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理想のヒモ生活  作者: 渡辺 恒彦
三年目
98/101

第四章1【育ての親】

 善治郎が『瞬間移動』の発動に成功した日からおおよそ半月後。


 念入りに準備を済ませた善治郎は、妻である女王アウラの『瞬間移動』で、ララ侯爵領領都へと飛んだのであった。


 不思議なことに、自力で行う『瞬間移動』と他者による『瞬間移動』は、体感として違いがある。自分で行う『瞬間移動』では、まるで周囲の風景が書き換わったのではないか、と思うほど何の違和感が少ないのに対し、他人に掛けられる『瞬間移動』では、一瞬だが、例えるのが難しい不快感に襲われる。無理矢理例えれば、下りのエレベーターの始動直後、もしくは上りのエレベータの停止直前の浮遊感を何倍にも拡大した感覚と言えば、少しは理解できるだろうか。


 ともあれ、そんな不快感をかみ殺し、ゆっくりと目を開けた善治郎の視界に飛び込んできたのは、全く見覚えのない石造りの一室に立つ、見覚えのある一人の騎士。そして、自分の対面で深々と頭を下げる、やはり見覚えのある二人の侍女の姿だった。


 現時点では善治郎にとって唯一の騎士であるナタリオ。


 侍女イネスと、侍女マルグレーテ。先ぶれとして女王アウラが『瞬間移動』で送り込んでおいた人材である。


 ララ侯爵領は、侍女イネスと侍女マルグレーテにとっては、故郷にあたる。


 そのせいだろうか。騎士ナタリオは、善治郎の目にもわかるくらいに緊張しているのに対し、侍女イネスと侍女マルグレーテはどことなくリラックスして見える。


「ゼンジロウ様。無事のご到着、お祝い申し上げます」


「ナタリオ、イネス、マルグレーテ。先入り大義である」


 大仰なやり取りは、完全に形式的なものである。王族が国内とはいえ別の都市へと移動するのは、本来ならば無事を祝われるくらいに大変なことなのだが、『瞬間移動』で飛ぶ分には、何の危険も疲労もない。


「到着したばかりでお疲れのところ恐縮ですが、ララ侯爵がお待ちです。ご足労頂けますでしょうか?」


 だから、侍女イネスがそうつづけた言葉も、形式以上のものではない。


「ああ、問題ない」


「では、ご案内いたします」


 侍女イネスに先導されて、善治郎は見知らぬ屋敷の中を歩み進む。




 ララ侯爵領領都は旧王都であり、ララ侯爵邸は、旧王城にあたる。流石にそのまま使うのは不遜であるし、広すぎて無駄が多いということで、全体的に縮小工事を行ったのだが、それでも建物そのものは旧王城であることに変わりはない。


 そんな歴史と伝統を感じさせる通路を通り、たどり着いた一室では、一組の男女が畏まって待っていた。


「お初にお目にかかります、ゼンジロウ様。ララ侯爵家当主、フェルナンドにございます。この度は我が領地にゼンジロウ様を迎えるという栄誉を賜ったこと、厚く御礼申し上げます。こちらは、我が妻、エルミラにございます」


 ララ侯爵フェルナンドは、初老の男だった。背は善治郎から見ると大きめで百八十前後はあるだろう。肌の色は、南大陸ではありふれた褐色。髪は灰色だが、恐らくは生まれつきでなく加齢でそうなったのだろう。その灰色の髪を、几帳面なオールバックに撫でつけている。体つきは、特に太っているわけでも痩せているわけでもないのだが、恐ろしく姿勢が良い。


 プジョル将軍の威圧的な圧力とはまた違う、圧倒的な存在感のある人間だ。


「エルミラです。この度は、ゼンジロウ様のご尊顔を拝する機会を得て、恐悦至極に存じます」


 続いて隣に立つ、上品な夫人もそう挨拶する。こちらは、ララ侯爵よりも幾分か年下のようだ。初老と呼ぶべきか否か迷うくらいの年齢に見える。


 ララ侯爵とララ侯爵夫人。善治郎の妻である女王アウラの乳母夫と乳母。


 人間関係的には、実の両親よりもよほど『親』と呼ぶべき存在、と女王アウラが言う人物。


 身分は善治郎の方が上だが、あらゆる意味でこちらも気を使わなければならない相手である。


「カープァ王国国王アウラ陛下が伴侶、善治郎だ。ララ侯爵夫妻自らの出迎え、大義である」


 声にも表情にも緊張を出さずに言い切れた。と善治郎は思ったのだが、実際のところはどうだったのだろうか?


