過去
男性は離婚をしても、対外的には弊害が無い。指輪が外されるだけの話だ。 夏休み中に僕たちの離婚は正式に成立した。
産まれてきた子供は女の子だった。
親権も美由紀に渡し、僕には父親になった実感など全く無かった。
抱かせてももらえなかったのだから。
僕の方に弁護士が着いたと知ると、美由紀の側も弁護士を出してきた。
お互いが顔を合わす機会が少なくなり、少しは気持ちの切り替えが出来てきた。
匠君の先輩の弁護士は若いけれど、押しのきくやりてのようだ。
あちら側が養育費を要求してきたが、今回の離婚に関しては美由紀に非が有るため、こちら側から慰謝料を請求した。僕は慰謝料など考えたことはなかったが、駆け引きなのだろう。 弁護士同士の話し合いの結果 養育費と慰謝料をひきひきにすることで合意した。 彼女にとっては養育費など貰うつもりなどもうとう無かったのだろう。ただ 子供が欲しかっただけなのだから・・
けれど、僕が弁護士を立てたことで意地になっていたのかも知れない。
兎に角、僕の結婚生活は半年で破綻したのだ。
「ありがとうございました。匠君には何とお礼を言って良いか。加美先生にも何から何までお世話になって、ありがとうございました。」
三軒茶屋のイタリアレストラン で葉月は匠と加美弁護士にランチを御馳走していた。本当ならもっと豪勢にお礼をしなければいけないところだが、報酬以外の贈答を断られ、それでは僕の気持ちが収まらないと言うと、匠と一緒に大学の近くのランチを食べましょうと誘われた。
「いえいえ 私も離婚調停は始めてでしたのでいい経験になりました。今回のケースは、此方に全く非が無かったので遣りやすかったんですよ。 あちら側も早く終わらせたかったみたいですしね。」
人気店だと言う店のパスタはめちゃくちゃ美味しかった。
食後のカプチーノを飲んでいるとき、匠がおもむろに口を開いた。
「あんたさ。お袋のことどう思ってるんだよ?」 ぶっきらぼうに匠が聞いてきた。
「良い先輩だと思っています。良く気が付くし、生徒にも好かれているし。」
僕にはそうとしか言いようが無かった。優奈に女性として好意を持ち始めていた葉月だったが、人妻である優奈は手の届かない人だ。どんなに葉月がこがれても叶うことの無い恋なのだ。そんな葉月の気持ちを知りもしない匠は 大きなため息をついていた。 マジで 天然だよな?
♪北斗の拳の着メロが流れてきた。
「ちょっと 悪い。」
匠が携帯を持って店の外に出ていった。
フー
匠君と話すと緊張する。いつも、敵視されている気がした。
「気を悪くしないでくださいね?」
「は?」
「アイツは母親のことになると 信じられないぐらい神経質になるんですよ。 周りからはマザコンだと言われているんですが、アイツに言わせると母親を大切にしない子供なんて最低らしい。まあ母独り子独りだから仕方ないんだけどね」
?母独り子独りだって????
「ちょ・ちょっと待って下さい!今 何て・・」
匠が戻って来てしまった。
何だって?優奈さんの旦那さんはどうなっているんだ?
飲み会にも迎えに来ていたじゃないかよ? エッ エエ!
どうなってるんだよ?
頭の中が混乱している。思考能力〇だ。
* * * * * *
其からの僕は何を聞かれても 上の空で匠君は不思議そうに大学に戻って行った。加美弁護士も大学に用が有るからと、匠君と一緒に行ってしまった。
自分の部屋に戻ってからも、考えがまとまらない。それでいて、優奈さんにも聞ける筈は無かった。
九月の新学期は、慌ただしく過ぎていく。体育祭に文化祭 クラブの新人戦
学校の二学期は何処でも、忙しく慌ただしいものだ。
中間考査が発表になり漸く他の事を考える余裕が生まれた。そうなると優奈の事が気になってくる。進藤先生は殆んど英語教官室で仕事をしている。物理教官室にいる僕とは余り会うことがない。
「進藤先生は今日 日直でしたよね?」職朝(朝の打合せ)で、僕は進藤先生に声を掛けた。
「はい。雨が降りそうだから嫌ですよね。」今にも降り出しそうな曇が立ち込めている。
「進藤先生はこの高校の出身って聞いたんですが?」葉月は鎌を掛けた。
「嫌だわ。誰に聞いたんですか?そうなんですよ。八十期生なんです。歳を感じちゃいますね?」
恥ずかしそうに笑う優奈は何とも可愛い。年上の女性に可愛いと思うことはおかしいのだろうか?
そうだ。 卒業アルバムがあるはずだ。図書室だろうか? 事務所で聞いてみよう。