ぽつ、ぽつ、ぽつり
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
男が呆然と立っていた。
さても慄然、呆然、いや、唖然。
心が曇天の薄暗がり。
この雨は、この心が降らせたもうた――
上着の肩が、色が変わるほど雨滴の染み込んだ様相で。
ただ、男は立っていた。
さても泰然、憮然、いや、超然。
元からそこにあるように。
銅像がただ、あるように。
男は一人、立っていた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
ああ、雨が降る。
男は気付いているのか。
それとも。
ああ、構うまい、この景色の中で、そこに立つ男は。
高き天より降り注ぐ、雨。
オーケストラの伴奏のごとく。
男の感情は今や今やと昂っている。
丁重に迎えよ。
かの者の凱旋ぞ。
濡れそぼつ身体にある一条の熱が宿る。
振り下ろさんとするでもなく。
ただ硬く握られた男の拳には、赤い雫が滲み行く。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
過ぎ行く人も、去り行く人も。
さあ、寄って参れ見て参れ。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
さあ、導かれてやってきた。
我を訪ねて黄泉の国。
鋼の鎌を携えて。
連れて行こうか黄泉の国。
この気持ちに嘘はない。
偽らざる楽園よ。
今振り上げたるこの拳。
たとえ頭蓋を割らんとも。
さても渾然、依然、いや、陶然。
業火に身を焼く、心砕く。
その裏切りの代償は。
真っ赤に咲いた、彼岸花。
鏡に映る、その姿。
瞳はまあるく、見開かれ。
振向く刹那、悪戯に。
連れて逝こうか、恋の路。
裂くも乱れて、断末魔。
ぽつ、ぽつ、ぽつり。
雨が降る。
真っ赤な真っ赤な雨が降る。