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理想のヒモ生活  作者: 渡辺 恒彦
一年目
25/101

第四章2【贈物のさばき方】

 女王の伴侶の足元に跪き、直言申し上げる、王国きっての名将と名高い将軍。


 この組み合わせが周囲の注目を集めないはずがない。いつの間にか談笑をやめた貴族達がこちらに興味深げな視線を向けていることに気づいた善治郎は、内心『厄介な事になった』と冷や汗を掻きながら、わざとらしくゴホンと咳払いをした。


(ああ、畜生。こんなケース想定してないぞ。こっから全部、アドリブかよ、おい)


 サラリーマン時代の善治郎は、社内プレゼンや対外交渉におもむく前には、可能な限り準備を整え、予想される質問の一覧表を用意して対応していた人間である。

 今おかれているような、オールアドリブで対処しなければならない「想定の範囲外」の状況には、少々弱い。


 それでも善治郎は、必死に頭の中で、付け焼き刃の知識と今自分がおかれている状況を照らし合わせ、言動を決定する。


(ええと、ここは立食会だから、ある程度の無礼は許されていてんだよな。で、俺は王族で、こいつは将軍だから……)


 心の中で善治郎は、プジョル将軍を「こいつ」呼ばわりする。初対面の人間に、悪感情を抱くのは、褒められたものではないことは理解しているが、それでも善治郎は、愛妻の婚約者補であった男にニュートラルな感情で接することが出来るほど、人間が練れていない。


 そういった諸々の感情を表情の裏に隠し、善治郎は取り合えず無難に答える。


「将軍、この様な場で、膝礼は無用だ」


「はっ、失礼します」


 善治郎の言葉を受けて、プジョル将軍はよどみのない動作で立ち上がった。


 自分より、立ち上がったプジョル将軍の偉容に、善治郎は後ずさりしたくなる衝動を押し殺す。


 大きい。身長百七十二センチの善治郎より、有に頭一つは大きいのだから、百九十センチは確実に超えているだろう。体重も百キロに近いのではないだろうか。無論、その中身は脂肪などではない。みっちりと鍛えられた筋肉で形成された、戦うための巨体だ。


「では、用件を聞こうか。贈物があると言ったな」


 頭一つ上にあるプジョルの目を正面から見据え、善治郎は頭の中で情報を整理する。


 事前情報として、こういった場で贈物攻勢を掛けてくる者が現れる可能性については、教えられていた善治郎である。モノで人の歓心を買おうとする行為は、異世界でも共通する価値観のようだ。


(確か、理由もなしに断っちゃ駄目なんだよな。問題は、受け取るときの態度か)


 あまり喜び過ぎれば、相手はその『喜び』に見合うだけの見返りを期待するし、失望したような様子を見せれば、相手に公衆の面前で恥を掻かせることになる。


 モノを受け取るときの言葉や表情だけでも、周囲の運命を動かし兼ねない今の自分の立場に、善治郎は改めて、重いプレッシャーを感じる。


 そんな善治郎の内心などつゆ知らぬプジョル将軍は、「はい」と答え、もう一度頭を下げると、後方に控えていた部下らしき年若い騎士に目で合図を送る。


 若い騎士は白い布に撒かれた細長い品を両手で抱え、小走りにプジョル将軍の側へとやってくると、その布でくるまれた細長い何かを、プジョル将軍に手渡した。


 その様子に、善治郎は無表情装った表情筋を僅かに崩し、少しだけ目を見開く。


(ええ? 目録じゃなくて、現物を直で持ってきたの?)


 通常、こういう場で人に物を贈る場合は、最初に目録を渡し、現物は後日相手の屋敷に届けるのが一般的だと善治郎は聞いていた。何せ、貴族・王族の贈り物だ。物によっては、毛並みの良い『走竜』や、避暑に適した家屋敷であることも珍しくない。


 無論、宝飾品や宝剣など、持ち込みが可能である大きさの物である場合は、直接手渡しすることもあり得ないわけではないらしいが、基本的にはあまりやらない。


 現物を直接持ち込んで、万が一にも受け取りを拒否されたりしたら、並の恥ではすまされないからだ。 


「ご覧下さい、ゼンジロウ様」


 驚く善治郎を尻目に、プジョルは慣れた動作で布をはぎ取り、中身をあらわにする。


(なんだれは? 弓、か?)