「はっ、勿体ないお言葉です」


 如才なくそう答えるララ侯爵の様子からは、うかがい知ることはできなかった。




 挨拶が終わった後は、向かい合う形でソファーに腰を下ろし、本格的な対談が始まる。


「最初にアウラ陛下のお言葉と伝える。「たまにはカルロスの、孫の顔を見に来い」だそうだ」


 善治郎の伝言に、ララ侯爵夫妻はそろって口元に苦笑を浮かべる。隣り合って座る夫婦は、どちらともなく視線を合わせ、頷きあうと、対面に座る善治郎に視線を戻す。


「では、アウラ陛下にお伝えください。「孫の顔は見たいが、我々が王都に向かうのは国益に反する」と」


 ララ侯爵の言葉に同意するように、侯爵夫人はクスリと笑う。長き時を共有した夫婦独特の息の合ったやり取りに、善治郎は軽い羨望を覚えた。


「分かった。その通り伝えておこう」


 ララ侯爵夫妻は、予想通り王都に来るつもりはないようだ。しかし、女王アウラと善治郎の息子であるカルロス・善吉王子を孫と例えたことに否定の言葉を返さないところは、心理的には女王アウラを『娘』と捉えてくれているようだ。


 その後、善治郎とララ侯爵は、女王アウラの近況や、王都とララ侯爵領の風俗の違いなどで軽く話を弾ませると、本題へと移る。


「お話しは伺っております。ガジール辺境伯家のチャビエル卿の妻として、当家の三女アイダと四女ロリタのどちらかを迎えたいとの話で、お間違えないでしょうか?」


「ああ。付け加えるならば、他にも候補はいるため、良くも悪くも絶対ではない」


 事前交渉の段階のため、双方とも物言いが歯に衣着せぬ直接的なものだ。


 良くも悪くも。まだ交渉の段階のため、この婚姻がララ侯爵家に不利益であると判断すれば断ることもできるし、逆に有益と考えても他の候補に流れることもある、ということだ。


「承知しております。ひとまずは、アイダとロリタは、教育の一環として王都へ派遣する、という形を取りたいと考えております。そこで、ガジール辺境伯家のチャビエル卿との出会いの場を用意していただければ」


 あまりに白々しいが、建前というのは大切だ。複数の婚約者候補の中から一人が選ばれるよりも、婚約者でも何でもない複数の女性の知り合いの中から、一人が正式に婚約者となるほうが波風が少なくて済む。


「内々定で決定できるのであれば、王都行はどちらか一人でも構わないのだが?」


 という善治郎の問いに対する答えは、


「相性というモノがございますから」


 であった。


 どうせならば、相性の良いほうを嫁がせる。領主としての打算と、父としての愛情が同時に感じられる答えである。


 現代日本の感覚引きずる善治郎にはなじめないが、ララ侯爵夫妻の振る舞いは、高位貴族としてはかなり娘に配慮している部類らしい。


「分かった。では、両名とも私が責任をもって王都へ『飛ばす』としよう」


「よろしくお願いいたします」


「お手数をおかけします」


 ララ侯爵夫妻の礼を述べる言葉と、しぐさは相変わらず見ていて心地よいほどに息が合っている。


「日程についてはどのように考えている?」


「はい。今夜、ささやかではありますが、ゼンジロウ様の歓迎会を催す予定になっております。三女アイダと四女ロリタは、そこでゼンジロウ様にご紹介する予定です。

 その後は、ゼンジロウ様のご予定次第ですが、可能であれば明日アイダ、明後日ロリタを王都に『飛ばして』頂けたらと考えております」


 今夜顔合わせは別段以外でもないが、『瞬間移動』で王都に送るのが、明日と明後日というのは予想外だ。


「私は構わないが、大丈夫なのか? そこまで急ぐことでもないのだぞ」


「問題ありません。すでに用意は済ませております。急ぐことではなくとも、早いに越したことはないでしょう。ゼンジロウ様を足止めしているのも心苦しいですし」


 移動が善治郎の『瞬間移動』頼りである以上、善治郎の帰還は必ず最後になる。予定を遅らせれば遅らせるほど、善治郎の滞在期間が長くなることも確かだ。


 アウラから聞いている事前情報では、ララ侯爵夫妻は合理主義者らしいので、その対応も必然と言えば必然なのだが、なんとなく必要以上に急いでいるような気もする。


 自意識過剰と言われればそれまでだが、有力地方領主の立場からしても、女王アウラの乳母夫という立場からしても、善治郎という人間は無理のない範囲で引き留めて、交流を持ちたい人間ではないだろうか?


