第四章3【立食会の閉幕】
王宮で開かれる社交界の場は、「剣を交えない戦場」などと呼ばれることもあるが、それは多分に誇張された表現だ。
大部分の貴族達にとって社交界とは直接顔を合わせ、ちょっとした世間話に花を咲かせるだけの息抜きの場に過ぎない。美味い食事と、美味い酒が舌を楽しませ、着飾った淑女、紳士が互いの目を楽しませる。
そんな貴族達の優雅な遊び場。それが、社交界本来の姿であり、「剣を交えない戦場」として活用しているのは、全体で見れば極少数派である。
しかし、そんな事実も善治郎にとっては何の慰めもならない。
現在、善治郎の前に立つのは、剛胆にも向こうから声を掛けてきたプジョル・ギジェン将軍と、将軍が紹介した妹のファティマ。
斜め前に陣を取るのは、ギジェン将軍に挨拶をしに来たついでに、会話の輪に加わったマヌエル・マルケス伯爵と、その妻オクタビア。
そして、隣でそっと善治郎の腕に手を掛けている、マルケス伯爵と会話の途中だったという名目でやってきた女王アウラ。
社交界デビューを果たした善治郎の周囲に集まった人間の大多数は、社交界の場を「剣を交えない戦場」として捉えている少数派ばかりだった。
「それでは、紹介させて頂きます。これが妹のファティマにございます」
「ファティマ・ギジェンです、ゼンジロウ様。お目通りかない、恐悦至極に存じます」
プジョル将軍の紹介を受けて、完璧に礼儀に乗っ取った態度で頭を下げたのは、黒い長髪をポニーテール状に纏めた、年若い少女だった。
肌の色はカープァ王国人の平均に漏れない褐色、少しつり上がり気味の瞳も黒だ。
(まあ、美人だな)
善治郎は、頭を上げたファティマの顔を「見上げ」ながら、心の中でそう呟いた。そう、ファティマの目線は、善治郎から見て、見上げる位置にある。ファティマが壇上に上がっている、などという落ちはない。単純に、この少女は善治郎より背が高いのだ。
まあ、兄であるプジョル将軍が百九十を超える長身なのだから、同じ両親から生まれた妹のファティマが長身であることは、当たり前なのかも知れない。
百七十の中盤はあろう長身。身体の半分を占めるような、長い足。胸と尻のボリュームは乏しいが、それ以上に細いウエスト。スタイルだけなら、現代地球でもショーモデルで通用しそうな少女である。
「ふむ、そなたが将軍の妹姫か。確かに、目鼻立ちは将軍と似ているな」
「はい。皆様、そう仰います」
「兄に似ている」と言われた少女は、緊張した面持ちを崩し、嬉しそうに微笑んだ。その表情が偽りではないのだとすれば、彼女にとって「兄に似ている」というのは嬉しい評価のようだ。
(と、いうことは兄妹仲はいいってことなのかな? 後で、アウラに聞いてみるか)
「ゼンジロウ様。ギジェン家の末姫、ファティマ姫と言えば、才色兼備の美姫として国中に知られているのですよ。そう言えば、私もちょくちょく社交界には顔を出す方なのですが、ファティマ殿と直接お会いするのは、随分と久しぶりな気がしますな。いやはや、お美しくなられた」
「ありがとうございます、マルケス伯爵。私は最近まで、ペルニーア侯爵のお屋敷に行儀見習いに上がってましたから」
横から賞賛の形を取って会話に加わるマルケス伯爵を、年若いファティマは気の強そうな笑顔で正面から受け止める。
これから善治郎に売り込みを掛けたいファティマとしては、どれだけ耳に聞こえの良い言葉を重ねられても、マルケス伯爵の存在は『障害』にしか映らない。元々つり上がり気味のファティマの目元が、自然と険しくなる。
