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理想のヒモ生活  作者: 渡辺 恒彦
一年目
29/101

第五章2【双王国からの訪問者】

『小飛竜』と呼ばれる竜がいる。その名が示すとおり、翼竜(空を飛ぶ爬虫類の総称)の中でも、特に小柄な種で、せいぜいカラスと同程度の大きさしかないこの竜は、人間が家畜化に成功した四種類の竜の中で、唯一の翼竜種である。


『走竜』は戦力。『鈍竜』は労働力。『肉竜』は食肉。では、『小飛竜』の役割は何かというと、それは伝達力だ。


 ようは伝書鳩の役割を果たしていると思えば、おおよそ間違いはない。『走竜』に乗った伝令兵が直接書状を届ける伝令網と比べると、不慮の事故で書状が届かない可能性があまりに高いため、確実性には欠けるが、その速度は圧倒的だ。


 走竜に乗った伝令騎兵がリレー方式でかけ続けても五日はかかる距離を、『小飛竜』ならば一日で届く。


 そんな『小飛竜』が、東の国境砦から王宮に飛来したのは、その日の正午のことだった。






「東の国境から、報せだと?」


 その日の午後、執務室で業務に精を出していたアウラは、ファビオ秘書官の報告を受けて、怪訝そうに首を傾げた。


「はい。先ほど、東の国境砦から『小飛竜』による報告書が届きました。こちらです」


 そういって、細面の中年秘書官は、テーブルの上に小指ほどの大きさの木の筒を三つ並べる。


 中の書状は、恐らく全て同じものだ。迷子や大型飛竜に捕食される危険のある『小飛竜』通信は、同じ内容の書状を持たせた『小飛竜』を複数飛ばすのが一般的なのである。


 アウラはそのうちの一つを手に取ると蓋を開き、中から薄い竜皮紙を取りだし、サッと目を通した。国境砦の将軍が、わざわざ貴重な『小飛竜』を飛ばしてきた位なのだから、ある程度緊急性の高い事態が起きたのだろう。


 余りよい予感がしないまま、アウラはその小さな竜皮紙に目を通し、小さく溜息をついた。


「陛下?」


「…………」


 問いかける秘書官に、アウラは無言のまま手に持つ小さな竜皮紙を突き出す。元々『小飛竜』という情報伝達手段は、圧倒的な速さを持つ代わりに、敵対者に横から奪われる危険があるため、緊急性は高くても、秘匿性は低い情報に限るのが一般的だ。


 アウラの腹心とも言える、ファビオ秘書官がそれに目を通すことは、さほどおかしな事ではない。


「では、失礼します」


 竜皮紙を受け取ったファビオ秘書官は、その小さな紙片に目を通し、ピクリと頬肉を振るわせる。




『本日未明、東砦にシャロワ・ジルベール双王国のイザベッラ王女殿下一行が、護衛兵士三百名と共に来訪。入国許可を求めたため、条約に基づき、都市内部での武装解除を条件に入国を許可。なお、東砦からもイザベッラ殿下の護衛として、騎兵三百が同行』





 そのような本文の後に、手紙をしたためた日付と、東砦の責任者である将軍のサインが書かれている。


 ファビオ秘書官が一つめの竜皮紙に目を通している間に、アウラは残り二つの筒も開き、念のため中身を確認したが、予想通りそこには一つめと全く同じ文面が記されていた。


 読み漏らしが無いように、何度もその短い文章を目で追ったファビオ秘書官は口を開くと、平坦な声を上げる。


「イザベッラ殿下、ご来訪ですか。近隣諸国の王族・貴族で、殿下のお力が必要な重傷者が出たということでしょうか?」


「ああ、恐らくな。イザベッラ殿下直々となると、相当金を積んだはずだぞ」


 イザベッラ・ジルベール。その名が示すとおり、南大陸中部の大国、シャロワ・ジルベール双王国の王家の一つ、ジルベール法王家の王女である。


 王女とは言っても、現法王が六十を過ぎている関係上、彼女も四十過ぎで、すでに三人の子を持つ母なのだが、特筆すべきは彼女が法王家の中でも五指に入る『治癒魔法』の使い手だということだ。


 ジルベール法王家の『治癒魔法』の恩恵にあずかるため、双王国を訪れる人間は多い。しかし、当たり前だが、怪我や病気で死ぬか生きるかの瀬戸際に立っている人間で、母国から双王国の首都まで足を運ぶことが出来る人間は極少数派だ。


