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理想のヒモ生活  作者: 渡辺 恒彦
一年目
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プロローグ2【いきなり、結婚の申し込み】

 壁も床も石作りの長い廊下を通り、善治郎が案内されたのは、明るい日差しの差し込む、広い部屋だった。大きな革張りのソファーが二つ、長い石作りのテーブルをはさむ形で、向かい合わせに設置されている。

 善治郎は美女に勧められるまま、そのソファーに腰を下ろす。

 善治郎が座ったのを確認した後、善治郎の正面に座った美女はおもむろに口を開く。


「まずは自己紹介から入ろうか。私は、アウラ・カープァという。貴方にはアウラと呼んでもらいたい」


「あ、はい、アウラさんですか。俺、いや、私は、山井・善治郎といいます。山井が名字で、善治郎が名前です」


「ふむ。では、ゼンジロウ殿とお呼びしてもよろしいか?」


「はい」


 首肯する善治郎を見て、美女――アウラは、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、ゼンジロウ殿。では、これから私が、ゼンジロウ殿になにをやったのか。一連の行いを簡単にご説明させていただく。おそらく、ゼンジロウ殿にとっては腹に据えかねる暴挙に聞こえるであろうが、現状は決して取り返しの付かない状況ではない。

 ゼンジロウ殿の意にそぐわぬというのであれば、全てを元通りに戻すこと、これだけは私の名誉にかけてお約束する。だから、まずは、黙って私の話に耳を貸してもらえぬだろうか?」


 打って変わって真剣な面持ちで、随分と物騒な前置きをするアウラに、少し嫌な予感を覚えた善治郎であったが、少し考えた後、結局は首を縦に振った。

 どのみち、善治郎は今自分がどのような状況に置かれているのかも全く理解できていないのだ。アウラの言うとおり、怒りをあらわにするにもまずは、状況を理解しないことには、怒りのぶつけようもない。

 取引先にクレームをつけるのは、まず相手側の言い分を全て聞いた後だ。


「分かりました。では、お話を聞かせてください」


 善治郎に答えに、ホッと安堵の息をついたアウラは、一度大きく息を吸うと、話し始める。


「まずは、最初にここがどこであるかから、説明させていただく。ここは、ランドリオン大陸西方に位置する、カープァ王国。その王都カープァの中心に存在する王宮の一室だ。恐らくこれらの名は、ゼンジロウ殿にとって全く聞き覚えのないものであろう。

 それも当然。ここは、ゼンジロウ殿が生まれ育った世界とは、界を別とする世界。言うならば『異世界』なのだ」


「い、いせ、かい……?」


 まだ状況が理解できず、首を傾げる善治郎を尻目に、アウラはとうとうと説明を続けた。






 アウラによる説明は、長時間に亘って続けられた。正確なところはよく分からないが、途中で一度善治郎が腕時計の時刻を見た時には、七時三十分過ぎを示していたのに、全ての話が終わった今、時計の針は八時を回っている。

 最低で三十分、おそらくは一時間に渡るアウラの説明をどうにか頭の中で纏めた善治郎は、呆然とした口調で言う。


「ええと、つまり、ここは異世界にあるカープァ王国という国で、アウラ様はそのカープァ王国の女王陛下なのですね? そして、この世界には魔法が存在し、その中でもカープァ王家の者にしか使えない『時空魔法』で、陛下は私を元の世界からこの世界へと召喚した、と」


「うむ、その認識で間違いない。やっと理解していただけだようだ。ああ、後、様はいらぬ。私の事はアウラ、と呼び捨てでよい。

 確かに私はこの国の女王という立場にあるが、ゼンジロウ殿は我が国の臣民ではない。むしろ、私は貴方を断りもなくこの世界に引き込んだ、ただの加害者だ。ゼンジロウ殿が私に礼を尽くさねばならない理由はどこにもない」


 アウラはそう言って、すまなそうに小さく頭を下げた。


「は、はあ。分かりました。アウラ……さん」


 善治郎は、頭を下げた拍子に奥を覗かせるアウラの胸元から、露骨に目を逸らす。

 たったこれだけの説明に、小一時間もかかったのは、善治郎が中々アウラの言葉を理解しようとしなかったからだ。まあ、無理もあるまい。『異世界に召喚される』などという珍事を、現代を生きる一般的な日本人が、現実のこととして受け止められるはずもない。

 なかなかここが異世界であると信じようとしない善治郎に、アウラはかんしゃくを起こすこともなく、粘り強く説明を続けた。その結果、やっと善治郎は自分が今異世界にいるという事実を認めるに至ったのである。

 決め手となったのは、アウラの命を受けて窓の外へやってきた、『騎士』が駆る『走竜』だった。

 その馬を二回りほど大きくしたくらいの馬鹿でかいトカゲが、中庭からニュルリと長い首を窓に差し込み、善治郎の頬を舐めたのだ。

 その生暖かいリアルな触感が、善治郎にこれが夢である可能性も、大がかりなイタズラである可能性も消し去らせた。

 善治郎は、まだ『走竜』の草臭い唾液で湿っている頬を、Tシャツの袖で拭いながら疑問を口にする。


「分からないのは、何で私なんかを召喚したのか、ということなのですが」


 善治郎はこれといった特技もない、ごく一般的な日本人男性である。少なくとも、わざわざ異世界の女王様が魔法を駆使して招くほどの価値が自分にあるとは思えない。


「私に何をやれと言うのでしょう? 自慢ではないですが、私は剣も振るえなければ魔法も使えないのですが」


 そう言う善治郎の言葉に、アウラはにっこりと笑い、首を横に振る。


「いや、ゼンジロウ殿にそのような危険なまねをして戴くつもりは毛頭無い。確かに、ここランドリオン大陸西部は、長らく戦乱の世が続いていたが、今は比較的落ち着いている。


 私が、ゼンジロウ殿にお願いしたいことは、ただ一つ。ゼンジロウ殿に私の婿になって戴きたいのだ」


「むこ?」


 とっさに、アウラの言った意味理解できなかった善治郎は、首を傾げてオウム返しに言葉を返す。


「そう、婿だ。夫と言っても良い。私と結婚して戴きたいということだ」


 婿、夫、結婚。ここまで言われれば、頭のろくに働いていない今の善治郎にも理解できる。


「うぇえええ!? け、け、け、結婚って、なんで!?」


 アウラの申し出を理解した善治郎は、ソファーの上で跳び上がった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 善治郎うぜー ストーリー展開として必要と考えてこういう話になってるんだろうけど、こういうネタで無駄にリアルな描写はかえってウザい
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