一方、妹よりは遙かに年期を重ねているプジョル将軍は、ここで老練なマルケス伯爵を敵に回す愚をよく分かっている。
「ははっ、ファティマ。そんな風にわざと顔を崩さなくとも、伯爵はお前に色目を使うような方ではないぞ。なにせ、伯爵の隣には、お前など及びも付かない最高の淑女がおられるのだからな」
そう、笑い話にして、妹の華奢な肩をトントンと叩く。
「お、お兄様……!」
と、一瞬抗議しかけたファティマであったが、プジョル将軍に至近距離で睨まれると、次の瞬間には青菜に塩を掛けたようにシュンと元気を失った。
「そ、そうですわね。やはり、オクタビア様の前に出ると、私も自信を失ってしまいそうです」
「そんな……私なんてもういい年ですから。ファティマ様の方がずっとお美しいですわ」
兄の冗談に乗り、そう言って作り笑いを浮かべるファティマに、オクタビアは頬をほんのりと赤めて俯く。
二十四歳、既婚というオクタビアの肩書きからすると、普通は「年を考えろ」と非難を浴びそうな反応だが、そのような仕草がいまだに様になっている辺りが、大多数の異性に人気がある理由であり、一部の同性に蛇蝎のように嫌われている理由でもあるのだろう。
一部の同性の一人であるファティマは、「けっ、この良い娘ちゃんババアが」と言う感想は胸の奥に閉じ込め、
「本当にオクタビア様は、奥ゆかしいのですね」
と、笑い返した。この天然万年美少女に皮肉は通用しない。かといってあからさまに攻撃をすれば、こちらが悪者にされるという、社交界の場では無敵の存在である。
そうして、妹の失態を笑い話でごまかしたところで、プジョル将軍はめげずに妹の売り込みを続ける。
「まあ、確かにオクタビア殿と比べるとまだまだですが、ファティマも中々見所はあるやつです。歌や踊りに関してはちょっとしたものですし、行儀見習いの経験がありますから、侍女の真似事ぐらいは務まります」
「ほう、ギジェン家ほどの家格で行儀見習いとは珍しい。だが、感心なことだ。将来的には私の側仕えとして、召し上げることがあるかもしれんな」
「……はっ、その時はどうかよろしくお願いいたします、アウラ陛下」
プジョル将軍の攻勢を横からインターセプトしたアウラに、将軍は一瞬口ごもってからそう言葉を返した。正直、妹をアウラの側近にそえても、あまりうま味がない。男女の関係に発展する可能性が高い、善治郎付きだから価値があるのだ。
流石に直接「妹を側室に入れてくれ」とまでは言わないものの、あからさまに続く売り込み攻勢に、善治郎は息苦しくなるくらいのプレッシャーを感じる。背中には、熱帯夜の暑さとは別な理由の汗をかいている。
隣にアウラがいなければ、この場を納めたい一心で、言質を与えるような言葉を吐いていたかもしれない。
「ところで、話は変わりますが、ゼンジロウ様はどのような女性がお好みですか? いえ、当然一番は陛下でしょうが、二番三番に目が行くことはございませんかな?」
相変わらず言葉と裏腹に、全く話を変えないで、ギジェン将軍は正面から切り込んでくる。
隣にアウラがいるというのに、堂々と女の好みを聞いてくる辺り、相当に良い度胸をしている。無論、この国の王族は一夫一妻制ではないので、日本の常識をそのまま当てはめるわけにはいかないだろうが、それにしても男女関係で生ずる嫉妬心いうものは、世界を超えた共通のものではないだろうか?
