呪鏡
初投稿です。
最後まで読んでいただけると幸いです。
小5の夏休み、舗装されてない砂利道で車に揺れていた。
助手席に深く座り、足をダッシュボードの上に乗せ写真を見ていた。
赤子の自分を抱く母と父親が寄り添う写真だ。
「ねぇ、パパ。ママが死んで何年経ったの?」
2本の指で写真を挟み、運転する父親に聞いた。
「今年のお盆で8年だな。」
「ふーん…。」
車はガタガタ道の林を抜け、集落に辿り着いた。
裏鏡村。ここには母親の実家がある。
車は家の前で切り返し、そのまま庭に入っていった。
日本家屋と呼ばれるに相応しい豪邸だ。
鏡堂家はこの辺一帯で神社と古くから伝わる鏡を受け継ぎ、守ってきた。
祖父が外で作業をしており、二人を出迎えた。
「よく来たな。」
「お久しぶりです。お義父さん。」
父のスマホが鳴り響いた。
「すいません。」
そう言うと離れて車の近くで電話を始めた。
「雪花、また身長が伸びたな。」
「2センチ伸びたよ。」
パパは一切気付かない、こんな小さな事も祖父母は毎回気付いてくれる。
雪花は後ろを向いて電話をする父・マサキにべーっと舌を出した。
「暑いだろうから中に入りなさい。」
「うん。」
中に入ると祖母が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。何処の美人さんかと思っちゃったわ」
祖母は優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくる。
「パパは?」
祖父がジェスチャーで電話だと伝えると祖母は雪花に中に上がるように促した。
家では靴を放り投げる雪花も、この家では振り返り、きちんと揃えた。
少ししてから父も中に入ってきて、祖父母とお茶を飲んだ。
再び、スマホを気にする父。
「すいません。あの、至急東京に戻らないといけなくて」
「あ、あと…これ、お土産です。」
父は紙袋を祖父母に渡した。
「ありがとう。いただくよ。」
まだ昼をすぎたばかりだった。ここは関東のある県の山奥、東京までは数時間かかる。
「パパ?」
「ごめんな。雪花、すぐ戻るから…」
「大丈夫だよマサキくん。仕事なら戻った方がいい。」
「そうよ。雪花は私達が面倒見るから」
祖父母がそう言うと父はゆっくり立ち上がった。
「では、お言葉に甘えて…雪花、ごめん」
雪花はそっぽ向いた。
仕事仕事で自分のことはほとんど放ったらかし、授業参観も来る来る言って来なかった。
「嘘つき。」
父親の車と入れ違いになるようにもう一台の車が庭に入ってきた。
車のドアを閉める音が鳴った。玄関から明るい声が響く。
「ただいま!!」
お姉ちゃんと呼んでる母の妹、鈴花だった。
関西の大学に通うために今は一人で関西に住んでいる。
「雪花~!久しぶりだね。さっきお義兄さんの車とすれ違ったからもう帰ったのかと思っちゃった。」
鈴花は雪花の隣に座った。
「お父さんお母さん、お土産!」
鈴花が母のお墓参りに行こうと言うので雪花も一緒に向かった。
お墓は近くで徒歩で向かうため、祖母が母が使っていた子供用の麦わら帽子を貸してくれた。
家の裏手にある小川を辿り、田んぼ道を通り、坂を上がった所にある。
ただでさえ暑いのに、蝉の声が一段と気分を暑くさせた。
「学校はどう?」
「友達はいるけど……疲れる。」
「そっか」
鈴花は家から持ってきた花を抱えていた。
お墓に着くと、既に誰かが来ていた。
白と赤の衣装を身に着けた、村にある神社を取り仕切る巫女を務めている鈴花と母のさらに姉の美花だった。
鈴花、玲花、美花の3人は村で美しい三姉妹として育ってきた。
小中は少し離れた町にあった。高校はさらに遠い街に通った。
そこでは玲花が一番モテたらしいと高校の同級生だった父からよく聞いた。
美花はこちらに気づくと少し引きつりながら微笑んだ。
「帰ってたのね。鈴花。」
「さっき来たとこ、おいで…雪花」
花筒に花を挿し、墓の前で手を合わせる。
立派な墓石が立つ、鏡堂家の墓、ご先祖様と母のお墓だ。
