、さらっと〈嘘憑き〉がこの事件の背景に居るって言ってますよね………」
「うん。隠しとこうと思ったけどやっぱ知らせたほうがいいかなって。前情報もなしに〈嘘憑き〉と元相棒が遭遇して殺られっちまったら俺も悲しいし。」
「………つーか、その情報、俺にリークしていいのかどうかは別として、それ、知らされなかったら、俺、その〈嘘憑き〉に殺られる可能性もあったんじゃあないっすか!なんで隠してたんすか!?」
「いやまあ、やっぱり言えないことも立場上あるし。その体で貫こうかなーッて思ったけやっぱり親心がでて漏らしちゃった。親心親心。秘密ネ!タダッチに怒られちゃうから、この話はオフレコネ!絶対ネ!」
「………まあ、『お口チャック』をゆるめてくれたのには感謝しますよ………。」
………
荒井総二は、しばらく〈嘘憑き〉の情報を聞き出し、雑談をした後、荒井総二と亜黒清志郎は今後の情報交換を約束した後、先に亜黒清志郎が喫茶フォウンテンを先に出た。残された荒井総二は席についたまま、思考を巡らす。
(過去の事件か………〈紫煙〉が手こずった事件ねえ………それに関連性があるってのか?それに〈誘発〉とか口走ってたな………。最後にアグロ先輩が言った〈嘘憑き〉が場を励起して〈澱〉を励起させたってのが実際のところっぽいなあ………。うーん………。それはメンドクセーな………。アグロ先輩の話だと、現在絶賛名護屋市に潜伏中の〈ルーマー〉所属の〈嘘憑き〉はパイロキネシス能力者とステルス能力者だっつーことだし。まあ放火事案だもんなあ、そういう能力だよなあ………地力で戦いたくねえなあ………できれば関わり合いになりたくねえなあ………てか〈紫煙〉連中も何考えてんだかわからん。〈紫煙〉連中が何を考えてるか分からんが、何やらデカイ案件になりそうだ。こりゃ、本腰を入れて〈摂理の鍵〉の発動条件もしっかり構築しとかねえとなあ………使わないに越したことはないけども、〈嘘憑き〉に関わりたくねーし、構築しとかねえとなあ………)
難儀な事件になりそうだ。荒井総二はそう思いながら、喫茶フォウンテンを後にした。
(しかし、なんだ、パイロキネシス能力者の特徴が〈ひょこひょこ歩き〉ってのはなんだんだ?アグロ先輩の言うことはわけわからん………。どういうルートからの所作特徴だっつーのよ………。)
はあーあ、と、溜息をひとつ。
………
年代物のアメ車を駆り、統合警備保障分署に戻った亜黒清志郎は、チャリンチャリンと鍵束をいじくりまわしながら、多田聖人の待つ部屋へ向かっていった。
部屋にはいると、早速、多田聖人が口を開いた。
「アライさんの様子はどうでした?」
「様子も何も、いつもの感じだよ。メンドクセーオーラがビンビンの感じ。」
「こちらの動きについてはなにか勘ぐられましたか?」
「まあ多少はね。とりあえず、『〈紫煙〉は早い段階で動いている。』『〈過去の事件〉に関係があり動きあぐねてる。』『その過去の事件では色々とヘマをこいた』って三点ほどを話したよ。」
「………そうですか。しかし、〈過去の事件〉云々に関しては言わなくても良かったのでは?」
怪訝な表情で多田聖人が言った。それを飄々とした表情で受け流すように亜黒清志郎は言う。
「ま、遅かれ早かれ、アライも自治警から話を聞き出すでしょ。〈過去の事件〉ってキーワードは撒き餌だよ。〈紫煙〉側から情報を引っ張られないようにする、ね。アライはこれから自治警のコンドーさんのとこに行って〈過去の事件〉に関する話を聞くでしょ。んである程度それを軸にして〈摂理の鍵〉の論理構築に使用するかどうかを決めたりするでしょ。なんにせよ、こちら側の〈異能の世界〉ではなく〈一般世界〉の出来事をいじくりまわして事件解決にまわるって筋道をたてるでしょ。そのための撒き餌だよ。」