善治郎は思わずアウラの表情を確認したい衝動を辛うじて堪える。このタイミングでアウラの方を向けば、「ゼンジロウ様は、受け答えの際、アウラ陛下にお伺いを立てていた」という噂が広まってしまう。
だが、だとすると、この場は何と答えるべきなのだろうか? 感情のまま答えて良いのだとすれば、「いらんいらん。せっかく美人の嫁さんと仲良くやってるのに、人の家庭に異物を放り込むな」といったところになるのだが、そう素直に答えて良い立場ではないことは、自覚している。
「む、それは考えた事がなかったな」
沈黙を続けるわけに行かず、ごまかすようにそう呟いた善治郎の言葉尻を、プジョル将軍が捉えるより一瞬早く、フォローしたのはマルケス伯爵だった。
「はははっ、ゼンジロウ様と陛下の中睦まじさは妻から聞き及んでおりましたが、どうやら噂は誇張どころか過小だったようだ。今のゼンジロウ様は陛下に夢中で、他の女性は目に入らないのですな」
助かった。半ば反射的に善治郎は、そのマルケス伯爵の言葉に乗る。
「からかうな、伯爵。まあ、違うとは言わぬが」
善治郎の言葉に、マルケス伯爵はわざとらしく目を見張り、笑う。
「これはこれは、カープァ王家は安泰ですな。いやはや、めでたい」
マルケス伯爵はそう答えて、わざとらしく大笑した。
ここまであからさまな態度に出られれば、プジョル将軍にもマルケス伯爵が全面的に善治郎のフォローに回っている事に気づく。
隣に控えているアウラも、今のところは静かにしているが、あまり激しく切り込めば夫に変わって反撃をしてくるだろう。つまりこの場でプジョル将軍は、孤立していると言うことだ。
何処をどう間違えたのか分からないが、この場でこれ以上無理をしても、リスクに見合うほどの成果は得られなさそうだ。ここで無理に押し続けて、万が一もアウラやマルケス伯爵を激昂させたりしたら事だ。「プジョル将軍が、アウラ女王やマルケス伯爵と不和の関係にある」、などと噂を流されれば、諸外国の謀略を誘発しかねない。
プジョル将軍は、『大国』カープァ王国で実権を握る事に野心を燃やしているのであって、『亡国』カープァ王国を支配したい訳ではない。この辺りが、引き時だろう。
「確かに、それは何にもましてめでたい事です。アウラ陛下は素晴らしい伴侶を得られましたな」
プジョル将軍はそっと妹の背中を二度叩き「売り込み終了」の合図を送ると、自らもそう言ってマルケス伯爵が逸らした話の方向に乗る。
「ああ、最高の夫だとも。お前達のような有能な臣下に恵まれ、ゼンジロウのような立派な夫を得られて、私ほど幸運な主君は大陸南部諸国、いや、このランドリオン大陸全土を探してもいないのではないかな」
「ははは、大陸最高と申しましたか。そこまで持ち上げられると、少々こそばゆいですな」
「いや、伯爵。あまりうぬぼれない方が良い。恐らく、陛下の仰る『幸せ』の半分以上はゼンジロウ様の事をさしておられる。我々の力など微々たるもの」
「なるほど、確かに。最高の伴侶であるゼンジロウ様と比べれば、我等の忠誠も小さなモノでしかないかもしれませぬなぁ」
その後は、互いにチクリチクリと痛いところを探り合いながらも、女王も将軍も伯爵も積極的な攻防は行わず、比較的穏やかに時間が過ぎていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「終わった……!」
その日の夜遅く、立食会から帰ってきた善治郎は、万感の思いを乗せた言葉を発し、黒革張りのソファーにどっしりと尻を落とした。
LEDライトで照らし出されるいつもの部屋。侍女達が用意しておいてくれた氷塊扇風機の風で、火照った身体を冷やす善治郎は、すっかり座りなれたソファーの上で「帰ってきた」と強く実感する。
この一ヶ月ちょっとの間に、この後宮を『我が家』と捉えられるくらいに馴染んできた、ということなのだろう。