美花は後ろに下がり、立ったまま手を前で組み、待っていた。
暑そうな格好をしているが、一切汗はかいていない。
雪花は正直苦手だった。恐らく鈴花もそうなのだろう。
仲良く話してる場面を一度も見たことがない。
神社には古くから伝わる鏡が奉納されており、祖母から美花へと鏡を守る巫女の役目は代々受け継がれてきた。
元々は玲花が巫女の役目をする予定だったが、マサキと結婚すると言い出したため、美花がその代わりを担った。
鏡には不思議な力があるとされ、雪花も鈴花から密かに聞いていた。
なんでも願いが叶うものだとか。
美花と別れるとそのまま鳥居のある山の方向に歩いていった。
1年中、山の中の社に住まなければいけない。
次の巫女が現れるまで…。
雪花はそっと後ろを振り向いた。
大声で叫ばないと声なんて届かない距離なのに、
美花は雪花の視線に気付いたのか、振り返った。
「っ…」
雪花の背筋はゾクッとするような感覚に襲われる。
美花が微笑んだからだ。
その時、強めの風が吹いた。
雪花は麦わら帽子を両手で押さえ飛ばないようにした。
その瞬間だけ、辺りが静かになった。蝉の声、川の音が消えたような気がした。
風が収まり、顔を上げると美花は既に居なかった。
「ちょっと、大丈夫?突風かな…」
鈴花が戻ってきて雪花の手を握った。
家に戻ると祖父母がスイカを出してくれた。
美味しくてあっという間に食べてしまった。
夕飯を食べた後、電話が掛かってきて父が明日まで来れないと言ってきた。
しょうがないので雪花は鈴花と一緒にお風呂に入り、床についた。
鈴花は疲れていたのか、あっという間に眠ってしまった。
外では虫の声が絶え間なく聞こえていた。 雪花はいつの間にか布団から飛び出し、押し入れの襖に足をかけていた。
ドンッと自分が襖を叩く音で目が覚めた。
寝相の悪さに呆れつつ、這って布団に潜った。
「あれ…?」
気がつくと隣に寝ていた鈴花が居なかった。
「お姉ちゃん?」
部屋を見渡し、障子戸をそっと開けて廊下に出た。
真っ暗な廊下、一歩一歩丁寧に歩く。
途中で来なければ良かったと思ったが、既に目が覚めてしまっていた。
もう戻っても眠れないだろうと進んだ。
家の外に人影が見えた。
真っ暗で誰かはわからない。
鈴花かと思い、縁側のガラス戸を開いた。
人影はこちらに気付きサッと消えていった。
その様子をじっと見ていると、顔の側に気配を感じた。
「どうしたの雪花…?何かいる?」
雪花の上から外を覗く鈴花の姿があった。
「あそこに誰か居た。」
人影が居た場所を指差す。
鈴花はすぐにガラス戸を閉め、手を握りながら部屋に連れて行った。
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神社に奉納された鏡は村の者も、鏡堂家の人も見ることはできない。
神社を仕切る巫女だけはその鏡を見ることができる。
美花は三姉妹の長女だった。 妹は玲花と鈴花。 神社の中で一人暮らしをし、村の人や両親、たまにくる妹達以外と関わることがなかった。
小さい頃から玲花が巫女をやりたいと常々言ってきており、そうなる予定だったが、玲花は高校を卒業すると共にマサキと結婚したいと言い出した。
両親が反対をしたが、美花は自分から代わりに巫女を受け継ぐと両親に言い、玲花の結婚を許すように頭を下げた。
美花は先代の巫女である母に教えられつつも巫女の仕事をなんなくこなし、自分にはこの才能があると思った。
妹を気遣い心から幸せを願うような純粋で綺麗な心をもっていた美花にはピッタリの役目だった。
玲花は若くして結婚し、雪花を産んだ。
美花は自分から進んで巫女の役目を受け継いだが、玲花を見ると
自分はもう自由に神社を出ることもできない。
自分はまだ28になったばかり、老いるまでこのままなのだろうか…と。気高く冷静に振る舞いつつも心の奥底は自由に行動できる『玲花が羨ましい』と言う言葉に侵食されていた。
美花は、玲花が雪花を身籠った辺りから冷たく接し始めた。