 女王アウラからララ侯爵は、身内に近い存在だと聞かされていることもあり、善治郎は率直に問いかける。


「随分と急いでいる印象を受けるな。私がこの地に滞在するとなにか不都合があるのか?」


 善治郎の言葉に、ララ侯爵は柔和で真面目な表情を崩さないまま、あっさりと首肯する。


「はい。正確に言えば、滞在期間が長引くほど、その危険が高くなる、と私が推測しているだけですが。ここは面倒な『隣国』が近いですから」


「『隣国』か。アルヴェ王国のことではないな」


「はい」


 念のため確認する善治郎に、ララ侯爵は肯定する。大国のエゴそのものだが、カープァ王国は国境を接しているアルヴェ王国を国というより緩衝地帯の監理者ぐらいの認識である。隣国とは、緩衝地帯を挟んだ反対側の国、トゥカーレ王国を指す。


「トゥカーレ王国、か」


 事前に聞かされた国名が、自然と善治郎の口から洩れる。


 トゥカーレ王国。カープァ王国と並ぶ南大陸西部の大国であり、先の大戦の戦勝国。


「かの国が動いている、という報告は入っていないが?」


「報告を入れなければならないほどの、情報は入っていませんから」


 善治郎の問いに、ララ侯爵は冷静な声でそう答えた。


 他国からきた商人の言葉が少し気になった。他国出身の人間がなんとなく気になる眼をしていた。そんなレベルの話まで、いちいち王に上げていたら、王は情報の濁流にのまれてパンクしてしまう。


 ララ侯爵の掴んでいるトゥカーレ王国の動向もその程度のことらしい。実際、そういう「ひょっとして、これは何者かの陰謀か?」と思われる些細な情報というのは、国境沿いの領地でアンテナを高く張っていれば、良く入る。そして、そういう情報の大半はただの気にし過ぎで終わるのだ。


 だから、中央に報告を入れていなかったララ侯爵の判断はごく常識的で、善治郎の滞在期間を短くしようとするララ侯爵の態度は、むしろ慎重すぎるというべきだった。


 結論から言えば、ララ侯爵の判断は大筋において当たっており、同時に無意味なものであった。


 善治郎との対面が続いているさなか、ララ侯爵の部下と思しき人物が入ってくると、ララ侯爵の耳元で何かを耳打ちしたのである。


 その言葉を聞いたララ侯爵は、柔和な表情を崩さないまま小さく「分かった」と部下に伝えると、善治郎の方へを向き直り、


「ゼンジロウ様、当家に出入りしている『自称』アルヴェ王国国籍の商人が、早急に会いたいと言っているそうです。私はそちらの対処に向かいたいのですが、離席をお許しいただけるでしょうか?」


 そう、許しを請う。


 いうまでもなく、常識的とは言いかねる申し出である。


 王族、それも王配という高位の王族を歓待してる最中に、いくら至急とはいえ出入りの商人の用件を聞きに向かうというのは、無礼と言われても仕方がない対応だ。


 だが、『自称』の部分に強いアクセントを置いたアルヴェ王国の商人というもの言いに、さほど聡明でもない善治郎でも、この話が先ほどまでの話とつながっていることを察する。


「侯の判断に任せよう」


「では、失礼します。エルミラ、後を頼む」


「承知いたしました」


 この場を第一夫人であるエルミラに託すと、ララ侯爵は退室していった。


 後を託されたララ侯爵夫人エルミラは、わずかな動揺も見せず、善治郎に向き直る。


「一時的に席を外しましたが、侯爵もすぐに戻ってくることでしょう。先ほどまでの話はそれから再開するということで、よろしいでしょうか?」


「ああ、構わない」


 重要な話はあくまで当主であるララ侯爵から。代理であるララ侯爵夫人は、そのスタンスを守るつもりらしく、夫人の口にする話題は、私的なものや、他愛のないものに限られた。