意外と環境適応力は高いようだ。
「苦労を掛けたな、ゼンジロウ。だが、苦労の甲斐はあったぞ。お前が公的な場で意思表示をしたからな。私との不仲説や、私がお前の自由を不当に縛っているという噂は、ある程度沈静化するだろう。もっともこの手の噂の常で、完全に払拭は不可能だろうがな」
そう答えるアウラも、オレンジ色のドレス姿のまま、少し疲れたようにソファーに身体を預けている。
場馴れしている分、アウラの疲労はゼンジロウほどではないようだが、常時気を張り続けていたアウラも、やはり相当に疲労しているようだ。
「そっか。それは良かった。これでしばらくは引きこもってゆっくり出来るって訳だ。それにしても……まだ目が変な感じだ」
ソファーの背もたれに両腕をかけたまま、善治郎は何度も瞬きを繰り返す。先ほどからずっと目がチカついているのだ。
どれほど数を増やしたところで、シャンデリアの明かりはあくまで蝋燭の炎に過ぎない。炎の明かりには明るさの限界がある上に、ちょっとした空気の流れで容易く揺らぐという欠点がある。
足りない光量、揺らぐ複数の光源。目に負担を掛けるには十分すぎる悪条件だ。
特に、こちらの世界に来てからも、現代文明の利器に頼り切っている善治郎の目には、シャンデリアの明かりはきつかった。
「ああ、まだなんだか視界がぼやけてる」
そう言いつつ、善治郎はソファーに座ったまま、靴を脱ぐ。
カープァ王国は、日本を超える高温多湿の気候のため、屋内では裸足が許される文化なのだが、流石に立食会や舞踏会のような場は別だ。
内履き専用の布靴と長い、靴下を脱いだ善治郎は、ホッと開放感に包まれる。
「足が涼しい……」
考えて見れば、こちらの世界に本腰を入れて転移してきてから今日まで、スリッパ以外の履き物を履いたのは初めてだ。今更ながら、自分が本格的に引きこもっていた事実に気づく。
靴を脱ぎ、胸元のボタンを上から二つまで外せば、かなり身体も楽になる。どうせこの後風呂に入って、髪に塗られた香油を落とすのだから、と自分に言い訳をして、善治郎は結局その場でシャツとズボンも脱ぎ、トランクス一丁になる。
サラリーマン時代には、スーツ・革靴に身を包み、対外交渉の場で舌戦を演じた経験はあるのだが、身体に残る疲労感は、その時の比ではない。なれない服装というのも多少は関係しているのだろうが、やはり『王族』という下っ端サラリーマンとは比較にならない、影響力の大きな立場に、プレッシャーを感じていたのだろう。
「どれ、私も楽になるとするか」
だらしなくトランクス一丁になった夫を見習うように、アウラもソファーから立ち上がると、首の後ろに両手を回し、シュルリと衣擦れの音を立て、下着姿になる。以前は王族の常として、着替えは侍女たちに手伝わせていたのだが、善治郎と閨をともにするようになってから、部屋に他人が入るのを嫌う善治郎に会わせて、アウラも脱ぎ着に侍女の手を煩わせることは少なくなっている。
互いに半裸になった男と女。今更恥ずかしがるような間柄ではないが、意識せずにすむほど枯れた関係でもない。
「ゼンジロウ」
「ん、サンキュ」
アウラは、冷蔵庫から冷タオルを二つ取り出すと、その一つをゼンジロウに放った。
ソファーに戻ったアウラは、冷蔵庫で冷やされたタオルで、身体にまとわりつく汗や香油をぬぐい取りながら、善治郎に尋ねる。
「では、疲れているところをすまないが、記憶が鮮明なうちに聞いておこうか。どうだ、ゼンジロウ。この立食会で顔を合わせた貴族の中、特に印象に残った人物はいたか?」
アウラの問いに、ゼンジロウは首筋の香油を拭く手を止めて考えた。
「印象に残った人か……うーん。途中までは結構いたんだけど、最後のギジェン兄妹に全部持ってかれた感じだな。正直、あの二人以外ろくに思い出せない」