毎年帰ってくる帰省でも顔を合わせはするものの、子供の頃のように仲睦まじく話したりはしなかった。
神社にあるのは普通の鏡ではなく呪鏡と呼ばれ、
巫女は毎年、供養の儀式を行わなければならなかった。
鏡と対面したとき、悪しき心に侵食されつつあった巫女の美花に、
その鏡が直接、心に問いかけた。
『永遠の美貌を与える』
美花は鏡の問いかけに拒否したが、神社は鏡から飛び出した強力な闇の渦に飲み込まれた。
子供のような影が鏡から出てくると、腰を抜かして慌てる美花の目の前にやってきてこう言った。
『願いを叶えてやる』
影は手を差し出した。
しかし美花は躊躇い、手を出さなかった。
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その年の春、妹の玲花が雪花を産んだ。
両親に見せたいと言う玲花の願いでお盆に帰省した。
高校に入って間もない鈴花も小さな雪花を可愛がった。
美花も神社から戻ってきて、玲花にこう語りかけた。
「私にも抱かせてくれる?」
玲花は笑顔で雪花を抱かせた。
「可愛い…とても…」
巫女の衣装のまま雪花を抱きかかえ、優しく頭を撫でた。
その夜、雪花と同じ事が起きた。
夜中に泣いた雪花を玲花があやしているとガラス戸の向こうに人の影が見えた。それは小さな子供のようだった。
深夜になぜだろうと、戸を開いて問いかけた。
「何をしてるの?」
人影は後ろへ、スッと消えていった。
玲花は首を傾げながらガラス戸を閉めたが、外が気になって
雪花をそっと寝かせた後、草履を履いて外に出た。
僅かな月の光が村を照らしていた。
しかし、人が居るような気配は全くしなかった。
不思議に思いつつも、玲花は家の中に戻って布団に入った。
その年の秋、玲花は急死した。
雪花はまだ0歳、玲花はマンションの3階から落ちたのだった。
警察は自殺と判断した。部屋には一切争った形跡がなかった。
幼い雪花を部屋に残し洗濯物を置いたままベランダから飛び降りた。父のマサキは受け入れ難かったが強盗が入った形跡も、何もなかった。マサキは雪花を育てるために受け入れるしかなかった。
それを伝えると玲花の両親は落ち込んだが、何も言わなかった。
そして雪花をまた見せに来て欲しいとマサキに言った。
美花は数年前から何も変わっていない。
見た目は8年前のまま、その美貌を保っていた。
翌日、マサキが家に戻ってきて内心ホッとしつつも
雪花はムスっとした態度をとった。
来るときとは違い、雪花は普通に座っていた。
「帰りは何か食べて帰ろう。何がいい?」
「…何でも…」
元気がない返事をする。
雪花はうつむき、あの写真をじっと見ていた。
「ねぇ、パパ…」
「ん?どうした?」
「ママに会いたい。」
マサキは雪花の頭を撫でた。
「パパも同じだ。」
雪花は父の方を向いて微笑んだ。
店に立ち寄って昼食を食べ終え、
車に乗っていると雪花は疲れから助手席でぐっすり眠ってしまった。
「雪花…着いたぞ」
マンションに着くと揺すり起こされた。
目を擦りつつ眠気を残しながら車を降りると、
父の携帯に電話が掛かってきた。
「はい。お義母さん…えっ…?あの…大丈夫なんですか…」
雪花は大きな欠伸をした。
父はスマホを首に抱え、何やら険しい顔をしている。
「病院は…わかりました。」
電話を切った。
「どうしたの?」
「雪花、鈴花姉ちゃんが事故にあったらしい。」
「えっ?本当なの?」
鈴花は雪花達が帰った後、しばらくしてから帰った。
その途中、事故を起こしてしまったらしい。
鈴花は命に別状はなく、打撲と骨折でしばらく入院することになった。
病院にお見舞いに向かうと鈴花は喜んだ。
包帯だらけの身体をしつつも、声は元気で調子に乗って動く度に顔をしかめた。
雪花はあの夜に体験したことしかわからない。
来年もまた母の実家に行くことになるだろう。
雪花にとって、それは忘れることのできない、夏休みの不思議な不吉な体験となった。