 中身を見た善治郎は、内心首を傾げる。その中身は、複雑に湾曲した、無骨な棒だった。善治郎にはそれが、特に装飾も施されていない、実用一点張りの『弓』にしか見えない。


 そんな善治郎の感想を肯定すべく、プジョル将軍は胸を張って言う。


「王都でも指折りの名工の手によって作られた『竜弓』です」


 その言葉に、こちらの様子を見守っていた周囲の貴族達から、「ほう!」と驚きこの声が漏れる。


 どうやら、この『竜弓』と呼ばれる代物は、感嘆の声が上がるほど大した代物であるらしい。


 改めて善治郎は、プジョルの手にあるその『竜弓』とやらを見てみるが、やはりそんなにありがたいものには見えない。

 王宮に持ち込むための手続きとして、弦を張るために空いている両端の穴を黄土色の粘土用な物で埋められ、その上から王宮の印で封印されているその弓は、大きさも善治郎の記憶にある弓道用の和弓の半分くらいしかなく、非常に頼りなげに見える。


 反応の薄さから、善治郎が『竜弓』について無知であることを理解したのだろう。

 プジョルは、低い声で蕩々と説明を始める。


「『竜弓』とは、土台となる薄い木の板に、ほぐした『走竜』の腱と、削りだした『走竜』のあばら骨を貼り合わせて作られた弓です。


 見ての通り、大きさは弓兵隊が使う長弓の半分ほどしかありませんが、威力、射程共に長弓に勝ります。

 小さい分取り回しも優れており、熟練者が使えば、命中精度、速射性も十分に確保できます。騎乗では最強の武器と言えるでしょう」


 複数の素材を組み合わせて作られた弓、一般に合成弓(コンポジットボウ)と呼ばれる代物である。似たような物は、過去地球の歴史上にも存在しており、実際に戦場で猛威を振るった実績がある。


「しかし、その反面、竜弓を手に出来る騎士は極一握りに限られています。なぜならば、弓にするのに適した柔軟性のある腱や骨が取れるのは、まだ成長過程の若い『走竜』だけですので、素材が極めて貴重な上、作製には多大な手間と時間を要するのです」


 一般に、『竜弓』の素材となり得る走竜は、五歳から七歳までの若い走竜だけだとされている。成長が止まった走竜の骨は、固く丈夫になる反面柔軟性が失われるからだ。腱も骨ほどではないが、やはり同様の弊害が生じるとされている。


 プジョル将軍の説明で、この『竜弓』がどのような物であるか気づいた善治郎は、ピクリと頬を振るわせた。


『竜弓』の存在は知らなかった善治郎だが、『走竜』が国にとってどれくらい大切な物であるかは、すでに説明を受けている。


 その走竜が先の大戦で激減しており、国軍の必要数に戻すため、今もなお厩舎の飼育員達は日々多大な努力を払い続けているという事実も、だ。


 その大事な『走竜』を若いうちに締め、武器の材料にする。極端な言い方をすれば、この『竜弓』という代物は、成長した『走竜』一匹に匹敵するだけの戦果を上げなければ、「割に合わない」だけのコストが掛かっていると言うことになる。


「ゼンジロウ様?」


 こちらの様子が少しおかしいことに気づいたのか、探るように名前を呼ぶプジョル将軍に、善治郎は努めて平坦にした声で、問いかける。


「一つ教えてくれ、将軍。この、『竜弓』という代物は、誰にでも簡単に扱うことができる代物なのか?」


 善治郎の問いの意図が分からぬまま、プジョル将軍は素直に答える。


「いいえ。なにせ、この小さな作りに、膨大な威力と射程を持たせております故、一般兵では満足に引き絞ることも出来ない者も珍しくはありません」


 予想通りの答えに、善治郎は溜息が漏れるのを堪えた。

 威力は折り紙付きだが、扱いが極めて難しく、素材も貴重なため数が少ない兵器。どう考えても、例え一弓だけでも、善治郎の手元で死蔵させていて良い代物には思えない。


 しかし、周りの様子からみても、『竜弓』という代物は王族に進呈するのに十分な『格』を持った物であるようだ。何と言って断れば、波風を最小限に抑えられるだろうか?


 必死に無い知恵を振り絞った善治郎は、ゆっくりと考えながら答える。


「そのような貴重な品を、進呈してくる将軍の心意気、嬉しく思う。しかし、歴戦の戦士である将軍ならば見て分かるだろうが、私は戦場では何の力にもなれない、非力な存在だ」


「はっ、しかし……」


 なにやら言いかけるプジョル将軍の言葉を遮り、善治郎は続ける。


「よって、私はこの弓を受け取りはするが、この手には持たない。プジョル将軍、卿の配下の中にも、まだ『竜弓』を与えられていない騎士がおろう。その中で、もっとも腕が立ち、王家への忠誠が厚い騎士に、その『竜弓』を渡してやってはくれぬか。


 それが、私にとって、もっとも望ましいその弓の使い道だ」


 しばし、会場は水を打ったように静まり返る。


「…………承知いたしました。ゼンジロウ様の心遣いを裏切る事なき者に、必ずやこの弓を授けましょう」


 長い沈黙の後、プジョル将軍は両手で『竜弓』を持ったまま、深く頭を下げたのだった。






 一連の騒ぎを、少し離れた所で見守っていた女王アウラは、綺麗に事が収まった状況に、ホッと安堵の息を漏らしていた。


(良かった。どうにか、受け取らずに裁いてくれたか)


