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告白

葉月が眼を覚ますと、優奈がベッドの横の椅子に座っていた。


「気が付いたんですね?気分はどうですか?」

優しそうに微笑む優奈を見ていると、思わず抱きしめたくなる。


「大丈夫です。」


クスっと優奈が笑った。


「葉月さんは、大丈夫です、ってしか言わないんですね?」


「す すみません。」


「謝ることなんて無いですよ?起き上がれそうなら、これに着替えてくれますか?シャツに血が付いているので。」

フフフと笑いながら、優奈は紙袋からゆったりしたTシャツとジャージを出してきた。


「匠に持ってこさせたんです。あの子のものなので、少し大きいかもわかりませんが着替えてください。匠もビックリしていました。「早く元気になって飲もうって伝えてくれ」って言ってましたよ。ほんとに、年上の葉月さんを何だと思っているのか・・」

匠のことを話す優奈は、本当に楽しそうだ。


「匠君にも迷惑掛けて・・そうですね・・早く元気にならないと・・・

有難うございます。じゃあ、お言葉に甘えてお借りします。」



俺は、匠に借りたTシャツとジャージに着替え閉じていたカーテンを開けた。


「今夜は私が付き添いますね?」優奈も楽な服装に着替えている。


「そんな・・良いですよ。其処まで迷惑掛けちゃ・・それにたいしたこと無いですから・・」

俺は、幾らなんでも其処までしてもらうのは、彼女でもない優奈に迷惑だと思った。


「匠に言われたんです。きちんと話をしろ!って。葉月さんにちゃんと話せって・・

あなたは、きっと理解してくれるからって・・・」

優奈の顔は、泣き笑いのような表情を浮かべていた。その顔を見たとき、俺の心は決まってしまった。

  




・・どうして・・こんなに悩む必要があったのか・・・・・




「話してくれますか?」


「聞いてくれますか?」




*********************************************


私と彼 伊勢宮匠吾は同じ中学からこの高校に進学してきた数少ない生徒だった。

匠吾は秀才で正義感が強くて何より優しかった。私の境遇を知っている彼は、何かにつけて私を助けてくれた。いつの間にか二人は一緒にいるのが当たり前になり、匠吾が生徒会長に立候補したとき彼の推薦で私が書記に立候補した。出来るだけ一緒にいたかったし、匠吾といるだけで幸せだった。


私の父は小学3年生の時、癌で亡くなった。それから母は女手一つで保険の外交員をしながら私を育ててくれた。生活は裕福ではなかったけれど、母は精一杯の愛情を与えてくれたの。

けれど、その母も高三の夏、8月20日だった。心筋梗塞で呆気なく死んでしまった。

お得意様の会社のロビーだった。



「イセミヤコーポレーション」




そう。 匠吾の父親の会社だった。




知らせを受けた私は、病院に駆け付けたけれど母の臨終には間に合わなかった。


白い布を被せられた母は微笑んでいるみたいに穏やかな顔をしていた。

私は横に立っている男性にペコリと頭を下げ


「お世話を掛けました。有り難うございました。」誰かも判らないが礼を言っていたらしい。

実のところ、今でもその時の記憶は無い。



気が付いた時には、私は自分のアパートに座っていた。葬式の準備は伊勢宮啓吾が取り仕切ってくれた。私はまるで霧の中に居るようで周りが何も見る事が出来なかった。

身内だけの、身内といっても私と母しかいないんだけど、保険会社の支社長と外交員の友達、高校の担任と数人の友人、そして伊勢宮啓吾さんと匠吾が母を送ってくれた。




母が部屋からいなくなり、小さな骨壺に入って帰って来た夜、私と匠吾は結ばれた。




母の死から三日間 葬儀の時にも、どうしてか出てこない涙が嗚咽と共に溢れてくる。



・・・独りぼっちになってしまった・・・




泣き続ける私を抱き締め、匠吾は「結婚しよう」と言った。


「お前を一人にはしない。大学を卒業後に言おうて思っていたけど、高校を卒業したら直ぐ結婚しよう。俺がお前を守る。お母さんの前で約束してくれ?」


それまで私たちは地元の国立大学を受けるつもりだった。しかし、彼の家から離れる為に広島の大学を選んだ。彼は自分の母の執拗から逃げ出したかったのだ。地元に居れば私との仲を裂かれかねない。



そして、冬・・・・それはクリスマスの翌日だった・・・・



前日のイブに、私のアパートに泊まった匠吾はクリスマスの夜、伊勢宮の家で私との結婚を認めて欲しいと懇願していたらしい。母親は激怒し息子の頬を殴り、匠吾は母の執拗から逃げるようにバイクを走らせ私のアパートに向かっていたのだ。

昼の雨は夕方から霙に変わり、夜には雪になっていた。いつもは無茶なスピードなど出さない匠吾がその日は100キロ以上のスピードを出していた。


その頃、私は部屋で匠吾が昨夜左手の薬指に嵌めてくれたシルバーの指輪を見つめて幸せに浸っていた。




その時だった・・・



キキキキー ガチャーン  と 途轍もない音が聞こえ、誰かの「事故だー!」の叫び声。


 例えようの無い胸騒ぎ


 

  怖い




  見たくない 怖い





けれど・・・私は駆け出していた。


裸足のまま、雪がシャーベット状に積もっているアスファルトの上を走った。


250ccのバイクが横倒しになっていて、男性が倒れていた。頭の下から真っ赤な血が流れて雪を染めている。



「いいーーーやーーーーーーーーーー」






私は匠吾の身体を抱きしめ叫び続けていた。

匠吾の身体は糸の切れたマリオネットのようにだらりとしたまま動かない。


救急車が匠吾を運んでいく。


意思の無い私は、救急隊員に促され一緒に乗り込んだ。



握っている手が、徐々に冷たくなっていくのが信じられない。





・・・これは・・夢だ・・悪い夢を見ているんだ・・・早く目を覚まさないと・・・・・



救急病院に運ばれた匠吾はすでに息絶えていた。暫くして駆けつけた彼の母親は私の顔を見て激怒し掴み掛かってきた。


「どうしてあなたがここに居るの?あなた達親子が私から匠吾まで奪うつもりなの?」

夜叉のように睨んだ人は何をいっているのか?


私は霧が掛かった頭で考えようとしたが、上手くまとまらない。判らない。


私の腕を痛いほど掴み揺さぶった。「何とかいいなさい。匠吾を返してーーーーーーー」

「久子止めなさい。」伊勢宮啓吾が妻の久子を止めてくれた。

「触らないで。私が何も知らないとでも思っているの?あなたと真藤かおりさんの噂は私の耳にも入っていたのよ! バカにするものいい加減にして。あなた達親子は、私から何もかも奪っていくつもりなの? 泥棒猫。私の前から消えなさい。 匠吾から離れなさい。 匠吾ーーーーーーー」

伊勢宮久子の言葉は、私の心に抜けない楔を打ち込んだ。



・・お母さんが匠吾のお父さんと・・そんな・・・・いや・・・



「違う。優奈ちゃん違うんだ。お前も勘違いだ。私と彼女とは何もない。唯の仕事のつながりだけだ

 」伊勢宮が悲痛な声を上げた。



それから、一生懸命、伊勢宮が何か話していたが、私の耳には届かなかった。




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