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理想のヒモ生活  作者: 渡辺 恒彦
一年目
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プロローグ5【結婚しましょう!】

「ええと、じゃあ、逆にもし、そのお話を私が受けしたとして、私にはこの世界でどのような義務が生じるのでしょうか? 女王の婿も王族の一種ですよね?」


 善治郎の質問に、前向きな意図を感じ取ったのか、アウラは嬉しげに笑い、答える。


「特に規定はない。なにせ、私は我が国における三十二代目の国王だが、カープァ国の歴史上、女王は私でまだ四人目なのだ。

 しかも、前任の三人は生涯独身を通し、後継者には血の濃い分家から養子を取ったり、即位当時はまだ乳飲み子であった、年離れた弟に王位を譲ったりしている。

 つまり、カープァ王国の女王の婿となるのは、ゼンジロウ殿。そなたが初めてとなる」


 なにげに、善治郎を「婿」と断定した形で言うアウラであったが、善治郎はそれに気づかず、もっと別な点で慌てた声を上げる。


「ちょ、ちょっと待って下さい! それじゃ、この国には王配の権利や義務って全く明文化されていないって事ですか?」


 王配とは、女王の伴侶のことだ。今まで結婚した女王がいなかったこの国には、存在しなかった言葉なのかも知れない。


「うむ。書面上は、そうなる。しかし、安心めされよ、ゼンジロウ殿。我が国は、三十二人中女王が四人という歴史からも分かるとおり、男性優位の社会だ。特に職場はともかく、家においては家長は常に男で、妻は夫を立てるのが美徳とされている。

 どのような形であれ、婚姻を結べば私は可能な限り、貴方の希望に添うよう努力をしよう」


「は、はあ……」


 予想を遙かに上回るうまい話が帰ってきた善治郎は、惚けたような声を出した。

 アウラの言葉を全面的に信じて良いのだとすれば、アウラと結婚しても善治郎にはこれといって果たすべき義務はない上に、アウラは善治郎を立てて可能な限り便宜を図ってくるのだと言う。

 ……あまりに、話がうますぎる。


(駄目だ、よーく考えろ。どう考えても裏がある話だろ、これ)


 厳しく律していなければ、思わず飛びつきたくなるくらいに好条件のお話である。

 善治郎は、必死に頭の中で考えを巡らす。


(そもそも、この結婚が成立したとして、アウラさん側のメリットはなんだ? 王家の血筋の存続? それだけか?)


 アウラ以外の王族が死滅しているのだとすれば、王家の血を色濃く引く善治郎の存在は、非常に魅力的であることは確かである。

 しかし、そのためだけに、あそこまで美味しい条件を並べるものだろうか? 子作り以外何もしない亭主。世間ではそう言う男を『ヒモ』という。


(わざわざ旦那をヒモ野郎にするだなんて、アウラさんてすげえハイレベルのダメンズウォーカー? いや、そんなわけねえよなぁ……)


 そうではないのだとすれば、どこかにもっと大きなアウラ側のメリットがあるはずだ。そうでなければ、例え血筋的にどれだけ善治郎が婿に相応しいとは言っても、最初からあそこまで「美味しい条件」を並べるはずがない。


(駄目だ。情報が少なすぎるな)


『少ない情報で無理矢理商談を纏めようとすれば、必ず足下をすくわれる』。会社で先輩に口酸っぱく言われてきた言葉を思い出した善治郎は、立て続けてにアウラに質問を投げかける。


「すみません。また話が元に戻りますが、もし私がこのお話をお断りしたら、アウラさんはいったいどうなさるのですか? ご結婚されないというわけには行かないのでしょう?」


「ああ。その場合は、恐らく国内の比較的王家の血が濃い貴族を婿に迎えることになるだろう。もっとも濃いと言っても、たかが知れているが」


 だからこそ、ご迷惑を掛けることを承知の上で、ゼンジロウ殿をお呼びしたのだ。と、アウラは自嘲気味に笑った。


(なるほど。一応国内にも婿候補はいるんだな。まあ、当たり前か。……ん? まてよ? ちょっとカマを掛けてみるか)


「その婿候補の方と言うのは、やはり曾祖父や曾祖母に王族を持つような方なのですか?」


 善治郎のカマ駆けに気づかないアウラは、苦笑して首を横に振る。


「まさか、そんな血の濃い人間はもう残っておらぬよ。精々、曾祖父の祖父が王族とか、良くて曾祖父の母親が王族といった程度の人間だ」


(やっぱり、ビンゴだ!)