 あそこで弓を受けっていたら、非常に面倒な事になるところだった。

 あれが、宝剣や飾槍のような権威付けの武器ならば、受け取ってもさほどの問題はないのだが、実用武器を受け取った場合、その品を使う心づもりがあるという風に取られてしまう。


 そうなれば、今後プジョル将軍からの、訓練や狩猟会の誘いを断るのが極めて難しくなっていたことだろう。


 自ら「弓を使うような立場に立つつもりはない」と宣言したことで、善治郎の評判が落ちる可能性があるのが気がかりではあるが、にべもなく断るのではなく、『所有権を主張した上で、その弓を持つに相応しい騎士に貸し与える』という形を取ったことで、プジョル将軍にも恥を掻かせずにすんだ。


 アウラの立場で判断すれば、最善に近い結果である。


 最悪、アウラは自分が乱入して、強引に事態を納める覚悟もしていたのだ。そうしていたら、「女王陛下は婿を尻に敷いている」という噂が逆に強まっていたことだろう。


「中々に見事な受け答えでしたな。陛下」


 アウラの隣に立つマルケス伯爵が、にこやかに声を掛ける。


「ああ、すまぬ。会話の途中であったな、伯爵」


 左胸の大輪の花飾りの位置を手で直したアウラは横に向き直り、先ほどからずっと側を離れないマルケス伯爵に向き直る。


 太めの伯爵は、楽しげに笑うと、眼を細め、


「いえいえ、ご成婚されたばかりの陛下が、ついついゼンジロウ様を目で追ってしまうのは自然なことですよ。仲睦まじく、結構なことかと」


「そう言ってもらえるとありがたい」


 アウラは、皮肉にも聞こえるマルケス伯爵の言葉に苦笑を漏らし、小さく鼻を鳴らした。


 再び、アウラは善治郎とプジョル将軍のほうへ戻す。『竜弓』を部下に預けたプジョル将軍は、その後もめげずに善治郎と会話を続けているのが見える。

 以後は比較的当たり障りのない話を続けているようで、善治郎も

穏やかな表情で、無難に受け答えをこなしている。


 とはいえ、プジョル将軍が一度や二度の失敗で懲りて、後は無難にこなす程度の野心家ならば、『餓狼』などという異名で呼ばれてはない。


「確かに、ゼンジロウ様のお役目は、時代に血をつなげることであり、身を危険に晒す戦場に立つ必要はありませぬな。


 ならば、ゼンジロウ様。アウラ陛下との間に、王家の血を継承するお方が出来た曉には、次はゼンジロウ様ご自身の家を継ぐ子を産む、『側室』が必要ではないかと愚考する次第なのですが」


 贈物攻勢の次は、見合い攻勢を掛けてくるプジョル将軍に、遠くで聞いていたアウラは、一瞬揃って顔を引きつらせる。


 そんな、アウラの様子に気づくはずもないプジョル将軍は、堂々とした押し出しで、攻勢を強める。


「ところで、話は変わりますが、我がギジェン家は僅かながら、カープァ王家の尊き血を継いでいることをゼンジロウ様はご存じでしょうか。


 私は本日ここに、妹を伴って来ているのですが、せっかくの機会です。妹をゼンジロウ様に紹介させて頂きたく存じます」


 全く話は変わっていない。

 女郎屋の女の売り込みだって、もう少し前口上があるだろうと、言いたくなるくらい単刀直入な売り込みだ。


 その様子を離れた所で見ているアウラは、露骨に顔を引きつらせる。これは流石に介入するべきだ。

 覚悟を決めて一歩前に踏み出そうとするアウラに、横に立つマルケス伯爵が、意図の読めない穏やかな口調で声を掛ける。


「ああ、そう言えば私はまだ、プジョル将軍と挨拶をしておりませんでしたな。陛下、お話の途中ですが、少々場を外してもよろしいでしょうか?」


「ッ!?」


 マルケス伯爵のわざとらしい言葉に、アウラは動きを止めた。


 マルケス伯爵の意図は分からないが、その言葉はアウラにとっては、絶妙な助け船だ。

 ここで、アウラが「いや、そういうことならば、私も同行しよう」と答えれば、「自らの意思で強引に夫の会話に割り込んだ」と言われない形で、あの餓狼の見合い攻勢に介入することが出来る。


(なにを企んでいる、伯爵。私に恩を売るつもりか?)


 マルケス伯爵の意図が読めない分、少々不気味だが、今のアウラにこれ以上、善治郎とプジョル将軍の会話を傍観するのは耐えられそうにない。


「いや、そういうことならば、私も同行しよう」


 アウラは素直に、マルケス伯爵の出した助け船に乗ったのだった。

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