第7話 新たな旗の下で
村の門の方から、馬の嘶きと蹄の音が近づいてきた。
やがて完全武装の騎馬隊が姿を現し、木柵の前でぴたりと止まる。腰には剣、鎧は朝日に照らされ鋭く光っていた。
少し離れた場所に立っていたササキは、その光景に息を呑む。体が一瞬、凍りついた。
顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
「……ついに、ジョン殿か」
グレゴールが静かに前へ出た。その声音には、驚きよりも確信が滲んでいる。
ササキは素早く振り向いた。
(ジョン殿……?)
騎馬の一人が、ゆっくりと地面に降り立つ。背は高く、鋭い顔立ちだが、その目には隠しきれない疲労があった。
男は革手袋を外し、低い声で問いかける。
「グレゴール殿。……アリシア様は、こちらに?」
空気が張り詰める。
ササキは無意識に息を止めた。
グレゴールはゆっくりと頷く。
「ええ。本邸におられます」
男は俯いた。次の瞬間、その肩が小さく震える。
ぽたり、と涙が地面に落ちた。
「……ご無事だったか」
その言葉に、背後の騎士たちも顔を見合わせる。強張っていた表情が、ようやく緩んだ。
状況が掴めないまま、ササキは一歩前へ出る。
「グレゴールさん……彼らは?」
グレゴールは軽く手を差し出し、正式な場のように紹介した。
「ササキ殿。こちらはジョン殿。オブライエン家護衛騎士団長です」
そしてジョンへ向き直る。
「ジョン殿。こちらが、異界より召喚された英雄――ササキ殿です」
「英雄」という言葉に、ジョンの目が見開かれた。
彼は即座に姿勢を正し、深く頭を下げる。片膝が地に触れかけるほどだった。
「無礼をお許しください。このまま立ったままご挨拶いたしました」
その光景に、ササキは戸惑う。
慌てて近づき、手を上げた。
「やめてください。そんな扱いは不要です」
穏やかだが、はっきりとした声。
「同じ立場で話しましょう」
一瞬の沈黙の後、ジョンはゆっくりと立ち上がった。
その目には、尊敬と警戒が入り混じっていた。
長机の会談
しばらくして、一同は村で最も大きな家に集まった。
長い木の机を挟み、向かい合う形で座る。
ジョンは騎士団の代表として背筋を伸ばした。兜を机に置き、その素顔を晒す。細かな傷跡が、幾つも刻まれていた。
「アリシア様がご無事で、何よりです」
低く、抑えた声だった。
「そして……エド様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます」
机の端に座るアリシアは、そっと衣の端を握る。
「私も……皆と再び会えて嬉しいです」
柔らかいが、どこか強さを含んだ声だった。
ジョンは深く頭を下げる。
「我らは戦により散り散りとなりました。本来守るべき家が危機にあったことに、気づくことすらできなかった」
彼は拳を握りしめる。
「許されぬことは承知しています。それでも――どうか」
視線が、まっすぐアリシアとササキへ向けられた。
「我らに、オブライエンの名を取り戻す機会をお与えください」
ササキは騎士たちを見渡す。
その目は真剣だった。張り詰めているが、偽りはない。
(やはり……最初から仕組まれていた)
オブライエンを潰すため、護衛を意図的に分断し戦場へ送った。
静かに息を吐く。
アリシアがササキを見る。
「ササキさん……どう思いますか?」
ササキは姿勢を正し、ジョンを見据えた。
「あなたを守れる力は必要です」
一拍置く。
「この村を守るためにも」
アリシアはゆっくりと頷いた。
「ジョン。次期当主として、あなた方の帰還を認めます」
だが、そこで言葉を止める。
「ただし、条件があります」
室内の空気が重くなる。
「どんな状況でも、私たちに忠誠を誓うこと」
その瞳の奥に、かすかな影が揺れた。
かつて盲目的な忠誠が、騎士たちに自刃を命じさせたことを、彼女は忘れていない。
ジョンは顔を上げる。
「決して裏切りません」
そして、続けた。
「ですが……どうか、正しくお命じください」
その言葉に、ササキは気づく。
必要なのは忠誠だけではない。
進むべき“方向”だ。
ささやかな祝宴
数日後。
暖かな夕暮れの空の下、村では収穫祭が開かれた。
それは同時に、アリシアとササキの婚礼でもある。
豪華な装飾はない。宝石も、絢爛な衣装もない。
あるのは油灯りと素朴な料理、そして久しぶりに響く笑い声だけだった。
白い簡素な衣をまとい、アリシアはササキの隣に立つ。金色の髪が夜風に揺れた。
少し離れた場所で、ジョンと騎士たちが静かに見守っている。
その表情は、以前よりもずっと穏やかだった。
この村は、どの王国にも属していない。
どの貴族の庇護も受けていない。
それでも――
かつて滅びかけた名が、この小さな隠れ里で静かに息を吹き返す。
それは過去の残り火ではない。
新たな血脈の、始まりだった。