 アウラの返答に、善治郎は内心の驚きを隠し、どうにかポーカーフェイスを保つ。

 会社の上司曰く。『営業にとって表情筋は、理性で動かすものであって、感情にまかせるものではない』。そんな上司の教えが、こんな異世界で生きている。

 今のアウラの返答は明らかにおかしい。曾祖父の祖父というのは数で表せば五代前、曾祖父の母とは四代前に王族の血が入っていたということになる。

 一方、地球に転移してきた善治郎のご先祖様というのは、五代前の人間だ。アウラの言うとおり、四代前の人間が生き残っているのだとすれば、そもそも五代前の血しか引いていない善四郎を召喚する理由がない。

 善治郎が生まれ育った村が閉鎖的であったため、結果として善治郎が極めて濃い王家の血を持っていたが、そのことは召喚するまでアウラも知らなかったはず。現に彼女は「嬉しい誤算」と言っていた。

 つまり、王家の血が濃い人間と次代の子をなすため、異世界から婿候補を召喚した、という説明自体が嘘と言うことになる。


(じゃあ、なんで俺を召喚した? ひょっとして俺を婿にしたいって言う話自体が嘘なのか? いや、駄目だ。そこから疑いだしたら、きりがない)


 そもそも、善治郎には自力で元の世界に戻る手段は無いのだ。そう考えれば、アウラが上手いことを言って善治郎をだまくらかす必要はない。ただ、「元の世界に返す手段は無い」と嘘をつけば良いだけなのだから。

 恐らく、アウラは可能な限り、善治郎と誠実な交渉をしようとしている。


(だから、俺を婿にしたいって話も、異様なくらいの好条件も事実だと考えてもいいはずだ。そのほうが話のつじつまはあう。だとすれば、なぜだ? なぜ、アウラさんはあえて、あんな好条件を示してまで、国内貴族より『血の薄い』異世界に逃げた王族の子孫を召喚した?)


「ゼンジロウ殿? いかがされた?」


「あ、いえ。すみません、ちょっと考え事を。それで、もし私が、アウラさんと結婚することになれば、アウラさんとしては私がどうするのが理想ですか? いえ、法律上どうしなければならないとかじゃなく、あくまでアウラさんのご希望として」


 善治郎の問いに、アウラは小さく肩をすくめると、気持ちよいくらいはっきりと答える。


「特にない。この話を受けて下さるのということは、ゼンジロウ殿は私のために、故郷もご家族もそれまでの生活も、全て投げ打って下さると言うこと。そのような方に、さらに要望を突きつけるほど私は厚顔無恥な人間ではない。

 ただ、王家存続のため、子をなすのにご協力頂ければ、それで結構」


 どうやら本当に、生じる義務は、目の前の爆乳美女との子作りだけのようだ。少なくとも、善治郎の目には、アウラは本気でそういっているように見える。


「そう、ですか……」


 アウラの返答は相変わらず、男を駄目にするくらいに甘い代物だった。だが、今回は善治郎も半ばその返答予測していた。


(これは、ひょっとしてマジで俺が立てた仮説が当たってるか? さっきの条件は、『俺にとって』おいしい条件じゃない。最初からその条件が『アウラさんにとって』一番望ましい条件なのか?)


 善治郎は頭の中で、これまで得た情報を整理する。




・国内には、異世界に逃げた王族の子孫よりは、血の濃い貴族がいる。


・それなのに、アウラはあえてかつて異世界に逃げた王族の子孫(善治郎)を、婿として召喚した。


・結果、善治郎はかなり濃い王家の血を持っているが、それはあくまで「嬉しい誤算」。


・善治郎に、アウラは「子作りさえしてくれれば、他は何もしなくていい」といった。


・この国は、原則男性優位社会で、女王という存在はまれ。


・この国の文化では、家の家長は絶対に夫。妻は夫を立てるのが美徳。


・これまでの女王は全て生涯独身で、『王配』が存在するのは、この国の歴史上今回が初めて。




 これまでの受け答えや、その全身から発する圧倒的なカリスマ性だけを見ても、アウラという女は王としての素質を十分に持っているように見える。

 自分の仮説が正しいのか、それを立証するため善治郎は質問を続ける。


「後もう二つ質問させて下さい。私がこの国に留まったとしたら、どこで生活することになるのですか?」


「それは、恐らく後宮だ。元々我が国は、一人の王が王妃や側室といった複数の妻を娶るのが一般的だったからな。少々変則的だが、私達夫婦の生活空間は、後宮ということになる」


 やはりだ。もう、ほぼ間違いない。

 善治郎はゴクリと唾を飲み込むと、最後に決定的な質問を投げかける。


「では、最後の質問です。

 もし私が、アウラさんと結婚した後、後宮に引き籠もり、可能限り外部との接触を断ち、アウラさん以外の王宮関係者とは一切関わりを持たず、ただひたすらダラダラと遊びほうける日々を過ごしたとしたら、アウラさんはどう思われますか?」