 では、病床から動かすことも出来ない重傷者はどうするかというと、法王家の人間を招くのである。財政担当者が青ざめるような大金を詰んで。


「殿下護衛は、三百名か。この少なさからすると、かなりの数の『魔法具』持ちがいるな」


「はい、間違いないでしょう。何処の国か分かりませんが、本格的に張り込んだようですな」


「すぐに調べろ。場合によっては、近隣諸国に政変がおこる可能性もあるぞ」


「承知いたしました」


 ジルベール法王家の人間が、他国に請われて患者の元に向かう場合、通常尋常ではない数の護衛を引き連れる。


 精鋭の騎士が千人ぐらいが最低ラインだろうか。一見すると過剰なくらいの護衛を法王家の人間が引き連れるのは、少し考えるとすぐにその理由が分かる。

 法王家の人間は、世界で唯一の『治癒魔法』の使い手だ。死の淵からすくい上げて貰った王族・貴族が、その存在を「手放したくない」と考えるのは極当たり前の事だろう。

 治療にやってきた法王家の人間を軟禁して、『彼(彼女)は、我が国への亡命を希望している』と声明を上げた例が、過去何度かあったらしい。


 そうした過去の教訓から、ジルベール法王家は、王家の人間の他国来訪の際には、必ず相手国が邪なを行動に出た場合、洒落にならない被害を与えられるだけの戦力を常に武装状態で入国させることを、絶対条件として持ち出すようになったのである(無論、その護衛の旅費、宿泊費も相手国持ちだ)。


 しかし、軍隊というものは、その数が多ければ多いほど行軍の速度が鈍るものである。千人単位の軍隊に護られながら長期行軍を行えば、助かるはずの患者も助からないケースも存在する。

 そのようなケースで切り札として投入されるのが、今アウラが言った『魔法具』持ちの騎士である。


 シャロワ・ジルベール双王国のもう一つの王家、シャロワ王家が作製した『魔法具』で武装した、一騎当千の騎士達。彼等を投入することで、護衛兵士の数の大幅縮小が可能になり、その結果として行軍速度は上昇する。


 つまり、護衛兵士の数が少ないと言うことは、それだけ患者の容態が切羽詰まっていたという推測が成り立つというわけだ。


「いずれにせよ、うちに向かっているということは、すでに診療は終えた帰りということだな。『時空魔法』を使うため、スケジュールを整えておくか」


「はい、よろしくお願いします」


 アウラの言葉に、秘書官は小さく頭を下げる。


 イザベッラ王女が、カープァ王国を訪問する理由は明白だ。アウラに『瞬間移動』の魔法で双王国の首都に送ってもらうつもりなのだろう。


『瞬間移動』の魔法は、長時間の詠唱と多大な魔力を必要とする大魔法であるため、そう簡単に使用できるモノではないが、ジルベール法王家の王女に頼まれれば、アウラとしても否とは言えない。


『治癒魔法』の使い手に貸しを作るよい機会だ。日頃であれば、アウラとしてもむしろ歓迎すべき客である。


「問題は、婿殿だな」


 アウラはそう言うと、顎に手をやり思案する。

 昨日、『森の祝福』を受けて寝込んだ善治郎は、今まさに病床に付いている真っ最中だ。


「東の国境砦となると、イザベッラ殿下が王都入りするのは五日後か?」


「おおよそ、そのくらいでしょうな。長引いた場合、ゼンジロウ様はまだ『森の祝福』から回復していないかも知れません」


『森の祝福』の発病期間は短くて三日、長くて七日だ。症状の重い善治郎の場合、イザベッラ王女来訪時に、まだベッドから起き上がれないでいる可能性は十分にある。


 アウラは少し顔をしかめた。


「……やっかいだな。他国のものを、婿殿の部屋に入れたくはないのだが。今の内に、寝室を別に用意しておいて、最悪の場合、イザベッラ殿下来訪中は、婿殿にもそちらの部屋で過ごして頂くか」


 善治郎が日頃過ごしている部屋は、善治郎が持ち込んだ電化製品で満ちている。知られたからといって即座にどうにかなるモノではないと思うのだが、出来ればあまり広めたくない情報だ。


 そのためには、善治郎が別の部屋にしばらくの間だけでも移り住むのが一番簡単な解決方法だ。元々、複数の女が暮らすことを前提に立てられた後宮に、現在は善治郎しか住民はいないのだから、空き部屋はいくらでもある。