「それにしてもアウラ陛下が一時の母とは、正直未だに実感がわきませんね」


「そういうものなのか? 失礼だが、夫人はすでに実孫のいる身であろう。自分の娘と照らし合わせれば、想像するのも難しくはないのではないか?」


 首をかしげる善治郎に、ララ侯爵夫人は上品に笑うと、


「確かに長女のアウグスティーナと次女のギジェルミーナはすでに嫁ぎ、子を産んでおります。ですから月日の流れという意味よりも「あのアウラ陛下が」という意味が強いですね。私の記憶にあるアウラ陛下――当時は殿下でしたが――は、率直に言って殿方と契り子をなすという未来が想像しづらい女性でしたから」


「ああ」


 ララ侯爵夫人の言葉に、善治郎は納得した。


 女王アウラは、王位を継承する前から、ララ侯爵領の兵を借りて、戦場の将として活躍していたという。それは、戦争が始まったから急にやってできることではあるまい。つまり、女王アウラは幼少の頃から、戦士として、将としての鍛錬を積んでいたということになる。


 言うまでもなく、それはこの南大陸において、一般的な女の成長とは大きく異なる。当然、男受けする女の在り方ではない。


「それは、乳母として問題はなかったのか? 仮にも王族の育成を任されていたのだろう?」


「あるかないかで言えば、問題のある育て方だったでしょうね。ですが、それが問題視されないくらいにアウラ陛下は、通常の王族の女としての教育もしっかりこなしておりましたし、当時は一人くらい変わった育ちをしても問題にならないくらいに、王族も数がいましたから」


「王族が多数いた、か。私には想像できないが、今とはまるで状況が違うのだな」


「大戦の前と後で、南大陸の情勢は激変しましたからね。大戦前、南大陸西部四大国家と呼ばれていた国の中で、戦後戦勝国となったのはトゥカーレ王国とカープァ王国だけだったのですから」


 それどころか、カープァ王国も血統魔法の使い手はアウラ一人のところまで追いつめられていたのだ。一歩間違えれば、南大陸西部はトゥカーレ王国一強になっていた可能性が高かった。


「講義という形で一通りの流れは聞いているが、やはりその時この国にいなかった私では、深いところは理解できていないのだろうな」


「伝聞の知識というのは、どうしてもそうなりますね。私は逆に、夫を迎え一時の母となったアウラ陛下という聞こえてくる情報が、どうしても私の知っているアウラ殿下と重なりませんから」


 目を細めるララ侯爵夫人に、善治郎も口元をほころばせる。


「侯爵夫人は、本当にアウラ陛下を娘のように愛しんでいるのだな」


「お互いの立場がございますから、心情通りの振る舞いはできませんが、感情としては娘と変わりません」


 そんな会話を交わしていると、ガチャリと音を立て、ララ侯爵が戻ってくる。


「遅くなりました」


「いや、むしろ早くて驚いた。用件は済んだのか?」


 問いかける善治郎に、ララ侯爵は相変わらず表情の読めない柔和な笑顔のまま、答える。


「はい。是非とも、と持ってきた贈呈品を受け取っただけですから。向こうも全く粘らずにすぐ帰って行きました」


 よく見ると、ララ侯爵の後ろに控える使用人が、手に長方形の小さな箱を持っている。あれが『贈呈品』なのだろう。わざわざここに持ってきたということは、何らかの形で善治郎に関わるのだろうが、善治郎には皆目見当もつかない。


 善治郎の許しを受けて対面のソファーに座りなおしたララ侯爵は、早速使用人に指示を出すと、その箱をテーブル上に乗せ、開いて中身を見せる。


 長方形の小箱の中は仕切で二つに分かれており、そこには二粒の宝石が鎮座していた。


 色は黄色、形は丸。恐らくは琥珀だろう。かなり丁寧に磨かれているらしく、素人の善治郎が見ても美しいと分かる輝きを放っている。


「これは?」


 いぶかし気に問う善治郎に、ララ侯爵は小さく肩をすくめると伝言を伝える。


「それを持参した商人が言うには、『この館に滞在中の、最も高貴なる方に進呈いたします。ささやかな品ですが、必要としている者の所へ下賜していただけるならば幸いです』とのことです」


 必要としている者の所へ下賜。その言葉で、善治郎の中で情報が繋がった。


 二粒の琥珀。必要としている者。


 現在善治郎が扱っている、プジョル将軍とニルダ・ガジールの結婚式準備。そこで、プジョル将軍側の親族代表であるプリモ・ギジェンは、双王国のフランチェスコ王子に、結婚式場を飾る特別な装飾油灯を注文した。


 装飾油灯は四台で、南大陸中部に伝わる地水火風の『精霊乙女』を模した物とする予定になっている。瞳にはそれぞれの精霊貴色に合わせた宝石を使う予定で、地の精霊貴色は黄色のため、候補となるのはイエロートパーズか琥珀なのだ。