その返答は半ば予期していたのだろう。アウラは口元に笑みを浮かべながら、善治郎が座るソファーに腰を下ろす。
「やはり、そうか。まあ、確かに印象的だったからな。では、まず兄のプジョル・ギジェン将軍から聞こうか。お前はあの男にどのような第一印象を抱いた?」
アウラの問いに善治郎は、気まずげにスッと視線を逸らす。
聞かれることを覚悟していた質問ではあったが、同時に聞かれることを怖れていた質問でもある。
善治郎は視線を逸らしたまま、歯切れの悪い言葉でまず言い訳をする。
「あー、その、なんだ。なんつーか、俺も男だから、正直、プジョル・ギジェンと、ラファエロ・マルケスの二人に関しては、偏見の混ざらない意見を言うことは不可能に近いんだけど。ラファエロ・マルケスなんてまだ会ってもいないのに、すでに好感度マイナスになってるし……」
善治郎の言葉に、軽く目を見張ったアウラは、クツクツとこみ上げてくる笑いをかみしめる。プジョル・ギジェンとラファエロ・マルケス。かつて、アウラの婚約者候補であった男達の名前だ。
その二人には「偏見がある」という言葉に、夫の嫉妬心を感じ取ったアウラは、胸の奥にあまり趣味の良くない類の歓喜の感情がわき上がるのを自覚する。
思わず夫の身体に腕を伸ばしたい衝動にかられるたアウラであったが、夫がことさら『香油』の匂いを嫌っている事を思い出し、直前で思いとどまった。
いつものように、しっかりとふれ合うスキンシップは、入浴後まで我慢した方が良さそうだ。こんな些細なことで、夫に悪感情を抱かれてはたまらない。
「大丈夫だ。お前の意見を鵜呑みにするほど私も迂闊ではない。だから、思うがままに申せ」
どうやら、これは答えずにやり過ごすのは無理なようだ。観念した善治郎は、隣に座るアウラの方に首を向け、少々要領を得ない口調で話し始める。
「ああ、分かった。そうだな……俺の第一印象は『敵と味方しかいなさそうなタイプ』って感じ、かな」
言いたいことは何となく分かるが、少し具体性に欠ける善治郎の言葉に、アウラはその双眼に興味深げな色を乗せ、再度問いかける。
「ふむ、それはどういう意味だ?」
「いや、だからさ、何て言うか、プジョル将軍って滅茶苦茶迫力や威圧感があるのに、それを全く隠そうとしていないでしょ? その上、びっくりするくらいずけずけと自分の要求を口にするし。
目的を達成するためなら、敵を作ることを恐れていないって言えばいいのかな」
「なるほど、な」
アウラは、小さく頷いた。少々婿殿に失礼だが、思っていた以上に当たっている人物評価だ。確かに、剥きだしの野心家であるプジョル・ギジェンは、軍部を中心に信望者も多い代わりに、嫌っている者も多い。
ただ、「敵を作ることを恐れていない」という評価は少々不当だ。軍人であると同時に名家出身の貴族でもあるプジョル将軍は、宮廷内で無闇に敵を作るほど迂闊な人物ではない。
敵に回していけない人物を前にすれば、愛想笑いをするくらいの使い分けは出来る男だ。
そう言った意味では確かに、善治郎はプジョルを『偏見』で見ているのだろう。妻の元婚約者という肩書きを持つ男に、無意識でライバル心を持ち、その男の欠点を探し、誇張して語る。
善治郎自身が言うとおり、決して褒められた態度ではない。しかし、自覚があって、そんな自分を嫌悪出来るだけの見識があるのならば、特筆するほど大きな問題点ではあるまい。
度が過ぎるようならば、アウラが妻として注意すれば良いだけだ。
大体にして、思い人と関係の深い人間に、暗い感情を抱くのは、人間としてごく普通のことだ。
「では、妹のファティマ・ギジェンについては、どう思った? 率直な感想を聞かせてくれ。ちょっと見とれているようにも見えたのは、私の目の錯覚だったか、ん?」
そう尋ねるアウラの瞳には、少し暗い感情の色が見え隠れしていた。