「それが無難でしょうな。どう考えても、イザベッラ殿下の見舞いをお断りする必然性がありません」


 確かに『森の祝福』は死病ではないし、病気に強い身体を得るためには『治癒魔法』で快癒してもらうのは断った方が良い。しかし、『治癒魔法』の中には、『体力回復』や『精神快癒』のような、病気を直接治さず、患者を苦しみを和らげる簡易魔法も存在するのだ。

 イザベッラ王女が見舞いをしたいといえば、断るという選択肢はない。


「となると、場合によっては熱でうなされた状態の婿殿と、イザベッラ殿下を会わせることになるのか」


 発病中の善治郎は、本人が言うとおり少し刺々しく攻撃的になっている。イザベッラ王女は、見た目は少し恰幅の良い上品な中年女性でしかないが、中身は三十年以上『癒し手』として働いてきた、生粋のジルベール法王族だ。


 病床の人間が無礼な言動を取った所で、それを本気にしないくらいの度量は持ち合わせているが、その言動から情報を吸い取ろうとするようなしたたかさも併せ持っている。


「面倒な事にならないと良いのだがな……」


 呟くアウラ自身、何の問題も起こらない可能性は低いことを、半ば覚悟していた。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆






 それから六日後。


 アウラは、王宮の私室にイザベッラ王女を迎え入れ、談笑と言う名の私的な会談の場を設けていた。


 イザベッラ王女一行が、カープァ王宮に到着したのが昨日の夕刻のこと。公的な顔会わせは、今日の午前中に謁見の間で済ませてあるが、公的な場ではお互い自由な言葉は紡げない。

 ゆえに、イザベッラ王女の第一声は、この様な物になるのだった。


「ご無沙汰しております、アウラ陛下。まずは、ご結婚おめでとうございます」


 革張りのソファーに膝を揃えて座った少し太めの中年女性はそう言うと、洗練された動作で小さく頭を下げる。


 謁見の間では、互いにガッチリとした正装に身を固めていたアウラとイザベッラであるが、この場ではすでに装飾の軽いドレスに着替えている。

 アウラは、濃紅のノースリーブロングドレス、イザベッラは白い比較的ゆったりとした半袖のドレス姿だ。

 カープァ王国では、白いドレスは少女の特権で、ある程度年のいった淑女は遠慮するものなのだが、双王国では白は、ジルベール法王家の象徴色である。よほどのことがないかぎり、法王家の人間は白を基調とした服を纏う。


 色合いだけでなく、ドレスの形も、カープァ王国の一般的なモノとは随分と違う。カープァ王国ではスリットの入ったロングドレスが一般的なのだが、イザベッラのドレスはフレアスカートで、胸元の開きも極小の作りになっている。


 胸の谷間が見えるくらい首回りが空いているのが一般的な、カープァ王国のドレスとは対照的だ。

 同じ南大陸でも、双王国がある中央部は、カープァ王国がある西部ほど暑くないことが関係しているのかも知れない。


「ああ、おかげでつつがなく式を終えることが出来た。双王国からはご立派な祝いの品を頂き、恐縮のしだいだ」


 そう答えるアウラは頭を下げず、むしろ胸を張る。年齢こそ、イザベッラ王女が十歳以上上だが、肩書きは一国のトップであるアウラが圧倒的に上だ。イザベッラ王女は、あくまで数いる王族の1人に過ぎない。


 イザベッラ王女は、口元に小さく手を当てて上品に笑う。

 その仕草は、王族というより、上品な商家のマダムといった雰囲気である。


「気に入って頂けたのなら、幸いですわ、陛下。本来ならば私個人からも引き出物を持参するのが礼儀なのでしょうが、この度は緊急の事態だったので用意がなく……この埋め合わせは、後日必ずさせて頂きます」


「埋め合わせはその『緊急の事態』についての内容を聞かせてもらう、というわけにはいかないのだろうな?」


 アウラの少し挑発的な言葉を、イザベッラ王女は毛ほどの動揺も見せずに受け流す。


「はい。いかな陛下のご要望とあっても、『癒し手』の信用にかかわりますので、そのぎはご容赦願います」


 柔らかな笑みと、柔らかな口調で紡がれたのは、断固とした拒絶の言葉だ。


 まあ、それはそうだろう。いつ、誰が、どこで、どのような、傷病を患った。そういった情報をペラペラ吹聴されるようでは、恐ろしくて誰も治療を頼めない。漠然とではあるが、現代社会で言うところの『医者の守秘義務』に近いモラルを、ジルベール法王家の人間は持ち合わせている。


