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理想のヒモ生活  作者: 渡辺 恒彦
一年目
16/101

第二章5【予期せぬ出来事】

 その日の夜。共に夕食を済ませたアウラと善治郎は、一つのソファーの上でピッタリと寄り添うようにして腰を掛け、くつろぎの時間を過ごしていた。


「ふむ。夜更かしの危険性があるとはいえ、こうして十分な明かりがあると、夜の過ごし方が有意義になるな」


「はは、そうだね。俺の場合は、こういう夜の過ごし方に慣れきっちゃってるから、あんまりありがたみは感じないんだけど」


 室内を照らす六つのLEDスタンドライトを見渡し、感心したように声を上げるアウラに、善治郎は小さく笑いながら、返事を返す。

 昼間は、王として激務をこなしているアウラであるが、日が落ちた後は比較的自由な時間が取れるようになっている。無論、週に一度や二度は、出席が臨まれる舞踏会のような催しもあり、夜イコール自由時間と決まっているわけではないが、深夜残業が当たり前であった善治郎のサラリーマン時代と比べれば、就業時間は十分『早い』部類に入るだろう。


 おかげで、こうして善治郎はアウラと、夫婦水入らずの時間を過ごすことが出来る。

 だが、女王とその伴侶ともなると、例え夜のくつろぎの時間といえども、その会話に政治的な色が滲むのは避けられない。


「それで、俺にマナーや常識を教えてくれる家庭教師の人を、今公募してるんだ?」


「うむ。決定まではしばらく時間が掛かる。その間は、暇を見て私が直接教えよう。本当ならば、私が全部教えてやれればよいのだが、時間の余裕がない。すまぬな」


「いいよ、いいよ。アウラが忙しいのは、俺でも分かるから。あ、でも、その家庭教師の人は大丈夫だよね? 変なこと言ったりしないか不安なんだけど」

 

 マナーと常識を教えてくれる人物に対して、無礼な口を利かないか心配するというのも本末転倒な気はするが、善治郎の心配ももっともである。

 女王の伴侶の家庭教師に選ばれる人物となると、ある程度は地位や身分の人間のはず。 


 だが、善治郎の心配にアウラは笑顔で首を横に振ると、


「まあ、そなたの日頃の言動からすると、まず大丈夫だとは思う。それに、最低限のマナーと常識は、家庭教師が決まるまでに、私から教えるから安心してくれ」


 そう言った。


「あはは、お手柔らかに」


 善治郎が苦笑を浮かべて双言葉を返したその時、コンコンとドアがノックされる。


「あ、はい?」


『失礼します。入浴の準備が出来ました』


 反射的に声を上げる善治郎に、ドアの向こうから侍女がよく通る声でそう報告を入れてきた。

 そういえば、もうそんな時間か。


 ソファーから立ち上がった善治郎は、棚の上からLEDランタンを手に取る。

 一度目の転移の際、夜の浴室の暗さに閉口した善治郎が、わざわざ近くのキャンプ用品店で買い求めた代物だ。

 本来であれば、単一電池を四本使用するのだが、善治郎は充電式の単三電池と、単三電池を単一電池として使用可能な電池スペーサーを使っている。


 流石に、素人が水浸しになる浴室まで延長コードを引っ張るのは危険極まりないので、浴室の明かりはこのLEDランタンだけが頼りだ。


 まあ、それでも豆電球サイズのLEDを十二個使用しているこのランタンは、善治郎の感覚でも『薄暗いけど我慢できないほどではない』くらいには、明るく浴室を照らしてくれる。

 ちなみに、アウラや侍女達の感覚で言えば『あり得ないくらいに明るい』という表現になる。


「よし、大丈夫。まだ、しばらくは充電の必要もなさそうだな」


 一度スイッチを入れて、問題なく明かりが点ることを確認した善治郎は、ランタンを片手に提げドアへ向かう。


「では、参ろうか、ゼンジロウ」


 アウラは、そんなゼンジロウの開いている方の腕に、ごく自然な動作で自分の腕を絡ませ、スッと胸元に抱き寄せる。


「ええと、それは、その、一緒に入るってことかな……?」


 そう言えば、すでに床は共にしているが、入浴を共にしたことはなかった。

 大胆な誘いにドキマキする善治郎に、アウラは妖艶に微笑み返す。


「お前が嫌でないのならば、な」


「嫌がるはずがないだろう」


 限界まで鼻の下を伸ばした善治郎は、アウラと仲良く腕を組んだまま、空が飛べそうなくらいに軽い足取りで、浴室へと向かうのだった。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆






 仲良く二人での入浴を済ませた善治郎とアウラは、湯上がりの火照った身体を氷扇風機で冷やしつつ、それぞれ好みの酒をつぎ、グラスを傾けていた。

 善治郎は箱買いした缶の発泡酒、アウラは昨日開けた白ワインの残りである。

 どちらもよく冷蔵庫でよく冷やされており、湯上がりの渇いた喉の乾きを心地よく癒してくれる。


「ふう、これはやみつきになるな」


 薄い夜着姿のアウラは、氷越しに送られている扇風機の冷風と、ガラス製のワイングラスに入った冷たい白ワインに眼を細め、感嘆の声を上げる。

 この熱帯夜が続くカープァ王国で、湯上がりに冷たい扇風機の風を浴びながら、冷たいワインを飲む。

 通常は、王侯貴族でも絶対に味わうことが出来ない贅沢である。


 いかにアウラがこの国の気候になれているとはいっても、熱帯夜を不快に感じない訳ではない。


「まずいな。意思を強く持っておかなければ、私も後宮に入り浸りになりそうだ」


「大歓迎、と言いたいところだけど、女王様がそれじゃ拙いんだよな。まあ、暇を見つけて出来るだけ来てくれ。いつ来てくれても、俺は歓迎するから」


「分かった。今後は昼食も、可能な限りこっちで取るから、そのつもりでいてくれ」


「了解。昼時間に合わせて、氷を用意しておくよ」


 善治郎は笑ってそう、取り合った。いかに大型冷蔵庫があるとはいっても、扇風機の前に置く氷は二十四時間態勢で用意できるわけではない。タイミングを合わせて、ある程度氷を節約しないと、せっかくアウラが涼みに来たのに、肝心の氷がないという事態になりかねない。

 夜はともかく、昼はすでに三十七度を超える気温を記録するようになっているのだ。気温が体温より高くなっては、扇風機だけ回しても熱風を吹き付けるだけで、涼は取れない。

 まあ、氷がなくても扇風機の前に水を張った桶を置いておけば、多少はマシだが、やはり氷ほど劇的な冷風にはならない。


 つくづく、エアコンが欲しい。


 やがて、湯上がりの火照りや喉の渇きも癒えてきたアウラは、少し表情を引き締めて善治郎に言う。


「そういうわけで、『何もしなくていい』と言った手前、少々心苦しいが、早速講義を始めようか。最初は、王族の一般的な受け答えからだ」


「え、ええ? もう、今晩から始めるのか?」


 驚く善治郎にアウラはニンマリと笑い返すと、


「もちろんだ。これだけ立派な灯りがあるのなら、夜の時間は有効に活用しなくてはな」


 そう言って、隣に座る善治郎の瞳をのぞき込む。

 善治郎は渋い顔で、天を仰ぐ。


「うわー、せっかくのアウラと過ごせる貴重な時間が勉強に潰されるのかー」


 善治郎の率直で飾らない感想に、アウラは一瞬素の照れた表情を見せる。しかし、善治郎の視線が天井からこちらに戻るより早く、いつもの悠然とした表情を取り繕い、答える。


「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいが、時間は有限だからな。なに、大丈夫だ。閨を共にする時間まで食い込ませるようなマネはしない」