 善治郎の仮定の話に、アウラは堪えきれなかったかのように、今日一番の笑顔で反射的に答える。


「大歓迎だとも!」


 その一言で、善治郎は、自分の仮説が全面的に当たっていたことを確信した。


(オッケー、謎は全て解けた。間違いないわ。この人、「何もしなくていい」という条件を餌としてあげている訳じゃない。正真正銘「何もしないでいてくれる婿」が欲しいんだ)


 文字通り、ヒモ男を第一希望として歓迎しているのだ。

 ちょっと考えて見れば、実はそう不自然な話でもない。

 半ブラック企業で、仕事に追われる日々を過ごしている善治郎の価値観で物事を計ろうとしたのが、そもそものまちがいなのだ。

 仕事に疲れている善治郎は、働かずに衣食住+美人の嫁さんが与えられる生活というのに、魅力を感じているが、それはこの世界での一般的な価値観ではない。

 『王配』となった人間が働くということは、権力を行使することに他ならない。

 大きな権力を行使することに、魅力を感じない男というのはむしろ少数派だろう。

 例え、この国では明文化された権限はなくとも、『王配』は歴とした権力者だ。

 なにせ、王国の文化自体が男社会を中心に形成されているのだし、『家庭』の長である家長は、例え入り婿でも男がなると決まっているのだから。

 そして、妻となった女は、可能な限り夫となった男を立てるのが美徳であるとされているのならば、極端な話、『王配』は『家庭』を通して『女王』に『命令』することすら可能であるかも知れない。

 少なくとも、『王配』が公式な場でなにか意見を言えば、『女王』はそれを無視することは出来まい。


(そうだよな。貴族出身の婿さんなら大抵権力欲はあるだろうし、そんなヤツを『王配』に添えたりしたら、最悪アウラさんの権力が丸ごとそっくり横取りされる可能性もあるのか。まあ、そこまではいかなくても、自分の実家に利益誘導するくらいは、まず絶対にやるだろうなぁ)


 女王と王配の二重権力構造。最悪の場合は、国を二つに割る内乱に発展してもおかしくはない。


(なるほどねー。そう考えれば、わざわざ異世界から婿さん候補呼びたくなるのも分かるわ。異世界の婿さんが、政治的野心を持っていない保証はないけれど、最低でも実家の紐付きにはならないもんな。婿さんの実家が外戚として権力を振るったりしないだけでも、十分に意味あるよなぁ)


 古今東西の歴史をひもとけば、王の配偶者の親族――『外戚』が国を乱す原因となるケースは非常に多い。


 色々と考えて、立て続けてに質問をしてくる善治郎を、興味深げに見守っていたアウラは、善治郎が落ち着いたのを見計らい、問う。


「この様な一生を左右する選択を即答しろというのが、無茶であることは承知している。しかし、先にも述べたとおり、召喚魔法は星の並びに左右される故、時間があまりないのだ。

 今すぐ答えを出してくれなくても良いが、最低でも明日の朝までには心を決めて戴きたい。

 なにぶん全てはこちらの一方的な都合から生じた話だ。例え、断られたとしてもゼンジロウ殿には一切の危害は加えぬし、もし引き受けて頂けるのであれば、そなたの妻として可能な限り誠意を持って接することも約束しよう。

 どうであろうか、ゼンジロウ殿」


 アウラは、柔らかい笑みに真剣な眼差しを乗せ、そう善治郎に説いた。


「はい、そうですね……」


 善治郎は、軽く目を瞑り、考える。

 善治郎が今立てた仮説が正しいのだとすれば、これはとても美味しい話だ。

 しかし、何度も言うとおり、その代償として払うのは、今日まで過ごしてきた地球での生活丸ごとすべてなのである。

 曲がりなりにも山井善治郎という男は、今日まで、一人の人間として自らを支え、自らを律し、自らを養って生きてきた。

 確かに、仕事はきつかったし、職場ではいつも辞めることばかり考えていたが、自立した生活を営んでいたという、誇りが善治郎にはある。

 それは、一人の男としての『矜持』とも言うべきものだ。

 アウラの要請を受け入れるということは、その『矜持』を捨て去り、女に飼われる生活を受け入れることを意味する。

 果たしてそれで良いのか? 山井善治郎という男の『矜持』は、そんな簡単に捨て去ることが出来るほど軽い『ヘ』のようなものだというのか?


(少し、冷静に考えてみれば、悩むことなんか何もない問題だよな)


 うだうだと、明日の朝まで返答を引き延ばすような代物ではない。既に、結論はとっくに出ているのだから。

 己の心が定まった善治郎は目を開くと、アウラの赤茶色の双眼を正面から見据え、テーブルの上に身を乗り出すようにして、きっぱりと言う。


「結婚しましょう! アウラさん!」


 山井善治郎の、男としての『矜持』は、まさしく『ヘ』のようなものであった。   

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