 最初からイザベッラが首を縦に振るはずはない事を分かっているアウラは、すぐにその話を切り上げた。


「そうか、それは残念だ。ああ、そういえば、殿下には一つ見てもらいたい品があるのだ」


 それからアウラは、さも今思いついたかのような顔でそう言うと、テーブルの上のベルを鳴らす。


 恐らく、ドアの外でずっと待機していたのだろう。すぐさま、ドアが開かれ、ファビオ秘書官が姿を現す。


「お呼びでしょうか」


「ああ、私とゼンジロウ殿の『指輪』と、『あれ』を持ってきてくれ」


「はっ、畏まりました」


 ファビオ秘書官は、一礼するとすぐさま退室する。


「指輪?」


 小首を傾げるイザベッラ王女に、アウラは意味深に微笑み返す。


「ああ。婿殿の国では、婚姻の際、男から女にペアの指輪を贈る風習があるのだそうだ。その指輪をせっかくだから、何らかの『魔道具』にしてもらいたい」


「あら、素敵。ええ、そういうことなら、私が責任持ってお預かりしますとも。私の方からシャロワ家に依頼する際、一言そえておきます」


「よろしく頼む」


 そんな会話を交わしていると、入り口のドアがノックされ、銀のトレイを右手に持ったファビオ秘書官が戻ってきた。


「失礼します、お持ちいたしました」


「ご苦労、それをおいたら下がって良い」


「はっ」


 ファビオ秘書官は、アウラとイザベッラが向かい会って座るテーブルに銀のトレイをおくと、一礼をして退出していく。


 トレイの上には、二つの指輪と二つの巾着袋が乗せられている。

 巾着袋を目にしたイザベッラ王女は、少し怪訝そうな顔をしたが、その視線が指輪に向けられると、次の瞬間には目を大きく見開き驚きをあらわにする。


「これはっ」


「手に取ってみてくれ、どうだ? 忌憚ない意見を聞かせてくれ」


 ニヤリと笑うアウラの言葉を受けて、イザベッラは指輪の一つをその手に取り、窓から差し込む陽光にさらした。


 異世界の陽光を浴びた、地球産の指輪が、キラリと黄金と金剛石の輝きを放つ。


 善治郎がアウラに贈った結婚指輪。それは、幅の広いダイヤの指輪である。

 イエローゴールドの土台に、ブリリアントカットにカッティングされた無色透明の小粒なダイヤが三つ並べて、埋め込まれている。


 本当ならば、店員が進めるとおり、アウラの目や髪の色に合わせてピンクダイヤを、とも考えていた善治郎であったが、色合いの濃いピンクダイヤは驚くほど高い。ほのかに赤みを帯びている程度のものであれば、善治郎の予算でも手が出るものもあったのだが、色に妥協するくらいならば、と結局善治郎は無色透明のスタンダードなダイヤを選んだ。


「何と見事な……この石は水晶ですか?」


「いや、ダイヤだそうだ」


「ダイヤ!? ダイヤをこの様に?」


 イザベッラ王女が淑女にあるまじき、驚きの声を上げたのも無理はない。


 この世界にダイヤという石は存在しているが、それを加工する技術は、まだ存在していないのである。

 ましてや、光の入射角、反射角を計算して、もっとも強く美しい輝きを放つように多面体カットを施すなど、卓越した技術者でも出来ることではない。


 宝飾のカッティング技術というのは、精密な機械の進歩と共に歩んできた道のりだ。


 同じ事は、土台の金属部分にも言える。


「これは、一体どのようにしてこれほどに細かい揃った線を描き出したのか……」


 ファッション性の高いその結婚指輪には、シンプルであるが細かなラインが、ちょうど漫画の書け網のように無数に堀られている。イザベッラ王女の母国であるシャロワ・ジルベール双王国は、宝飾に関しても大陸有数の先進国であるが、それでもこれと同じものを再現できる人間はいないだろう。


 総合的な芸術性ということに関して言えば、この世界の宝飾技術も決して負けていないのだろうが、もっと単純な技術の問題として、これは再現が不可能だ。


 世界一の書道家に、パソコンでプリントアウトするより揃った字を書け、と言っているようなものである。


 イザベッラ王女の反応に、アウラは自分の予想が外れていなかったことを悟り、内心胸をなで下ろした。


(やはり、ちょっと目の利く人間に見せれば、目の色を変える代物だったか)