「なるほど………。敢えて情報を与えて指向性を与え、こちらに必要以上にかかわらないようにさせるための方便というわけですか。」
「マアネー。」
相変わらず食えない人だ。と多田聖人は思いながら、亜黒清志郎を見た。亜黒清志郎は飄々としていて、何を考えているかわからない。自分の教官として就いていた時もそうだった。どこかぬけているように見えて、実は老獪なのだ。その本懐を知る術、隙といったものがないところがある。御し難い人だ。と多田聖人は思っている。今回の事件に関しては特に隙がない。事件の発端から捜査に従事し、異常な執着を見せている。それが多田聖人には気になっていた。
「アグロさん。今回の事件に関してですが。アライさんではなくアグロさんが主軸をおいている過去の事件とは、十五年前のあの〈嘘憑き〉の事件ですよね?〈ニシジマ・アキラ〉。パイロキネシスの能力者の、あの捕獲失敗ケースにおける………。資料によればその作戦にはアグロさんも関わっていたと。しかも現場ではアグロさんが唯一の生存者だったという………。」
「あの、クソ忌々しい事件な。ああ、確かにそれを俺は主軸にして追っている。おそらくあの時のパイロキネシス能力持ちの少年が今回のケースに関わっているのは間違いない。諜報部隊からも色々情報が入ってきている。」
飄々とした態度から一変して、冷徹にそう言った。
「〈ルーマー〉が抱える〈嘘憑き〉が、二名行方をくらまし、この名護屋に潜伏しているという話ですね。」
ーーー〈ルーマー〉。かつて天音佳奈が所属していた組織。荒神家が運営していた超心理学研究機関のひとつである。その組織に所属している〈嘘憑き〉が二人失踪し、この名護屋の地に潜伏しているということを、〈紫煙〉の諜報部隊は突き止めていた。
「ああ、そして、そのうちの一人がニシジマ・アキラだっつーことだ。何故この時期に、あの忌々しい事件を起こした地に現れたのかはわからん。それも〈ステルス〉の能力者と共に行動していると考えられている。じゃなきゃあ、ここ一週間ほど、〈ルーマー〉の捜査網とウチらの捜査網に引っかからないなんぞ不可能だからな。奴は何がしたいんだ。この地で?」
亜黒清志郎は、独り事のようにぶつぶつとそう口にした。その口調には、怨嗟がこもっているように多田聖人には思えた。それもしかたないことだろう。
ーーー十五年前、亜黒清志郎は自分の他四人、計五人で、ニシジマ・アキラの捕獲に挑み、失敗し、四名の殉職者をだしたのだから。自分一人だけが生き残ってしまった、仲間を四人も亡くしてしまった忌々しい事件。そんな事件が、十五年の時を経て、首をもたげてきているのだ。
「タダ。この件に関しては、引き続き俺は単独捜査に入る。なにか必要な情報があれば聞いてくれや。その都度、報告するよ。コレは俺の事件だ。過去との決別をするいい機会だ。無論、〈荒神家〉や〈紫煙〉には迷惑は掛けんよ。その上で、遊撃手として俺は動く。いいな?」
「………わかりました。この件に関しては、アグロさんの意思を尊重し、単独を続行することを許可します。ただ………」
「無茶はせんよ。俺かてまだ四十前で死にたかないってネ。」
そう言って亜黒清志郎は両の手を上げ、ひらひらと手のひらを振り、ニヤリと笑った。そして、そのまま扉の方にくるりと向き、多田聖人に背中を向け、じゃあなと片手を上げ、出て行った。
多田聖人はその様子を見、この亜黒清志郎の単独捜査の可否について荒神家に報告をしようと思ったがやめた。荒神家に対する義理立て以上の、それだけの、執着心を亜黒清志郎から感じ取ったからだった。
(かといって、殉職はやめて下さいよ、アグロさん………)