「まあ、それなら仕方がないか。どうせなら、アウラのいない昼間を勉強の時間に充てられるといいんだけどな。ん? ちょっと待てよ」


 矛盾したことを言った後、善治郎はふと思い出したように、ソファーから立ち上がる。そして、持ち込んだ物資をひとまとめにしてある部屋の隅へ向かう。


「確か、持ってきてるはずだよな。小さいものだし、ついでに絨毯に乗っけたはずだ……」


「ゼンジロウ?」


「よし、あったあった、これだ」


 やがて、目当ての物を探し当てた善治郎は、なにやら四角い銀色の箱を持って、アウラが座るソファーへと戻ってくる。


「ゼンジロウ、なんだそれは?」


 少し不審そうな顔で問いかけるアウラに善治郎は、


「これは、『デジカメ』、『デジタルカメラ』って言って、本来は写真、静止画を取る機械なんだけど、一応動画も音声付きで取れる筈なんだ」


 そう言ってデジタルカメラを掲げて見せた。

 しかし、アウラは意味が分からないと言った様子で首を傾げる。


「シャシン? 静止画? 動画? 音声付き? なんだそれは?」


 その答えに、善治郎は少し考えたが、的確な説明の言葉が思いつかない。この手の道具を知らない者に口で説明するのは以外と難しい。


「ああ、何て言うかな。一瞬で凄く精密な絵が取れたり、声や動く絵も録音、録画できたり」


「ロクガ? ロクオン?」


 さらに首を傾げるアウラに、これ以上自分の拙い説明を続けても無駄だと感じた善治郎は、論より証拠とばかりにデジカメの電源をオンにする。


「まあ、とにかく使ってみせるから。アウラ、さっき言ってたマナーとか常識の説明を始めてくれないか?」


 そう言って、デジカメを構える善治郎に、アウラは少し不審そうな視線を向けたが、結局は善治郎を信用することにしたのか。言われたとおりにソファーから立ち上がり、話し始める。


「……よく分からないが、良いだろう。では、受け答えの基本から説明を始めるぞ。


 通常、王族が公的な場で、自分より目上の者と相対することは少ない。だから、最初に覚えて欲しいのは、目下の者への対応と、同格の者への対応だ。


 基本、声を掛けるのは目下の者からだ。一般的には、目下の者は……」


 実演を交えながら、マナー付いて説明を続けるアウラを、善治郎はデジカメの動画モードでとり続ける。

 社会人一年の時に買った代物で、それなりに使い込んではいるのだが、動画は最初の内に何度か興味本位で取っただけだ。


 果たしてちゃんと撮れているのか、この距離で音声はしっかりと入っているのか。

 不安要素は多々あるが、そう深刻に考える必要もあるまい。失敗したら失敗したときだ。別段動画が上手く撮れないと、にっちもさっちもいかなくなるわけでもない。


「……というわけだ。まずはこれくらいで良いか。ちゃんと聞いていたか、ゼンジロウ?」


 アウラが説明を一度切った所で、善治郎もデジカメの動画モード停止させる。


「よし、有り難う、アウラ。後は、これがちゃんと映っているかだな。ごめん、ちょっと口で説明するのは難しいんだ。悪いけど、ちょっと待って」


 善治郎はそう断ると、デジカメを持ったまま部屋の隅にあるパソコンの前へと移動する。そして、パソコンを起動させると、デジカメからSDメモリーカードを取り出し、パソコンに差し込む。


「ふむ。よく分からぬが、それもお前の世界の道具なのか」


 パソコンを弄っている善治郎の背後に、アウラも近づいてきて、善治郎の背中越しにパソコンの画面を見ている。


「うん、そう。ええと、ハードに落とす前に、まずはちゃんと撮れているか見てみるか」


 そう言って善治郎は、SDメモリーカードの動画ファイルを直接起動させる。

 マウスを操作して、カチリとファイルとクリックする。すると次の瞬間、パソコンのディスプレイに、見覚えのある部屋の真ん中で身振り手振りを着けながら、しゃべり続ける赤髪と小麦色の肌をした迫力美女の姿が映し出された。



「ほう、驚いた! これは、私の姿か。言っている言葉も、先ほど私が喋っていた内容その物ではないか。一体どのような原理になっているのだ? 双王国の魔道具でも、この様な物は見たことがないぞ!」


「…………!?」


 感嘆の声を上げるアウラが、善治郎にそう問いかけるが、善治郎はそれに答えを返す余裕はなかった。


 善治郎は、生まれて初めて動画を見るアウラよりも、さらに大きな衝撃を受けてたからだ。


「Es normalmente raro que las posiciones familiares imperiales opuesto a la persona que es superior que a si mismo a un lugar publico.Por consiguiente lo aprendo primero y lo quiero


Es..., la correspondencia a la persona que es igual con la correspondencia a la persona actual……」


「……なに、これ?」


 善治郎の耳には、画面の向こうで話すアウラの言葉は、何一つ理解できない未知の言語にしか聞こえなかった。

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