離婚
優奈の作ったシチューはとても美味しかった。 本当に久々の 家庭料理だ。
美由紀が名古屋に帰ったのが六月の始め。
それから、葛は寡生活を強いられていた。学生時代から、独り住まいをしていた為 妻が居なくても支障は無いのだが、侘しさはあながいようがなかった。
「久しぶりにまともな食事をしました。独りだと つい コンビニ弁当と酒になってしまうので・・」
「お口に合うか心配だったんですが、今日は匠が帰ってくる日だったので匠の好物を作ったんです」
無愛想な表情で 食事をしている進藤匠。
明らかに僕に対して警戒感を持っているみたいだ。
二十歳の国立大の大学生。法学部に在学しているそうだ。 彼の先輩の弁護士が僕の力になってくれると言う。母親の頼みだから仕方が無いのか?
それにしても、旦那が帰ってくる気配がない。
「旦那さんは今日はまだお仕事なんですか?」
窓の外は既に暗闇に閉ざされている。時計の針は、八時を指そうとしていた。
「・・ええ・・あの人は遠くに行っているので・・・・」
一瞬、部屋の空気がひんやりしたような気がする。匠の視線が鋭く光った・・・ような・・
・・単身赴任か?大変だな?・・・・
久々の暖かい家庭料理に僕の神経はしんじられないぐらい鈍感になっていた。
「単身赴任だったら先生寂しいですね?」
張り詰めていた空気が和らいだ。
・・バカか?・・・
匠からそんな独り言が漏れたのを聞きそびれていた。
「ハハハハハ。 あんた天然だろ?」
??えっ?? 僕? 何か変なこと言ったっけ?
敵対心丸出しだった彼から それが消えていた。
何だか肝心なことを聞き忘れたかのような
月曜日に校長と教頭に 離婚調停に入った事を手短に伝えた。険しい顔で話を聞いていた校長は、最後に少し微笑んで口を開いた。
「葛先生の事情は分かりました。大変でしょうが良かったのかも知れませんね?失礼ですが、あの方は貴方には似合っておりませんでした。」
後二年で定年を迎える古城校長は僕にとって父の様な存在だった。教師を志したのもこの人に憧れてのことだ。いつも 優しくどの生徒にも平等に接していた。穏やかそうに見えて空手の有段者でもある古城は不良生徒にも一目置かれていた。
結婚が決まった時 美由紀を連れて古城校長の自宅に挨拶に行ったときの事を言っているのかも知れない。
清貧を絵に書いた様な古い小さな民家が古城の自宅だった。古くても綺麗に磨かれ落ち着いた風情が僕にとってはまるで自宅に帰ったかのような錯覚を起こしてしまう程に居心地が良かった。
それを彼女は、あからさまに嫌な顔を見せ上に上がるのさえ嫌がった。まるで自分の服が汚れてしまうかのように・ ・ ・
僕は、量販店のスーツを着ていたが、美由紀はCHANELの白いスーツだった。
そう その頃から僕は間違った選択をしていたのだ。