 精霊油灯は二の腕くらいの大きさで作ると言っていた。素人の漠然とした感想だが、その二粒の琥珀は、瞳に十分な大きさがあると思われる。


 プジョル将軍とニルダ・ガジールの結婚自体は、特別秘密でもない。そこで『精霊乙女』を模した装飾油灯を造っていることも特別隠しているわけではない。


 だが、意図して広げているわけでもないのに、この短期間で隣国の商人が知っているのは不自然だし、何よりも今日この時、善治郎がララ侯爵領にいることは、通常の手段では絶対にうかがい知ることが出来ないはずなのだ。


「……どこまで、知られている?」


「現時点ではただのハッタリでしょう。奴らが知っていることは何もないに等しいかと」


 表情をこわばらせる善治郎に、ララ侯爵はあっさりとそう言い切った。


「そう、なのか?」


 拍子抜けした顔をする善治郎に、ララ侯爵は変わらぬ柔和は表情で説明を始める。


「すでにお察しのことと思いますが、この度急な面会を申し込んだ商人は『表向き』はアルヴェ王国に籍を置く商人です」


 その実態は、大国トゥカーレ王国の息がかかっていることは、公然の秘密だ。実際、逆にトゥカーレ王国の国境領地には、カープァ王国が傀儡化したアルヴェ王国の商人を出入りさせているため、その辺りについてはお相子である。


 警戒する大国同士、相手の動向が完全に鉄のカーテンの向こうになってしまうよりは、お互い相手の姿が見える状態を選んだ、暗黙の了解というやつだ。


「トゥカーレ王国の『解得魔法』は確かに脅威ですが、こちらが思っている以上に制約が多く、得られる情報は限定的らしいです。むしろ脅威なのは、奴らが長い歴史の中で培ってきた、限定的な情報を巧みに利用する技術の方ですね」


「なるほど、だから私の滞在は可能な限り短いほうが良いのだな」


「ご明察の通りです」


 ララ侯爵の説明に、善治郎はひとまず納得した。


『解得魔法』は、大国トゥカーレ王国の『血統魔法』である。効果は、『問いに対する正しい答えを得る』こと。魔法であるため、当然問いは魔法語で行わなければならないし、答えも魔法語で返ってくる。言霊による自動翻訳は働くが、母国語に代替えとなる言語が存在しなければ、その部分は魔法語のままだ。さらに、その答えも必ずしも望む通りのものとは限らない。術者と問う対象の距離や時間が開けば開くほど、魔法の難易度が上がるという噂もある。また、未来と人の心に関する問いには、答えが得られないとされているが、これに関しては、先の大戦中、未来予知をしたとしか思えない軍事行動をとった実績があるため、疑問の声も上がっている。


 そして何より、問い一つごとに別々の魔法を開発する必要があるため、効率はすこぶる悪い。


 だが、本来知ることのできない知識が得られるというのは、どれほど効率が悪くても非常に強い力だ。


 トゥカーレ王国は金銀を始めとした鉱物資源が豊富な国だが、それは鉱物資源に恵まれた立地であるというよりも、『解得魔法』でピンポイントな埋蔵場所を把握できることによるものであると噂されている。


『解得魔法』で得られた情報をもとに、情報を精査し、さらなる情報を探る技術を磨き続けてきたトゥカーレ王国。


 カープァ王国王配善治郎が、ララ侯爵領にいる。プリモ・ギジェンが二粒の琥珀を欲している。現時点で得ている情報がその二つだけだったとしても、善治郎の滞在が長引けば、『解得魔法』ではなく、もっと古典的な手段で情報を増やしていくだろうし、情報が増えれば増えるだけ、情報をもとにした考察の制度も上がり、加速度的に内情が知られていく。


「分かった。侯爵の言を受け入れる。『瞬間移動』での帰還は可能な限り早くするとしよう」


 善治郎の言葉に、初老の侯爵は「恐れ入ります」と、綺麗な礼を見せるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直言うと文庫版よりこの展開の方が面白い
[気になる点] 誤字報告 「それにしてもアウラ陛下が一時の母とは、正直未だに実感がわきませんね」 一児の母
[気になる点] 誤>アウラ陛下が一時の母とは 正>アウラ陛下が一児の母とは 誤>夫を迎え一時の母となった 正>夫を迎え一児の母となった
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