 あの結婚式の夜、初めて身体を重ねた後、善治郎から送られたその指輪を見た時、アウラも今のイザベッラ王女と大差ない、驚きの声を上げたものだ。


 あまりに精密な加工。どの角度からもギラリと眩い光を放つその三つの石。

 ベッドから降りて嬉しそうに差し出す善治郎に、一度はその指輪を左手の薬指に填めて貰いながら、アウラはすぐに善治郎に理由を話し、自分も善治郎も、日頃はその指輪を填めないように説得をしたのだった。


 その輝きは、あまりに強すぎる。アウラが日頃、この指輪をしていれば、目ざとい貴族達は即座に目をつけて、指輪の出所を聞き出したことだろう。

 そうなれば、否応なく送り主である善治郎に注目が集まる。あの時点で、善治郎が下手に注目を集めれば、社交界デビューのタイムリミットが外圧によって繰り上がっていたかも知れない。


 気にしすぎの気もしたアウラであったが、イザベッラ王女の反応を見ると、どうやらアウラの心配は当たらずとも遠からずだったようだ。


 やがて、ニヤリと笑ってこちらを見ているアウラに気づいたイザベッラ王女は、取り繕うようにオホホと笑うと、指輪を銀のトレイに戻す。


「あ、失礼いたしました、陛下。すっかり魅入ってしまって」


「見事なものだろう。それを、魔道具にして貰いたいのだが」


「ええ、これほど見事な品でしたら、シャロワ家の者も気を入れて仕事に掛かってくれると思いますわ」


 一般的に魔法具とする品は、武器の次に宝飾品が多い。その関係上、『付与魔法』を操るシャロワ王家の人間は、必然的に宝飾品を見る目も肥えている。


「ふむ、どういった魔法を込めるかはまだ決めていないのだが、何か良い案はあるか?」


「そうですわね。どれほど見事な品でも、やはり小さな宝飾品ですから、あまり大魔法は込めない方がよろしいかと存じます。基本的なところでは『発火』『耐火』『水作製』などでしょうか」


「『快癒』とまで贅沢は言わんが、『体力回復』くらいは無理か?」


「五回も使えば、その指輪が灰になっても良いのでしたら、可能ですが?」


「む……」


 その後もしばらくの間話し合うアウラであったが、中々ピンと来る魔法が思いつかない。どのみち、イザベッラはしばらくカープァ王宮に滞在するのだ。今この場で決める必要はない。


 話が一段落したところで、指輪をトレイに戻したイザベッラ王女は、ふとトレイにのっている二つの巾着袋に目をやった。


「そういえば、陛下。こちらの袋には、何が入っているのでしょうか?」


 イザベッラの言葉に、アウラは大きい方の巾着袋をトレイから取り上げると、楽しげな笑みを浮かべ、その口を開く。


「ああ、これも婿殿の私物なのだがな。せっかくだから、イザベッラ殿下に鑑定をお願いしたいと思い、持ってきてもらったのだ。殿下は、宝飾品に関しては一言あるのだろう?」


「それは、仮にも双王国の王族ですから、人並み以上には詳しいつもりですが、シャロワ家程ではありませんよ」


 そう言葉を返すイザベッラも、その視線は興味津々に、アウラが持つ巾着袋に向けている。

 アウラの言葉から推測するに、あの巾着の中身は、宝飾品の類のようだ。しかも、この見事な指輪を作った国から来た人間の持ち込んだ代物だ。

 いやが上にも期待は高まる。


 イザベッラの視線を指先に感じながら、巾着袋の口を開いたアウラは、巾着の口に中指と親指を差し込み、その中身を一粒取り出す。そして、コトリと音を立てて、中指と親指で摘んだ『それ』をトレイの上に置いた。


 ビー玉だ。


 無色透明のガラス玉に、色ガラスを封じ込めた、一番シンプルな昔ながらのビー玉が、コロコロと銀のトレイの上を転がる。


「ッ!?」


 その輝きを目の当たりにしたイザベッラ王女は、指輪を手に取ったときより大きく目を見開くのだった。

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[一言] >パソコンでプリントアウトするより揃った字を書け、 右筆とか写経僧などと呼ばれる技術者はそのような技術を持っていた様子ですが検索結果 ウェブ検索結果 金字法華経巻第三 文化遺産オンライン …
[一言] >パソコンでプリントアウトするより揃った字を書け、 右筆とか写経僧などと呼ばれる技術者はそのような技術を持っていた様子ですが金字法華経など御覧になるとよろしい
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