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第4話――残されたオブライエン

夜が明け、朝の空気が冷たかった。

二人は川岸に這い上がった。

体はまだ濡れ、泥の匂いが服に染みついている。

アリシアは顔を拭い、警戒したまま周囲を見回した。

木々の向こうに、家々が見える。



木の柵、畑、そして人が通らない道。

ここは都市でも城でもない。

ただの小さな村だった。

「……着いた」

アリシアが小さく呟く。

「ここが、あなたが言っていた場所か?」

男は息を整えながら尋ねた。

アリシアは頷いた。



「ええ。ここが、私たち分家の拠点」

村へ近づくと、家の陰から数人が現れた。

武器はあるが、作り物のような素朴なものばかりだ。

槍、斧、農具を改造した武器。

恐れではなく、警戒が顔に出ている。

中年の女性が一歩前に出て叫んだ。

「おい、そこの二人!

どこから来た?

この村の者じゃないだろう?」

アリシアは住民たちを見て、安堵と緊張が入り混じった表情を浮かべた。



「すみません…

逃げてきたんです」

その中の一人が一歩前に出て、男を見た後、アリシアへ向き直った。

「アリシア……本当にここにいたのか」

アリシアは小さく頷いた。

「はい」

「ここが、私が言っていた場所……

私たち分家の拠点」

男はまだ濡れたまま困惑していた。



「つまり…あなたたちはオブライエン家の人間なのか?」

住民の一人が頷いた。

その時、朝の森は静けさを取り戻した。

そして、二人の未来を見守るように沈黙した。



男は案内され、村の中で一番大きな家へ連れて行かれた。

豪華さはない。

ただ、最小限の生活ができるだけの家。

中には、疲れた顔の人々が集まっていた。

彼らはもう“貴族”の顔ではない。



生き残るための、普通の人の顔だ。

壁には、薄くなったオブライエンの紋章が掛かっていた。

ひび割れ、色褪せ、時間の重みを感じさせる。

男はその紋章をじっと見つめた。

「これが……オブライエンか」

アリシアは静かに頷いた。

「かつて、私たちは貴族でした」

部屋の空気が重くなる。

誰もが言葉を飲み込んだ。



白髪の老人が立ち上がった。

目は鋭く、しかし疲れている。

「私はグレゴール。

この分家の守り手だ」

アリシアは軽く頭を下げた。

「来てくれて、ありがとう」

グレゴールは男を見つめた後、静かに言った。

「あなたがアリシアに呼ばれた人間だな?」

男は頷く。

「はい。私がここに来るべき人間のようです」

グレゴールは少しだけ息を吐いた。

「話は聞いている。



エド・オブライエンは、逃亡中に亡くなった」

アリシアは一瞬目を閉じた。

その表情には、深い悲しみが浮かんでいた。

「私たちの当主です。

彼は、私たちを逃がすために命を捧げた」

部屋は沈黙した。

グレゴールが続ける。

「主要な家系のいくつかは、すでに消された。



消された、というのが正しい」

“消された”という言葉が、部屋に重く落ちた。

誰も墓を作れない。

誰も弔えない。

女性の一人が顔を上げた。

目が赤い。

「残された私たちは……ただの分家です。

土地も力もない。

名前さえも、価値がない」

男は机に背を寄せた。

「つまり、あなたたちはただ待っているだけか?」

と問う。



女性は冷たく言った。

「私たちには選択肢がない。

動けば死ぬ」

男はしばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「私の世界でも、倒れかけた会社は同じだった」

部屋中の視線が男へ集まる。

「彼らは動かなかった。

奇跡を待った。



誰かが助けに来るのを待った」

男は言葉を続けた。

「そして、ゆっくり死んだ」

アリシアが彼を見た。

「あなた…何か考えがあるの?」

男は深く息を吸い、目を閉じた。

「まず、あなたたちは“貴族”として考えるのをやめるべきだ」

「組織として考えるべきだ」

グレゴールが眉を寄せる。



「組織…?」

男は部屋の中を見渡した。

「誰が決めるか。

誰が物資を管理するか。

誰が情報を集めるか。

誰が防衛を担当するか」

「それが、あなたの言う“構造”か?」

グレゴールが問う。

男は頷いた。


「そう。」

あなたたちは“待つ”のではなく、

“動く”必要がある」

アリシアは震える声で言った。

「でも…どうやって?」

男は机を軽く叩いた。

「まず、あなたたちは資源の使い方を見直すべきだ。



食料、燃料、武器、情報。

全部、今あるものだけでやりくりできる」

彼は短く息を吐く。

「次に、意思決定の流れを作る。

誰が何を決めるか、明確にする。

責任を分ける。

それだけで、弱さは減る」

グレゴールは少し笑った。

「エドも同じことを言っていた。

この家は剣ではなく、頭が必要だと」

グレゴールは男を見つめる。



「つまり、あなたは私たちの“冷静な頭”になるということか」

男は壁の紋章を見た。

“英雄ではなく、システムを作る男だ”

アリシアは目に涙を浮かべながら顔を上げた。



「ごめん…あなたをこんな問題に巻き込んで」

男は肩をすくめた。

「問題は私だけのものじゃない」

「これはシステムの問題だ。

システムは直せる」

外では、朝日が完全に昇った。

そして、オブライエン分家は初めて――

ただ待つのではなく、

動き始めた。

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