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悪役令嬢は魔導具職人として静かに愛されたい  作者: 九葉(くずは)


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第9話 適合率の異常

 第一王子の襲来から三日が経った。

 

 工房の周囲には、常に四人の重装騎士が立っている。

 彼らはカイ殿下の直属であり、許可のない者は公爵家(実家)の使いであっても通さない。

 

 私は今、作業台に広げた羊皮紙の数値と睨み合っていた。

 

「……何度計算しても、おかしいわ」

 

 そこに記されているのは、カイ殿下が昨日使用した魔導剣の出力データだ。

 

 魔力適合率、九十八パーセント。

 

 魔導具というものは、どんなに優れた職人が作っても、使用者の魔力を受け入れる際に「抵抗」が生じる。

 王宮でも最高級とされる品で、せいぜい八十パーセント。

 九十を超えれば、歴史に残る名品と言われる世界だ。

 

 それが、九十八。

 

 私の指先が、数値をなぞる。

 

 

【ナレーション】

(魔力適合率とは、魔導具が使用者の意図をどれだけ正確に反映するかを示す指標である。この数値が高いほど、魔力の消費は抑えられ、威力は増大する。一般的には職人の技術と、使用者との魔力的な「波長」が一致した際に跳ね上がるとされている)

 

 

 コツ、コツ、と背後から規則正しい軍靴の音が聞こえた。

 

「データは見たか」

 

 カイ殿下だ。

 彼は私の隣に立ち、覗き込むようにして紙面を見つめた。

 

「はい。殿下……この数値、何かの計測ミスではありませんか?」

 

「いや、宮廷魔導師に三度測らせた。間違いはない。私の剣を握る感覚も、数値通りだ」

 

 殿下は腰の剣に手を置いた。

 

「まるでお前が、私の血管の動きまで知っているかのように、回路が噛み合っている」

 

「血管だなんて、大袈裟ですわ」

 

 私は苦笑して答えた。

 

「単に、殿下の魔力圧に合わせて、バイパスの幅をナノ単位……あ、いえ、極微細な単位で調整しただけです。偶然、殿下の魔力特性と私の設計が噛み合ったのでしょう」

 

 そうだ。これは純粋に技術の問題だ。

 

 前世で精密機器の基板を設計していた時も、稀に「神懸かった」数値が出ることがあった。

 今回はそれが起きただけ。

 

 私と殿下の相性がいい、なんて非科学的な理由ではない。

 

「偶然か。……お前はいつもそう言うな」

 

 カイ殿下の声が、少しだけ低くなった。

 彼は作業台の上にある、私が磨き上げたばかりの魔力核コアを指でなぞった。

 

「だが、この精緻な細工が『偶然』でできるはずがない。お前の目は、私たちが気付かない何を見ている?」

 

「それは……職人の秘密、ということで」

 

 まさか、魔力を「波形」として捉え、ノイズを除去するフィルタリング回路を組んでいるとは言えない。

 

 私は話題を逸らすように、ペンを手に取った。

 

「あと二パーセント、詰められます。魔力核の表面をさらに研磨して、接続部を多層化すれば、理論上は百パーセントに……」

 

「欲張りだな。だが、嫌いではない」

 

 殿下がフッと、短い吐息を漏らした。

 

 最近、この人が時折見せる、柔らかい空気が苦手だ。

 冷酷な管理者でいてくれた方が、こちらも「有能な道具」として接しやすいのに。

 

 

【ナレーション】

(リュシアの「技術」は、すでに王国の常識を逸脱し始めていた。彼女本人はそれを前世の知識による合理化だと思い込んでいるが、カイにとっては、自分を誰よりも深く理解しようとする彼女の献身の証に見えていた)

 

 

 殿下は表情を引き締めると、懐から一通の、金の縁取りがなされた親書を取り出した。

 

 それは、国王の署名が入った「国家特級案件」の依頼書だった。

 

「リュシア。お前に頼みたい、次の仕事がある」

 

「……国家特級、ですか?」

 

 背筋に冷たいものが走る。

 そんなものに関われば、いよいよ目立たない生活からは遠ざかる。

 

「北部の国境にある『永劫の盾』を知っているか」

 

「神話の時代から続く、国境結界の要石ですね」

 

「そうだ。その結界に亀裂が入った。修復を試みた宮廷魔導師たちは、皆、魔力酔いで倒れた。……核となる魔導具が、暴走している」

 

 カイ殿下は、まっすぐに私を見た。

 その瞳には、強い信頼と、断りを感じさせない圧力があった。

 

「このままでは結界が崩壊し、魔物の群れが王都まで流れ込む。……修復できるのは、世界で一人、お前だけだ」

 

 国家の存亡。

 あまりに重い言葉が、小さな工房に響く。

 

「私は、ただの職人です。そのような大役……」

 

「お前は、私の専属だ。……そして、私が命を預けている唯一の人間だ」

 

 殿下は一歩、私に近づいた。

 

「同行しろ。私の剣でお前を守る。……お前は、国の盾を直してくれ」

 

 逃げ道はなかった。

 

 断罪を避けるために始めた魔導具作りが、いつの間にか、国を救うための唯一の手立てになってしまっている。

 

 私は、震える手で依頼書を受け取った。

 

「……承知いたしました。準備を整えます」

 

「よし。出発は三日後だ」

 

 殿下は満足そうに頷き、工房を後にした。

 

 私は一人、作業台に突っ伏した。

 

 おかしい。

 こんなはずじゃなかった。

 

 目立たず、静かに、誰にも干渉されずに生きるはずだったのに。

 

 私は、自分の調整した魔導剣のデータをもう一度見つめた。

 

 九十八パーセント。

 

 この数値は、もしかしたら。

 

 私が彼を守りたいと、無意識に願ってしまった結果なのだろうか。

 

 私はその考えを、慌てて頭から振り払った。

 

 

【ナレーション】

(リュシアが引き受けた「永劫の盾」の修復。それは、原作ゲームにおいて主人公と第一王子が解決するはずのメインイベントであった。しかし、そのシナリオはすでに、一人の「悪役令嬢」の技術によって、根底から書き換えられようとしていた)

 

 

 嵐の予感が、工房の窓を叩いていた。

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